学位論文要旨



No 124776
著者(漢字) 堀池,由浩
著者(英字)
著者(カナ) ホリイケ,ヨシヒロ
標題(和) タンパク質合成・BDNF依存的な樹状突起スパイン形態可塑性の研究
標題(洋) Protein Synthesis and Neurotrophin-Dependent Structural Plasticity of Single Dendritic Spines
報告番号 124776
報告番号 甲24776
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3196号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 教授 岡部,繁男
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 橋本,浩一
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

シナプスの可塑性は、学習・記憶を基礎付ける分子・細胞機構と考えられる。シナプス可塑性の代表例である長期増強 (Long-term potentiation:LTP) は、大脳皮質において錐体細胞樹状突起のスパインにできるグルタミン酸作動性シナプスの伝達効率が長期的に増強される現象である。近年、この現象の基盤にはスパインの頭部増大という形態変化があることが多くの研究室で確認されるに至った。一方、動物の行動実験から長期記憶の形成にはタンパク質合成が必要であることが指摘されてきた。そこで本研究では、タンパク質合成とスパイン形態可塑性の関係について検討するために、海馬スライス培養標本のCA1錐体細胞を用い、ケイジドグルタミン酸の2光子励起によりシナプス前終末で生じるグルタミン酸放出と同様なグルタミン酸放出を誘導すること(2光子アンケイジング)によって、単一スパインを刺激し、可塑性を誘発した。その際、特にシナプス後細胞の発火の影響について検討したところ、シナプス後細胞が発火する場合にのみ、タンパク質合成依存的な形態可塑性が誘発されることがわかった。

【方法と結果】

ラット海馬スライスカルチャーのCA1錐体細胞にAlexa594を含む内液を用いてホールセルパッチクランプを行い、2光子励起顕微鏡下にて樹状突起スパインを観察し、ホールセル記録から約20分後に可塑性誘発刺激を行った。

Mg(2+)を含む生理的溶液中で、2光子アンケイジングによる単一スパインの刺激に10 ms遅れてスパイクを誘発する刺激を、1 Hzで80 回反復して与えたところ(スパイクタイミング刺激)、刺激したスパイン特異的にその頭部体積が増加することがわかった(図1A)。その頭部増大の様子は、無Mg(2+)溶液中で2光子アンケイジングにより単一スパインの刺激を1 Hzで 40回反復して与えた場合(コンベンショナル刺激)と異なった(図1C)。即ち、スパイクタイミング刺激ではスパイン頭部増大が漸増的であったのに対し(図1B)、コンベンショナル刺激では漸減的であり(図1D)、持続相の大きさはスパイクタイミング刺激の方が大きかった(図1B, D)。さらに、スパイクタイミング刺激による頭部増大は、タンパク質合成阻害剤であるアニソマイシン、シクロヘキシミドにより抑制されたのに対し、コンベンショナル刺激による頭部増大抑制されなかった。このことから、スパイクタイミング刺激による頭部増大の漸増相はタンパク質合成依存的に起こることが示唆された。

また、スパイクタイミング刺激では、樹状突起からスパイン頭頂部までの長さが短くなったのに対し、コンベンショナル刺激では、その長さが長くなる場合が多くなった。さらにスパイン頸部の蛍光値は、スパイクタイミング刺激ではスパイン頭部の増大と共に大きくなったが、コンベンショナル刺激ではスパイン頭部の増大に伴い大きくならなかった。このスパイクタイミング刺激によるスパイン頸部の蛍光値の増大は、刺激後スパイン頭部増大と同様に経時的に起こり、アニソマイシンによって抑制された。一方、コンベンショナル刺激ではスパイン頸部の蛍光値の増大は一過的なものにとどまった。

LTPのlate phaseはタンパク質合成依存的であると共に、BDNF(Brain-derived neurotrophic factor)が必要とされることが報告されている。よって次に、BDNFがスパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大にどのように関与するかを調べるため、BDNF-TrkBシグナル伝達系を阻害するチロシンキナーゼ阻害剤であるK252aを投与したところ、スパイン頭部増大の漸増相が選択的に抑制され、即時相やコンベンショナル刺激によるスパイン頭部増大には影響しなかった。続いて、抗TrkB抗体を投与したところ、同様にスパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大の漸増相を抑制したが、即時相やコンベンショナル刺激によるスパイン頭部増大には影響しなかった。続いて、TrkBの活性化がBDNFの細胞外への分泌によって起こるのかどうかを調べるため、BDNFを捕捉する作用をもつTrkB-Fc融合タンパク質を投与したところ、同様にスパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大の漸増相を抑制したが、コンベンショナル刺激によるスパイン頭部増大には影響しなかった。これらから、スパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大は、BDNFの内因性の分泌に依存して起こり、さらにBDNFの分泌にはシナプス後細胞のスパイクが必要であることが示唆された。

この様に、スパイクタイミング刺激では、シナプス後細胞のスパイクによりBDNFの分泌が起き、タンパク質合成依存的なスパイン頭部増大が誘発されることが示唆された。そこで、BDNFがある場合コンベンショナル刺激においても、タンパク質合成依存的な頭部増大が起こるかどうかを調べた。その結果、BDNFを投与しただけではスパイン頭部は変化しなかったが、BDNF存在時にコンベンショナル刺激によりスパイン頭部増大を誘発すると持続相が大きくなることがわかった。この点については、ホールセルパッチクランプをせずにGFP発現細胞を用いた場合においても同様であった。この頭部増大持続相の増強は、アニソマイシンによって抑制されたので、タンパク質合成依存的と考えられる。

