学位論文要旨



No 124747
著者(漢字) 程,圓
著者(英字)
著者(カナ) テイ,エン
標題(和) ブタ卵胞顆粒層細胞における細胞死阻害因子の調節機構
標題(洋) Regulation Mechanism of Anti-apoptotic Factors in Porcine Follicular Granulosa Cells
報告番号 124747
報告番号 甲24747
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3457号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 准教授 今川,和彦
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類の卵胞は、発育の途中で99%以上が閉鎖し、最終的に排卵されるものは1%にも満たない。この選択的閉鎖の誘起に顆粒層細胞のアポトーシスが支配的に関与しているが、その細胞内シグナル伝達経路には未解明な点が多い。アポトーシスの誘導経路には、少なくとも細胞死受容体に依存するcell death receptor-dependent経路と依存しないmitochondrion-dependent経路の2種類が存在することが知られている。前者では、細胞死リガンドと受容体が結合すると受容体の細胞膜内にあるdeath domain(DD)にアダプタータンパク(Fas-associated death domain: FADD)がこれのDDを介して結合する。このFADDには、2分子のイニシエーターカスパーゼ(procaspase-8)が、両者が分子内にもつdeath effector domain(DED)を介して結合する。このようにして2量体化したprocaspase-8は活性化され、下流のエフェクターカスパーゼ(procaspase-3など)を順次活性化し、最期にエンドヌクレアーゼが活性化されてアポトーシスが実行される。最近になって、活性化されたcaspase-8が直接エフェクターカスパーゼを活性化する(I型アポトーシス)のではなく、一度ミトコンドリアを介してから活性化(II型アポトーシス)する経路が存在することが分かった。すなわち、活性化されたcaspase-8がBidタンパクを切断し、これがミトコンドリアからのcytochrome Cの放出を誘起する。放出されたcytochrome Cがprotease-activating factor-1とprocaspase-9と複合体を形成し、ここでprocaspase-9が活性化される。これが、下流のprocaspase-3を活性化してアポトーシスを実行させる。ブタ卵胞の顆粒層細胞においてもII型アポトーシス経路を介してアポトーシスが誘導されることが分かってきている。

最近になって、卵胞顆粒層細胞はII型アポトーシス細胞であり、アポトーシスシグナル伝達が阻害因子(cellular FLICE-like inhibitory protein: cFLIP)によって調節されていることが分かってきた。cFLIPには、2つのDEDだけをもつshort form(cFLIPs)と、これらに加えて偽酵素ドメインをもつlong form(cFLIPL)の2種類のisoformがある。両者ともDEDを介したFADDとprocaspase-8の結合を競合的に阻害することでアポトーシスシグナル伝達を阻害する。このようにしてcFLIPは顆粒層細胞の死滅を制御しているが、このcFLIPの発現を調節している分子機構が未解明であるので、本研究を行った。加えて、これ以外にアポトーシスシグナルを阻害している因子の存在が推測される現象に遭遇したので、これの探索研究も行った。

第一章では、顆粒層細胞においてcFLIPの発現を調節している機構を調べた。初めに、ヒト顆粒層細胞腫由来株化細胞(KGN細胞)を様々な成長因子、ホルモン、サイトカインなどを添加した培養液中で培養後、cFLIPタンパクの発現をWestern blotting法にて調べた結果、tumor necrosis factor(TNF)αが用量および処理時間依存的にcFLIPの発現を亢進することが分かった。そこで、予めTNFαを培地に添加してcFLIP発現を高めた細胞に、抗Fas抗体を用いて細胞死リガンド/受容体依存的にアポトーシスを誘導したところ、TNFα処理によって細胞の生存率が高まった。次に、RNAinterference(RNAi)法にてKGN細胞のTNFαreceptor 1(TNFR1)あるいはTNFR2の発現を阻害した場合、TNFR1の発現を阻害しても細胞は生存し続けたが、TNFR2の発現を阻害したら全てが死滅した。このTNFR1の発現を阻害したKGN細胞において、TNFαによるcFLIPの発現誘導は亢進された。さらにTNFR2の下流のシグナル伝達について調べたところ、TNFαがTNFR2と結合して転写因子(nuclear factor-κ B)を活性化し、これがcFLIPの転写を亢進すると考えられる結果を得た。

