学位論文要旨



No 124784
著者(漢字) 木瀬,孔明
著者(英字)
著者(カナ) キセ,ヨシアキ
標題(和) Hedgehogシグナル伝達におけるFu、Sufuの機能解析
標題(洋)
報告番号 124784
報告番号 甲24784
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3204号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 特任准教授 樋坂,章博
内容要旨 要旨を表示する

Hedgehog(Hh)シグナルはショウジョウバエから哺乳動物まで保存されているシグナル伝達経路であり、発生時に細胞の分化、増殖を制御している。またHhシグナルの亢進が基底細胞癌、髄芽腫といった細胞癌化と関連していることも知られている。したがって、Hhシグナルのメカニズムを理解することは生物学上、医学的応用上も非常に意義がある。

〈第1部 Fuの機能解析〉

Fused(Fu)はショウジョウバエのHhシグナル伝達に必要なリン酸化酵素(キナーゼ)である。ショウジョウバエにおいてFuは転写因子Cubitus interrptus(Ci)の転写活性を高レベルに上昇させる働きがある。哺乳動物でもFuがCiのホモログGliの活性を正に制御していることが期待されるが、Fuのノックアウトマウスは水頭症で生後まもなく死ぬものの、Hhシグナルの異常と見られる表現型は確認されておらず、哺乳動物Fuの役割はよくわかっていない。本研究では哺乳動物Fuの機能解析の手がかりとして、Fuの結合タンパク質を探索し、キナーゼ特異的なシャペロン複合体Cdc37/Hsp90を同定した。FuがCdc37/Hsp90によって安定化されているのかを調べるために、細胞をHsp90阻害剤Geldanamycin(GA)で処理したところ、Fuの存在量が急速に減少することがわかった(図1)。Cdc37とその標的キナーゼとの相互作用にはcasein kinase 2(CK2)によるCdc37のSer13リン酸化が必要である。Cdc37のFu安定化に対する重要性を調べるために、細胞をCK2阻害剤TBBで処理したところ、Fuの量は時間経過に伴い減少した(図1)。これらの結果はCdc37もFuの安定化に寄与していることを示唆している。

GAによるFuの存在量の減少メカニズムを調べるために、Fu を35Sでラベルし、その後の挙動をGA処理ありなしで比較したところ、GA処理によって、Fuの半減期が減少することがわかった。これにより、GAによるFuの存在量の減少は、Fuタンパク質の分解促進によることがわかった。GAによって引き起こされるFuの分解経路を調べるために、細胞をGAおよびプロテアソーム阻害剤、リソソーム阻害剤で処理し、Fuの存在量を調べたところ、プロテアソーム阻害剤でのみGAによるFuの分解が抑えられた。このことから、Fuの分解はプロテアソーム依存的であることが示唆された。プロテアソームによる分解には、標的タンパク質のユビキチン化が重要である。Fuもユビキチン化されるのかについて調べるために、プロテアソーム阻害剤とGAで処理した細胞の溶解液からFuを免疫沈降し、抗ユビキチン抗体でウエスタンブロッティングした。すると、プロテアソーム阻害剤処理したサンプルには本来のFuのバンドの上にスメアなシグナルが見られた。これはポリユビキチン化された高分子量Fuの形成を示唆している。

Fuの、CiのホモログGli1、Gli2活性への効果を調べるために、ルシフェラーゼアッセイを行った。するとGli1、Gli2の発現量とレポーター活性が、Fuを共発現させることによって上昇することがわかった。そしてGA処理によってFuの分解を誘導すると、その効果が失われることもわかった。FuがGliを安定化しているのかを調べるために、Gli1を35Sでラベルし、Fuの存在下、非存在下でのGli1の半減期を調べたところ、FuによってGli1の分解が抑えられることが示唆された。次にFuのGli1ユビキチン化に対する効果を調べたところ、Gli1のユビキチン化レベルがFuの共発現によって抑えられていることがわかった。これらのことから、FuはGli1のユビキチン化を抑えることでGli1を安定化し、Gli1のレポーター活性の上昇に寄与していることが示唆された。

