学位論文要旨



No 124746
著者(漢字) 薛,光愛
著者(英字) Xue, Guang-ai
著者(カナ) セツ,コウアイ
標題(和) ウシプリオン蛋白遺伝子プロモーター領域に関する研究
標題(洋) Studies on the promoter region of the bovine prion protein gene (PRNP)
報告番号 124746
報告番号 甲24746
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3456号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 熊谷,進
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 客員教授 糸原,重美
内容要旨 要旨を表示する

プリオン病は、正常プリオン蛋白質 (PrPc) が異常プリオン蛋白質(PrP(Sc)) に構造変換し、異常プリオン蛋白質が脳内に蓄積することにより、神経細胞の機能不全および神経細胞死が引き起こされる致死的な神経変性疾患である。プリオン病には、ヒトにおけるクロイツフェルト・ヤコブ病 (Creutzfeldt-Jakob disease)、ヒツジとヤギにおけるスクレイピー (scrapie)、ウシにおける牛海綿状脳症 (bovine spongiform encephalopathies: BSE) が含まれる。プリオン病の病原体(プリオン)の増殖には正常型プリオン蛋白質の発現が必須である。ヒト、ヒツジではプリオン蛋白遺伝子 (PRNP) の蛋白翻訳領域のアミノ酸多型がプリオン病に対する抵抗性と関連があると報告されている。一方で、ウシにおいてPRNPの蛋白翻訳領域のアミノ酸多型は存在するが、プリオン病と関連する多型は存在しないと報告されている。しかしながら、プリオン蛋白質の発現レベルと関係するプロモーター領域とプリオン病抵抗性について、近年プロモーター領域の上流に存在する23 bp 挿入及び欠損がBSEの感受性と関連があると報告されている。現在まで、PRNPの蛋白翻訳領域のアミノ酸多型については研究が盛んに行われていたが、ウシプロモーター領域については十分な研究がなされていない。そこで、本研究では、ウシプリオン蛋白遺伝子プロモーター領域の多型、プロモーター活性、および転写に関わる重要な領域を明らかとすることを目的として以下の研究を行った。

第一章 BSEの原因はスクレイピーに感染さしたヒツジ、およびBSEに感染したウシ由来の肉骨粉を経口摂取によるものであると一般的に考えられている。BSEの原因となるPrP(Sc)はウシだけではなく、ヒトにも感染性を持っている。そのため、多くの国では食物連鎖からBSE-罹患牛を除去することを目的としており、一つの戦略として挙げられるのはBSE抵抗性ウシの育種である。現在、日本でBSE陽性牛が35頭発見されたが、その内黒毛和種が3頭である。肉用種が乳用牛に比べ、頭数が多いのにもかかわらず、BSE陽性牛が少ないことから、肉用種にはBSEに対する抵抗性が存在するのではないかと考えられている。そこで本研究では、肉用種の95%を占める黒毛和種のPRNPプロモーター領域の多型を明らかにすることを目的とした。そしてそのプロモーター領域の活性について研究を行った。黒毛和種28頭脂肪組織材料からDNAを抽出し、目的のプロモーター領域を増幅し、pT7-Blue Tベクターに導入、クローニングをし、塩基配列決定を行った。決定された塩基配列をGenBankのホルスタイン種配列AJ298878と比較した結果、7箇所 (-184A→G, -141T→C, -85T→G, -47C→A, -6C→T, +17C→T, +43C→T)で一塩基遺伝子多型 (single nucleotide polymorphism: SNP) が確認された。その中には、これまで報告されているホルスタイン種塩基置換と一致したのが2箇所 -184/ 49246(A→G), -85/ 49345(T→G) [AJ298878]含まれていた。そして、新たに黒毛和種において5箇所の塩基置換を確認し、そのうち、2箇所のSp1結合領域に塩基置換が存在した。これらの塩基置換がプロモーター活性に及ぼす影響を明らかにするために、ルシフェラーゼアッセイを行った。それぞれ6つのハプロタイプをルシフェラーゼレポーターベクターに組み込み、マウス神経繊維芽腫細胞N2aに遺伝子導入して48時間培養後、プロモーター活性測定を行った。6つのハプロタイプのうち、Sp1結合領域で-6C→T塩基置換を示したハプロタイプ及び-141T→C塩基置換を示したハプロタイプはトランスフェクション48時間後の発現レベルがワイルドタイプのハプロタイプより有意に低下していた。以上の結果から、黒毛和種PRNPプロモーターにはいくつかの多型が存在し、中にはプロモーター活性に影響を及ぼす塩基置換が存在することが明らかとなった。このような塩基置換はBSE抵抗性牛の育種に役に立つと考えられた。

