No | 124783 | |
著者(漢字) | 川,学士 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カクガワ,サトシ | |
標題(和) | ウイルス増殖に影響を与える宿主タンパク質の解析 | |
標題(洋) | The analysis of host proteins affecting the growth of viruses | |
報告番号 | 124783 | |
報告番号 | 甲24783 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3203号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、様々な新興感染症が問題となっているが、中でも最も注視されているのがインフルエンザウイルスである。1997年以来、H5N1鳥インフルエンザウイルスのヒトへの伝播は増えており、パンデミックの発生が危惧されている。パンデミックを含めたインフルエンザ対策として、ワクチンと抗インフルエンザ薬が上げられる。本研究では、インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼに着目し、その活性に関与する宿主のタンパク質同定を目的とした。そのような宿主因子が同定されれば、抗インフルエンザウイルス薬開発に向けて大きな一歩となり、パンデミック時の有効な対策となる。 これまでウイルスの複製に関わる宿主因子の同定は、主に免疫沈降法や酵母ツーハイブリッド法が用いられており、強い相互作用の宿主因子しか同定することはできなかった。また、ポリメラーゼの複製・転写活性といったウイルスの機能への影響は、別途評価する必要があった。そこで、ウイルスポリメラーゼによるレポーター遺伝子の発現を指標とする発現クローニング法を開発した(図1)。この方法により、ウイルス増殖に関わる宿主タンパク質を同定し解析した。 ウズラ細胞由来のcDNAライブラリーを作製し、インフルエンザウイルスのポリメラーゼタンパク質(PB1, PB2, PA)と核タンパク質(NP)、さらにウイルスのゲノムRNA分節(ORFはEGFP遺伝子)を発現させるベクターとともに、293T細胞にトランスフェクションした(図1)。FACSによりGFPを強く発現する細胞をソーティングした。これにより獲得した細胞からcDNAを回収した。 上記の手順を三回繰り返して、ポリメラーゼの複製・転写活性を上昇させるcDNAを同定した。その中からN末を欠損したウズラRuvB-like2 (qRBL2)の解析を行った。RuvB-like2は、大腸菌の相同的組換えに働くATPase活性依存的DNAヘリカーゼであるRuvBタンパク質のホモログであり、様々な転写複合体に含まれ遺伝子発現を調節することがわかっている。 インフルエンザウイルスのRNA合成は2段階に分かれている。複製段階では、ウイルスゲノムRNA (vRNA) をテンプレートとしてcRNAが合成され、合成されたcRNAをテンプレートとしてvRNAが合成される。一方で、転写段階では、vRNAをテンプレートとしてウイルスタンパク質を合成するためのmRNAが転写される(図2)。 まず、qRBL2とヒトRuvB like 2 (hRBL2)を293細胞に過剰発現させ、ウイルスを感染させた。ウイルスのvRNA、cRNA、mRNAの産生量をそれぞれリアルタイムPCRにより定量した。その結果qRBL2、hRBL2発現細胞においてウイルスRNA合成量、特にcRNA量とmRNA量が減少した。また、それにともない、qRBL2、hRBL2の発現はウイルス増殖も抑制した。 siRNAを用いてhRBL2をノックダウンした293細胞において、上記の実験同様ウイルスRNA合成量を解析したところ、ノックダウン細胞においてvRNA、cRNA、mRNA合成量の増加が認められた。またウイルス増殖もノックダウン細胞において有意に上昇していた。以上のことからhRBL2は、ウイルスポリメラーゼの複製・転写活性を阻害することによりウイルスの増殖を抑制することがわかった。 次に、ウイルスのポリメラーゼタンパク質(PB1, PB2, PA)、NPとhRBL2の相互作用を免疫沈降により解析した。その結果、hRBL2は、PB2とNPと強く結合することがわかった。PB1もわずかに相互作用した。 NP-NP相互作用は、ウイルスポリメラーゼ活性に必要である。このNP-NP間のオリゴマー形成をhRBL2が阻害している可能性を考え、以下の実験を行った。蛍光タンパク質をN末(GN-)とC末(GC-)の二つにわけてNPと融合させて発現させた (GN-NP, GC-NP)。GN-NPとGC-NP両方発現するとNP-NPの会合が起こり融合している蛍光タンパク質断片が近づき蛍光を発した。GN-NPとGC-NPとともにhBRL2を量依存的に発現させると、蛍光強度が下がることが確認されたことから、hRBL2はNP-NPのオリゴマー形成を阻害することがわかった。 以上のことから、hRBL2はウイルスの複製・転写活性を行うウイルスタンパク質に結合し、その機能を阻害することによりウイルス増殖を抑制することが示唆された。 上記のスクリーニング法をさらに改変し、ポリメラーゼの複製・転写活性を上昇させるcDNAを同定した。その結果、N末の欠損したウズラRSK2を同定した。RSK2はMAPキナーゼの下流に位置し、細胞増殖、分化を調節するセリン・スレオニンキナーゼの一つである。ヒトRSK2、鳥RSK2をクローニングしウイルスポリメラーゼに与える影響を解析した。読み枠部分をホタルルシフェラーゼ遺伝子に置き換えたウイルスゲノムRNAともにポリメラーゼ(PB2、PB1、PA)、NPを発現させてレポーターアッセイを行ったところ、ヒトRSK2の過剰発現させた場合もトリRSK2の過剰発現させた場合もコントロールと比べレポーター発現量に変化は見られなかった。