学位論文要旨



No 124782
著者(漢字) 小幡,高士
著者(英字)
著者(カナ) オバタ,タカシ
標題(和) 腸管関連リンパ組織内における日和見細菌の存在および宿主粘膜免疫系との相互作用機構の解明
標題(洋) Presence of indigenous opportunistic bacteria in gut-associated lymphoid tissues and their interactions with the mucosal immune system
報告番号 124782
報告番号 甲24782
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3202号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 講師 森屋,恭爾
 東京大学 准教授 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

哺乳動物の体内で、外界との接点が最大の部位は粘膜組織である。ヒトの粘膜表面積は口腔、鼻腔、消化器、呼吸器、泌尿・生殖器を含めじつに400m2(テニスコート約1.5面分)にもおよび、皮膚表面積の200倍以上である。それら粘膜が外界と生体とを隔てており、ウイルスや細菌、有害物質に対する防御機構の最前線になっている。粘膜には全末梢リンパ球の約60%にあたる非常に多くの、そして多種多様な免疫担当細胞〔樹状細胞(dendritic cell; DC)、マクロファージ、T細胞、B細胞、上皮細胞など〕がユニークな粘膜免疫システムを形成しており、それらが外来抗原に対して特異的・防御的な免疫応答を誘導している。

粘膜を隔てた外界には非常に多くの細菌が存在しているが、それら粘膜組織の中でも腸管は、数百種類にも及ぶ共生細菌も含めて最も多くの細菌に曝されている組織である。腸管における細菌と粘膜免疫系との相互作用については、その複雑さゆえこれまで分子・細胞・個体レベルでの機序解明はほとんどなされてこなかった。これは、宿主共生細菌も含めて腸内細菌のほとんどが難培養性細菌であり、これまでの培養法を基盤とした細菌学的手法のみでは実態の解明と把握が不十分だったことに大きく起因する。しかしながら近年、16S rRNA遺伝子クローンライブラリー法(以下、16S rRNA法)をはじめとする非常に優れた微生物ゲノム解析手法が確立され、これにより高精度で難培養性細菌も含めた腸内細菌プロファイルを検出・精査することが可能となった。

Macphersonらが行った培養可能な腸内細菌Enterobacter cloacaeを用いた感染実験から、粘膜組織におけるEnterobacterの主要な取り込み口は、粘膜固有層(lamina propria; LP)ではなくパイエル板(Peyer's patch; PP)であることが既に明らかにされている。PPはマウス小腸においては8~10個、ヒトにおいては200個以上も存在する二次リンパ組織であり、腸管における主要な免疫誘導組織として機能している。彼らの報告から、PPに取り込まれたEnterobacterはPP-DCによって貪食され、腸間膜リンパ節(mesenteric lymph node; MLN)に運ばれた後、T細胞に抗原提示され、最終的に同細菌に対する宿主IgA免疫応答が誘導されることが分かっている。しかしながら、難培養性細菌も含めた腸内細菌群と宿主免疫系との相互作用の実態については、現在に至るまで全く明らかにされていない。

そこで私はまず、16S rRNA法を用いて通常マウスのPP内における細菌プロファイルの精査を行った。その結果、Alcaligenesをはじめとする日和見細菌群がPP内に存在していることが分かった。加えて、これら細菌群はPPと同じく腸管関連リンパ組織(gut-associated lymphoid tissue; GALT)の1つである孤立リンパ小節(isolated lymphoid follicle; ILF)においても認められた。一方、LPにおいては全く認められなかった。つまり、これら細菌群はPPをはじめとする粘膜誘導組織に特異的に存在が確認される非常にユニークな細菌群であることが示唆された。そこで私は、Alcaligenesをこれら日和見細菌のモデル細菌とし、宿主粘膜免疫系との相互作用に関してさらに詳細な解析を行った。蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(FISH)法を用い、PP内のAlcaligenesの存在を視覚的に捉えようと試みたところ、通常マウスのPP内においてAlcaligenesと考えられる細菌群が散在的に検出された。これにより、PP内におけるAlcaligenesの存在を視覚的にも確認することができた。次に私は、Alcaligenesと宿主免疫系の関係をより詳細に調べるため、このAlcaligenesの単離・培養を試みた。しかしながら、現在確立されているあらゆる条件で検討したにもかかわらず単離・培養することができなかった。そこで前述のPP内細菌プロファイリング解析結果に基づき、Alcaligenesの中でも最優勢種であるAlcaligenes faecalisの標準株(NBRC 13111T)を用いて種々の免疫学的解析を行った。