第二章では、ブタ顆粒層細胞を用いてTNFαがcFLIPの発現におよぼす作用を詳しく調べた。初めにRACE法にてブタTNFR2のクローニングを行った(GenBank accession number: EF120982)。次いで、ブタの卵胞閉鎖に伴うTNFα、TNFR1およびTNFR2の発現の推移を調べた。即ち、食肉処理場にて成熟ブタから卵巣を採取し、卵胞を個別に切り出し、各々から卵胞液と顆粒層細胞を調製した。個々の卵胞は、形態と卵胞液中エストラジオール/プロゲステロン濃度比に基づいて健常、閉鎖初期および後期に分類した。卵胞液中のTNFαタンパク濃度をELISA法にて、顆粒層細胞におけるTNFR1およびTNFR2タンパクをWestern blotting法にて定量した結果、閉鎖に伴ってTNFαおよびTNFR2タンパクが減少し、逆にTNFR1タンパクは増加していた。免疫組織化学染色法によって、これらが主に卵胞腔側の顆粒層細胞に局在することが分かった。さらに、ブタの不死化顆粒層細胞(JC-410細胞)にTNFαを添加した培地中で培養すると用量および処理時間依存的にcFLIP発現が亢進した。これらから、ブタの顆粒層細胞においてもTNFαはTNFR2を介してcFLIPの発現を促進し、その結果アポトーシスが抑制されると考えられた。

TNFα-converting enzyme(TACE)は、膜に結合しているTNFαと受容体を切断してシグナル伝達を阻害する。第三章では、顆粒層細胞においてTACEが働いてTNFα/受容体系を修飾しているか否か調べた。初めに、RACE法にてブタTACEのクローニングを行った(GenBank accession number: EU113218)。次いでブタ卵胞の閉鎖に伴うTACEmRNAとタンパクの推移を各々RT-PCR法とWestern blotting法にて調べたところ、両方とも閉鎖初期卵胞の顆粒層細胞において最も高く発現していた。組織化学的染色の結果からTACEは顆粒層細胞の卵胞腔側に局在し、アポトーシス細胞の局在と一致した。さらにRNAi法にてTACEの発現を阻害したKGN細胞では、TNFαと共培養するとcFLIPが顕著に増加することが分かった。これはTACEによるTNFR2の切断が阻害されたためであると考えられた。これらから、顆粒層細胞において、TACEはTNFα/受容体系を修飾し、アポトーシス亢進因子として働いていると考えられた。

第四章では、II型アポトーシスシグナル伝達系の下流で、procaspase-9の活性化を阻止してアポトーシスを阻害するX-linked inhibitor of apoptosis protein(XIAP)がブタの顆粒層細胞においても重要な役割を果たしているか否か調べた。初めに、RACE法にてブタXIAPのクローニングを行った(GenBank accession number: EF120983)。ブタXIAPはヒトやマウスと相同性が非常に高く、抗アポトーシス因子として重要であることが推測された。次いで、第二章と同様にして、卵胞閉鎖にともなう顆粒層細胞におけるXIAPのmRNAとタンパクの発現と局在の推移を調べた。XIAPは、顆粒層細胞に特異的に発現しており、閉鎖にともなって減少した。これらから、XIAPは顆粒層細胞のアポトーシスを阻害して生存を維持させ、その結果卵胞閉鎖を阻止していると考えられた。

これらの知見から、ブタの健常卵胞では、II型アポトーシス細胞である顆粒層細胞において、顆粒層細胞が産生するTNFαが自身のTNFR2に結合し、転写因子の活性化を介してcFLIPの産生を亢進することでミトコンドリアより上流のアポトーシスシグナル伝達を阻害していること、TACEがTNFR2を切断してこのシグナル伝達を阻害してアポトーシスを誘導すること、およびcFLIPとは別にXIAPが下流のシグナル伝達を阻害していることが分かった。顆粒層細胞でこれらの阻害因子が減少することでアポトーシスが誘導され、その結果卵胞が閉鎖すると考えられた。これら細胞死阻害因子は、様々な生殖工学などに供する卵胞-卵母細胞の健常性を評価するためのパラメターとして有用であると推察された。