さらに解析を進めるため、レトロウイルスベクターを用いたRSK2ノックダウン細胞を樹立した。この細胞を用いてレポーターアッセイを行ったところ、ノックダウン細胞において活性の上昇がみられた。このことからN末欠損したRSK2は、細胞内在のRSK2に対してドミナントネガティブに働いた可能性が示唆された。次に、ノックダウン細胞にインフルエンザウイルスを感染させ、ウイルスタンパク質の合成量をウェスタンブロットにより解析した。その結果、ノックダウン細胞において有意にウイルスタンパク質の合成量増加が認められた。また、ノックダウン細胞においてインフルエンザウイルスが効率良く増殖した。同様にセンダイウイルスの増殖も解析したところ、ノックダウン細胞において増殖効率が上昇した。 インフルエンザウイルスの感染によりMAPキナーゼが活性化されることが報告されている。MAPキナーゼの下流に位置するRSK2も活性化されていることが予想された。インフルエンザウイルスを293細胞に感染させた後のRSK2のリン酸化程度をウェスタンブロットによって解析したところ、感染によりRSK2のリン酸化が上昇しているのを確認した。 インフルエンザウイルスやセンダイウイルスの増殖に影響を与えたことから、RSK2が自然免疫に関与している可能性が示唆された。RSK2がNF-kBを活性化させるという報告があり、ウイルス感染においてもRSK2がNF-kBを活性化していることが考えられた。RSK2ノックダウン細胞にNF-kB依存的ルシフェラーゼを発現させインフルエンザウイルスを感染させたところ、コントロールの細胞と比べてのルシフェラーゼ発現量が減少した。一方、ノックダウン細胞にRSK2をプラスミドにより補うとルシフェラーゼ発現量が上昇し、NF-kB活性の回復が見られた。またインターフェロンβプロモーター活性もNF-kB活性と同様にノックダウン細胞において活性の減少が見られた。 PKRはインターフェロンによって発現が誘導されウイルスタンパク質合成を阻害することが知られている。最近の報告によりRSK2がPKRを基質とすることがわかった。ウイルスの感染によってRSK2がPKRをリン酸化しているかどうかを調べるため、RSK2ノックダウン細胞にインフルエンザウイルスを感染させ、PKRのリン酸化量を調べた。その結果、RSK2ノックダウン細胞においてコントロール細胞と比べてPKRのリン酸化程度は低く、ウイルス感染時においてもRSK2がPKRのリン酸化に重要であることが明らかになった。 以上のことよりRSK2に自然免疫シグナル系において重要な役割を担っていることが示唆された。 図1 発現クローニング法 | |
審査要旨 | 本研究は、ウイルス増殖とそれを制御する宿主タンパク質のメカニズムを明らかにするために、インフルエンザウイルスRNAポリメラーゼによるRNA合成に着目し、それを制御する宿主タンパク質の探索・解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。 1.インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼによる遺伝子発現に影響を与える宿主タンパク質を探索するため、スクリーニング系を構築した。ウイルス遺伝子をリポーター遺伝子に置き換えその発現を指標とし、宿主タンパク質の探索を行った。この系の確立によりウイルスタンパク質と宿主タンパク質の直接の相互作用の有無に関わらない探索を可能とした。 2.1のスクリーニング系を用いてRNA遺伝子発現を上昇させるものとしてRuvB-like 2(N末が欠損したもの)を同定した。RuvB-like 2の全長をクローニングし過剰発現させた細胞においてウイルスのRNA合成ならびにウイルスの増殖が抑制された。siRNAを用いたヒトRBL2ノックダウン細胞においてウイルスRNA合成量ならびにウイルスの増殖が上昇した。以上のことからRuvB-like 2はインフルエンザウイルスの複製を抑制していることが示唆された。 3.免疫沈降を用いてウイルスタンパク質とRuvB-like 2の相互作用を解析したところRuvB-like 2はPB1、PB2、NPと相互作用することが認められた。さらに、Bimolecular fluorescence complementation (BiFC)アッセイを行ったところRuvB-like2とNPの細胞内における相互作用が確認できた。またBiFCアッセイを用いてRBL2がNPのオリゴマー形成を阻害していることが認められた。 4.1のスクリーニングを応用した系を用いてRNA遺伝子発現を上昇させるものとしてRSK2(N末が欠損したもの)を同定した。ウイルスポリメラーゼによるリポーター遺伝子発現は、ヒトRSK2ノックダウン細胞において上昇したことから、N末欠損したRSK2は、細胞内在するRSK2に対しドミナントネガティブに働いた可能性が示唆され、RSK2はウイルス遺伝子発現を抑制していることが示唆された。 5.インフルエンザウイルスの感染により、MAPキナーゼが活性化されることが報告されている。MAPキナーゼの下流に位置するRSK2も感染に伴い、活性化(リン酸化)されることを確認した。 6.RSK2ノックダウウン細胞においてA型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、センダイウイルスの増殖効率が上昇した。またRSK2ノックダウン細胞において、NF-kB活性化、IFN-βプロモーター活性化、PKR活性化が減少していることを確認した。このことからRSK2が自然免疫系に関与していることが示唆された。 以上、本論文において、インフルエンザウイルス増殖に関わる宿主タンパク質探索の系を開発し、ウイルス増殖を阻害する二つの宿主タンパク質を同定した。本研究は、ウイルス増殖を抑制する宿主抗ウイルス応答の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/24393 |