通常マウスにおいてAlcaligenesに対する宿主粘膜免疫応答ならびに全身免疫応答が恒常的に惹起されているかどうか、糞便中IgA抗体および血清中IgG抗体を各々の指標としてELISA法を用いて調べた結果、Alcaligenes特異的な粘膜IgA抗体は誘導されている一方、全身IgG抗体は全く誘導されていないことが分かった。このことはさらに、ELISPOT法を用いた実験結果からも裏付けられた。すなわち、通常マウスにおいてAlcaligenes特異的なIgA抗体産生細胞がPPをはじめとするGALTに有意に存在したのに対し、Alcaligenes特異的なIgG抗体産生細胞は脾臓(spleen; SP)をはじめとする全身リンパ組織に全く認められなかった。さらに、PP欠損マウスにおいてはAlcaligenes特異的なIgA抗体が著しく減少したことから、これらAlcaligenesに対する宿主粘膜免疫応答は主にPPを介して誘導されていることが明らかとなった。

次に私は、Alcaligenesの宿主体内動態をDCに焦点を絞り16S rRNA法を用いて精査した。その結果、PP-DC中にはAlcaligenesが多く検出されたにもかかわらず、SP-DC中には全く認められなかった。また、MLN-DC中には、わずかながらAlcaligenesが存在した。これらのことは、上記のELISAならびにELISPOTのデータとも完全に対応した結果であった。つまり、AlcaligenesはPPに特異的に存在の確認される細菌であり、DCを介し一部はMLNまで輸送されるものの全身系組織には一切侵入せず、それゆえ宿主免疫系はAlcaligenesに対し粘膜免疫応答のみを常態的に誘導していることが示唆された。

最後に私は、AlcaligenesがPPに特異的に存在可能な理由について検討した。仮にAlcaligenesがPP内で生存できる能力を有しているのであれば、無菌マウスにPP組織内Alcaligenesを単回経口投与し一定期間経過後、PP内にAlcaligenesが一定量検出され、さらにそれに伴いAlcaligenes特異的な粘膜免疫応答も誘導されてくるはずである。そこで私は、無菌マウスにPP組織内Alcaligenesを単回経口投与し、3週間後、パイエル板中のAlcaligenesの存在をFISH法で確認したところ、Alcaligenesが相当量検出され、またそれに付随してAlcaligenes特異的な粘膜IgA抗体量ならびにIgA抗体産生細胞数の有意な増加が確認された。これらの結果から、宿主免疫系から常態的に粘膜免疫応答を受けながらもAlcaligenesはPP内で生存可能な菌である可能性が示唆された。さらに、B細胞に欠陥を有し粘膜抗体が著しく減少したxidマウスを用いた実験において、PP内Alcaligenes数が激減することから、その存在には粘膜免疫系によって誘導されるIgAをはじめとする粘膜抗体が関与している可能性が示唆された。

本研究は、哺乳動物GALT内において日和見細菌が存在することを示唆するはじめてのものであり、宿主免疫系と腸内細菌との相互作用に関するこれまでの知見に新たな視点を投げかけるという点において非常に意義のあるものであると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、哺乳動物の腸管における細菌と宿主粘膜免疫系との相互作用の実態を明らかにするため、16S rRNA遺伝子クローンライブラリー法(以後、16S rRNA法)と呼ばれる新規な分子学的細菌解析手法を用い、腸管粘膜関連リンパ組織における細菌プロファイルを精査するとともに、最優勢細菌群と宿主粘膜免疫系との相互作用の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.腸管における主要な免疫誘導組織であるパイエル板(PP)内における細菌プロファイル解析の結果、Alcaligenesをはじめとする日和見細菌群がPP内に存在していることが示された。また、これら細菌群はPPと同じく腸管関連リンパ組織(GALT)の1つである孤立リンパ小節(ILF)においても認められた。一方、粘膜固有層(LP)においては全く認められなかった。つまり、これら細菌群はPPをはじめとする粘膜誘導組織に特異的に存在が確認される細菌群であることが示唆された。

