学位論文要旨



No 124779
著者(漢字) 丹藤,利夫
著者(英字)
著者(カナ) タンドウ,トシオ
標題(和) SWI/SNFクロマチン構造変換因子の結合タンパク質、REQUIEMによるNF kappa B活性化とその制御
標題(洋)
報告番号 124779
報告番号 甲24779
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3199号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山梨,裕司
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 准教授 荒川,義弘
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 教授 宮園,浩平
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

SWI/SNF複合体はクロマチン構造変換因子として真核生物の多様な遺伝子発現制御において極めて重要な役割を果たしている。哺乳動物のSWI/SNF複合体は少なくとも9個のタンパク質を構成成分とし、DNAとヒストンからなるヌクレオソームの構造を変化させることにより遺伝子発現をエピジェネティカルに制御する機構をもつ。この複合体はATPase活性をもつ触媒サブユニットとしてBrmまたはBRG1のいずれか一つを一分子ずつ有する。両触媒サブユニットはよく似た一次構造を持つが、機能的に両者は完全には重複しないと考えられている。我々の研究室ではこれまでにBrmを欠失したヒト細胞株に導入したMLV (Murine Lukemia Virus)の発現はジーンサイレンシングが頻繁に起きるが、BRG1欠失細胞ではそのような性質は見られないことを示してきた。

また、SWI/SNF複合体は多くのDNA結合タンパク質と相互作用して転写制御に関与することが知られている。我々の研究室では、発癌や細胞増殖に関与する転写因子AP-1の構成タンパク質中、特にc-Fos/c-JunダイマーがSWI/SNFサブユニットBAF60aと高い親和性で相互作用してAP-1依存的な転写活性化が誘導されることを見出している。また、SWI/SNF複合体は転写活性化のみならず転写抑制にも働く。我々の研究室ではBrm型SWI/SNF複合体がmSIN3A/HDAC2, CoRESTといったcorepressorとの結合を介して転写因子、NRSF (REST)と大きな複合体を形成して転写抑制に働くことも報告している。

本研究はSWI/SNF複合体の未知の遺伝子転写制御機構を明らかにすることを目的とした。具体的な方法として、BrmおよびBRG1のタンパク質相互作用を指標として新たな結合タンパク質を探索し、そこから未知の遺伝子転写制御機構を解明することを目指した。SWI/SNF複合体構成タンパク質とある程度の親和性で結合する新規タンパク質を同定することにより、SWI/SNF複合体の新たな機能を解明する手がかりに十分なり得ると考えた。

結果と考察

SWI/SNF複合体の触媒サブユニットであるBrm, BRG1のN端にFLAGタグを付けた発現ベクターをHEK-293T細胞にそれぞれトランスフェクションし、細胞核分画を調製した。それぞれの核抽出液に対して抗FLAG抗体により免疫沈降を行なった。FLAG-Brm、BRG1免疫沈降評品を銀染色、抗FLAG抗体によるウエスタンブロットを行い、精製の確認をした。全免疫沈降産物をトリプシン消化したのち、LC/MS解析にかけたところ、Brm、BRG1をはじめとする既知の各SWI/SNF構成成分のペプチドが高頻度で検出された。LC/MS解析で同定されたSWI/SNF構成タンパク質以外のペプチド断片のうち、SWI/SNF複合体との結合がこれまでに知られていないタンパク質として、本研究ではヒトREQUIEM (hREQ)を精査することとした。hREQ抗体を調製して、FLAG-Brm、BRG1免疫沈降産物のウエスタンブロットを行いSWI/SNF複合体との結合性は検証された。

hREQとSWI/SNF複合体との相互作用を詳細にin vitroで調べるため、GST-hREQ 発現ベクターを構築しGST pulldown assayを行なうこととした。in vitroのRNA合成とタンパク合成により作製したBrm, BRG1, BAF60a, Ini1およびβ -actinをそれぞれGST-hREQと混合し、各SWI/SNFサブユニットとhREQとの結合性を調べた。その結果、β -actin はhREQ と低い親和性を示したが、Brm, BRG1, Ini1およびBAF60aはhREQと高い親和性を示した。さらに、hREQの欠失変異体発現プラスミドを構築し詳細な解析を行なった結果、hREQはNLSを含むN端領域でBrm/BRG1, BAF60aおよびIni1といった複数のSWI/SNF複合体のサブユニットと複数の接面で直接結合することが示された。