審査要旨 要旨を表示する

哺乳類の雌では、胎児期に卵祖細胞が有糸分裂を終了した後減数分裂を開始して卵母細胞となり、これが減数分裂をディプロテン期で休止している状態で出生する。この卵母細胞は卵胞上皮細胞(顆粒層細胞)に包まれて卵胞を形成し、これが性成熟に達した成体の卵巣には数十万個含まれている。性周期毎に一定数の卵母細胞が減数分裂を再開して発育・成熟して排卵されるが、この過程で99%以上の卵胞が選択的に閉鎖する。この卵胞閉鎖の誘起に顆粒層細胞のアポトーシスが支配的に関与しているが、これを制御する機構やアポトーシスシグナルの細胞内伝達経路については多くの点が未解明である。これまでに、重要な家畜であるブタの顆粒層細胞ではアポトーシスが細胞死リガンドと受容体を介して誘起されること、そのシグナルがミトコンドリアを介して伝達するII型アポトーシス細胞であること、卵胞の発育開始時からリガンドと受容体がともに発現していること、受容体の直下でシグナル伝達を阻害しているcellular FLICE-like inhibitory protein(cFLIP)によって調節されていることなどが分かってきている。

申請者は、顆粒層細胞の死滅を制御しているcFLIPの発現を調節している分子機構を詳細に調べ、加えてアポトーシスシグナルを阻害している因子がcFLIP以外に存在していることが推測されたのでその探索も行った。はじめに培養顆粒層細胞を様々な成長因子、ホルモン、サイトカインなどを添加した培養液中で培養した後cFLIPの発現を調べ、tumor necrosis factor(TNF)αがcFLIPの発現を亢進することを見いだした。ついでTNFαは、申請者がクローニングを行ったブタ2型受容体(TNFR2)と結合して転写因子のnuclear factor-κB(NF-κB)を活性化し、これを介してcFLIPの転写を亢進していることを明らかにした。さらに膜に結合しているTNFαと受容体を細胞膜から切り離すことでTNFαシグナル伝達を阻害するブタTNFα-converting enzyme(TACE)のクローニングを行い、培養顆粒層細胞を用いてTACEがTNFR2を切断するとcFLIP発現が抑制されること、TACE発現を阻害するとcFLIP発現が亢進することを示した。ブタの卵巣組織では、卵胞発育開始時からTNFα、TNFR2およびcFLIPが発現しており、健常卵胞の顆粒層細胞においてはこれらが高発現しているが、閉鎖卵胞では減少すること、TACEは健常卵胞顆粒層細胞には発現していないが、閉鎖卵胞顆粒層細胞に高発現しており、この発現部位とアポトーシス細胞の局在とが一致することなどを組織化学的に示した。最期にcFLIPとは異なりミトコンドリアの直下でアポトーシスを阻害しているブタX-Iinked inhibitor of apoptosis protein(XIAP)のクローニングを行い、これが健常卵胞顆粒層細胞において高発現し、閉鎖卵胞では減少することを示した。

以上のように多くの新規知見を含む申請者の研究によって、ブタの健常卵胞においては顆粒層細胞がTNFαを産生し、これが自身のTNFR2に結合してNF-κBを活性化し、これを介してcFLIP産生を亢進することでミトコンドリアより上流のアポトーシスシグナル伝達が阻害されていること、閉鎖卵胞ではTACEがTNFR2を切断してシグナル伝達を阻害して速やかにアポトーシスを進行させること、および健常卵胞顆粒層細胞においてはcFLIPに加えてXIAPがミトコンドリアより下流のシグナル伝達を阻害していることが示され、このような機構によって卵胞の健常性が調節されていることが分かった。これらの細胞死阻害因子は生殖工学に供する卵胞・卵母細胞の健常性を評価するためのパラメターとして有用であると考えられる。申請者の研究業績をとりまとめた論文の内容および関連事項について試験を行った結果、審査委員一同が博士(農学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。

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