No | 124759 | |
著者(漢字) | 真砂,佳代 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マサゴ,カヨ | |
標題(和) | 生体適合性カチオニックポリマーによる遺伝子導入 | |
標題(洋) | Gene delivery with biocompatible cationic polymer | |
報告番号 | 124759 | |
報告番号 | 甲24759 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3179号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 遺伝子治療は種々の根治不可能な疾患への治療法として注目を集めている。正規の手続きを踏んで行われた遺伝子治療の第一号は、アメリカで1990年に行われたレトロウィルスを用いた遺伝子デリバリーによるアデノシンデアミナーゼ欠損症の治療である。以降、遺伝子デリバリーシステムには天然のウィルスを材料として作製したウィルスベクターを用いる手法が中心となっていた。しかし、ウィルスベクターは高い遺伝子導入効率を有する一方、死亡を含む重篤な免疫反応や毒性などの副作用を誘発することが報告されている。当初は予想できなかった副作用が明らかとなり、ウィルスベクターを使用した遺伝子治療の臨床試験が一部中止・制限されたことは記憶に新しい。非致死性の疾患を遺伝子治療の対象とする場合、致死的な副作用は大きな障壁となる。このような背景から安全性の高い 非ウィルス性の遺伝子デリバリーシステムの開発が期待されている。 非ウィルス性遺伝子デリバリーシステムは、DNAが天然のアニオン性物質であることを利用し、これにカチオン性物質を結合させてコンプレックスを形成させることを基本原理としている。このコンプレックス形成はDNAを安定化し、デリバリーに有効な諸性能を持たせることができる。現在までに最も活発に研究が行われている非ウィルス性のデリバリーシステムとして、カチオン性脂質とDNAの静電相互作用に基づいて形成される会合体、すなわちlipoplexがある。カチオン性脂質としてはこれまで数多くのものが検討されているが、いずれも粒子全体をカチオン化し、陰性荷電した細胞膜との相互作用を増強させることで遺伝子導入効率を高めたものが多い。しかし、ウィルスベクターの導入効率には依然及ばないところが最大の問題である。一方、生体高分子分野においてもDNAがカチオン性の高分子(ポリマー)と静電相互作用に基づいて会合し、ポリイオンコンプレックス (polyion complex; PIC)と呼ばれる会合体を形成することが知られていた。このようなPIC系を遺伝子デリバリーシステムとして応用する試みは現在注目されており、polyplex型システムと総称されている。 一般に、遺伝子デリバリーシステムの実用化に向けた評価は、i) レポーター遺伝子導入効率と、ii) 毒性評価の2点で行われる。このうち毒性に関しては、in vitroでのMTTアッセイ法で評価するのが主流であったが、これだけを判断材料とするのでは不十分との考えから、遺伝子導入後の細胞内の遺伝子発現変化を包括的に評価するといった薬理ゲノミクス的な分析の必要性も現在では提唱されている。こうした新しいアプローチはポリマーゲノミクスやマテリアルゲノミクスとも呼ばれ、臨床応用を視野に入れた遺伝子デリバリーシステムの安全性を判断する際の重要な評価手段と位置付けられつつある。 最近、片岡らは新しいpolyplex型システムとして高分子ミセル型の遺伝子デリバリーシステムを構築した。このデリバリーシステムは、親水・非イオン性連鎖であるポリエチレングリコール(PEG)とポリカチオンのブロック共重合体に、マイナス荷電のDNAを加えることで自発的に形成させたナノメートルサイズの高分子ナノミセル型構造体を活用したものである。遺伝子デリバリーシステムに使用するポリカチオンは、ポリアスパラギン酸の側鎖を種々のアミン化合物で修飾したポリマーライブラリーを作製し、これらの中から遺伝子導入効率と細胞毒性試験の結果をもとに選出した。