No | 124766 | |
著者(漢字) | 菱川,大介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒシカワ,ダイスケ | |
標題(和) | 生体膜の非対称性および多様性に重要な新規リゾリン脂質アシル基転移酵素ファミリーの発見 | |
標題(洋) | Discovery of a novel lysophospholipid acyltransferase family essential for membrane asymmetry and diversity | |
報告番号 | 124766 | |
報告番号 | 甲24766 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3186号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | グリセロリン脂質は、生体膜の主要な構成成分としてだけではなく、生理活性脂質の前駆体および肺サーファクタントの主成分としても重要である事が知られている。グリセロリン脂質は、そのsn-3位に存在する親水基の種類によって、ホスファチジン酸(PA)、ホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルイノシトール(PI)、ホスファチジルグリセロール(PG)などに分けられる。これらのグリセロリン脂質はグリセロール3リン酸から、リゾPA、PA、ジアシルグリセロール(DAG)などを経て、de novoで生合成される事が知られており、この経路は1956年にKennedyらによって報告された事からKennedy経路と呼ばれている。また、生体膜のグリセロリン脂質は、以下にあげる2つの意味での非対称性を持つ事が知られている。1つ目は、膜の内側と外側を構成するグリセロリン脂質の非対称な分布であり、PCやスフィンゴミエリンは細胞膜の外側に多く、PEやPS、PIなどは細胞質側に多い。そして、もう1つの非対称性は、グリセロリン脂質の脂肪酸組成にある。グリセロール骨格のsn-1位には主に飽和脂肪酸あるいはオレイン酸(C18:1)、2位にはアラキドン酸(20:4)を始めとした多価不飽和脂肪酸がエステル結合している。この非対称性や膜のリン脂質の多様性は、膜の曲率形成、柔軟性、流動性、生理活性脂質産生に関与すると考えられている。このsn-1位とsn-2位における脂肪酸の種類の偏りは、Kennedy経路を介したリン脂質合成では完全には説明出来ない。これに対して、Landsらは1958年に、リン脂質のsn-2位にある脂肪酸の交換反応があることを発見し、報告した。このリン脂質のリモデリングは、Kennedy経路に対して、Lands回路と呼ばれている(図1)。Lands回路の発見から、リン脂質のsn-1位とsn-2位における脂肪酸組成の偏りは、ホスホリパーゼA2(PLA2)とリゾリン脂質アシル基転移酵素(LPLAT, lysophospholipid acyltransferase)によるグリセロリン脂質のsn-2位の脂肪酸の交換反応により維持されていると考えられてきた。また、sn-2位に多く存在するアラキドン酸は、PLA2によって切り出された後、プロスタグランジンやロイコトリエンといった生理活性脂質へと変換される。 これまで、PLA2に関しては、様々な種類のPLA2群の分子同定報告があり、その酵素学的解析や欠損マウスの表現系の解析が進んできたが、LPLATに関しては、数多くの部分精製報告はあるものの、その分子同定報告が少なく、sn-2位の脂肪酸の代謝回転については多くの謎が残されたままであった。1997年、我々の研究室などが、リゾPAアシル基転移酵素α(LPAATα)を同定して以来、LPAATαとβという2種類のKennedy経路に重要なLPLATの報告がなされたが、Lands回路におけるLPLATは発見されていなかった。近年、我々の研究グループは、LPAATαと相同性を持ち、LPAATモチーフをそのアミノ酸配列内に持つ、2種類のリゾPCアシル基転移酵素(LPCAT)、LPCAT1とLPCAT2を同定した。しかしながら、LPCAT1とLPCAT2はそのmRNA発現の組織分布がそれぞれ肺と免疫細胞に偏っている事から、他にもLPLATが存在すると考え、私は新規リゾリン脂質アシル基転移酵素の同定に取り組んだ。 