No | 124750 | |
著者(漢字) | 柿沼,美智留 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カキヌマ,ミチル | |
標題(和) | マウス肝炎ウイルスとオートファジー機構に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on the interaction between mouse hepatitis virus and cellular autophagic machinery | |
報告番号 | 124750 | |
報告番号 | 甲24750 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3460号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ◆緒言 オートファジーとはユビキチン・プロテアソーム系と並ぶ細胞内タンパク質分解機構の一つであり、酵母から哺乳類に至るすべての真核細胞でみられるシステムである。オートファジーが誘導されると、細胞質にオートファゴソームと呼ばれる脂質二重膜構造が形成される。オートファゴソームは細胞質内の不要タンパク質やオルガネラを取り囲み、最終的にリソソームと融合することでその内容物を分解する。オートファジーは飢餓時の栄養源確保など細胞内の恒常性維持に働いていると考えられてきたが、近年こうした働き以外にも、細胞死や老化、癌、神経変性疾患、また細胞内に侵入した病原微生物の排除など、哺乳類におけるさまざまな生命現象に関与していることが明らかにされている。 オートファジーは病原微生物を直接分解し排除する働きをもつことから、感染防御機構の一つとして広く研究が行われてきた。その結果、オートファジーはMHC classIIへの抗原提示やTLRによるウイルス核酸の認識といった獲得および自然免疫にも関与していることが明らかとなり、現在免疫機能としてのオートファジーの重要性に注目が集まっている。ウイルス感染時にもオートファジーが誘導されることが示されているが、オートファジーが抗ウイルス機構の一つとして機能するケースがある一方で、むしろオートファジーを利用して自らの感染を拡大しているウイルスが存在する可能性も示唆されている。本研究では、コロナウイルスに属するマウス肝炎ウイルス(MHV)の複製・増殖に与えるオートファジーの影響を検討することを目的に、以下の二章からなる研究を行った。 ◆第一章 MHVとオートファジーの関係 *第一節 オートファジーがMHV複製に与える影響 +鎖RNAウイルスは宿主細胞のオルガネラ膜上に複製複合体を形成し、そこで自身のゲノムRNAの複製を行うことが知られている。本研究で用いたMHVが属するコロナウイルスは、感染後宿主細胞の細胞質にdouble-membrane vesicle (DMV)と呼ばれる二重膜をもった小胞を多数形成し、その膜上で複製を行うと考えられている。一方、オートファジーがピコルナウイルスやフラビウイルスなどのRNAウイルスの複製に重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。本章ではオートファゴソームがDMV同様二重膜構造をもつことに着目し、MHVが複製複合体形成の場としてオートファゴソーム膜を利用している可能性について検討した。 MHVレセプターであるCEACAM1aを強制発現させたマウス胎児線維芽細胞(MEF)にMHV-A59を感染させたところ、オートファジー誘導の指標であるLC3-IIの発現上昇およびdot状のGFP-LC3の存在が確認された。またCEACAM1a非依存的に感染が成立する変異ウイルス株MHV-Rec1を用いた実験でも同様の結果が得られた。しかし、オートファゴソーム伸長に必須な分子であるAtg5を欠損させた細胞(Atg5-/-細胞)とその野生型の細胞にそれぞれMHVを感染させ、細胞上清中のウイルス価および細胞中のウイルスRNA量を測定したところ、Atg5の有無に関わらずウイルスの高い増殖性がみられ、細胞株間での有意な差は認められなかった。さらに電子顕微鏡による感染細胞の観察を行ったところ、野生株MEFの細胞質内には多数のDMVがみられるのに対し、Atg5-/-MEFではそのような構造物は観察されなかった。また後者の細胞では膨張した小胞体や空胞が多くみられた。以上の結果から、MHV感染によりオートファジーが誘導されるもののそれらの複製にオートファゴソーム膜は必須でないこと、またMHVはDMVの代わりに小胞体膜を利用し複製を行うことができる可能性があることが示唆された。 *第二節 MHV感染により誘導されたオートファジーの意義 前節ではMHV感染MEFにおいてオートファジーが誘導されることを示した。また野生株ではみられるDMVがAtg5-/-細胞では観察されなかったことから、DMVがオートファゴソームに由来する、あるいは共通の前駆体に由来する可能性が考えられた。この仮説を検証するため、MHV感受性細胞であるDBT細胞を用いた以下の検索を行った。 