学位論文要旨



No 124764
著者(漢字) 田口,祐
著者(英字)
著者(カナ) タグチ,ユウ
標題(和) 破骨細胞形成に必須な持続的RANKシグナルの伝達機構
標題(洋)
報告番号 124764
報告番号 甲24764
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3184号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 准教授 金井,克光
 東京大学 講師 新井,郷子
内容要旨 要旨を表示する

骨は骨格として身体の形態を維持するだけでなく、カルシウムの貯蔵や造血など様々な役割を担う多機能臓器である。骨は骨芽細胞による造骨・骨形成と、破骨細胞による溶骨・骨吸収の活性バランスにより一定量に保たれており、そのバランスの破綻は様々な骨疾患を呈することが知られている。特に破骨細胞は、骨粗鬆症や関節リウマチにおける骨量減少、癌骨転移における転移空間形成の原因細胞と考えられている。そのため、破骨細胞の分化・活性化のメカニズムを解明することは、骨疾患の発症・病態の理解及びそれらに対する治療法開発に必要不可欠である。現在、破骨細胞を標的として骨疾患治療に主に使われているビスフォスフォネート系薬剤には多くの副作用があり、破骨細胞形成を特異的・選択的に抑制する薬剤の開発が待たれている。

破骨細胞は造血幹細胞由来の単球/マクロファージ系前駆細胞から、分化誘導される多核の巨大細胞である。骨芽細胞などから分泌されるサイトカインmacrophage-colony stimulating factor (M-CSF)は破骨前駆細胞/破骨細胞に生存シグナルを与え、同じく骨芽細胞などで発現されるサイトカインreceptor activator of NF-kB ligand (RANKL)は破骨前駆細胞に分化シグナルを与える。この両サイトカインの刺激により、破骨細胞は分化・成熟する。

RANKLの受容体RANKはtumor necrosis factor receptor (TNF-R) superfamilyに属しており、RANKLが結合することでTNF-R associated factor 6 (TRAF6)を介してIKKやMAPKsが活性化され、転写因子NF-kBやAP-1が活性化される。また、免疫グロブリン様受容体と会合するアダプター分子DNAX-activating protein 12 (DAP12)とFc-receptor common y-subunit (FcRy)がRANKL刺激依存的に活性化され、Syk/Btk/BLNKーphospholipase Cy (PLCy)ー細胞内Ca(2+)濃度振動ーcalcineurinの順で活性化され、破骨細胞分化のマスター転写因子NFATc1が活性化される。NFATc1はNF-kBやAP-1と協調的に働き、NFATc1自身をオートクライン的に発現誘導する。このNFATc1発現誘導によって破骨細胞分化が誘導されることが明らかになっている。このDAP12/FcRyを介したシグナル伝達経路は、co-stimulatory signal経路と言われている。

RANKと同じTNF-R superfamilyに属するCD40も破骨前駆細胞上に発現しており、RANKと同様にTRAF6を介してNF-kBやAP-1を活性化できるが、破骨細胞分化を誘導することはできない。そのため、RANKとCD40の機能差より、RANKには破骨細胞分化誘導に必須な機能領域が特異的に存在していると考えられた。本研究はこのRANK特異的な機能領域を同定し、RANKによる破骨細胞分化誘導の詳細なメカニズムの解明を目的として展開した。

当研究室では以前に、ヒトCD40 (hCD40)の細胞外領域とマウスRANK (mRANK)の膜貫通領域・細胞質内領域を融合させたキメラ受容体(h40/mRK-EAA)をマウス破骨前駆細胞にretro-virusを用いて発現させ、α-hCD40抗体でh40/mRK-EAAのみを特異的に刺激して、破骨細胞分化を誘導する実験系を構築していた。この実験系を応用し、h40/mRK-EAAの細胞質内領域における欠失変異受容体をシリーズ(del-1からdel-8と命名)で作成して、それぞれの破骨細胞分化誘導能を検討することで、RANK細胞質内領域において破骨細胞分化誘導に必須な領域を探索した。その結果、Ser-501からVal-539を欠失したdel-6受容体では破骨細胞分化誘導能が消失していた。Ser-501からVal-539はTRAF6結合部位とは異なる領域であり、新規機能領域であることが示唆された。また、この欠失領域を含む近辺のアミノ酸配列が進化的に高度に保存されていることがアライメント解析から明らかになったので、Pro-487からGlu-546の領域をHighly Conserved domain in RANK (HCR)と名付けた。

