学位論文要旨



No 124772
著者(漢字) 村上,尚加
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,ナオカ
標題(和) Gタンパク質共役型受容体G2A : 遺伝子発現および細胞内機能解析
標題(洋) Characterization of human G2A : gene regulation and cellular function
報告番号 124772
報告番号 甲24772
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3192号
研究科 医学系研究科
専攻 分子細胞生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 准教授 金井,克光
 東京大学 講師 新井,郷子
内容要旨 要旨を表示する

Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は、神経系、免疫系、内分泌系など生体内のあらゆる組織において、生理学的・病理学的に重要な役割を担うことが知られている。現在市販されている薬物の約30%がGPCRを標的とした薬物であることからもその重要性が分かる。

構造学的には、GPCRはN末端を細胞外、C末端を細胞内に持つI型7回細胞膜貫通タンパク質であり、主に形質膜に発現してその機能を発揮する。古典的なGPCR活性化のモデルにおいては、それぞれのGPCRはリガンドと呼ばれる特異的な分子によって構造変化を起こし、それにより、共役する三量体Gタンパク質を活性化することで細胞内シグナル伝達を惹起する。

GPCRをコードする遺伝子は、ヒトにおいて約800個と全遺伝子数の約3%を占め、最大の遺伝子ファミリーを構成する。その一方で、リガンドが既知のGPCRは、嗅覚受容体をのぞく約400個の遺伝子のうち、約250個と、半数のGPCRはリガンドが未知の孤児(オーファン)受容体である。これら孤児受容体のリガンドを発見することは、受容体を介したシグナル伝達の研究はもとより、創薬の新たな可能性を開くものとして期待される。

本研究は1)当時孤児受容体であったG2A受容体のリガンド同定およびシグナル伝達の解析、2)ヒトG2A遺伝子の遺伝子発現調節の解析、の2つに大別される。それぞれ、以下の新しい知見を得た。

1)G2A受容体のリガンド同定およびシグナル伝達系の解析

当時ヒトG2A受容体は、リン脂質の一種であるリゾホスファチジルコリン(Lysophosphatidylcholine, LPC)の受容体として報告されていた(Kabarowski et al., Science, 2001)が、再現がとれなかったため、新規リガンドの探索を行った。折しも、G2Aと相同性の高い受容体ファミリー(G2Aファミリー)のうち、OGR1 (GPR68), GPR4が細胞外プロトンを感知して活性化される受容体であることが報告された(Ludwig et al., Nature, 2003)ため、G2Aについても細胞外プロトン感受性受容体と推定し、解析を進めた。

その結果、ヒトG2AはpH 7.4の生理的条件において構成的活性化を示すものの、更に細胞外酸性化により活性化され、低分子量Gタンパク質であるRhoを介したシグナル伝達を引き起こすことを示した。さらに、G2Aファミリーに保存されている塩基性アミノ酸残基ヒスチジン174 (H174)をフェニルアラニン(F)に置換した変異受容体H174Fを作製し、この変異体のpH依存的活性化が低下していることを示し、細胞外プロトン感受の機序について、受容体の構造学的側面から説明した。

他方、これまでアゴニストと考えられていたLPCは、濃度依存的にG2Aの活性化を抑制すること(IC(50)= 3 μM)も明らかとした。そのうえ、LPCはリゾホスファチジン酸(LPA)やプロスタグランジンE2 (PGE2)、トロンビン誘導性のアクチン重合をも、G2A依存的に抑制したことから、LPCはG2Aを介して未知の抑制性シグナル伝達を行っていることが示唆された。

細胞膜画分を用いた受容体とLPCの直接結合実験が技術的に困難であることから、LPCの作用点を定めるために、GTP-Rhoプルダウン解析・Gαサブユニットとの共発現の系を用いた。LPCはG2A受容体レベルあるいは三量体Gタンパク質レベルでG2Aの活性化を抑制していることが示唆された。同時に、R203A変異体は細胞外pHによって活性化されるが、LPCによって抑制されないことから、LPCのG2Aに対する作用は受容体レベルにおいて起こっていると考えられた。

Murakami, N., Yokomizo, T., Okuno, T., Shimizu, T.,

G2A is a proton-sensing G-protein-coupled receptor, antagonized by lysophosphatidylcholine.

J. Biol. Chem. (2004) 279: 42484-

Murakami, N. et al.

投稿準備中

2)ヒトG2A遺伝子の遺伝子発現調節の解析

ヒトG2AはpH 7.4の生理的条件下でも構成的活性化を示すことから、細胞膜上の受容体発現量の調節が重要である。その調節には、i) 遺伝子転写調節、ii) 翻訳調節、iii)タンパク質の細胞膜への輸送調節の3段階が考えられる。本研究では転写調節に主眼をおいて解析を行った。

ヒト末梢白血球より調整したmRNAを鋳型とし、5'RACE解析を行い、転写開始点(TSS)を同定した。これをもとに、TSS付近のDNase I高感受性領域(DHS)を同定した。TSSの上・下流5 kbの範囲に、転写開始点を含む4箇所のDHSが検出された。これらのDHSはすべて、G2Aを高発現しているヒト単球系細胞株THP-1細胞では観察されたが、ヒト胎児腎臓細胞株HEK 293細胞では観察されなかったことから、TSS付近のクロマチン状態を反映していると考えられた。同時に、TSS付近のヒストンH3のアセチル化状態も、G2Aの発現レベルと相関していた。

一方で、TSS直上の約300 bpがヒトG2Aのコアプロモーター活性に重要であることをレポーター遺伝子解析により明らかにしたが、この領域はcisエレメントとして、c/EBP, Runx, Ets因子のコンセンサス配列を含んでいた。これらの配列はin vitroにおいても、in vivoにおいてもc/EBPα, Runx1, Pu.1と結合し、ヒトG2Aの発現調節に寄与していることを示した。

Murakami, N. et al

投稿準備中

審査要旨 要旨を表示する

本研究は当時リガンド未知の孤児受容体であったヒトG2A受容体のリガンド同定と、ヒト単球系細胞株THP-1におけるG2Aの遺伝子発現制御の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ヒトG2A受容体が細胞外の酸性条件により活性化されることを以下の二つの実験により示した。まず、PC12h細胞に、zif268プロモーター駆動性ルシフェラーゼとG2A受容体を共発現させ、酸性刺激による活性化を観察した。つぎに、COS-7細胞にG2A受容体を一過性に過剰発現させ、細胞外酸性刺激により細胞内イノシトールリン酸(IPs)産生が惹起されることを示した。

2.これまでアゴニストとして報告されていたlysophosphatidylcholine (LPC)により、zif268プロモーターの活性化も、IPs産生も濃度依存的に抑制されることを示した。

3.G2Aが細胞外酸性環境を感知する機序として、G2A受容体ファミリー(G2A, OGR1, GPR4, TDAG8)すべてに保存されている塩基性アミノ酸残基ヒスチジンに着目した。第四膜貫通領域に存在する174番目のヒスチジン(H174)残基をフェニルアラニンに置換した変異体では酸性環境による活性が有意に低下したことから、H174が酸性環境の感知に重要な役割を果たしていることが示唆された。

4.G2Aの発現レベルの制御を明らかにするために、転写レベルにおける制御に注目した。まず、ヒトおよびマウスにおいてG2Aの発現臓器分布をNorthern blotにより確認し、ヒトにおいては末梢血白血球、リンパ節、脾臓などに多く発現する一方で、マウスにおいては胸腺や骨髄などの一次リンパ組織に強い発現のあることを示した。

5.ヒト末梢血白血球より調整したRNAを鋳型とし、5'RACE解析を行い、転写開始点(transcriptional start site, TSS)を同定した。

6.そのTSS近傍5 kb上下流のDNaseI 高感受性領域(DHS) 4箇所をTHP-1において同定し、その一つがTSSに一致することを示した。一方でHEK293細胞ではDHSが観察されず、細胞特異的な転写制御であることを裏付けた。同時に、アセチル化ヒストンH3 (AcH3)特異的抗体を用いたクロマチン免疫沈降(ChIP)解析により、G2Aのプロモーター領域のヒストンが、THP-1において高度にアセチル化されていることを示した。

7.さらに、THP-1を用いたレポーター解析により、G2Aのコアプロモーター領域を同定し、その領域にin vitroで結合しうる因子をEMSAによって確認した。C/EBPα, Runx1, Pu.1の結合が確認された。

8.次に、THP-1を用いた機能的レポーター遺伝子解析によって、予測されたcisエレメントが機能的に重要であるということ、また、転写因子の過剰発現によってプロモーター活性が増強されること(trans-activation)を示した。

9.最後に、ChIP解析により、THP-1においてc/EBP、Pu.1がin vivoでG2Aのプロモーター領域に結合していることを示した。

以上、本論文はヒトG2A受容体が細胞外酸性条件によって活性化され、その活性化がLPCにより抑制されることを示した。また、ヒト単球系細胞株THP-1においてG2Aの転写がc/EBP、Runx1、Pu.1という因子によって維持されていることを示した。本研究は、これまで未知であったヒトG2A受容体のリガンドを同定し、G2Aを中心とした動脈硬化研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50175