その結果、側鎖にDiethylenetriamine; (DET:CH2CH2NHCH2CH2NH2)を有するブロック共重合体のPEG-P[Asp(DET)]、 およびPEGの付かないカチオン性ホモポリマーP[Asp(DET)]が低毒性で、且つ高い遺伝子導入効率を有することを見出した。ところで、側鎖に存在するジエチレントリアミンは中性付近のpH環境下ではモノプロトン化している。これは市販のカチオン性ポリマー試薬であるlinear poly (ethylenimine) (LPEI)など低いpKaをもつポリマーが高い遺伝子導入効率を持つこと、即ち、"プロトンスポンジ効果"と同様のメカニズムを期待させる。なお、PEG-P[Asp(DET)]を用いたin vivo実験では、良好な遺伝子導入効率だけでなく、生体への悪影響も他の遺伝子デリバリーシステムと比べて軽度であることが報告されている。こうした知見は、側鎖であるP[Asp(DET)]の安全性確保の観点からMTTアッセイ法以外のさらなる追加評価の必要性も生じてきた。 そこで本研究では、まずP[Asp(DET)] の培養細胞に対する遺伝子導入効率と細胞毒性を市販のLPEIを対照試薬として従来法で比較検討した。この評価法では、P[Asp(DET)]は遺伝子導入効率、細胞毒性共にLPEIと差異無く良好な成績を示した。次に、ウミホタルルシフェラーゼ安定発現細胞株であるHuH-7-Lucを用いて、P[Asp(DET)]とLPEIの両ポリマーによる遺伝子導入効率と、これに伴う細胞への影響を評価した。具体的には、P[Asp(DET)]またはLPEIを用いてレニラルシフェラーゼ遺伝子を細胞へ導入後、この外来性レニラルシフェラーゼと内在性ウミホタルルシフェラーゼの活性を共に測定し、経時的に評価した。その結果、P[Asp(DET)]とLPEIを用いた場合で外来性レニラルシフェラーゼ活性、即ち、導入効率に差異は認められないものの、内在性ウミホタルルシフェラーゼ活性がLPEIを使用した細胞でのみ経時的に減少するという異なったプロファイルが得られた。細胞増殖曲線からもLPEIを使用すると2日目以降の細胞増殖に著明な抑制が認められた。これらの現象はポリプレックス自体を除去しても認められたことから、解離したLPEIが細胞内で時間依存的に障害を及ぼすものと推察した。 細胞毒性の観点でP[Asp(DET)]がLPEIより勝っていることは以下の3つの実験からも判断した。まず第一に、遺伝子導入の初期過程であるポリプレックスと細胞膜との相互作用時の膜不安定度合をlactate dehydrogenase (LDH)アッセイ法で検討した結果、LPEIで遺伝子導入した細胞は導入後24時間まで時間依存性にLDHの漏洩が認められ、細胞障害性が示唆されたが、一方、P[Asp(DET)]の場合のLDH漏洩はLPEIと比較すると顕著に低いものであった。次に、P[Asp(DET)]とLPEIを用いたレポーター遺伝子導入時の1細胞当たりの遺伝子導入コピー数をリアルタイムPCRで定量した。P[Asp(DET)]でのレポーター遺伝子導入量は、導入後24時間まで経時的に増加したが、LPEIを使用した場合は24時間後付近でコピー数の減少が認められた。この減少はLPEIの毒性により細胞のポリプレックス取り込み能が経時的に減少したことに起因すると推察した。更に、細胞機能への影響をゲノミクスの観点から検討するため、ポリプレックス存在下で培養した細胞内の11種類のハウスキーピング遺伝子の発現変動を定量PCRにより評価した。その結果、LPEI存在下で培養した細胞では遺伝子導入72時間後でのハウスキーピング遺伝子発現が明らかに減少していたが、P[Asp(DET)]を用いた細胞では11種類全ての遺伝子において顕著な発現変動は認められなかった。 以上の結果は、P[Asp(DET)]がLPEIと比べると明らかに低い細胞毒性を有するカチオン性ポリマーであることを証明し、治療を目的とした遺伝子デリバリーツールとして高い潜在力を有していることが示唆された。この可能性は、実際にP[Asp(DET)]を用いて機能性遺伝子を初代培養細胞に導入し、その細胞の分化誘導を観察することで更に実証した。