HCRの機能を解明するために、h40/mRK-EAAもしくはdel-6受容体を破骨前駆細胞に発現させ、α-hCD40抗体で刺激してRANK下流のシグナル分子について調べて比較した。その結果、90分間までの短時間刺激に対する応答では、IKKやMAPKs、co-stimulatory signal経路のPLCy2の活性化においては、h40/mRK-EAAとdel-6では差がみられず、HCRは短時間刺激では機能していないことが示唆された。しかし、刺激48時間後までシグナルを調べて比較したところ、IKKとPLCy2がh40/mRK-EAAへの刺激では48時間後まで活性化されていたのに対し、del-6受容体における活性化は顕著に減少していた。また、RANKL刺激24時間後の分化途中の細胞にPLC阻害剤を投与することで、破骨細胞分化誘導が阻害されることが明らかになり、長期活性化の重要性が示唆された。更に、破骨細胞分化を誘導できないhCD40にHCRを挿入したキメラ受容体(h40/HCR)では、破骨細胞を分化誘導できるようになり、PLCy2の活性化も長期維持されることが示された。これらの結果から、HCRにはIKK/NF-kBとPLCy2/co-stimulatory signalの活性化を長期継続維持してNFATc1の発現誘導を引き起こす機能が有り、破骨細胞分化誘導に必須な新規機能ドメインであることが明らかになった。

次に、HCR機能の分子メカニズムを明らかにするために、HCR結合タンパク質の同定を試みた。遺伝子破壊マウス等の解析により破骨細胞分化に重要であると既に報告されている分子のうち、RANKシグナルに関与すると思われる分子をHCR結合因子候補として考え、HCRとの結合を調べた。その結果、Grb2-associated binding protein 2 (Gab2)とDAP12がHCRと結合し得ることが明らかになった。更に、Gab2はHCRに分化刺激依存的に結合することが明らかになり、HCRにおいて新規シグナル複合体が形成される可能性が示唆された。

HCRのアミノ酸配列に対して相同性の有るタンパク質はRANK以外には見出せず、HCRはRANK特異的配列であることが示唆された。そのためHCRにおけるシグナル複合体はRANKシグナル特異的に機能している可能性が高く、副作用の少ない破骨細胞分化抑制剤を開発する標的として最適に思えた。即ち、HCRペプチドを破骨前駆細胞内に過剰に存在させることで、HCRのシグナル複合体形成を阻害して破骨細胞分化を抑制できると考えられた。そこで実際に、HCRペプチドを破骨前駆細胞内に過剰発現させたところ、破骨細胞の形成が顕著に抑制された。この結果は、仮説通りにHCRペプチドが破骨細胞分化抑制剤として機能することを示唆しており、溶骨性骨疾患に対する治療法の開発において重要な知見となるだろう。今後、HCRペプチドの導入方法や、in vivoでの抑制効果の検証を行いたい。

HCR機能の分子メカニズムをより詳細に明らかにするために、h40/mRK-EAA、del-6受容体、hCD40、h40/HCRの細胞内局在性を解析した。その結果、HCRを持つ受容体は刺激依存的に細胞膜上から細胞内へinternalizationされ、late endosomeに局在することが明らかになった。HCRは、受容体の局在を支配することで活性を調節する機能を保持している可能性が示唆された。

