学位論文要旨



No 124773
著者(漢字) 菅生,厚太郎
著者(英字)
著者(カナ) スガオ,コウタロウ
標題(和) 網羅的RNAiライブラリーの構築と遺伝子探索への応用
標題(洋)
報告番号 124773
報告番号 甲24773
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3193号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 講師 山口,正洋
 東京大学 特任講師 高橋,倫子
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

哺乳動物細胞において迅速かつ簡便な遺伝子発現抑制を実現するRNA interference(RNAi)は、網羅的な遺伝子機能解析を可能とする技術として注目を浴びている。私は以前に、2本鎖DNAを酵素的に変換し、多様なshort hairpin RNA 発現コンストラクト(shRNAコンストラクト)を作製する技術、EPRIL(enzymatic production of RNAi library)法を開発した。単一遺伝子のcDNAを原料にEPRIL法を適用した場合、その遺伝子由来の多様な配列を持ったshRNAコンストラクトの集合体(RNAiライブラリー)が構築される。EPRIL法は単一の遺伝子だけでなく、原理的には複数の遺伝子の混合物も原料とすることができる。そこで、もし細胞から調製したmRNAから合成した莫大な数のcDNAの混合物にも適用できるならば、細胞で発現している転写産物を全てカバーするRNAiライブラリーが構築でき、網羅的な遺伝子探索への応用が可能となる。しかしながら、従来のEPRIL法は、各ステップで用いる酵素反応系が必ずしも最適ではなかったため、複雑性の高いRNAiライブラリーの構築法としては適していなかった。そこで本研究では、EPRIL法を改良し、大規模なRNAiライブラリーを構築することを試みた。さらに本研究では、細胞由来のRNAiライブラリーの有用性を検証するため、細胞の形質を指標としたRNAiライブラリーの選択を行うことによって、その形質を変化させるshRNAコンストラクトをRNAiライブラリーの中から単離することが可能であるかについて調べた。

結果

1. 大規模RNAiライブラリーの構築

従来のEPRIL法の各ステップを見直し、効率の良い酵素反応系とともに、回収率の高いビオチン-ストレプトアビジン磁性粒子システムを用いた精製方法を導入し、中間産物の増幅なしに大規模なRNAiライブラリーを構築する方法-改良型EPRIL法を確立した。改良型EPRIL法の概要を図に示す。まず始めのステップでは、原料とする2本鎖DNAをDNaseIで処理し、ランダムに切断する。次のステップでは、これにMmeIの認識配列を配置したアダプター1を結合し、MmeIで処理する。MmeIは認識配列からプラス鎖では3'方向に20(または21)塩基先を、マイナス鎖では5'方向に18(または19)塩基先を切断する。したがって、MmeIで処理することによって、原料DNAから20(または21)塩基の配列を取得することになる。ステップ3では、このDNA断片にヘアピン型アダプター2を結合する。ステップ4では、このヘアピン型DNA断片にニッキング酵素であるNt.BstNBIで処理することで片鎖にニックを入れ、この部分の3'末端よりポリメラーゼ伸長反応を行う。ヘアピンを開きながら伸長反応が進む結果、アダプター2部分がスペーサーとして挿入された逆方向反復配列を有する2本鎖DNA断片が生成する。ステップ5では、ステップ4で得られた産物をストレプトアビジン磁性粒子に吸着させた後BpmIで処理することで、アダプター1部分が除去された逆方向反復配列DNA断片を得る。ステップ6ではこれにアダプター3を結合し、ストレプトアビジン磁性粒子に吸着させた後BbsIで処理し、4塩基突出が付加された逆方向反復配列DNA断片を得る。最後のステップでは、逆方向反復配列DNA断片をベクタープラスミドに挿入し、スペーサー内の制限酵素で切断した後、再環状化する。

改良型EPRIL法を評価するために、ヒトT細胞株であるJurkat T細胞及びマウス前駆B細胞株であるFL5.12細胞のmRNAより合成したcDNA混合物を原料としてRNAiライブラリーを構築した結果、それぞれ3.5×106個及び5.4×106個の独立したクローンを含むRNAiライブラリーが構築された。また、ライブラリーを構成するクローンの配列を解析した結果、構築されたRNAiライブラリーは、様々な遺伝子を標的とするshRNAコンストラクトから構成されていることが明らかとなった。

2. RNAiライブラリーを用いた網羅的遺伝子探索

細胞由来のRNAiライブラリーは、細胞の形質を担う遺伝子の同定への応用が期待される。この可能性について検証するため次の3つのRNAiライブラリーの選択実験を行った。

(1) GFPの発現を細胞の形質のモデルとして、GFPの発現を指標としたRNAiライブラリーの選択を行った。GFPを構成的に発現するJurkat T細胞(JT-GFP細胞)よりRNAiライブラリーを構築した。これをJT-GFP細胞に導入し、GFP蛍光強度の低い細胞をセルソーターを用いて選択分離した。続いて、分離された細胞のゲノムDNAよりshRNAコンストラクトをPCRで回収し、ライブラリーを再構築した。この選択分離と再構築を3回繰り返した結果、選択後のライブラリーを導入した細胞では、30%の細胞にGFP蛍光強度の低下が認められた。また、選択後のライブラリーに含まれるshRNAコンストラクトを単離して個別に評価した結果、GFPの発現を強く抑制するshRNAコンストラクトが得られ、これらのshRNAコンストラクトはGFPのmRNAに相同な配列を有していることが確認された。

(2) 細胞に内在する機能の1つとして、アポトーシスを指標としたRNAiライブラリーの選択を行った。FL5.12細胞は、IL-3の欠乏によって速やかにアポトーシスが誘導されることが知られている。FL5.12細胞由来のRNAiライブラリーを構築した。これをFL5.12細胞に導入し、IL-3を除去してアポトーシスを誘導した。アポトーシスを免れた細胞を選択分離し、ライブラリーを再構築した。この選択分離と再構築を計4回行ったところ、ライブラリー導入細胞のIL-3 除去時の生細胞率の上昇が認められた。選択後のライブラリーに含まれるクローンを単離して個別に評価した結果、アポトーシス抑制効果を有するクローンが60.4%含まれていた。さらに、配列解析の結果、単離されたshRNAコンストラクトの配列がCasp2、Bbc3、Bid、Apaf1などアポトーシスとの関与が報告されている遺伝子と一致していた。

(3) 細胞内シグナル伝達経路の1つとして、ストア作動性カルシウム流入機構を指標としたRNAiライブラリーの選択を行った。まず、ストア作動性カルシウム流入機構を指標とした選択を可能とするため、NFAT依存的プロモーターの下流にジフテリア毒素の遺伝子を配置した条件依存的選択マーカーを安定的に保持するJurkat T細胞(JT-NFAT-DTA細胞)を樹立した。この細胞では、ストア作動性カルシウム流入機構によってカルシウム濃度上昇が惹起されると、NFATの活性化によってジフテリア毒素が発現し、細胞死が引き起こされる。Jurkat T細胞から構築したRNAiライブラリーをJT-NFAT-DTA細胞に導入し、ストア作動性カルシウム流入機構を活性化させた。続いて、生き残った細胞を選択分離し、RNAiライブラリーを再構築した。この選択分離と再構築を計4回行ったところ、その過程でライブラリーを導入した細胞の生細胞率の上昇が認められた。次に、ライブラリーを導入した細胞にカルシウム指示薬を負荷し、ストア作動性カルシウム流入機構を活性化した際の細胞内カルシウム濃度上昇が減弱している細胞をセルソーターを用いて選択分離し、ライブラリーを再構築した。この選択分離と再構築を計3回行ったところ、選択後のライブラリーを導入した細胞では、40%の細胞に細胞内カルシウム濃度上昇の減弱が認められた。続いて、このライブラリーに含まれるクローンを単離して個別に評価した結果、ストア作動性カルシウム流入機構を強く抑制するshRNAコンストラクトが得られた。これらのshRNAコンストラクトについて配列解析した結果、stromal interaction molecule 1(STIM1)に一致するshRNAコンストラクトが6種類見つかった。この結果より、STIM1がストア作動性カルシウム流入機構に関与する可能性が高いと考えられたため、単離されたshRNAコンストラクトによってSTIM1のmRNA量が低下していることを定量的RT-PCRにて確認し、さらに、このshRNAコンストラクトの標的とならないマウスSTIM1のcDNAの強制発現によってストア作動性カルシウム流入機構が回復することを確認し、STIM1がストア作動性カルシウム流入機構において重要な役割を持つことを明らかとした。