私はまず、DAGアシル基転移酵素1(DGAT1)や、ヘッジホッグアシル基転移酵素(HHAT)などを含むが、基質未同定の酵素を多く残しているタンパク質ファミリー、Membrane bound O-acyltransferase family (MBOAT family)に注目し、そのリゾリン脂質アシル基転移酵素活性を解析した。MBOATファミリーはそのアミノ酸配列内にLPAATモチーフを持たない。解析の結果、MBOAT1,2,5の3種類の酵素が、リゾリン脂質アシル基転移酵素活性を持つことが分かった。また、その基質特異性はそれぞれ異なっており、MBOAT1はリゾPE(LPE)、リゾPS(LPS)にオレイン酸、MBOAT2はリゾPC(LPC)、LPEにオレイン酸を、また、MBOAT5はLPC、LPE、LPSにアラキドン酸を始めとした多価不飽和脂肪酸を転移する活性を示した。そこで我々は、それぞれの酵素学的性質から、MBOAT1、MBOAT2、MBOAT5を順にLPEアシル基転移酵素1(LPEAT1)、LPCAT4, LPCAT3と名付けた。定量的RT-PCR解析の結果、LPCAT3mRNAはマウスにおいて、比較的広範囲な臓器で発現していたが、特に精巣や肝臓での高い発現が見られた。LPCAT4は脳や精巣、卵巣などで高い発現が見られ、また、LPEAT1に関しては、胃や大腸、精巣上体において高発現していた。以上の結果から私は、これらのリゾリン脂質アシル基転移酵素が、リゾリン脂質と脂肪酸のどちらに対しても緩やかな基質認識パターンを持つ、多対多の対応で生体膜の非対称性や多様性を維持しているという新たな知見を得た。 次に、私はこれらの酵素の細胞内局在を、FLAGタグをつけたそれぞれの酵素をCHO細胞に発現させることにより解析した。蛍光顕微鏡や遠心分画の結果、これらの酵素が小胞体に局在している事が明らかになった。また、興味深い事に、これらの酵素を発現させた細胞では、細胞内に脂質二重膜用の構造が過剰に蓄積していた。LPCAT3発現CHO細胞において、この構造体を電子顕微鏡観察により解析した結果、Vectorのみを発現させたコントロール細胞に比べて、脂質二重膜状のものが折り畳まれたような構造体が数多く観察された。 さらに私は、内在性のLPCAT3、LPCAT4、LPEAT1の機能を解析する為に、特にLPCAT3が高発現しているB16メラノーマ細胞においてそれぞれの遺伝子に対するsiRNAを導入する事による、遺伝子ノックダウンの実験を行った。それぞれの遺伝子に対するsiRNAは特異的に標的遺伝子の発現をB16メラノーマ細胞において、20-30%にまで減少させた。LPCAT3-siRNAをトランスフェクションしたB16メラノーマ細胞はコントロールの細胞に比べて、アラキドン酸CoAをドナーとして用いた場合、内在性のLPCAT, LPEAT, LPSAT活性が50%以下にまで減少した。また、LPCAT3-siRNAは、LPAAT、LPIAT、LPSATには影響を与えなかった。しかしながらLPCAT4、LPEAT1に対するsiRNAは、それぞれの遺伝子発現は抑制したものの、それぞれが基質にするオレイン酸CoAをアシル供与体に用いた場合でも、内在性のLPLAT活性には変化が見られなかった。これは、B16メラノーマ細胞において、LPCAT3の発現や活性が高いためか、または未知のLPLATの活性などにより、その活性低下が補われてしまった可能性が考えられる。さらに私は、mass spectrometryを用いて、LPCAT3-siRNA導入B16メラノーマ細胞の膜リン脂質の組成を解析した。その結果、LPCAT3-siRNA導入細胞はコントロールのB16メラノーマ細胞に比べて多価不飽和脂肪酸を含むPC、PE、PSの量が減少傾向にあることが分かった。また、LPCAT3がよい基質としない、パルミチン酸をsn-2位に持つPC、PE、PSの量には変化が見られなかった。 以上の結果から私は、新規LPLATであるLPCAT3、LPCAT4、LPEAT1を同定し、MBOATが新しいLPLATファミリーであることを発見した。また、これらの酵素のmRNA発現の組織分布および基質認識パターンがそれぞれ異なっている事は、様々な組織や細胞の生体膜において特徴的なリン脂質組成を生み出し、維持する事に寄与していると考えられる。また、特にLPCAT3においては、アラキドン酸CoAを主な基質とする事から、アラキドン酸由来の生理活性脂質の前駆体リン脂質の量をコントロールしているという意味でも重要であると思われる。これらの酵素の更なる生体内での機能解析は、リン脂質代謝の解析に重要であり、また、これまで知られていなかった生体膜のリモデリングの持つ新しい発見につながると考えられる。 図1.生体膜リン脂質のリモデリング経路(Lands' cycle) リン脂質のsn-2位にある脂肪酸はPLA2Sによって切り出された後、プロスタグランジンやロイコトリエンなどに変換され。脂質メディエーターとして働く。また、岡時に産生されたLPA. PAF、endocannablnoidsのようなリソリン素質もしくはその誘導体も、岡様に脂質メディエーターとして働くことが知らられている。一方。産生されたリソリン脂質はLPLATの働きにより再アシル化され、再びリン脂質へと変換される。Xはそれぞれの極性基を示す。 | |
