学位論文要旨



No 124778
著者(漢字) 井上,揚子
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ヨウコ
標題(和) Epstein-Barr virus ( EBV ) 関連胃癌における、Metの発現と活性化について
標題(洋)
報告番号 124778
報告番号 甲24778
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3198号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,祐輔
 東京大学 連携教授 廣橋,説雄
 東京大学 准教授 福嶋,敬宜
 東京大学 准教授 川邊,隆夫
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

序論

Epstein-Barr virus (EBV) 関連胃癌は胃癌全体の5から18%を占め、世界中に広く分布している。本邦での発生件数は、年間5,000例以上、全世界では年間80,000例を超えると推測されている。EBV関連胃癌は、胃癌の中で、臨床的・病理学的に特異な一群を形成していることから、その発癌機構、癌維持機構、悪性化に独自なものがあることが予想される。

c-met遺伝子は、胃癌において代表的な癌遺伝子である。その遺伝子にコードされた蛋白質であるMetは、HGF (hepatocyte growth factor) をリガンドとするチロシンキナーゼ型レセプターである。MetはHGFと特異的に結合することで、HGFの作用である上皮性細胞の増殖、遊走、形態形成に関与する。特に、癌細胞においては、その浸潤・転移に関与するscatter factorとして注目されており、癌細胞の分離や分散に関与している。Metの過剰発現は多くの悪性腫瘍で予後不良因子と考えられ、胃癌においても悪性度に関与する。

目的

EBV関連胃癌における癌遺伝子c-metの意義を明らかにするために、胃癌組織におけるMetの発現を免疫組織化学的に検索し、臨床病理学的因子との相関を比較検討した。さらに、現在、EBV関連胃癌から細胞株化された唯一の細胞株であるSNU-719細胞を用いた検討を加えた。

材料と方法

症例は、1990年から2007年までに東京大学医学部附属病院で外科的に切除された胃癌905例を用いた。外科切除例の使用およびTMA (Tissue micro array) の構築については、東京大学医学部倫理委員会の承認を得た。

EBV関連胃癌細胞株SNU-719細胞と、ヒト胃癌細胞株MKN-1細胞と、NU-GC-3細胞のEBV持続感染胃癌細胞を用いた。

Western blottingで、Met蛋白の発現、および、活性化 (リン酸化) Met蛋白の発現解析を行い、MetのリガンドであるHGF添加、 scatter assay、Metのmutationの検討、EBV関連蛋白発現細胞株での検索、RNA干渉によるMet蛋白の抑制などを行った。

結果、考察

胃癌腫瘍組織におけるMet発現:胃癌手術検体を用いた免疫組織化学的検討で、Met強陽性例を、905病変中495病変 (54.7%) に認めた。Met強陽性例は、男性 (p=0.002) 、65歳以上の症例 (p<0.0001) 、進行癌 (p=0.005) 、リンパ管侵襲陽性例 (p=0.01) 、静脈侵襲陽性例 (p<0.0001) 、リンパ節転移陽性例 (p=0.025) などの予後不良因子との有意な相関を認めた。EBV関連胃癌56症例中のMet強陽性例は39例 (69.6%) で、Met強陽性例と、EBV関連胃癌との間に有意な相関が認められた (p=0.02) 。

EBV関連胃癌細胞株SNU-719を用いた検討:SNU-719細胞は、現在、EBV関連胃癌から細胞株化した唯一の細胞株である。SNU-719細胞では、Western blottingにおいて、Met蛋白および、それに対応した活性化 (リン酸化) Met蛋白の強い発現が認められ、構成的にMetが活性化していた。EBV関連胃癌における、Metの構成的な活性化の意義を検討するため、MetのリガンドであるHGFを添加し、さらに刺激を行った。HGF添加後のWestern blottingにおいて、Met蛋白のリン酸化 (p-Met蛋白) にやや増強がみられたが、細胞に形態変化は認められなかった。そして、HGFの添加により、増殖率の増加も認められなかった。これらのことから、SNU-719細胞においては、定常状態で既に十分なMetの活性化が起きていると考えた。

一般的に、Metの活性化は、リガンドであるHGFとの結合により2量体化することで起きるが、その他、c-met遺伝子のtyrosine kinase domain のpoint mutationにるもの、そして、c-met遺伝子の遺伝子増幅によるoverexpressionにより、一本鎖のMet受容体が近接して二量体化することで、リガンド非依存性にMetの活性化が起きる。

まず、リガンドであるHGFを自己分泌していることについて検討した。胃癌細胞株 (SNU-484) は、MetのリガンドであるHGFを自己分泌し、その癌細胞が発現しているMet受容体に作用している。しかし、今回、MDCK細胞を用いたscatter assayの結果からは、SNU-719細胞において、autocrine的な機序は否定的であった。次に、c-met遺伝子のtyrosine kinase domainのpoint mutationにより、Metが構成的に活性化することを検討した。胃癌症例において、c-met遺伝子のtyrosine kinase domainのpoint mutationは、1%以下と低頻度である。今回検討した、SNU-719細胞にもc-met遺伝子のtyrosine kinase domainのpoint mutationは認められなかった。

