学位論文要旨



No 124765
著者(漢字) 趙,顯洙
著者(英字) Cho,Hyun Soo
著者(カナ) チョウ,ヒョンス
標題(和) 新規モーター分子KIF21Aの分子細胞生物学的研究
標題(洋) The Molecular Cell Biology of a New Kinesin Superfamily Protein, KIF21A
報告番号 124765
報告番号 甲24765
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3185号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 准教授 神野,茂樹
 東京大学 講師 栗原,由紀子
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

キネシンスーパーファミリー蛋白KIF21Aは1999年に同定が報告された微小管上をATPを加水分解しながら能動的に移動するモーター分子である。最初の報告では神経系などの臓器での発現がみられることがノザンブロッティング法やin situ hybridization法により報告された。KIF21Aが細胞内で運搬する具体的なcargo(荷物)には言及されていない。その後先天性外眼筋線維症 Congenital fibrosis of the extraocular muscles (CFEOM)の原因遺伝子としての報告がある。2003年のNature Genetics誌にてCFOEM1の家系におけるKIF21Aの遺伝子座の変異が発表され、その後合わせて24本の論文がCFEOMとKIF21A遺伝子座における変異に関して発表されている。神経原性であるCFEOM1においてKIF21Aに変異を認める報告が多数あるが未だその疾病の発症機構は明らかにされていない。動眼神経の軸索の伸長阻害が認められる症例報告もある。本研究はこれまで報告のないKIF21Aが担う細胞内物質輸送のcargoを特定し、その生物学的な機能を解明し、CFEOMの発症機構を明らかにすることを目的としている。

[方法・対象]

KIF21Aのcargoを同定するためにイーストツーハイブリ法、生化学的結合実験、免疫染色を用いた。また、免疫沈降法、免疫染色により、KIF21Aが結合蛋白を介して複合体として輸送している蛋白を見い出した。dominant negative constructの強制発現やmiRNAを用いたKIF21Aの機能阻害実験によりKIF21Aの輸送が神経細胞の軸索の形成に寄与しているかをみた。

[結果]

イーストツハイブリ法による結合蛋白の探索

KIF21Aの結合蛋白を探すためにKIF21AのC末端に位置するWD40部位(a.a.1214-1593)とそのすぐ上流にあるα-helical領域(a.a. 857-1090)部分をbaitとしてmouse brain cDNA libraryをイーストツーハイブリ法を用いてスクリーニングした。その結果、80個のpositive cloneが得られ、そのうち2個の独立したElmo1のクローンが得られた。Elmo1とKIF21A両分子の結合する最小領域を調べた結果、Elmo1がKIF21Aのα-helix領域に結合することが分かった。同様にしてKIF21AがElmo1のN-末端に結合することが認められた。

Elmo1がKIF21Aに直接結合

KIF21AとElmo1の直接結合過程を確認するためにin vitro binding assayを実施した。GST-KIF21AとHis-Elmo1をそれぞれ精製し、binding assayを行った結果、His-Elmo1がGST-KIF21Aに特異的に結合することが確認された。さらにGFP-KIF21AとcMyc-Elmo1をCos7細胞系列にco-transfectionし、抗GFP抗体で免疫沈降実験を行った。normal rabbit IgGではElmo1は共沈せず、GFP-KIF21Aと共沈することが分かった。KIF21AにCFEOMの家系と同じ点変異を入れてElmo1と結合するかどうかを調べた。KIF21Aに起因するCFEOMの患者家系の84.2%がもっているKIF21AのR943W点変異を作ってHis-Elmo1とのbinding assayを行ったところ、野生種GST-KIF21Aと比べてGST-KIF21A(R943W)はHis-Elmo1との結合が43%減少した。

KIF21AがElmo1-Dock180-Rac1複合体を運ぶ

Elmo1がDock180と結合し、Rac1の活性を調節することが知られている。免疫沈降法により、これらの蛋白がKIF21Aと結合しているかを調べた。抗KIF21Aウサギ抗体を作製し、マウスbrain lysateを使用した結果、Elmo1,Dock180,Rac1がKIF21Aと共沈することが分かった。海馬神経細胞を用いて免疫染色を行ったところ、div1の海馬神経細胞においてKIF21AはElmo1,Dock180,Rac1と共局在することが認められた。

KIF21AのmiRNA実験

KIF21Aをknockdownするため、KIF21AのmiR RNAをデザインした。Neuro2A細胞でKIF21A miR RNAを3つ試し、#2023と#2119の2つがウエスタンブロッティング法と免疫染色法でそれぞれ有為にKIF21Aの翻訳を抑制していることを確認した。この2つを使用してFRAP(Fluorescence Recovery After Photobleaching)を行うため、div1の海馬神経細胞にKIF21A miRNAとGFP-Rac1又はGFP-Elmo1をco-transfectionした。その結果、KIF21A miRNAと共にGFP-Rac1あるいはGFP-Elmo1をtransfectionしたものの方が蛍光強度の回復がcontrol miR RNAより遅くなることが分かった。また、KIF21A miRNAとGFP-Rac1をdiv3の海馬にco-transfectionして48時間培養した後、軸索のGFP蛍光強度を測定した。FRAPの結果と同様にKIF21A miRNAを入れた細胞の方がcontrol miRNAを入れた細胞よりGFP-Rac1のsignalが軸索において30%少ないことが示された。これらの結果により、KIF21AがElmo1、Dock180とRac1を軸索内で運ぶことが示唆された。

KIF21Aのactin又は軸索伸長への影響

Rac1がRho family GTPaseとしてactin細胞骨格を調節し、特に軸索の成長と誘導に関与しているという報告がある。そこで、KIF21Aのactin及び軸索伸長への関与を調べた。KIF21A miRNAとcontrol miRNAをGFPとco-transfectionをして軸索の長さを測定したところ、KIF21A miRNA入れた海馬神経細胞の軸索の長さ(96.6 nm ± 11.5)がcontrol miRNAを入れた海馬神経細胞の軸索(207.8 nm ± 24.8)より短くなることが見い出された。また、同様にしてactinの分布を見た結果、KIF21A miRNAが入った海馬細胞の成長円錐のactin染色が平均してcontrolより31 arbitary unit少ないことが示された。以上の結果によりKIF21Aが運ぶElmo1-Dock180-Rac1複合体が軸索の伸長、特に成長円錐におけるactinの分布に関与していることが示唆された。

[考察]

神経細胞内におけるKIF21Aの機能

KIF21AはElmo1と直接結合し、Dock180と共同してRac1を活性化し、神経細胞において軸索の形成に関わっていることが本研究によって明らかになった。KIF21Aが直接Elmo1と結合することはイーストツーハイブリ法、生化学的結合実験、免疫染色の共局在などにより示した。また、免疫沈降法、免疫組織染色により、KIF21AがElmo1を介してDock180及びRac1と結合し、さらにmiRNAを用いたKIF21Aの機能阻害によりこの輸送が阻害され、FRAPのRac1蛍光回復、すなわちRac1の輸送の低下がみられ、div3の神経細胞では軸索が短かった。これらのことより、KIF21Aの輸送が軸索の形成に貢献していることが見い出された。

KIF21Aと軸索伸長とCFEOM

CFEOM1の遺伝家系においてKIF21A遺伝子に点突然変異が入っている報告がある。特に遺伝家系のうちの84.2%がKIF21A蛋白にR943Wという変異をもっていることが知られている。また動眼神経の軸索が短くなっているという症例報告もある。ただし、この疾病の発症の分子機構はもとより、KIF21Aがどのように関係しているかは明らかにされていない。KIF21AのR943W変異体は、Elmo1との結合能が野生種より40%減少した。Elmo1とDock180はRac1に結合してRac1をGDP formから活性型のGTP formに変換し、発達中の軸索の伸長や誘導を行っている。KIF21AとElmo1-Dock180-Rac1の親和性が低下すると軸索終末まで運搬されるElmo1-Dock180-Rac1が減少して軸索が伸長しなくなることが本研究により示された。このことにより、KIF21Aによる動眼神経の軸索伸長阻害に起因するCFEOM1の発症の分子機構が示唆された。

[結論]

本論文ではElmo1がイーストツーハイブリ法を用いてKIF21Aと直接結合していることが見い出された。両分子の互いの最小結合領域とin vitro binding assayや免疫沈降法により、この結合が特異的で、しかも生体内においても存在することを示した。Elmo1がDock180と結合しRac1を活性化することが知られており、神経細胞内でこれら4分子が共局在し、免疫沈降法で共沈することが認められた。miR RNAでKIF21Aの機能阻害を行うと発達途中の神経細胞の軸索の成長円錐においてRac1の量が減少し、actinの量も減少することが見い出された。軸索の長さも短くなっていた。これらの結果よりElmo1-Dock180-Rac1複合体がKIF21Aによって運ばれて神経細胞の軸索の伸長に寄与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は神経系の組織に発現量の多い細胞内物質輸送を担っていると思われるモーター分子、KIF21Aが神経細胞内において何を運んでいるかを同定するため、分子細胞生物学的研究手法を用い、以下の結果が得られた。