caALK6とRunx2は両者とも骨形成の分化誘導因子であることが知られている。マウス頭蓋冠より分離した初代培養細胞へ両ポリマーを使用してこれらの遺伝子を導入し、骨分化の特異的マーカーであるオステオカルシンの遺伝子発現を指標に両者を評価した。P[Asp(DET)]で導入した細胞ではオステオカルシン遺伝子の時間依存的な発現増強が確認できたが、LPEIを使用した細胞では11日経過後も当該遺伝子の発現は認められなかった。以上の結果から、P[Asp(DET)]が分化誘導など実用的な使用の際に影響を与えない有効な遺伝子デリバリーシステムであることが示された。また同時に、本研究より新規遺伝子デリバリーシステムを評価する場合、従来のレポーター遺伝子導入効率とMTTアッセイ法のみならず、様々な評価法を活用し、多方面から導入効率や安全性を評価することが重要であることが明らかとなった。 | |
審査要旨 | 本研究は、遺伝子を効率的に送達するデリバリーシステムの生体内における適合性の評価を目的とし、新規合成されたポリマー系P[Asp(DET)]の細胞に及ぼす影響を解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.ヒト肝癌細胞株(HuH-7)とマウス初代培養細胞を用いて、新規ポリマーであるP[Asp(DET)]の遺伝子導入効率と細胞毒性を市販ポリマーであるLPEIと比較した。遺伝子導入効率とMTTアッセイによる毒性評価では両ポリマー間に差違は無かった。 2.ホタルルシフェラーゼ(Luc)を安定発現しているHuH-7-Lucに対して、P[Asp(DET)]とLPEIを用いてウミシイタケルシフェラーゼ(RL)の遺伝子を導入し、両ルシフェラーゼ活性を経時的に測定した。遺伝子導入したRLは両ポリマーで同等の発現効率を認めた。一方、内在のLucは、遺伝子導入にP[Asp(DET)]を用いた細胞では発現変動は見られなかったが、LPEIで導入した細胞では2日目以降から細胞毒性に起因すると思われる発現減少が認められた。 3.遺伝子導入の初期過程であるポリマーと細胞膜との相互作用時に膜障害が起こるかどうかをlactate dehydrogenase (LDH)アッセイ法で検討した結果、LPEIで遺伝子導入した細胞に比べP[Asp(DET)]を用いた細胞のLDH漏洩は顕著に低かった。続く導入過程の評価として、P[Asp(DET)]とLPEIを用いたレポーター遺伝子導入時の1細胞当たりの遺伝子導入コピー数をPCRで定量した。P[Asp(DET)]でのレポーター遺伝子導入量は、導入後24時間まで経時的に増加したが、LPEIではコピー数の取り込み量が減少した。更に、LPEI存在下で培養した細胞では、遺伝子導入72時間後に調べた主要なハウスキーピング遺伝子に関し、その発現が明らかに減少していたが、P[Asp(DET)]を用いた細胞では顕著な発現変動は認められなかった。これらは細胞内に取り込まれたLPEIの時間依存的な毒性によると推察された。 4.マウス頭蓋冠より分離した初代培養細胞に、両ポリマーを使用して骨分化誘導遺伝子(Runxs2とcaALK6遺伝子)を導入した。当該遺伝子はどちらのポリマーを使用した細胞にも導入されたにもかかわらず、導入後11日目に骨分化のマーカーであるオステオカルシンの発現を認めたのはP[Asp(DET)]で導入した細胞だけであった。 以上、本論文はP[Asp(DET)]が細胞の分化機能などに影響を与えない実用的な遺伝子デリバリーシステムであること、また、新規遺伝子デリバリーシステムを評価する場合、従来のレポーター遺伝子導入効率とMTTアッセイ法のみならず、様々な評価法で導入効率や安全性を評価することが重要であることを示したものである。本研究は従来と異なった観点で新規遺伝子デリバリーシステムの適合性を評価する重要性を示し、今後の遺伝子治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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