本研究における全ての結果を総合すると、RANKシグナルにおける新規分子メカニズムモデルが提唱できる。従来までは、RANK/RANKLはTRAF6を介してNF-kBを活性化し、同時にDAP12やFcRyが外部刺激によって活性化されてPLCy-Ca(2+)濃度振動という順にco-stimulatory signal経路が活性化されると考えられていた。しかし、本研究結果から、まずRANKL刺激によってTRAF6を介したNF-kBの活性化が起こり、次いでHCRにおいてGab2とDAP12を含むシグナル複合体が形成され、RANKは細胞内へinternalizationしてlate endosomeに局在し、RANKシグナルの活性化を維持することで細胞内Ca(2+)濃度振動が引き起こされてNFATc1の発現誘導が起こり、破骨細胞分化が誘導されるというモデルが考えられる。従来までのモデルとは、RANKの細胞内局在が変化する点と、HCRにおける新規シグナル複合体が形成される点において大きく異なる。本研究は今後のRANK解析において重要な知見と成り得るだろう。

本研究は、破骨細胞分化誘導におけるRANKシグナルの新規分子メカニズムを明らかにすると同時に、溶骨性骨疾患に対する新規治療薬開発の可能性を示した。これらのことは、破骨細胞分化を理解して、より良い治療方法を開発するための重要な知見となったであろう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨吸収を司る細胞である破骨細胞の分化メカニズムを明らかにするため、分化シグナルを担う受容体RANKの細胞質内領域に関して分子生物学的解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. マウスRANK膜貫通領域・細胞質内領域とヒトCD40細胞外領域を融合させたキメラ受容体h40/mRK-EAAにおいて細胞内領域欠失変異体をシリーズで構築し、それぞれの変異受容体における破骨細胞分化誘導能の検討を行い、破骨細胞分化誘導に必須である新規領域を同定した。また、各動物種由来のRANKアミノ酸配列におけるアライメント解析から同定した新規領域が高度に保存されていることが明らかになり、Highly Conserved domain in RANK (HCR)と名付けた。

2. RANK下流のシグナル分子を解析したところ、RANKやh40/mRK-EAAへの刺激ではIkBαとPLCy2のリン酸化が刺激24時間後以降まで持続しているのが見られたが、HCR欠失変異受容体への刺激ではその持続が消失していた。HCRにはRANKシグナルの活性化を長時間維持する機能が有ると推察された。

3. 破骨細胞分化を誘導できない受容体CD40にHCRを挿入することで、破骨細胞分化誘導能が付与された。また、この挿入キメラ受容体への刺激ではPLCy2のリン酸化が刺激24時間後以降まで持続しているのが明らかになった。これらのことより、HCRは新規機能領域であることが示唆された。

4. 破骨前駆細胞のRANKを刺激してから24時間後にPLCyに対する阻害剤を添加したところ、破骨細胞分化が阻害された。この結果より、RANKシグナルの活性化が長時間維持されることが破骨細胞分化に重要であることが示唆された。

5. 293T細胞を用いた過剰発現実験系において、アダプター分子Gab2とDAP12がHCRと会合することが明らかになった。また、破骨前駆細胞においてGab2が刺激依存的にh40/mRK-EAAと結合することが明らかになり、HCRにおいて新規シグナル複合体が形成されることが示唆された。

6. HCRのアミノ酸配列をペプチドとして破骨前駆細胞内に発現させることで、破骨細胞分化誘導が抑制された。HCRは骨吸収性疾患に対する治療法開発において標的に成り得ることが示唆された。

7. 刺激依存的な受容体の局在変化を検討したところ、HCRを持つ受容体は刺激依存的に細胞内へinternalizationされ、late endosome / lysosomeへと局在を変化させることが明らかになった。HCRは受容体のinternalizationを促進する役割を担っていることが示された。

以上、本論文は受容体RANKにおいて破骨細胞分化誘導に必須である新規機能領域HCRを同定し、更にHCRの機能と分子機構を明らかにしたものである。本研究はこれまで未知であった受容体RANKにおける破骨細胞分化誘導シグナルの分子メカニズムの解明に重要な貢献をなし、更に骨吸収性疾患への新規治療方法開発へも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク