学位論文要旨



No 124770
著者(漢字) 劉,偉華
著者(英字) Liu,Weihua
著者(カナ) リュウ,イカ
標題(和) C末型モーターキネシンスーパーファミリー蛋白KIFC2の分子細胞生物学的研究
標題(洋) Molecular Cell Biology of a C-terminal type motor, Kinesin Superfamily Protein KIFC2
報告番号 124770
報告番号 甲24770
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3190号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 准教授 中村,元直
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

C末型キネシンスーパーファミリー蛋白KIFC2は1997年に発見が報告され、神経細胞内での発現、電子顕微鏡写真によって膜小胞と結合していることが示唆された。細胞内物質輸送を担うモーター分子として推察されるが、具体的なカーゴ(積み荷)は発表されていない。C末型キネシンスーパーファミリー蛋白(KIF)は分子のC末端にモーター部位があり、微小管のマイナス端に方向に向かう逆行性の運動能を有することが報告されている。神経細胞においては逆行性のモーター分子は樹状突起のポストシナプスなどから細胞体方向へのカーゴの輸送を担う。同様な微小管上の逆行性の輸送を担う分子としてサイトプラズミック・ダイニンが知られている。KIFC2の遺伝子欠失マウスでは表現型が見い出せず、ダイニンとの重複した機能が示唆されている。またKIFC2がエンドサイトーシス(内在化)された膜小胞を輸送していることが示唆された。また、エンドサイトーシスされたNMDA型グルタミン酸受容体がhuntingtin (Htt)蛋白とその結合蛋白Htt Interacting Protein 1(HIP1)と結合することが知られている。Httが膜小胞のエンドサイトーシスに関与しているとされているPacsin1と結合することが報告されている。本研究ではKIFC2がPacsin1と直接結合し、HttとHIP1とで複合体を形成し、エンドサイトーシスされたNMDA受容体を樹状突起において逆行性に輸送することが示された。

[材料・方法]

本論文ではマウス脳cDNA libraryよりイーストツーハイブリ法を用いてKIFC2に直接結合する蛋白を同定し、その結合を生化学的結合実験を確認して、ツーハイブリ法で両分子の最小結合領域を決定した。マウス脳のオルガネラ分画を用いて免疫沈殿を行い、結合する蛋白が全て共沈することを確認した。フローテーションアッセイを行い、マウス脳のオルガネラ分画を原材料に密度勾配遠心分離を行い、浮揚する膜小胞を密度により分画した。海馬神経細胞を初代培養し、本論文で作製した抗体を用いてKIFC2が他の分子と共局在するかを見た。

[結果]

KIFC2のC末端部を用いたイーストツーハイブリ法により、Pacsin1が2つの独立したクローンとして得られ、直接結合することが示唆された。KIFC2とPacsin1を大腸菌で発現し、精製して結合するかを見たところ、両分子ともに片方がカラムに結合した状態で他方の蛋白が結合し、非特異的な蛋白は結合しないことが確認された。両分子の結合に必要な最小領域をイーストツーハイブリ法により決定した。この結果、Pacsin1がKIFC2の89-132番目のアミノ酸残基に結合し、KIFC2はPacsin1の236-331番目のアミノ酸残基(分子中央部)に結合することが分かった。また、Pacsin1がHttと直接結合するという報告があることからHtt及びHttと直接結合するとされているHIP1、Pacsin1、KIFC2をそれぞれ大腸菌で発現し、精製した。KIFC2をビーズに共有結合させ、Pacsin1の存在下でのみHttとHIP1がKIFC2と結合することを見い出し、Pacsin1の非存在下では結合はみられなかった。これら4分子と共に、HIP1と直接結合すると報告されているNMDA受容体の構成分子、NR2BとNR1が免疫沈殿法により共沈すること認められた。これらの蛋白はマウスの胎生期より、あるいは海馬神経細胞の培養においても、発達段階が進むに従い発現量が上昇して発現量の挙動が一致している。また、フローテーションアッセイにより、これらの分子が浮揚し、同じ分画に共分画されたことにより同じ膜小胞に乗っていることが示された。他の膜小胞に乗っている受容体構成分子GABA(A)β2や本研究と無関係のKIF5Aは浮揚したが共分画しなかった。培養した海馬神経細胞を免疫染色法にて染色し、各分子の局在を見たところ、KIFC2とPacsin1、KIFC2とHtt、KIFC2とNR1並びにKIFC2とNR2Bが樹状突起において一部共局在することが観察された。染色像は細胞体で強いが、樹状突起では点状で、一部の点状の染色で共局在した。軸索ではKIFC2の染色は認められなかった。

[考察]