第2章 第1章ではウシPRNP 5'側領域に存在するSp1結合領域の-6C→T 多型によりウシPRNPプロモーター活性が低下することを明らかにした。今回さらなる解析の結果、Sp1結合領域の-47C→A及び12bpの挿入/欠失の多型は同調してウシPRNPプロモーター活性に影響を与えることがレポーター遺伝子アッセイにより示された。-47A と23 bp 欠失/12bp 挿入 あるいは 23bp挿入 /12bp 挿入を含むハプロタイプは他のハプロタイプ(23bp 欠失/12bp挿入 or 23bp 挿入/12bp欠失と-47C)及び野生型のハプロタイプ(23 bp 欠失/12bp 欠失 と-47C)に比べて有意に低いプロモーター活性が観察された。さらに、ゲルシフトアッセイの結果、ウシPRNPプロモーター領域の二つの多型が同調してSp1がPRNPプロモーター領域へ結合する活性に影響を与えることが明らかとなった。これらの結果により、2箇所のSp1結合領域の多型はSp1のPRNP領域へ結合及びプロモーター活性をコントロールしているものと考えられた。そして、ウシPRNPプロモーター領域のsingle nucleotide polymorphisms (SNP)等の変異は、BSE発病に影響を及ぼす可能性が考えられる。

第3章 ウシPRNPプロモーター領域の転写に関わる重要な領域の同定を目的とした。マウス及びウシプリオン蛋白質を発現するベクターをルシフェラーゼレポーターベクターと同時にN2a細胞に遺伝子導入し、プリオン蛋白質過剰発現する場合のプロモーター領域の活性変化を観察した。その結果、プロモーター活性は導入したプリオン蛋白質量依存的に抑制されることが分かった。そして、プロモーター活性抑制効果は、マウスプリオン蛋白質のほうがウシプリオン蛋白質より、同じ量の発現ベクターを導入した場合強いことが確認された。以上の結果からプリオン蛋白質を過剰発現させた場合、PRNPプロモーター領域が抑制されることが明らかとなった。そこで、具体的にどの領域が過剰発現に反応するのかを明らかとするために、いくつかの挿入/欠失を示すプラスミドを用いて同様のプリオン蛋白質過剰発現実験を行った。その結果、全体的にプロモーター活性が抑制された。

審査要旨 要旨を表示する

プリオン病は、正常プリオン蛋白質(PrPc)が異常プリオン蛋白質(PrP(Sc))に構造変換し、異常プリオン蛋白質が脳内に蓄積することにより、神経細胞の機能不全および神経細胞死が引き起こされる致死的な神経変性疾患である。プリオン病には、ヒトにおけるクロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease)、ヒツジとヤギにおけるスクレイピー(scrapie)、ウシにおける牛海綿状脳症(bovine spongiform encephalopathies: BSE)が含まれる。プリオン病の病原体(プリオン)の増殖には正常型プリオン蛋白質の発現が必須である。ヒト、ヒツジではプリオン蛋白遺伝子(PRNP)の蛋白翻訳領域のアミノ酸多型がプリオン病に対する抵抗性と関連があると報告されている。一方で、ウシにおいてPRNPの蛋白翻訳領域のアミノ酸多型は存在するが、プリオン病と関連する多型は存在しないと報告されている。しかしながら、プリオン蛋白質の発現レベルと関係するプロモーター領域とプリオン病抵抗性について、近年プロモーター領域の上流に存在する23bp挿入及び欠損がBSEの感受性と関連があると報告されている。現在まで、PRNPの蛋白翻訳領域のアミノ酸多型については研究が盛んに行われていたが、ウシプロモーター領域については十分な研究がなされていない。そこで、本研究では、ウシプリオン蛋白遺伝子プロモーター領域の多型、プロモーター活性、および転写に関わる重要な領域を明らかとすることを目的として以下の研究を行った。

