No | 124768 | |
著者(漢字) | 山本,拓也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマモト,タクヤ | |
標題(和) | HIV特異的遺伝子治療用ベクターの開発とその応用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124768 | |
報告番号 | 甲24768 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3188号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 分子細胞生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【研究の背景】 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染者数は3000万人以上であると考えられている(2008年現在)。抗HIV薬の誕生により後天性免疫不全症候群(AIDS)死亡率は劇的に減少した。しかしこれら抗HIV薬によりHIV感染者は体内のウイルスを完全に排除することは出来ず、また耐性ウイルスの出現、高すぎる薬価など未解決の問題は後を絶たない。そのためエイズワクチンの開発は急務かつ必須であると考えられる。エイズワクチンを取り巻く現状として2007年に最も期待されていた米メルク社とNIHの共同開発によるAIDSワクチンの臨床治験がなされたが、期待された予防効果は認められず打ち切りとなった。しかしながらHIVに感染してもAIDSにならない、いわゆる長期未発症者と呼ばれる人がHIV感染者の中で数%いる事を考慮すると、HIVは決して免疫系によってコントロールできないウイルスであるとは考えられず、エイズワクチンの開発は悲観的状況ではないと思われる。 そのような背景を考慮し、本研究ではウイルス複製の特異的な抑制と宿主免疫反応によるウイルス排除機構を協調させ、より強力で効果的なAIDSワクチンの開発を目指し、遺伝子特異的発現抑制機構であるRNAiを応用した遺伝子治療用ベクターを開発することを目的とした(第二章)。また開発したベクターを治療用ベクターと意義付け、実際のHIV慢性感染者に応用するための検討を、特にHIV特異的なCD4陽性T細胞の機能異常に着目して行った(第三章)。 HIV特異的shRNA発現レンチウイルスベクターの開発(第二章) RNAiによる遺伝子配列特異的な発現抑制は、ウイルス感染における宿主自然抵抗性を賦与するための有効な手法と考えられる。AIDSの原因ウイルスであるHIV-1は3つの構造遺伝子(gag、pol、env)、2つの調節遺伝子(tat、rev)、そして4つのアクセサリー遺伝子(vif、vpr、vpu、nef)を持つ。このうちアクセサリー遺伝子の1つであるnef遺伝子はHIV-1、HIV-2、サル免疫不全ウイルス(SIV)に共通に存在している。SIVmac239を用いたサルの感染実験より、NefがAIDS発症において不可欠な因子であることが報告され、更にAIDS長期未発症患者由来HIV-1のnef領域に欠損および変異が確認されたことから、NefがHIV-1の病原性に関わる因子であるということが強く示唆されている。 そこで本研究では、末梢血単球由来マクロファージ(MDM)、樹状細胞(MDDC)におけるHIV-1 Nefの機能制御とそれに伴うHIV複製抑制を目的として、nef遺伝子を標的としたshort-hairpinを形成するRNA(shRNA)発現レンチウイルスベクターの構築を行い、RNAiによるウイルス抑制効果について解析した。 結果としては、Nef遺伝子の366番目の塩基から始まるsiRNAが最も効果的にnef遺伝子発現を抑制する事、この配列を標的としたshRNA発現レンチウイルス(Lenti shNef366)はnef mRNAだけでなくHIVgenome RNA全長も破壊できる事、MDMにおいて長期間ウイルス複製を抑制出来るが事が明らかとなった。またこの時、HIV感染MDMにおいてNef発現により異常に発現誘導されるケモカインもLenti shNef366で抑えられる事、RNAi効果を回避して産生されたウイルスのT細胞への感染性が著しく低下している事も併せて明らかとなった。更にサイトカイン刺激による潜伏HIV持続感染細胞の再活性化に伴うウイルス産生も抑制し、MDDCによる抗原提示を介したHIV伝播も抑制するため、Lenti shNef366は非常に効果的にHIV複製を抑制する事が示唆された。以上、Lenti shNef366はHIV特異的な遺伝子治療用ベクターとして非常に有用であると考えられる。 HIV特異的shRNA発現レンチウイルスベクターの応用(第三章) HIV特異的記憶CD4陽性細胞は長期未発症者あるいは急性期に抗HIV療法を受けて血中ウイルス量の低い人ではHIV抗原に対する増殖能が極めて高い事、HIV特異的CD4陽性T細胞の増殖応答能と血中ウイルス量とは逆相関することが知られている。また病態進行とHIV特異的CD4陽性T細胞の数に相関はないが、HIV感染進行感染者ではこれら細胞の増殖能が低下していることから、HIV特異的CD4陽性T細胞の機能、特に慢性感染期における抗原特異的増殖はウイルス制御に重要であると考えられる。 