結論

EPRIL法の改良により、細胞の転写産物を網羅するのに十分な複雑性を持つRNAiライブラリーが構築可能となった。また、細胞由来のRNAiライブラリーを特定の形質を指標として選択することにより、その形質に変化を与えるshRNAコンストラクトが得られ、その配列情報から形質に関連する遺伝子の同定が可能であることが示された。

図. 改良型EPRIL法の概要

原料DNAよりshRNAコンストラクトが生成する模式図。黄色と橙色は原料DNA、赤はアダプター1、青はアダプター2、紫はアダプター3、緑はビオチン、茶色はストレプトアビジンビーズを示す。点線で示した矢印は制限酵素の切断様式を示す。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、RNAiを応用した新しい順遺伝学的アプローチの確立を目的とした。そのため、以前に報告したRNAiライブラリー構築技術EPRIL(enzymatic production of RNAi library)法の改良を行い、改良されたEPRIL法で構築した細胞由来のRNAiライブラリーを用いた選択実験により、下記の結果を得ている。

1.従来のEPRIL法の各ステップを見直し、効率の良い酵素反応系とともに、回収率の高いビオチン-ストレプトアビジンビーズシステムを用いた精製方法を導入した。その結果、従来法で必要とされた中間産物の増幅なしに大規模なRNAiライブラリーを構築する方法-改良型EPRIL法が確立した。

2.改良型EPRIL法を用いて細胞のmRNAより合成したcDNA混合物を原料にRNAiライブラリーを構築した。その結果、数100万オーダーの独立したクローンを含む大規模なRNAiライブラリーが構築された。

3.ライブラリーを構成するクローンの配列を解析した結果、構築されたRNAiライブラリーは、様々な遺伝子を標的とするshRNAコンストラクトから構成されていることが明らかとなった。

4.2と3の結果より、改良型EPRIL法によって構築された細胞由来のRNAiライブラリーは、細胞で発現している遺伝子を網羅するのに十分な複雑性を有していると示唆された。

5.GFPを構成的に発現している細胞のcDNA混合物より構築したRNAiライブラリーを、GFPの発現を指標として選択した。その結果、GFPの発現を強く抑制するshRNAコンストラクトが単離された。また、単離されたshRNAコンストラクトはGFPのmRNAに相同な配列を有していることが確認された。

6.IL-3依存性マウス前駆B細胞株(FL5.12細胞)のcDNA混合物より構築したRNAiライブラリーを、IL-3の欠乏によって誘導されるアポトーシスの抑制を指標として選択した。その結果、アポトーシス抑制効果を有するshRNAコンストラクトが単離された。また、単離されたshRNAコンストラクトには、アポトーシスへの関与が報告されている遺伝子と配列が一致するものが含まれていた。

7.ヒトT細胞株(Jurkat T細胞)のcDNA混合物より構築したRNAiライブラリーを、ストア作動性カルシウム流入機構の抑制を指標として選択した。その結果、ストア作動性カルシウム流入機構を強く抑制するshRNAコンストラクトが単離された。また、単離されたshRNAコンストラクトの配列から、STIM1がこの機構を担う遺伝子として同定された。

8.5、6、7の結果から、細胞由来のRNAiライブラリーを特定の細胞機能を指標として選択することによって、その細胞機能に変化を与えるshRNAコンストラクトをRNAiライブラリーの中から単離することが可能であることが明らかとなった。また、単離されたshRNAコンストラクトの配列より、その細胞機能に関わる遺伝子を同定することが可能であることが示された。

以上、本論文では、RNAiを用いた新しい順遺伝学的アプローチが示された。このアプローチでは、事前情報やアドホックな仮説に依存せずとも機能遺伝子の探索が可能となり、ゲノム情報と細胞機能を結ぶ架け橋として重要なブレイクスルーをもたらすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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