免疫組織学的検索を行った結果、感染後4時間から核周辺にウイルス複製の指標であるdouble-strand RNAのシグナルが認められたものの、その局在はLC3とは異なるパターンを示した。一方、オートファジー誘導の指標であるLC3-IIの発現上昇は感染後8時間以降に認められた。以上の結果から、DMVがオートファゴソームに由来する可能性は低く、MHV感染によって誘導されるオートファジーはassemblyやbuddingといったウイルス生活環の後期ステージに関与している可能性が示唆された。 次に、誘導されたオートファジーがMHVの生活環に与える影響を解明するため、オートファジー誘導剤であるラパマイシンを用いた実験を行った。リアルタイムPCR法により感染細胞中のウイルスゲノム量を継時的に定量した結果、ラパマイシン処理群とビークル群間で有意な差はみられなかった。一方、ラパマイシン処理群ではビークル群に比べ、MHV感染後10時間における細胞上清中のウイルス価は有意に上昇した。また、上清中のウイルス価はラパマイシン濃度依存的に上昇することも示された。さらに、オートファジー不能細胞であるAtg4B遺伝子変異細胞株を用い同様の実験を行ったところ、変異株細胞上清中のウイルス価は野生株細胞と比較し有意に減少した。以上の結果から、MHV感染により誘導されたオートファジーはMHVの複製には関与しないが、感染後期におけるウイルス粒子の放出に有利に働く可能性が示唆された。 MHVのゲノムRNAはウイルスタンパク質とともに小胞体に集合・出芽して通常の小胞輸送と同様の経路で細胞外へと運ばれると考えられている。MHV感染により誘導されたオートファジーが小胞輸送に関与し、ウイルス粒子の細胞外への輸送を促進する可能性を検証するため、まずMHV誘導性オートファジーがリソソームとの融合によるタンパク質分解を伴うのか否かを調べた。その結果、オートファジーによるタンパク質分解の指標であるp62の発現減少は感染後8時間以降観察され、また免疫染色によりLC3とリソソームマーカーとの共局在も確認された。以上の結果からMHV誘導性オートファジーはリソソームとの融合・タンパク質の分解を伴うことが明らかになった。このことはMHV誘導性オートファジーが直接的に小胞輸送に関与しているというよりは、細胞内タンパク質分解を伴う通常の働きを通じ、ウイルス放出に間接的な影響を及ぼしている可能性を示していると考えられた。そこで次に、オートファジーを誘導することが知られている小胞体ストレスに着目し、MHV感染細胞で小胞体ストレスが誘導されているか否かを調べた。その結果、MHV感染後8時間以降で小胞体ストレスの指標であるXBP1遺伝子のスプライシングが確認され、またリン酸化eIF2αの発現の継時的な上昇もみられた。小胞体ストレス誘導性オートファジーは小胞体や凝集タンパク質を分解することで細胞死を抑制する働きがあるという報告がある。以上の結果より、MHV感染による小胞体ストレスを軽減するためにオートファジーが誘導され、感染細胞の生存率が高まる結果、細胞外ウイルス粒子の増加に繋がるものと考えられた。 ◆第二章 MHV複製の場の検索 ニドウイルス目の属するコロナウイルスおよびアルテリウイルスは、自身の複製のため宿主細胞の細胞質内にdouble-membrane vesicle (DMV)と呼ばれる二重膜構造を形成することが知られているが、この膜構造の由来はいまだ明らかとなっていない。いくつかの報告では小胞体が最も有力な候補として示唆されているものの、一方では後期エンドソームやオートファゴソーム、また早期分泌性小胞や、潜在的にはミトコンドリアなど、さまざまなオルガネラがその候補として挙げられている。 オートファゴソームも二重膜構造をもつことからDMVの由来として疑われたが、前章で示したようにその可能性は否定された。そこで本章では、MHVの複製複合体形成の場を検索することを目的に、電子顕微鏡による観察および免疫組織学的検索を行った。 電子顕微鏡を用いてMHV感染DBT細胞を観察したところ、感染後6時間の細胞の核周辺に多数のDMVが観察された。またウイルス複製の指標であるdsRNAシグナルも核周辺に検出され、DMVと同様の局在を示した。以上の結果はMHVがDMV上に複製複合体を形成し、そこで複製を行うというこれまでの報告と一致するものと考えられた。 次に、各種オルガネラマーカーとdsRNAシグナルとの二重染色を行い、その局在を観察した。その結果、感染後6時間のDBT細胞において、dsRNAシグナルは小胞体マーカーであるcalnexinおよび小胞体-ゴルジ体間中間区画マーカーであるERGIC-53とそれぞれ一部共染した。一方初期および後期エンドソームマーカー(EEA-1、LAMP-1)とdsRNAシグナルは異なる局在を示した。また、野生型MEFにおいても同様の結果が得られた。以上より、MHV感染により誘導されるDMVは一部小胞体の性質を有する可能性が示唆された。 前章におけるAtg5-/-MEFの電子顕微鏡観察結果ではDMVはみられず、膨張した小胞体が多数観察されたことから、同細胞では小胞体がMHV複製の場となっていることが疑われた。そこでAtg5-/-MEFにおけるdsRNAと小胞体マーカーとの二重染色を行ったところ、両者はほとんど共局在しないことが明らかとなった。このことから、Atg5-/-MEFにおけるMHV複製の場は少なくとも小胞体ではないことが示唆された。今後MHVの複製の場、あるいはDMVの由来を特定するには免疫電顕などを用いたさらなる研究が必要であると考えられた。 ◆総括 MHV感染により誘導されるDMVはオートファゴソーム由来ではないことが示唆された。またMHV感染により小胞体ストレスが引き起こされ、その生理反応としてオートファジーが誘導されることが示された。オートファジーが誘導されることで宿主細胞の生存率が高まり、その結果細胞外ウイルス粒子が増加するものと推測された。 | |