そこで第二章での結果を踏まえ、Lenti shNef366を用いることによりHIV複製を阻害することでHIV特異的CD4陽性T細胞の機能異常が回復され得るか否かを検討した。対象患者としてはフランスの大規模なコホートの1つであるIMMUNOCOコホートより選択した慢性感染期患者を選択した。 その結果、Lenti shNef366導入により血中ウイルス量の高い患者群(>10000 copies/ml)で有意にHIV特異的CD4陽性T細胞の細胞増殖能が回復した。これら患者ではLenti shNef366導入により他の抗原特異的反応、例えばCMV抗原やPPD抗原に対しての反応性に影響はなかった。つまりLenti shNef366はHIV特異的に複製を抑制し、それによりHIV特異的な免疫反応を維持、回復出来ることが強く示唆された。これは抗HIV薬でウイルス量を減少させるだけでは成し得なかった結果で、AIDS治療を考える際に非常に有用であると考えられる。 これらの結果を総合して考えると、Lenti shNef366の導入によりHIV特異的な免疫応答を担うCD4陽性細胞にHIV抵抗性が賦与され、その機能異常も回復すのため、現行のワクチン戦略と併用することにより、一層強力な治療用ワクチンベクターとなる事が期待される。 | |
審査要旨 | 本研究はウイルス複製の特異的な抑制と宿主免疫反応によるウイルス排除機構を協調させ、より強力で効果的なAIDSワクチン開発をめざすため、RNAi誘導型HIV特異的遺伝子治療用ベクターを作製することを目的とした。作製したベクターを評価するためHIV-1複製に対する効果を検討した。さらに宿主免疫応答に伴う潜伏感染ウイルスの再活性化に対する効果、ならびにそれに伴うHIV-1特異的記憶CD4陽性細胞の機能異常が回復され得るかを検討し、下記の結果を得ている。 1.恒常的Nef発現HeLa-CD4細胞を用い、HIV nef遺伝子に対するsiRNA配列を選択し、siRNA導入によるRNAi効果を検討した。その結果、nef遺伝子のATGから数えて355番目の塩基(Nef355)、366番目の塩基(Nef366)から始まる配列を標的としたsiRNAで非常に強いnef mRNA、Nef蛋白質発現抑制効果が確認された。この効果はNef355と比較してNef366でより顕著であった。 2.Nef366配列を標的とするRNAi誘導型レンチウイルスベクター(Lenti shNef366)を作製した。Lenti snNef366を初代培養マクロファージに導入し、導入2日後にHIVを感染させたところLacZ遺伝子を標的としたRNAi誘導型レンチウイルスベクター(Lenti cont)を導入した場合と比べ、70%程度のHIV複製抑制効果が確認された。またこの効果は2週間以上にわたり長期間維持される事が分かった。 3.Lenti shNef366導入マクロファージよりRNAi効果を回避して産生されたHIV(HIV Lenti shNef366)とLenti cont導入マクロファージより産生されたHIV(HIV Lenti cont)の感染性を、HIV-1 LTRの下流にEGFP遺伝子をもつDNAを導入したT細胞株であるCEMx174 CCR5 LTR-EGFP細胞を指標として、EGFP陽性細胞数で指標に比較した。その結果、HIV Lenti shNef366の感染性はHIV Lenti cont と比較して50%程度に減弱することが確認された。 4.潜伏HIV持続感染T細胞株ならびに単球系細胞株にLenti shNef366を導入した場合、サイトカイン刺激に伴うHIV再活性化によるHIV産生量が50%程度に抑制される事が確認された。 5.HIV慢性感染期患者由来PBMCを用いた解析により、Lenti shNef366を導入することで、特に高ウイルス血症の患者において抗原特異的CD4陽性T細胞の抗原特異的増殖能が改善するという結果が得られた。また他の抗原特異的CD4陽性T細胞には影響を及ぼさず、HIV特異的免疫反応のみに影響する事が明らかとなった。 6.Lenti shNef366導入により機能改善が見られたHIV特異的CD4陽性T細胞の細胞表現型をフローサイトメーターにより解析した結果、HIV慢性感染期で特に機能異常が見られるIntermediateな分化段階(CD28+CD27- 、CD28+CD27-)の細胞集団である事が明らかとなった。 以上、本論文ではHIV特異的遺伝子治療用ベクターによるHIV複製抑制効果およびHIV慢性感染期における抗原特異的CD4陽性T細胞の機能改善が示されている。この事は、これまでの抗HIV薬でウイルス量を減少させるだけでは成し得なかった、HIV複製を抑制すると同時に抗原特異的免疫応答の機能異常を改善するという報告であり、AIDS治療ならびにAIDSワクチン開発を考える際に非常に有用であると考えられる。よって本論文は学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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