第一章BSEの原因はスクレイピーに感染さしたヒツジ、およびBSEに感染したウシ由来の肉骨粉を経口摂取によるものであると一般的に考えられている。BSEの原因となるPrPScはウシだけではなく、ヒトにも感染性を持っている。そのため、多くの国では食物連鎖からBSE-罹患牛を除去することを目的としており、一つの戦略として挙げられるのはBSE抵抗性ウシの育種である。現在、日本でBSE陽性牛が35頭発見されたが、その内黒毛和種が3頭である。肉用種が乳用牛に比べ、頭数が多いのにもかかわらず、BSE陽性牛が少ないことから、肉用種にはBSEに対する抵抗性が存在するのではないかと考えられている。そこで本研究では、肉用種の95%を占める黒毛和種のPRNPプロモーター領域の多型を明らかにすることを目的とした。そしてそのプロモーター領域の活性について研究を行った。黒毛和種28頭脂肪組織材料からDNAを抽出し、目的のプロモーター領域を増幅し、pT7-Blue Tベクターに導入、クローニングをし、塩基配列決定を行った。決定された塩基配列をGenBankのホルスタイン種配列AJ298878と比較した結果、7箇所(-184A→G,-141T→C,-85T→G,-47C→A,-6C→T,+17C→T,+43C→T)で一塩基遺伝子多型(single nucleotide polymorphism: SNP)が確認された。その中には、これまで報告されているホルスタイン種塩基置換と一致したのが2箇所-184/49246(A→G),-85/49345(T→G)[AJ298878]含まれていた。そして、'新たに黒毛和種において5箇所の塩基置換を確認し、そのうち、2箇所のSp1結合領域に塩基置換が存在した。これらの塩基置換がプロモーター活性に及ぼす影響を明らかにするために、ルシフェラーゼアッセイを行った。それぞれ6つのハプロタイプをルシフェラーゼレポーターベクターに組み込み、マウス神経繊維芽腫細胞N2aに遺伝子導入して48時間培養後、プロモーター活性測定を行った。6つのハプロタイプのうち、Sp1結合領域で-6C→T塩基置換を示したハプロタイプ及び-141T→C塩基置換を示したハプロタイプはトランスフェクション48時間後の発現レベルがワイルドタイプのハプロタイプより有意に低下していた。以上の結果から、黒毛和種PRNPプロモーターにはいくつかの多型が存在し、中にはプロモーター活性に影響を及ぼす塩基置換が存在することが明らかとなった。このような塩基置換はBSE抵抗性牛の育種に役に立つと考えられた。

第2章第1章ではウシPRNP5'側領域に存在するSp1結合領域の-6C→T多型によりウシPRNPプロモーター活性が低下することを明らかにした。今回さらなる解析の結果、Sp1結合領域の-47C→A及び12bpの挿入/欠失の多型は同調してウシPRNPプロモーター活性に影響を与えることがレポーター遺伝子アッセイにより示された。-47Aと23bp欠失/12bp挿入あるいは23bp挿入/12bp挿入を含むハプロタイプは他のハプロタイプ(23bp欠失/12bp挿入or23bp挿入/12bp欠失と-47C)及び野生型のハプロタイプ(23bp欠失/12bp欠失と-47C)に比べて有意に低いプロモーター活性が観察された。さらに、ゲルシフトアッセイの結果、ウシPRNPプロモーター領域の二つの多型が同調してSp1がPRNPプロモーター領域へ結合する活性に影響を与えることが明らかとなった。これらの結果により、2箇所のSp1結合領域の多型はSp1のPRNP領域へ結合及びプロモーター活性をコントロールしているものと考えられた。そして、ウシPRNPプロモーター領域のsingle nucleotide polymorphisms(SNP)等の変異は、BSE発病に影響を及ぼす可能性が考えられる。

第3章ウシ班NPプロモーター領域の転写に関わる重要な領域の同定を目的とした。マウス及びウシプリオン蛋白質を発現するベクターをルシフェラーゼレポーターベクターと同時にLipofectamine法によって、N2a細胞に遺伝子導入し、プリオン蛋白質過剰発現する場合のプロモーター領域の活性変化を測定した。その結果、プロモーター活性は導入したプリオン蛋白質量依存的に抑制されることが分かった。そして、プロモーター活性抑制効果は、マウスプリオン蛋白質のほうがウシプリオン蛋白質より、同じ量の発現ベクターを導入した場合強いことが確認された。以上の結果からプリオン蛋白質を過剰発現させた場合、PRNPプロモーター領域が抑制されることが明らかとなった。そこで、具体的にどの領域が過剰発現に反応するのかを明らかとするために、いくつかの挿入/欠失を示すプラスミドを用いて同様のプリオン蛋白質過剰発現実験を行った。その結果、23bp欠失12bp欠失を示した遺伝子断片のプロモーター活性が抑制された。以上のことより、上流の23bp、下流の12bpを含む領域が転写に重要であることが示唆された。

したがって、審査委員一同は、本人が博士(農学)の資格を充分に有するとの結論に達した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/25065