hREQがSWI/SNF複合体の複数のサブユニットと直接相互作用することから、hREQが特定の転写因子とSWI/SNF複合体とのアダプターとして転写制御に関与する可能性がある。そこで、hREQの発現によって転写活性に影響を与える転写因子の検索をtransient expressionを使用して行なったがAP-1やNFkBの結合配列を接続したルシフェラーゼ遺伝子では一切効果が見られなかった。この原因として、ルシフェラーゼベクターをtransient expressionで導入したことによりベクターが正しいクロマチン構造をとれずに、hREQの発現による転写活性の変化が見られない可能性が考えられた。そこで、薬剤耐性により選択されたNFkBレポーターを安定発現するHEK-293細胞株を作製して転写活性化を調べた。その結果、DNA トランスフェクションにより一過的に導入したRelB/p52ダイマーによる転写がhREQ、Brmに依存して活性化された。また、弱いながらも、BRG1依存性も検出された。RelA/p50ダイマーではこのようなhREQ、Brm依存性は見られなかった。c-Rel/p50ダイマーでは弱いhREQ依存性が見られたが、Brm依存性は見られなかった。そこで、RelB/p52ダイマーを中心にこの後の解析を行うこととした。まず、in vitroのRNA合成系、タンパク質合成系で作製したNFkBに対してGST-hREQ融合タンパク質のin vitro pulldown assayを行なったところhREQはp52と高い親和性を示した。よって、hREQはp52との結合を介してRelB/p52ダイマーによる転写活性化に関与することが示唆された。

内在性のRelB/p52に制御を受けることで知られる遺伝子BLCおよびELC に対して外来性のRelB/p52による活性化を行い、その活性化が同時に加えたBrm, BRG1およびhREQを標的とするshort hairpin (sh) RNAによるノックダウンによって転写活性にどのような影響を与えるかを調べることとした。ここでshRNAに対するネガティブコントロールとしてGFPに対するshRNAを用いた。トランスフェクション後72時間の細胞からRNAを抽出し、RT-PCRによりmRNAを検出した。ELCはRelA/p50により強力に転写活性化され、RelB/p52では弱い活性化が見られた。BLCではRelA/p50、RelB/p52で同程度の活性化が見られた。各ノックダウンの影響については、BLC、ELCともにRelA/p50では見られなかった。一方、RelB/p52による転写活性化ではBrmおよびhREQノックダウンで活性化が減少した。この結果は、ルシフェラーゼレポーターアッセイの結果と基本的にはよく一致している。以上のことから、レポーター遺伝子と内在性遺伝子の両方で、hREQ、BrmはRelB/p52による転写活性化を選択的に制御していることが示唆された。

次に、Lymphotoxin Receptorを高発現しているHT-29細胞を用いて、Lymphotoxinにより内在性のRelB/p52を活性化させた。Lymphotoxin刺激によるBLC遺伝子の誘導はhREQ、Brmに対するshRNAを導入した株でほぼ完全に消失した。shBRG1を導入した株ではネガティブコントロールであるshGFPとほとんど変わらなかった。以上の結果から、細胞内におけるRelB/p52活性化はほぼ完全にhREQ、Brmに依存的して起きることが示唆された。

最後に、HT-29細胞にLymphotoxinによる刺激を加え、内在性のBrm, BRG1および hREQが内在性のBLC遺伝子の発現誘導時にBLC遺伝子プロモーター上に動員されるかどうかをクロマチン免疫沈降実験により調べた。抗体による非特異的な結合を考慮して、rabbit normal IgGをネガティブコントロールとして用いた。その結果、抗Brm抗体および抗hREQ血清による免疫沈降標品においてLymphotoxin刺激に依存したBLC遺伝子プロモーターとの結合能の上昇がみられた。抗BRG1抗体はrabbit normal IgGと同等であったことから、これまでの結果と一貫して内在でのBLC遺伝子の転写活性化に関与しないことが示された。

