学位論文要旨



No 124763
著者(漢字) 新村,優佳
著者(英字)
著者(カナ) シンムラ,ユカ
標題(和) 歯の再生治療に向けたマラッセの残存上皮細胞の新規細胞源としての利用の検討とその特性の解析
標題(洋)
報告番号 124763
報告番号 甲24763
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3183号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 准教授 石井,聡
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

目的

虫歯や歯周病が原因で歯が喪失すると咀嚼力が低下し、QOLを維持することが困難になる。現在の歯科治療では義歯やインプラント等の人口材料で補綴をするしかないが、自己の細胞で天然の歯を再生させることができれば理想的な治療法になると考えられる。しかし歯の再生治療を実現するためにはまだ多くの課題が残されている。骨や皮膚と異なり歯を再生させるためには上皮と間葉の相互作用が必要であるが、歯の再生治療を実現するために有効な上皮細胞源は現在見つかっていない。歯再生のための上皮細胞源としては歯性上皮細胞が最も有用であると考えられるが、歯の萌出後も成体内に存在している歯性上皮細胞は、マラッセの残存上皮細胞(ERM)のみである。しかしERMの特性については現在も不明な点が多く残されている。

細胞の特性を解析し、再生治療に応用するためには長期培養が有効だが、間葉細胞と違い上皮細胞の長期培養は困難であり、ERMの長期培養法も完全には確立していなかった。そこでこれまで皮膚や歯胚上皮細胞の長期培養に用いられてきた3T3-J2細胞をフィーダー細胞としてERMの培養を試み、長期培養法を確立後、特性の解析を行った。更に培養したERMと歯髄細胞と併せてラットに移植し組織形成能を評価した。又、臨床応用を視野に入れて、3T3-J2細胞よりも安全なフィーダー細胞の検討を行った。

方法と結果

1.ERMの存在の確認

生後6ヶ月のブタ下顎乳前歯歯根部の組織切片を作製し、組織学的及び免疫組織化学的染色を行った。HE染色によりERMの細胞塊が歯根膜内に確認された(図1A)。歯根膜内のERMは、cytokeratin14には陽性を示したが(図1B)、vimentin(図1C)とamelogenin(図1D) には陰性だった。

2.長期培養法の確立

同前歯を抜歯後、歯根膜組織を剥離し消毒した後、分割した組織小片を器官培養にて培養した。歯根膜組織から上皮様細胞と歯根膜様細胞が増殖した後、ERMのみにするために無血清上皮選択培地に交換し、歯根膜様細胞を排除した。マイトマイシンC処理をした3T3-J2細胞上に、プライマリーのERMを播種、上皮成長因子添加培地にて培養した。ERMが80%コンフルエントになった時点で同様にして継代培養を行った。

ERMは3T3-J2細胞上で増殖し、10継代まで培養を繰り返すことができた。培養増殖したERMは上皮細胞に典型的な多角形の形態を示し、歯胚上皮細胞や口腔粘膜上皮細胞と類似した形態を示した。コントロールとしてコラーゲンIコートディッシュに播種したERMは肥大化しコロニーは大きくならなかった。

3.増殖能の比較

1,4,10継代目におけるERM の7日目と14日目の増殖能を比較した。コントロールとして3T3-J2細胞上に播種した歯胚上皮細胞(EOE;4継代目)と、コラーゲンIコートディシュ(col-1)に播種したERM(1継代目)を用いた。

ERMとEOEの細胞増殖の割合は類似していたが、コラーゲンIコートディシュに播種したERMの増殖能は有意に低かった(p<0.05)(図2)。

4.遺伝子の解析

1,4,10継代目におけるERMの遺伝子の発現を解析した。コントロールとして歯根膜組織(PDLT)、4継代目の歯根膜細胞(PDL)、歯胚上皮細胞(EOE)と口腔粘膜上皮細胞(OE)を用いた。