最後に、Metの発現亢進の機序として、c-met遺伝子の遺伝子増幅によるoverexpressionにより、一本鎖のMet受容体が近接して二量体化することで、リガンド非依存性にMetの活性化がおきている可能性を検討した。EBV関連胃癌から細胞株化したSNU-719細胞においては、c-met遺伝子の遺伝子増幅は認められなかった。

以上のことから、SNU-719細胞においては、Metの発現亢進を介して、構成的な活性化が起こっているものと考えた。そして、そのSNU-719細胞におけるMet発現亢進の機序として、EBV感染が関与している可能性が挙げられる。

そこで、Met蛋白の発現が弱く、リン酸化Met蛋白の発現が認められなかった、胃癌細胞株MKN-1細胞に、EBVのI型潜伏感染で発現している遺伝子 (BARF0、EBER、EBNA1、LMP2A) を個々に発現させ、リン酸化亢進に寄与しているウイルス遺伝子産物の同定を試みた。その結果、MKN-1細胞に、EBERを強制発現させた状態で、Met蛋白の活性化 (リン酸化) 亢進が認められた。すなわち、EBV関連蛋白のEBERが、Metの構成的活性化に寄与している可能性が示唆された。

さらに、Metが構成的に活性化しているSNU-719において、siRNAを用いて、Met蛋白の抑制をした。Met蛋白が抑制され、同時に、その活性化 (リン酸化) 蛋白も抑制された。Metに対するsiRNAを導入した細胞の増殖率は、siRNA negative controlを導入した細胞と比較して、有意な低下を示した (p<0.01) 。この結果は、Met阻害剤が、EBV関連胃癌に対しても有効な治療手段となる可能性を示しており、これからのMetを分子標的とした治療においても重要になると考えた。

まとめ

EBV関連胃癌の発癌、進展過程を解明するため、Metの発現、活性化に着目した。

胃癌組織マイクロアレイを用いた免疫組織化学的検索では、Metの発現はEBV関連胃癌に有意に多く認められた。

EBV関連胃癌において、Metが発現亢進、構成的活性化をきたしており、Metの構成的活性化にEBVのEBERが関与していることが示唆された。

Metが、EBV関連胃癌の腫瘍組織における細胞増殖能に関与している可能性がある。

EBV関連胃癌は、胃癌の中で、原因が特定できる癌であり、その発癌、進展機構の解明は、他の胃癌の研究や、ウイルス関連腫瘍にも重要な知見をもたらすものと考える。

Metの過剰発現は、胃癌をはじめ、膵臓癌、肺癌、腎癌など、多くの悪性腫瘍において浸潤や転移に関与する予後不良因子と考えられ、その活性化の解明は、これからの分子標的治療においても重要になるであろう。そして、Metを阻害する分子標的薬は、アメリカでは臨床試験phaseIIの段階まで進んでおり、日本でも臨床試験phaseIが開始された。

EBV関連胃癌にも、これらの治療法が応用できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

Epstein-Barr virus (EBV) 関連胃癌は胃癌全体の5から18%を占め、世界中に広く分布している。EBV関連胃癌は、胃癌の中で、臨床的・病理学的に特異な一群を形成していることから、その発癌機構、癌維持機構、悪性化に独自なものがあることが予想される。

本研究は、EBV関連胃癌における癌遺伝子c-metの意義を明らかにするために、胃癌組織におけるMetの発現を免疫組織化学的に検索し、臨床病理学的因子との相関を比較検討した。さらに、現在、EBV関連胃癌から細胞株化された唯一の細胞株であるSNU-719細胞、および、EBV関連蛋白強制発現系を用いた検討を加え、下記の結果を得ている。

1. 胃癌組織マイクロアレイを用いた免疫組織化学的検索では、Metの発現はEBV関連胃癌に有意に多く認められた。

2. EBV関連胃癌において、Metが発現亢進、構成的活性化をきたし、Metの構成的活性化にEBVのEBERが関与していることが示唆された。

3. Metが、EBV関連胃癌の腫瘍組織における細胞増殖能に関与している可能性がある。

以上、本論文はEBV関連胃癌において高頻度にみられる、Metの発現が、腫瘍の増殖にかかわっていることを明らかにした。Metの過剰発現は、胃癌をはじめ、膵臓癌、肺癌、腎癌など、多くの悪性腫瘍において浸潤や転移に関与する予後不良因子である。そして、EBV関連胃癌は、胃癌の中で、原因が特定できる癌であり、その発癌、進展機構の解明は、他の胃癌の研究や、ウイルス関連腫瘍にも重要な知見をもたらすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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