以上のことから、BrmおよびBRG1の結合タンパク質として同定されたhREQはRelB/p52選択的にNFkBによる転写活性化を誘導することが示唆された。これまでにSWI/SNF複合体とNFkBの関係はほとんど何もわかっておらず、本研究を通してhREQの存在によりSWI/SNF複合体とNFkBの転写活性化の機構の解明に貢献したことは転写制御の研究において大きな意義があると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は真核生物の多様な遺伝子制御において重要な役割を果たしているクロマチン構造変換因子SWI/SNF複合体の未知の転写制御機構を明らかにすることを目的として解析を行なった。SWI/SNF複合体サブユニットに対するタンパク質相互作用を指標として新たな結合タンパク質を探索し、未知の転写制御機構を解明することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. SWI/SNF複合体の触媒サブユニットであるBrmおよびBRG1のN端にFLAGタグを付けた発現ベクターをHEK-293T (ヒト胎児腎臓細胞株)にそれぞれトランスフェクションし、それぞれの核抽出液に対して抗FLAG抗体により免疫沈降を行なった。各免疫沈降標品をトリプシン消化したのちLC/MS解析にかけたところ、SWI/SNF複合体との結合がこれまでに知られていないタンパク質としてヒトREQUIEM (hREQ)を同定した。

2. NFkBレポーターを安定発現するHEK-293FT細胞を作製してBrm, BRG1およびhREQの外来性の発現による転写活性への影響を検証した。その結果、RelBおよびp52発現ベクターの導入によるNFkBレポーターの転写活性がhREQ、Brmの発現により活性化された。また、HEK-293FTに外来性のRelBおよびp52発現ベクターを導入し、同時に加えたBrmおよびhREQを標的とするshort hairpin (sh) RNAによるノックダウンによってRelBおよびp52に応答する遺伝子の転写活性にどのような影響を与えるかを調べた。その結果、RelB/p52によるELCおよびBLC遺伝子の転写活性化においてBrmおよびhREQノックダウンによる活性化の減少が見られた。よって、レポーター遺伝子と内在性遺伝子でBrmおよびhREQはRelB/p52による転写活性化を制御していることが示唆された。

3. Lymphotoxin Receptorを高発現しているヒト大腸癌細胞株 (HT-29)を用いて、Lymphotoxinにより内在性のRelB/p52を活性化させた。Lymphotoxin刺激によるBLC遺伝子の誘導はBrmおよびhREQに対するshRNAを導入した細胞でほぼ完全に消失した。よって、細胞内における内在性のRelB/p52活性化においてもBrmおよびhREQに依存して起きることが示唆された。

4. HT-29細胞におけるhREQのBrm, BRG1, RelBおよびp52とのタンパク質相互作用の有無とそれらのLymphotoxin刺激の影響を免疫沈降法により検証した。抗Brm抗体および抗BRG1抗体による免疫沈降標品においてhREQの共沈が認められたが、Lymphotoxin刺激による変化は見られなかった。抗Brm抗体による免疫沈降標品においてRelBおよびp52の共沈がLymphotoxin刺激時にのみ認められた。また、抗hREQ血清による免疫沈降標品においてBrmの共沈が認められ、さらにLymphotoxin刺激時にのみRelBの共沈が見られた。よって、hREQはBrm/BRG1とLymphotoxin非依存的に結合しており、Lymphotoxin刺激時にRelBおよびp52と結合することが示唆された。

5. HT-29細胞にLymphotoxinによる刺激を加え、内在性のBrm, BRG1および hREQが内在性のBLC遺伝子の発現誘導時にBLC遺伝子プロモーター上に動員されるかどうかをクロマチン免疫沈降実験により検証した。その結果、抗Brm抗体、抗hREQ血清、抗RelB抗体および抗p52抗体による免疫沈降標品においてLymphotoxin刺激に依存したBLC遺伝子プロモーターとの結合能の上昇がみられた。よって、Lymphotoxin刺激により、Brm、hREQ、RelBおよびp52がBLC遺伝子プロモーターに動員され、転写活性化を行なうことが示唆された。

以上のことから、BrmおよびBRG1の結合タンパク質として同定されたhREQはRelB/p52の転写活性化にBrmと共に機能することを明らかにした。これまでにSWI/SNF複合体とNFkBの関係はほとんど何も明らかにされておらず、本研究を通してhREQの存在によりSWI/SNF複合体とNFkBの転写活性化の機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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