KIFC2がPacsin1蛋白の中央部において結合し、Pacsin1はN末端のF-BAR部位を介して4量体を形成し、C末端にあるSH3部位においてHttと結合するので競合的な結合は発生せず、これらの分子が同時に結合することが可能であることが分かった。Pacsin1を介してHttとHIP1がKIFC2と複合体を形成することも今回の結合実験、免疫沈降、細胞染色により明らかになった。この蛋白複合体がエンドサイトーシスされたNMDA受容体と結合し、逆行性に輸送していることがフローテーションアッセイ、免疫沈降、細胞染色での共局在により示唆された。KIFC2、Pacsin1、Htt、HIP1、NR1及びNR2Bは神経細胞において発現し、マウス胎生期より、あるいは海馬神経細胞の培養において発達段階が進むにつれて発現量が増加するという発現様式がこれらの分子に関して一致している。また、これらの分子が同じ膜小胞と結合していることも示された。NMDA型グルタミン酸受容体はclathrinに依存するエンドサイトーシスをすることが知られており、その後、リサイクルされて再びシナプスにおいて細胞膜表面に戻されるか微小管のある樹状突起のshaft内を逆行性に輸送されてリソソームにおいて代謝されるとされている。本研究の結果によりNMDA型グルタミン酸受容体の微小管上の逆行性の輸送にKIFC2が機能していること、その際にPacsin1、HttとHIP1を介していることが新たに見い出された。

[結論]

本研究ではKIFC2と直接結合する分子としてPacsin1を特定し、Htt、HIP1を経由してNMDA受容体がカーゴであることを見い出した。同時にアダプター蛋白やそれと結合する介在分子を特定し、KIFC2がNMDA受容体を輸送する分子機構も明らかにした。Pacsin1やHIP1とHttはNMDA受容体などのpost-synapseにおけるclathrinを経由するエンドサイトーシスに携わっているとされている。KIFC2の様なC末型モーター分子は逆行性の輸送をしていることが知られており、エンドサイトーシスされた分子を細胞体方向に輸送する役割を担っていることが推察される。KIFC2がこれらの分子と複合体を形成し、エンドサイトーシスされた受容体を含む膜小胞の逆行性輸送を行うことにより神経細胞の機能維持に必要な受容体の代謝機構の一端を担っていることが見い出された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はキネシンスーパーファミリに属し、脳組織に特異的に発現するモーター蛋白、KIFC2の機能を明らかにするためイーストツーハイブリ法、免疫沈殿法、免疫染色法、in vitro binding assayなどの分子細胞生物学的手法を駆使して神経細胞内でのKIFC2の輸送する荷物を同定する試みであり、下記の結果を得ている。

1. KIFC2のC末端を用いたイーストツーハイブリ法により、Pacsin1が2つの独立したクローンとして得られ、直接結合することが示唆された。 そしてKIFC2のfragmentとPacsin1を大腸菌で発現し、精製して両方とも特異的に直接結合することを確認した。

2. KIFC2とPacsin1の結合に必要な最小領域をイーストツーハイブリ法により決定した。Pacsin1との結合にはKIFC2の89番目から132番目のアミノ酸までが必要である事が分かった。一方、KIFC2との結合にはPacsin1の236番目から311番目のアミノ酸までが必要である事が見い出された。

3. KIFC2のfragment、Pacsin1、huntingtin(Htt)のfragment、HIP1をそれぞれ大腸菌で発現し、精製して、in vitroで結合できるかどうかをみた。Pacsin1の存在下でのみHttとHIP1がKIFC2と結合することを見い出し、Pacsin1の非存在下では結合はみられなかった。この結果により、HttとHIP1はPacsin1を介してKIFC2と結合することが確認された。

4. KIFC2の85-274アミノ酸fragmentを抗原としてウサギを免疫し、抗体を作製して精製した。この抗体の特異性をウエスタンブロッティング法、免疫細胞染色法にて確認して使用した。KIFC2、Pacsin1、Htt、HIP1、NR2BとNR1免疫沈殿法により共沈し、抗Pacsin1抗体と抗Htt抗体を用いて同様の結果を得た。また、フローテーションアッセイにより、上記全ての分子が浮揚し、同じ分画に共分画されたことにより同じ膜小胞に乗っていることが示された。

5. 分散培養した海馬神経細胞を免疫染色法にて染色し、KIFC2の分布と各分子の局在を見たところ、KIFC2は細胞体と樹状突起のshaft内に点状に局在し、KIFC2とPacsin1、KIFC2とHtt、KIFC2とNR1並びにKIFC2とNR2Bが樹状突起において一部共局在することが観察された。

以上、本論文はマウス脳組織において、機能が分からないモーター蛋白KIFC2の解析から、 KIFC2は Pacsin1、Htt、HIP1を経由して内在化されたNMDA受容体を神経細胞樹状突起のshaft内で逆行性輸送されることを明らかにした。本研究はKIFC2の神経細胞内での物質輸送の役割とNMDA受容体のリサイクリングの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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