以後、Alcaligenesをこれら日和見細菌のモデル細菌とし、宿主粘膜免疫系との相互作用に関してさらに詳細な解析を行った。

2.蛍光 in situ ハイブリダイゼーション法を用い、PP内のAlcaligenesの存在を視覚的に捉えようと試みたところ、通常マウスのPP内においてAlcaligenesと考えられる細菌群が散在的に検出された。これにより、PP内におけるAlcaligenesの存在が視覚的にも確認された。

3.Alcaligenesと宿主免疫系の関係をより詳細に調べるため、パイエル板由来Alcaligenesの単離・培養を試みたが、現段階では実現できなかった。そこでPP内細菌プロファイリング解析結果に基づき、Alcaligenesの中でも最優勢種であるAlcaligenes faecalisの標準株(NBRC 13111T)を用いて種々の免疫学的解析を行った。

4.通常マウスにおいてAlcaligenesに対する宿主粘膜免疫応答ならびに全身免疫応答が恒常的に惹起されているかどうか、糞便中IgA抗体および血清中IgG抗体を各々の指標としてELISA法を用いて調べた結果、Alcaligenes特異的な粘膜IgA抗体は誘導されている一方、全身IgG抗体は全く誘導されていないことが分かった。このことはさらに、ELISPOT法を用いた実験結果からも裏付けられた。すなわち、通常マウスにおいてAlcaligenes特異的なIgA抗体産生細胞がPPをはじめとするGALTに有意に存在したのに対し、Alcaligenes特異的なIgG抗体産生細胞は脾臓(SP)をはじめとする全身系リンパ組織に全く認められなかった。さらに、PP欠損マウスにおいてはAlcaligenes特異的なIgA抗体が著しく減少したことから、これらAlcaligenesに対する宿主粘膜免疫応答は主にPPを介して誘導されていることが明らかとなった。

5.Alcaligenesの宿主体内動態をDCに焦点を絞り16S rRNA法を用いて精査したところ、PP-DC中にはAlcaligenesが多く検出されたにもかかわらず、SP-DC中には全く認められなかった。また、腸間膜リンパ節(MLN)-DC中には、わずかながらAlcaligenesが検出された。これらのことは、上記のELISAならびにELISPOTのデータとも完全に対応した結果であった。つまり、AlcaligenesはPPに特異的に存在の確認される細菌であり、DCを介し一部はMLNまで輸送されるものの全身系組織には一切侵入せず、それゆえ宿主免疫系はAlcaligenesに対し粘膜免疫応答のみを常態的に誘導していることが示唆された。

6.AlcaligenesがPP内に特異的に存在可能な理由について次のような検討をした。通常マウスのPP組織内Alcaligenesを無菌マウスに単回経口投与し、3週間後にパイエル板内のAlcaligenesの存在をFISH法で確認したところ、Alcaligenesが相当量検出された。それに付随して、Alcaligenes特異的な粘膜IgA抗体量ならびにIgA抗体産生細胞数の有意な増加が確認された。これらの結果から、宿主免疫系から常態的に抗原特異的粘膜免疫応答を受けながらもAlcaligenesはPP内で生存可能な菌である可能性が示唆された。さらに、B細胞に欠陥を有し粘膜系抗体産生が著しく低下したxidマウスを用いた実験において、PP内Alcaligenes数が激減することから、その存在には粘膜免疫系によって誘導されるIgAをはじめとする粘膜抗体が関与している可能性が示唆された。

以上、本論文は哺乳動物GALT内において日和見細菌が存在することを示唆するはじめてのものであり、宿主免疫系と腸内細菌との相互作用に関するこれまでの知見に新たな視点を投げかけるという点において非常に意義のあるものであると考えられ、学位の授与に値する。

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