審査要旨 | 本研究は、生体膜リン脂質のリモデリング機構を明らかにするため、リゾリン脂質の再アシル化に重要な酵素である、リゾリン脂質アシル基転移酵素の同定と機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。 1. 新規アシル基転移酵素を同定するため、様々な基質未知のO-アシル基転移酵素を用いたスクリーニングの結果、これまで報告のあるリゾリン脂質アシル基転移酵素と相同生を持たない酵素ファミリーであるMembrane bound O-acyltransferase (MBOAT)ファミリーの中から、MBOAT1, MBOAT2, MBOAT5という3つの酵素がリゾリン脂質転移酵素である事が示された。 2. それらの酵素の酵素学的解析により、MBOAT1はリゾホスファチジルエタノールアミン(LPE)、リゾホスファチジルセリン(LPS)にそれぞれオレオイルCoA(18:1-CoA)を、MBOAT2はリゾホスファチジルコリン(LPC)、LPEに18:1-CoAを、さらにMBOAT5はLPC、LPE、LPSに対して、アラキドノイルCoA(20:4-CoA)を始めとした多価不飽和脂肪酸CoAを転移する活性を持つ事が示された。この酵素学的基質特異性から、それぞれMBOAT1をLPEAT1、MBOAT2をLPCAT4、MBOAT5をLPCAT3と名付けた。 3. LPCAT3、LPCAT4およびLPEAT1のmRNAのマウスにおける組織分布を解析したところ、LPCAT3は比較的広範囲な臓器で発現していたが、特に精巣や肝臓での高く発現しており、LPCAT4は脳や精巣、卵巣などで高く発現している事が示された。またLPEAT1に関しては、胃や大腸、精巣上体において高く発現している事が示された。 4. LPCAT3、LPCAT4およびLPEAT1の細胞内局在を解析するために、それぞれのN末端にFLAGタグをつけたコンストラクトを作成しCHO-K1細胞に導入した結果、全ての酵素がERに局在する酵素である事が示された。また、それぞれの酵素を過剰発現させる事により、細胞内に脂質二重膜状のものが折り畳まれたような構造体が数多く観察される事が示された。 5. LPCAT3, LPCAT4およびLPEAT1が高発現しているマウスのメラノーマ細胞由来のCell lineであるB16細胞においてそれぞれのsiRNAを導入した際の内在性のリゾリン脂質アシル基転移酵素活性を解析したところ、LPCAT3-siRNA導入B16細胞では、コントロールsiRNAの導入細胞に比べて20:4-CoAをドナーとした際のLPC、LPE、LPSに対するアシル基転移酵素活性が有意に低下していた。しかしながら、LPCT4およびLPEAT1に対するsiRNAを導入した細胞では、コントロールの細胞との間にアシル基転移酵素活性の違いは認められなかった。 6. LPCAT3-siRNAおよびコントロールsiRNAを導入したB16細胞の細胞膜のリン脂質組成を解析したところ、LPCAT3-siRNA導入細胞の細胞膜では、LPCAT3が基質とするアラキドン酸やリノール酸をsn-2位に持つホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリンの含量が低下している事が示された。 以上、本論文は3種類の新規リゾリン脂質アシル基転移酵素を同定し、その機能解析から、同定した酵素群が生体膜のリモデリングを介して膜リン脂質の組成をコントロールしている可能性を示している。本研究は、これまでに知られていなかった新たなリゾリン脂質アシル基転移酵素ファミリーを同定しており、未だ不明な点を数多く残している生体膜リン脂質のリモデリング機構およびその意義の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/24394 |