No | 124757 | |
著者(漢字) | 宮島,望 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤジマ,ノゾミ | |
標題(和) | イヌ肥満細胞腫に対するall-transレチノイン酸の抗腫瘍効果に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the Antitumor Effect of All-Trans Retinoic Acid on Canine Mast Cell Tumor | |
報告番号 | 124757 | |
報告番号 | 甲24757 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3467号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | レチノイドはビタミンA誘導体で、細胞の増殖、成熟、分化において重要な役割を果たしており、またその作用は核内レセプターを介すると言われている。レチノイドレセプターにはレチノイン酸レセプター (RARα, β, γ) とレチノイドXレセプター (RARα, β, γ) があり、それぞれ別の遺伝子によってコードされている。一方レチノイドは、医学領域においてRARα遺伝子の染色体転座が原因である急性前骨髄球性白血病 (APL) の第一選択薬として用いられ、さらに近年、APLに留まらず、他の固形癌においてもレチノイドの抗腫瘍効果が報告されている。 獣医学領域では、腫瘍に対するレチノイドの効果に関する研究は少ない。従来の研究では、イヌ肥満細胞腫では細胞株によって感受性が異なるものの、細胞増殖抑制効果が示されており、レチノイドによる肥満細胞腫治療の可能性が示唆されている。そこで本研究では、代表的な天然レチノイドであるATRAを用い、イヌの腫瘍細胞株、特に肥満細胞腫におけるATRAの抗腫瘍効果について多面的に検討した。 各種腫瘍細胞株におけるRARα, β,γの発現とATRAによる増殖抑制効果との関連 第1章では、イヌの各腫瘍細胞株を用いて、ATRAのレセプターであるRARα,β,γの遺伝子発現と、ATRAの増殖抑制効果との関連を調べた。 著者の研究室で自然発症症例から樹立したイヌの4つの腫瘍の計17種類の腫瘍細胞株(乳腺腫瘍6株、骨肉腫3株、悪性黒色腫5株、肥満細胞腫3株)を用い、これらの細胞においてRARα,β,γ遺伝子に対してリアルタイムPCRを行い、その発現を検討した。その結果、全体的にRARβとγは、RARαに比べてはるかに発現が低く、ヒトの腫瘍と同様、ATRAの腫瘍増殖抑制効果にはRARαが最も大きく関与すると考えられた。また、他の細胞株と比較し、RARαは肥満細胞腫の3細胞株で高い発現が見られた。次に、ATRA投与による増殖抑制効果を調べるために、すべての細胞株に対し、段階希釈したATRAを培養液に加え、その3日後の生細胞数を測定した。その結果、肥満細胞腫の3細胞では他の細胞株と比較してより強い増殖抑制効果を示した。また、RARαの発現量と増殖抑制試験より得られたIC50値をもとに相関図を作製したところ、R=0.77という強い相関が見られ、ATRAによる増殖抑制効果とRARα発現との間に強い関連が示された。なかでもイヌの肥満細胞腫では最も強いATRAの腫瘍抑制効果が示され、ATRAはイヌ肥満細胞腫の治療薬となりうること、およびRARαの発現がATRA治療に対する反応性の指標の一つとなる可能性が示唆された。 ATRAの増殖抑制効果機構 レチノイドは腫瘍細胞に分化やアポトーシスを誘導し、これらを介して抗腫瘍効果を示している可能性がある。細胞の分化は細胞周期からの脱出と密接な関連がある。Mad1は転写抑制因子であるMadファミリーの一つであり、その発現は細胞をG1期で停止させ、分化中の細胞周期からの脱出を促す。一方p27(Kip1)はサイクリン依存性キナーゼ阻害剤の一つであり、細胞周期を停止または遅延させる。Mad1とp27(Kip1)の発現は分化に伴って上昇することが報告されており、レチノイドによる顆粒球の分化においても、Mad1とp27(Kip1)が協力的に働き、かつその作用はRARα特異的な調節であるという報告がある。 そこで第2章では、RARα高発現株であった肥満細胞腫の3株 (CoMS, VI-MC, CM-MC)と、RARα低発現株であったCIPp, HOS, LMeC株を用い、フローサイトメトリー法にてATRA処置後の細胞周期を調べた。その結果CoMS, VI-MCではG1期細胞の割合が増加し、細胞周期の停止が生じていることが示されたが、RARα低発現株では大きな変化は見られなかった。