10継代まで培養してもERMは上皮細胞のマーカーであるcytokeratin2とdesmoglein1を発現していたが、間葉のマーカーであるperiostinと ALPの発現はなかった。一方PDLと PDLTはperiostinとALPの発現がみられた(図3A)。ERMとEOEはameloblastinとtuftelinの発現が見られた点は同じだったが、MMP20とKLK4はEOEのみで発現が見られた。amelogeninとenamelinは全ての細胞で発現が見られなかった。OEは上皮細胞のマーカーの発現は見られたもののエナメルタンパク関連遺伝子の発現は見られなかった。

5.エナメル質形成能の評価

in vitroでは、4継代目のERMを2継代目の歯乳頭細胞と共培養し蛍光免疫染色にてamelogeninの発現を確認した。コントロールとしてERMを3T3-J2細胞上に播種したものを用いた。 in vivoにおいては、4継代目のERMとフレッシュ乳頭細胞を担体に播種し、ラットの大網中に移植した。コントロールとしてOEと歯乳頭細胞を担体に播種したものを用いた。移植後2、4、8週にて取り出し、切片を作製後、組織学的および免疫組織化学的に解析した。

ERMを3T3-J2細胞上で培養した時にはERM(e)が観察された(図4A,D)。この時ERMはCK14の発現は見られたが(図4B)amelogeninとvimentinの発現は見られなかった(図4C,E)。ERMを歯髄細胞と共培養をした時には上皮細胞(e)と歯髄細胞(p)が観察され(図4F,I)、ERMはCK14とamelogenin両方の発現が見られた(図4G,H)。歯髄細胞のみvimentinの発現が見られた(図4J)。

移植実験では、移植2週で上皮細胞塊が(図5A;矢印)、4週で歯胚様組織が観察された(図5B)。CK14とamelogeninの発現は、エナメル芽細胞様細胞(a)と星状網細胞様細胞(s)の部分で観察された(図5D)。 DSPの発現は、象牙芽細胞様細胞(o)で観察された(図5E)。5Bの強拡大写真では、象牙芽細胞様細胞(o)、象牙質様組織(d)、エナメル芽細胞様細胞(a)、星状網細胞様細胞(s)が観察され(図5F)、5Dの強拡大写真ではamelogeninに陽性の細胞は象牙質様組織に隣接して観察された(図5G)。コントロールの移植物においては骨様構造物(矢印)は観察されたが歯胚様構造は観察されなかった(図5H)。移植8週では、象牙質様組織(d)の表面にエナメル質様組織(e)の形成が観察された(図6A)。6Aの強拡大写真ではエナメル芽細胞様細胞(a)が、エナメル様組織(e)に垂直に並んでいた(図6B)。amelogeninの発現はエナメル質様組織(e)、エナメル芽細胞様細胞(a)、星状網細胞様細胞(s)で確認された(図6C)。又、コントロールではamelogeninの発現は観察されなかった(図6D)。

5.新しいフィーダー細胞の検討

3T3-J2細胞より安全で入手が容易なフィーダー細胞を探索するため、ERMと同種のブタ口腔関連間葉細胞(歯根膜線維芽細胞、歯髄細胞、歯肉線維芽細胞)をフィーダー細胞に用いてERMの培養を検討した。フィーダー細胞上で継代培養したERMを観察し、遺伝子発現を調べた。又、3T3-J2細胞上で培養したERMと増殖能を比較した。

新たな3種類のフィーダー細胞上で培養したERMは培養14日目には3T3-J2細胞上(図7D;矢印:ERMのコロニー)よりも大きなコロニーを形成し(図7A-C)、細胞増殖能も有意に高かった(P<0.05)。遺伝子発現は3T3-J2細胞上で培養した時と類似しており、未分化性を維持しながら継代培養ができることが示唆された。

結論

本研究ではERMはフィーダー細胞を用いた長期培養が可能であることが示され、エナメル芽細胞様細胞への分化能を有しamelogeninを産生することが示唆された。更に、歯性間葉細胞と接触させることによりエナメル質様組織を形成することが示唆された。そして、エナメル芽細胞はエナメル質を形成した後消滅してしまう一方、ERMは成体内に存在し続けることからエナメル質再生の新たな細胞源となりうる可能性が示唆された。

又、発癌性の可能性が危惧されている3T3-J2細胞の代わりに同種の口腔関連間葉細胞をフィーダー細胞として用いてもERMは表現型を維持したまま継代培養ができることが明らかにされた。従って、より安全な自己の細胞だけでERMは十分培養可能であることが示された。