審査要旨 | オートファジー(ATG)は全ての真核生物に保存されている細胞内タンパク質分解機構の一つであり、細胞質内にオートファゴソームと呼ばれる脂質二重膜構造が形成され、不要タンパク質やオルガネラを取り囲み、最終的にリソソームと融合してその内容物を分解する経路である。細胞の恒常性維持がATGの主な役割であろうと考えられてきたが、近年細胞死や老化、癌、神経変性疾患、また細胞内に侵入した病原微生物の排除など、哺乳類における様々な生命現象に関与していることが解ってきた。 さて、一部のウイルスではその感染が細胞にATGを誘導することが報告されている。ATGが抗ウイルス機構として機能する場合もあるが、ATG機構を利用して自らを複製するウイルスの存在も示唆されている。本研究では、マウス肝炎ウイルス(MHV)の複製・増殖の過程におけるウイルスとATG機構の相互作用について検討した。 第一章MHVと細胞のATG機構との相互作用 ウイルスのゲノム複製が行われる部位を複製複合体(RC)と呼ぶ。MHVなどのコロナウイルスでは宿主細胞の核周辺に多数形成される二重膜構造のdouble-membrane vesicle(DMV)がRCの存在部位であろうと考えられている。本章では、DMVとオートファゴソームの関連について検索した。 マウス胎児線維芽細胞(MEF)にMHV-A59株を感染させたところ、ATG誘導の指標であるLC3-IIの発現上昇およびGFP-LC3 dotsの存在が確認された。しかし、オートファゴソーム伸長に必須なAtg5を欠損させたMEF(Atg5-/-MEF)にMHVを感染させた場合にも、野生型MEFと同程度の高いウイルス増殖が認められた。電子顕微鏡による観察では、野生株MEFの核周囲の細胞質内に多数のDMVが見られるのに対し、Atg5-/-MEFではそのような構造物は認められなかった。以上の結果から、MHVの複製にオートファゴソーム膜は必須でないこと、およびDVM形成にAtg5が必要であることあるいはDMVがオートファゴソームに由来する可能性が示唆された。 MHV感染DBT細胞では、感染後4時間からウイルス複製の指標であるdsRNAシグナルが核周囲に認められたが、その局在はLC3とは異なっていた。さらに、LC3-IIの発現上昇はdsRNAシグナルの出現よりも遅く、感染後8時間以降に認められた。加えて、ATG誘導剤であるラパマイシン処理DBT細胞と対照DBT細胞のMHV感染後のウイルスRNA量の経時的変化について検討したが、両者間に有意な差は認められなかった。以上の結果は、DMVがオートファゴソームに由来する可能性は低いこと、またMHV感染によって誘導されるATGはウイルス感染後期に関係する可能性を示唆している。 ATGによるタンパク質分解の指標であるp62の発現減少は感染後8時間以降に観察され、また感染後10時間にはLC3とリソソームの指標であるLAMP-1の共局在およびLAMP-1とウイルスS蛋白の共局在が確認され、MHV誘導性ATGはタンパク質分解を伴うことが示唆された。一方、感染8時間以降でERストレスの指標であるXBP1遺伝子のスプライシングが確認され、リン酸化eIF2αの発現の上昇も認められた。ERストレスはATGを誘導することが知られており、その結果小胞体や凝集タンパク質の分解を促進し、ERストレスおよびそれに起因する細胞死を抑制している可能性が考えられる。これらの結果は、MHV感染による感染後期のATGの誘導はMHV感染に複雑に関わっていることを示唆している。 第二章MHV複製の場の検索 MHV感染DBT細胞において各種オルガネラマーカーとdsRNAシグナルとの二重染色を行い、その局在を観察した。その結果、感染後6時間のDBT細胞において、dsRNAシグナルはcalnexinおよびERGIC-53とそれぞれ一部共染した。一方EEA-1、LAMP-1とdsRNAシグナルは異なる局在を示した。以上より、MHV感染により誘導されるDMVは一部小胞体の性質を有することが示唆された。 以上の結果は、MHVのRCはオートファゴソーム膜ではないこと、またMHV感染によりATGが誘導されるが、ウイルス産生に対して正あるいは負の制御に働いており、その影響は複雑であることが示唆された。これらの研究成果は獣医学学術上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。 | |
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