次にウェスタンブロット法にてp27(Kip1)とMad1の発現と、アポトーシスに関連して断片化caspase-3(caspase-3の活性型)の発現を調べた。その結果、ATRA処置後にRARα高発現株3株でp27(Kip1)発現の増加、またCoMS, VI-MCでMad1発現の増加が見られ、細胞周期の停止が示唆された。RARα低発現株では処置後の増加は見られなかった。以上の結果より、ATRAがRARαを介して細胞周期を停止させて増殖抑制効果を示していると考えられた。 一方、CM-MCではRARαは高発現しているが細胞周期のG1期停止はあまり強くは見られず、Mad1の発現に大きな変化はなかった。しかしアポトーシスに関しては、CM-MCとVI-MCで断片化caspase-3の発現がATRA処置後経日的に増加しており、TUNEL法によってもアポトーシスの生じたことが示された。RARα低発現株では処置後の断片化caspase-3の発現は見られなかった。したがって、ATRAのRARαを介した効果には細胞周期の停止だけではなく、アポトーシス誘導効果も関与すると考えられた。 肥満細胞腫細胞株移植免疫不全マウスモデルにおけるATRAの抗腫瘍効果 第3章ではin vitroの成績を踏まえ、VI-MCをヌードマウスの皮下に移植して腫瘍を形成させ、ATRAを1mg/kgまたは3mg/kgの用量で経口的に投薬し、ATRAの増殖抑制効果を調べた。その結果、コントロール群と比較してATRA投薬群では腫瘍の増殖が抑制された。1mg/kg群と3mg/kg群の間に差はなく、ATRAの増殖抑制効果は1mg/kgでも十分であると考えられた。腫瘍組織切片にてTUNEL法を行ったが、投薬群でややアポトーシス細胞が多かったものの、コントロール群との間に有意な差はなかった。 細胞株、肥満細胞腫細胞株移植ヌードマウスにおけるATRAと他の薬剤との併用 イヌ皮膚肥満細胞腫の治療は外科的切除が一般的である。しかしリンパ節転移症例や多発症例では補助的に化学療法や放射線療法などが組み合わせて実施される。肥満細胞腫に最も広く用いられる化学療法剤としては、プレドニゾロン (PRD) とビンブラスチン (VBL) がある。そこで、第4章では、実際の臨床応用を視野に入れ、ATRAとPRDならびにVBLを併用した時の効果をそれぞれin vitro, in vivoで検討した。 In vitroでは肥満細胞腫3株を用い、それぞれの薬剤を段階希釈し、ATRAとPRD、ATRAとVBL、ならびに3剤を併用して処置し、培養後の生細胞数を測定した。その結果、ATRAとPRDではやや高濃度で併用した場合、ATRAとVBLでは低~中濃度で併用した場合に、強い相乗効果が得られた。さらに3剤を併用した場合では、VI-MCでは若干、CoMSとCM-MCではさらに強い相乗効果を示した。 In vivoでは、第3章と同様にヌードマウスに細胞株を移植して腫瘍を形成後、ATRAとPRDは経口的に、VBLは経静脈的に投薬し、増殖抑制効果を調べた。しかし、どの併用の場合においても、相加あるいは相乗効果は見られなかった。この理由として、これらの薬剤はin vivoでは互いに拮抗する方向に働くという可能性がある。ヒトでは、前立腺癌細胞にATRAとドセタキセルの併用を行ったところ、ドセタキセルによる微小管の傷害が長期的なG2/M期停止を起こしたため、ATRAの効果に部分的に拮抗したという報告がある。ビンブラスチンもドセタキセルと同様に微小管阻害剤であるため、ATRAと拮抗した可能性も考えられるが、正確な原因は不明である。 以上より、ATRAはRARαを介して肥満細胞腫に細胞周期G1期停止、アポトーシスを起こすことで増殖抑制効果を示し、マウス移植モデルにおいても抗腫瘍効果を示した。しかし他の薬剤と併用した場合、in vitroでは相乗効果が見られたがin vivoでは見られなかった。ATRAを肥満細胞腫の補助的な治療薬として使用するにはさらなる効果・作用機序の検討が必要であると考えられるが、本研究によりその作用機序の一端を示すことができたことは、今後のATRAの臨床応用の可能性を示し、さらにその際の治療計画の決定にも重要な情報となるものと考えられた。 | |