図1 ブタ乳歯歯根部内のERM

図2 細胞増殖能の比較

図3 RT-PCR解析

図4 共培養実験の蛍光免疫染色

図5 移植2週、4週後の移植物

図6 移植8週後の移植物

図7 フィーダー細胞上で培養したERM

審査要旨 要旨を表示する

歯の再生治療を実現するために有効な上皮細胞源は現在見つかっていない。そこで本研究では歯の再生治療に向けた新規細胞源として、唯一成体内に存在している歯性上皮細胞であるマラッセの残存上皮細胞(epithelial cell rests of Malassez :ERM)に着目した。細胞の特性を解析し、再生治療に応用するためには長期培養が有効歯の再生治療を実現するために有効な上皮細胞源は現在見つかっていない。そこで本研究では歯の再生治療に向けた新規細胞源として、唯一成体内に存在している歯性上皮細胞であるマラッセの残存上皮細胞(epithelial cell rests of Malassez :ERM)に着目した。細胞の特性を解析し、再生治療に応用するためには長期培養が有効だが、間葉細胞と違い上皮細胞の長期培養は困難であり、ERMも特性の解析は進んでおらず、長期培養法も完全には確立していなかった。 だが、間葉細胞と違い上皮細胞の長期培養は困難であり、ERMも特性の解析は進んでおらず、長期培養法も完全には確立していなかった。

そこで、マウスの3T3細胞をフィーダーレイヤーとして用いた歯胚上皮細胞の長期培養法の技術をブタのERMの長期培養に応用し、長期培養法を確立後ERMの特性の解析を試み、更に培養したERMのエナメル質形成能の評価を行い、下記の結果を得ている。

1.3T3細胞をフィーダー細胞に用いるとERMは表現型を維持したまま10継代目まで培養が可能であり、コラーゲンコートディッシュ上に直接播種したときよりも高増殖能を示した。

2.培養したERMは、上皮細胞のマーカーであるcytokeratin2とdesmoglein1、エナメルたん白のマーカーであるameloblastin、エナメルたん白関連遺伝子のマーカーであるtuftelinの発現が見られた。ERMの遺伝子発現は他の口腔関連上皮細胞である歯胚上皮細胞や口腔粘膜上皮細胞と異なっていた。

3.in vitroで歯髄細胞と共培養することで、ERMはamelogeninの発現が観察され、エナメル芽細胞へ分化したことが示唆された。コントロールとして3T3をフィーダーレイヤーとして培養したときにはERMにamelogeninの発現は見られなかった。

4.ERMと歯髄細胞をコラーゲンスポンジに播種しラットの大網に移植をすると、2週後 の移植物において上皮細胞塊が確認された。移植4週後の移植物においては、amelogeninに陽性のエナメル芽細胞の配列を認めた。移植8週後の移植物においてはエナメル質様の構造が観察された。コントロールとして、ERMの代わりに口腔粘膜上皮細胞と歯髄細胞を同様にして移植したものでは、骨様硬組織は観察されたもののエナメル芽細胞等へ分化した細胞は観察されなかった。

5.3T3細胞の代わりに同種(ブタ)の口腔関連間葉細胞(3種類)をフィーダー細胞に用いてもERMは表現型を維持したまま継代培養が可能であった。

6.ERMの細胞数を少量にすると、3T3細胞をフィーダー細胞に用いるよりも3種類のフィーダー細胞を用いる方がERMは高増殖能を示した。

以上、本論文は、フィーダー細胞を用いることによりERMは長期培養が可能となることを示し、更に3T3細胞よりも同種の細胞をフィーダー細胞として用いた方が高増殖能を示すことを明らかにしたことから、自己の細胞をフィーダー細胞に用いても長期培養できる可能性を示すことができた。

又、成体内に存在する上皮細胞であるERMはエナメル芽細胞への分化能を有し、歯髄細胞と合わせて移植をするとエナメル質を再生することが示されたことから、ERMは歯の再生治療の新規細胞源となりうる可能性が示めされたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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