前立腺癌由来の細胞PC3では、Hhシグナルが高く活性化され、またその増殖がSmoothenedの阻害剤cyclopamineで抑制されることが報告されている。そこでFuがGliを安定化することによってPC3細胞の増殖に寄与し得る可能性について検討した。PC3細胞をGA処理するとFuが分解し、細胞増殖能が減少した。次に、Hhシグナルの抑制がGA処理の効果に関与していることを確かめるために、myc-Gli1を安定に発現するPC3細胞株(PC3-Gli1)を作成した。PC3-Gli1細胞をGA処理すると、PC3親株と比べて増殖阻害が一部救済されることがわかった(図2)。これらの結果より、GA処理によってPC3細胞のHhシグナルが抑制されること、またFuはGli1を安定化することによってPC3細胞の増殖に寄与しているかもしれないことが示唆された。

〈第2部 Sufuの機能解析〉

ショウジョウバエのSuppressor of fused (Sufu)は転写因子Ciと結合し、Ciの核移行を阻害することが示唆されているが、sufu変異体には特に表現型が現れない。一方、Sufuのノックアウトマウスは恒常的なHhシグナルの活性化を示し、胚性致死となることから、哺乳動物ではSufuがHhシグナルの主要な抑制因子と考えられている。しかしながら、Sufuが細胞内強制発現系でGliの核移行を抑制することが知られているものの、細胞内在性SufuによるHhシグナルの抑制メカニズムに関してはよくわかっていない。今回、マウス Sufuの結合タンパク質を探索したところ、GSK3βが同定された。GSK3βはHh非存在下において転写因子Gli3をリン酸化して、Gli3の限定分解(プロセシングという)による転写抑制因子の生成を誘導することが知られている。まず始めに、Gli3とGSK3βとの結合にSufuがどう影響するのかを調べたところ、in vitroにおいてSufuがGli3とGSK3βとの結合を仲介することがわかった。次にGSK3βによるGli3のリン酸化におけるSufuの効果を、in vitro キナーゼアッセイにより調べたところ、Sufuの存在下でGli3のリン酸化が促進されることがわかった(図3)。以上のことから、SufuがGSK3βをGli3に引き寄せることによってGli3のリン酸化を促進することがin vitroで示唆された。そしてGli3のプロセシングに必要とされるGSK3βのリン酸化部位をアラニンに置換した変異体を作成し、GSK3βによるin vitroキナーゼアッセイを行ったところ、Sufuはin vitroでGli3のSer903のリン酸化を主に促進することがわかった。

次に、実際に細胞内でSufuがGli3のプロセシングに必要なのかを検証するために、C3H10T1/2細胞でSufuをノックダウンしたところ、プロセシング型Gli3-83の生成が阻害されることがわかった。さらに、Sufuのノックアウトマウス由来の胎児繊維芽細胞(MEF)でのGli3プロセシングの有無を調べたところ、Gli3-190は存在するものの、Gli3-83は検出されなかった。SufuノックアウトMEFに対して、Sufu発現用レトロウイルスを感染させてSufuの発現を戻してやると、Gli3-83のバンドが検出された。これらの結果から、SufuがGli3のプロセシングに必要であることが強く示唆された。

次に、SufuによってGSK3βをGli3へ引き寄せることが、Gli3のプロセシングに重要なのかを検証した。GSK3βのSufuにおける結合部位を詳細に調べ、Gli3とは結合するが、GSK3βとは結合できないSufuの変異体Sufu(ΔGSK)を作成した。次にノックダウン耐性のmyc-Sufu(野生型:WT)およびmyc-Sufu(ΔGSK)の安定発現細胞株をC3H10T1/2細胞より樹立した。myc-Sufu(WT)発現株にSufuのsiRNAを導入しても、Gli3-83の生成が維持された。一方、myc-Sufu(ΔGSK)発現株では、siRNA導入後もSufu(ΔGSK)の発現が維持されているにも関わらず、Gli3-83の生成が阻害された(図4)。この結果は、Shh非存在下においてSufuがGSK3βをGli3に引き寄せることによって、Gli3のリン酸化とプロセシングがなされる、というストーリーを強く支持するものである。

最後に、Shh刺激後のSufu/GSK3β/Gli3複合体の挙動について検討した。Shh刺激ありなしでのC3H10T1/2細胞の細胞溶解液を抗Sufu抗体で免疫沈降し、GSK3βおよびGli3の共沈量の変化を調べたところ、Shh刺激によってGSK3βの共沈量は変わらなかったのに対して、Gli3の共沈量が減少していることがわかった。以上の結果より、Shh刺激によって、何らかのメカニズムでSufu/GSK3β複合体がGli3から解離することでGli3のリン酸化とプロセシングが抑えられ、全長のGli3が核移行して標的遺伝子の転写を開始する、というシグナル伝達のモデルが提起された。