審査要旨 | レチノイドはビタミンA誘導体で、細胞の増殖、成熟、分化において重要な役割を果たしており、またその作用は核内レセプターを介すると言われている。レチノイドレセプターにはレチノイン酸レセプター (RARα,β,γ) とレチノイドXレセプター (RXRα,β,γ) があり、それぞれ別の遺伝子によってコードされている。一方レチノイドは、医学領域においてRARα遺伝子の染色体転座が原因である急性前骨髄球性白血病 (APL) の第一選択薬として用いられ、さらに近年、他の固形癌においてもレチノイドの抗腫瘍効果が報告されている。そこで本研究では、代表的な天然レチノイドであるATRAを用い、イヌの腫瘍細胞株、特に細胞増殖抑制効果が示唆されている肥満細胞腫におけるATRAの抗腫瘍効果について多面的に検討した。 第1章では、自然発症症例から樹立したイヌの4つの腫瘍の計17種の腫瘍細胞株(乳腺腫瘍6株、骨肉腫3株、悪性黒色腫5株、肥満細胞腫3株)を用い、RARα,β,γ遺伝子の発現をリアルタイムPCRで検討した。その結果、ATRAの腫瘍増殖抑制効果にはRARαが最も大きく関与すると考えられた。また、RARαは肥満細胞腫の3細胞株で他の細胞株より高い発現が見られ、ATRA投与による増殖抑制効果もより強い効果を示し、さらにATRAによる増殖抑制効果とRARα発現との間には強い関連が示された。これらの結果から、ATRAはイヌ肥満細胞腫の治療薬となりうること、およびRARαの発現がATRA治療に対する反応性の指標となる可能性が示唆された。 レチノイドは腫瘍細胞に分化やアポトーシスを誘導し、抗腫瘍効果を示している可能性がある。そこで第2章では、RARα高発現株であった肥満細胞腫の3株 (CoMS, VI-MC, CM-MC) と、RARα低発現株であった他の腫瘍の3株を用い、分化との関連が報告されている細胞周期からの脱出について検討した。フローサイトメトリーにてATRA処置後の細胞周期を調べたところ、CoMS, VI-MCではG1期細胞の割合が増加し、細胞周期の停止が示されたが、RARα低発現株では大きな変化はなかった。次にウェスタンブロット法により、細胞周期の停止または遅延と関係するp27(Kip1)とMad1の発現と、アポトーシスに関連する断片化caspase-3(caspase-3の活性型)の発現を調べた。その結果、ATRA処置後にRARα高発現株でp27(Kip1)発現の増加、またCoMS, VI-MCでMad1発現の増加が見られ、細胞周期の停止が示唆された。したがって、ATRAはRARαを介して細胞周期を停止させ、増殖抑制効果を示すものと思われた。 一方、アポトーシスに関しては、Mad1発現の増加が見られなかったCM-MCとVI-MCで断片化caspase-3の発現が増加しており、ATRAのRARαを介した効果には細胞周期の停止だけではなく、アポトーシス誘導効果も関与すると考えられた。 第3章では、VI-MCをヌードマウスの皮下に移植して腫瘍を形成させ、ATRAを経口投与し、ATRAの増殖抑制効果を調べた。その結果、ATRA投薬群では1mg/kgの用量で腫瘍の増殖が抑制された。 第4章では、肥満細胞腫に対する臨床応用を視野に入れ、ATRAとプレドニゾロン(PRD) ならびにビンブラスチン (VBL) を併用した時の効果をそれぞれin vitro, in vivoで検討した。それぞれの薬剤を段階希釈し、ATRAとPRD、ATRAとVBL、ならびに3剤を併用して3株の細胞に処置し、培養後の生細胞数を測定した。その結果、ATRAとPRDではやや高濃度で併用した場合、ATRAとVBLでは低~中濃度で併用した場合に、強い相乗的な増殖抑制効果が得られた。3剤を併用した場合では、CoMSとCM-MCで強い相乗効果が見られた。一方、ヌードマウス移植モデルにおいて、3剤の併用効果を調べたところ、どの併用の場合においても、相加あるいは相乗的な腫瘍増殖抑制効果が見られなかった。この理由として、VBLが微小管阻害剤であるため、ATRAの作用と拮抗した可能性も考えられるが、正確な原因は不明であった。 以上より、ATRAはRARαを介して肥満細胞腫に細胞周期G1期停止、アポトーシスを起こすことで増殖抑制効果を示すことが明らかとなったが、他の薬剤と併用した場合、in vivoでは相乗効果が見られなかった。したがって今後ATRAを肥満細胞腫の補助的な治療薬として使用するにはさらなる効果・作用機序の検討が必要であると考えられるが、本研究によりその作用機序の一端を示すことができたことは、今後のATRAの臨床応用の可能性を示し、さらにその際の治療計画の決定にも重要な情報となるものと考えられた。 以上要するに、本研究は治癒の困難なイヌ肥満細胞腫に対し、レチノイドの臨床的有用性を明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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