一方、スパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大は、BDNFによって、より大きくはならなかった。これは、シナプス後細胞のスパイクによって十分量のBDNFが分泌されているためと考えられる。さらに、BDNF存在時にスパイクタイミング刺激で誘発したスパイン頭部増大も、タンパク質合成阻害剤で抑制された。これは、BDNFが過剰にあってもスパイクタイミング刺激で誘発したスパイン頭部増大はタンパク質合成を必須としており、タンパク質合成依存的な頭部増大の成立に必要なタンパク質はBDNFだけではないことが示された。

【考察】

本研究では、タンパク質合成に依存的なシナプス形態可塑性の機構を示した。即ち、シナプス入力による刺激のみでは、スパイン頭部増大は起きたが、タンパク質合成に依存しなかった。しかし、シナプス入力と同期したスパイク誘発を行うことにより、BDNFを介するタンパク質合成依存的な漸増的スパイン頭部増大が、刺激したシナプス特異的に起きることがわかった。動物行動実験から、長期記憶の獲得にはタンパク質合成が必要であることが知られているが、このタンパク質合成依存的な頭部増大は、長期記憶の形態基盤である可能性がある。本研究のスパイクタイミング刺激で用いた1 Hzのスパイクのみでは、BDNFは分泌されないことが知られており、BDNFの分泌にはシナプス入力とシナプス後細胞のスパイクが同期することが必要であると示唆された。このような同期性を有する神経活動は、記憶の獲得や認知過程と関連しており、本研究はこれら高次機能を理解する一助になるものである。

図1 スパイクタイミング刺激及びコンベンショナル刺激のスパイン頭部増大

(A)スパイクタイミング刺激により頭部増大したスパイン(0 minにて刺激した)

(B) スパイクタイミング刺激によるスパイン頭部体積の経時変化

(C) コンベンショナル刺激により頭部増大したスパイン

(D) コンベンショナル刺激によるスパイン頭部体積の経時変化

審査要旨 要旨を表示する

本研究は 大脳皮質における錐体細胞樹状突起スパインの形態可塑性と、タンパク質合成の関係性を調べるため、海馬スライス培養標本のCA1錐体細胞を用いて、ケイジドグルタミン酸の2光子励起による単一スパインへの刺激と、シナプス後細胞の発火を組み合わせる刺激法(スパイクタイミング刺激)、又はシナプス後細胞の発火を伴わず単一スパインへの刺激のみの刺激法(コンベンショナル刺激)による、スパイン形態可塑性への影響を比較検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.スパイクタイミング刺激の場合、刺激したスパイン特異的にその頭部体積が漸増的に増加し、タンパク質合成を必要とすることが示された。一方、コンベンショナル刺激のスパイン頭部増大は漸減的であり、タンパク質合成を必要としなかった。

2.スパイクタイミング刺激では、樹状突起からスパイン頭頂部までの長さが短くなり、スパイン頸部の蛍光値が大きくなることが示された。また、このスパイン頸部の形態可塑性は、タンパク質合成依存的であった。一方、コンベンショナル刺激では、その長さが大きくなる場合が多くなったが、スパイン頸部の蛍光値は大きくならなかった。このスパイン頸部の形態可塑性は、タンパク質合成を必要としなかった。

3.チロシンキナーゼ阻害剤、抗TrkB抗体、及びTrkB-Fc融合タンパク質を各々投与したところ、スパイン頭部増大の漸増相が選択的に抑制され、その即時相やコンベンショナル刺激によるスパイン頭部増大には影響しなかった。これより、スパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大は、BDNFの内因性の分泌に依存して起こり、さらにBDNFの分泌にはシナプス後細胞のスパイクが必要であることが示唆された。

4. BDNF存在下でコンベンショナル刺激をした場合、スパイン頭部増大の持続相が大きくなることが示された。また、ホールセルパッチクランプしないGFP発現細胞を用いた場合も同様な結果であった。一方、スパイクタイミング刺激によるスパイン頭部増大は、BDNFによってより大きくはならなかった。また、BDNF存在下でスパイクタイミング刺激により誘発したスパイン頭部増大は、タンパク質合成阻害剤で抑制されることが示された。これより、BDNFが過剰にあってもスパイクタイミング刺激で誘発したスパイン頭部増大はタンパク質合成を必須としており、タンパク質合成依存的な頭部増大の成立に必要なタンパク質はBDNFだけではないことが示された。

以上、本論文はタンパク質合成に依存的なシナプス形態可塑性を初めて見出した。即ち、シナプス入力による刺激のみでスパイン頭部増大は起きたが、これはタンパク質合成に依存しなかった。しかし、シナプス入力と同期したスパイク誘発を行うことにより、BDNFを介するタンパク質合成依存的な漸増的スパイン頭部増大が、刺激したシナプス特異的に起きることがわかった。動物行動実験から、長期記憶の獲得にはタンパク質合成が必要であることが知られているが、このタンパク質合成依存的な頭部増大は、長期記憶の形態基盤である可能性が示唆された。以上より、本研究は学習・記憶の機構解明に重要な貢献をなすと考えられることから、学位の授与に値するものと考えられる。

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