審査要旨 要旨を表示する

近年、胚発生に重要な役割を果たしているHedgehog(Hh)シグナル伝達のメカニズムがショウジョウバエと哺乳動物とで異なっていることが示唆されている。本研究は、Hhシグナル伝達因子Fused(Fu)とSuppressor of fused(Sufu)の哺乳動物における機能解析を行うための手がかりとして、それらの結合タンパク質を同定し、Fu、Sufuとその結合タンパク質との複合体の機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1-1.Fuの結合タンパク質として、キナーゼのシャペロンであるCdc37/Hsp90複合体を同定した。細胞をHsp90阻害剤Geldanamycin(GA)あるいはCdc37の間接的阻害剤TBBで処理したところ、Fuの存在量が減少した。またGA処理によってFuの半減期が減少することがわかり、GAによるFuの存在量の減少は、Fuタンパク質の分解促進によることが示唆された。これらの結果から、Cdc37/Hsp90はFuの安定化に寄与することが示唆された。さらに、Fuはユビキチン化を受けて、プロテアソーム経路で分解されることも示唆された。

1-2. Fuの転写因子Gli1活性への効果をレポーターアッセイで調べたところ、Gli1の発現量とレポーター活性が、Fuを共発現させることによって上昇することがわかった。そしてGA処理によってFuの分解を誘導すると、その効果が失われることもわかった。この現象のメカニズムを調べたところ、FuはGli1のユビキチン化を抑えることでGli1を安定化し、Gli1のレポーター活性の上昇に寄与していることが示唆された。

1-3.前立腺癌由来のPC3細胞の増殖は、Hhシグナルに大きく依存しているとされている。PC3細胞をGA処理するとFuが分解し、細胞増殖能が減少した。次に、myc-Gli1を過剰発現するPC3細胞株をGA処理すると、PC3親株と比べて増殖阻害が一部救済されることがわかった。これらの結果より、GA処理によってPC3細胞のHhシグナルが抑制されること、またFuはGli1を安定化することによってPC3細胞の増殖に寄与しているかもしれないことが示唆された。

2-1.Sufuの結合タンパク質を探索したところ、GSK3βが同定された。GSK3βはHh非存在下において転写因子Gli3をリン酸化して、Gli3の限定分解(プロセシングという)による転写抑制因子の生成を誘導する、Hhシグナルの負の制御因子である。GSK3βがGli3をリン酸化する過程において、Sufuはin vitroでGSK3βをGli3に引き寄せることによってGli3のリン酸化を促進することが示唆された。そしてSufuはGli3のプロセシングに必要とされるGSK3βのリン酸化部位の1つであるSer903のリン酸化を主に促進することがわかった。

2-2.C3H10T1/2細胞でSufuをノックダウンすると、Gli3のプロセシングが阻害された。さらに、Sufuのノックアウトマウス由来のマウス胎児繊維芽細胞でもGli3のプロセシングが阻害されており、またSufuの発現を戻すことによってプロセシングが引き起こされることもわかった。これらの結果から、SufuがGli3のプロセシングに必要であることが強く示唆された。

2-3. 次にノックダウン耐性の野生型Sufu(WT)あるいは、Gli3とは結合するがGSK3βとは結合できない変異体Sufu(ΔGSK)の安定発現細胞にSufuのsiRNAを導入すると、Sufu(WT)発現細胞ではGli3のプロセシングが維持されたのに対して、Sufu(ΔGSK)発現細胞ではGli3のプロセシングが阻害された。この結果は、SufuがGSK3βをGli3に引き寄せることが、Gli3のリン酸化とプロセシングに重要であることを強く示唆している。

2-4.また、Hh刺激によってSufuとGSK3βの結合は維持されたのに対して、SufuとGli3の結合が減少することがわかった。以上の結果より、Hh刺激によって、Sufu/GSK3β複合体がGli3から解離することでGli3のリン酸化とプロセシングが抑えられ、全長のGli3が核移行し、標的遺伝子の転写を開始する、というシグナル伝達のモデルが提起された。

以上、本論文では(1)哺乳動物FuがCdc37/Hsp90によって安定化されることを見出し、この性質を利用して、Fuが転写因子Gli1を安定化することによってHhシグナルの出力を上昇させること、(2)哺乳動物Sufuが転写因子Gli3の活性を負に制御するキナーゼのリクルーターをして働くこと、を明らかにした。これらの機能はショウジョウバエにおいて報告のないものであり、本研究は哺乳動物におけるHhシグナル伝達のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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