イーストツーハイブリ法による結合蛋白の探索

KIF21Aの結合蛋白を探すためにKIF21AのC-末端に位置するWD40部位(a.a.1214-1593)とそのすぐ上流にあるα-helical領域(a.a. 857-1090)部分をbaitとしてmouse brain cDNA libraryをイーストツーハイブリ法を用いてスクリーニングした。その結果、80個のpositive cloneが得られ、そのうち2個の独立したElmo1のクローンが得られた。Elmo1とKIF21A両分子の結合する最小領域を調べた結果、Elmo1がKIF21Aのα-helix領域に結合することが分かった。同様にしてKIF21AがElmo1のN-末端に結合することが認められた。これらの結果により、KIF21AとElmo1が結合する事が示された。

Elmo1がKIF21Aに直接結合

KIF21AとElmo1の直接結合過程を確認するためにin vitro binding assayを実施した。GST-KIF21AとHis-Elmo1をそれぞれ精製し、binding assayを行った結果、His-Elmo1がGST-KIF21Aに特異的に結合することが確認された。さらにGFP-KIF21AとcMyc-Elmo1をCos7細胞系列にco-transfectionし、免疫沈降実験を行った。Elmo1はnormal rabbit IgGでは共沈せず、抗GFP抗体でGFP-KIF21Aと共沈することが分かった。KIF21AとElmo1の結合が確認できた。

KIF21AがElmo1-Dock180-Rac1複合体を運ぶ

Elmo1がDock180と結合し、Rac1の活性を調節することが知られている。免疫沈降法により、これらの蛋白がKIF21Aと結合しているかを調べた。抗KIF21Aウサギ抗体を作製し、マウスbrain lysateを使用した結果、Elmo1,Dock180,Rac1がKIF21Aと共沈することが分かった。海馬神経細胞を用いて免疫染色を行ったところ、div1の海馬神経細胞においてKIF21AはElmo1,Dock180,Rac1と共局在することが認められた。

KIF21AのmiRNA実験

KIF21Aをknockdownするため、KIF21AのmiRNAをデザインした。Neuro2A細胞でKIF21A miRNAを3つ試し、そのうち2つがウエスタンブロッティング法と免疫染色法でそれぞれ有為にKIF21Aの翻訳を抑制していることを確認した。この2つを使用してFRAP(Fluorescence Recovery After Photobleaching)を行うため、div1の海馬神経細胞にKIF21A miRNAとGFP-Rac1又はGFP-Elmo1をco-transfectionした。その結果、KIF21A miRNAと共にGFP-Rac1あるいはGFP-Elmo1をtransfectionしたものの方が蛍光強度の回復がcontrol miRNAより遅くなることが分かった。また、KIF21A miRNAとGFP-Rac1をdiv3の海馬にco-transfectionして48時間培養した後、軸索のGFP蛍光強度を測定した。FRAPの結果と同様にKIF21A miRNAを入れた細胞の方がcontrol miRNAを入れた細胞よりGFP-Rac1のsignalが軸索において30%少ないことが示された。これらの結果により、KIF21AがElmo1、Dock180とRac1を軸索内で運ぶことが示唆された。

KIF21Aのactin又は軸索伸長への影響

Rac1がRho family GTPaseとしてactin細胞骨格を調節し、特に軸索の成長と誘導に関与しているという報告がある。そこで、KIF21Aのactin及び軸索伸長への関与を調べた。KIF21A miRNAとcontrol miRNAをGFPとco-transfectionをして軸索の長さを測定したところ、KIF21A miRNA入れた海馬神経細胞の軸索の長さ(96.6 nm ± 11.5)がcontrol miRNAを入れた海馬神経細胞の軸索(207.8 nm ± 24.8)より短くなることが見い出された。また、同様にしてactinの分布を見た結果、KIF21A miRNAが入った海馬細胞の成長円錐のactin染色が平均してcontrolより31 arbitary unit少ないことが示された。以上の結果によりKIF21Aが運ぶElmo1-Dock180-Rac1複合体が軸索の伸長、特に成長円錐におけるactinの分布に関与していることが示唆された。また、KIF21AにCFEOMの家系と同じ点変異を入れてElmo1と結合するかどうかを調べた。KIF21Aに起因するCFEOMの患者家系の84.2%がもっているKIF21AのR943W点変異を作ってHis-Elmo1とのbinding assayを行ったところ、野生種GST-KIF21Aと比べてGST-KIF21A(R943W)はHis-Elmo1との結合が43%減少した。この結果より、CFOEMの発症がKIF21AのElmo1-Dock180-Rac1 complexとの結合量・輸送量の低下に起因する事が示唆された。

以上の結果により、KIF21Aが運こぶElmo1-Dock180-Rac1 complexがaxonの成長とactin distributionに関与していることが判明しました。

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