学位論文要旨



No 124785
著者(漢字) 後藤,義幸
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ヨシユキ
標題(和) 粘膜固有層CD11c陽性細胞によって誘導されるフコシル化上皮細胞は、正常な腸内細菌叢を構築する
標題(洋) Intestinal fucosylated epithelial cells induced by lamina propria CD11c+ cells construct conventional gut microbiota
報告番号 124785
報告番号 甲24785
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3205号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 准教授 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

ヒトを含めた全ての後生動物の腸内には、恒常的に多数の細菌が生息している。これら腸内細菌は宿主から適切な酸素濃度、温度、栄養素の提供を受ける一方、抗菌物質産生による病原性細菌の増殖抑制、ビタミンKや短鎖脂肪酸などの栄養素供給、宿主免疫機構の構築等、宿主に有益な機能を発揮する事で強固な共生関係を構築している。しかしながら、腸内に生息する共生細菌の約80%は培養困難であるため、腸管内における共生細菌の種類、数量並びに分布など、未解明の問題が山積している状況である。中でも、宿主と共生細菌との共生関係構築機構に関しては謎が多い。

腸内細菌は宿主に対して免疫細胞を活性化して感染症の予防に役立つだけでなく、乳酸菌に代表されるように、炎症性腸疾患、大腸ガン、アレルギー、糖尿病等の疾患発症の抑制にも寄与している事が明らかとなっている。一方、異常な腸内細菌叢は炎症性腸疾患や大腸ガンの誘導等、ヒトにおける疾患発症の要因の一つとなっている。このため、宿主による腸内細菌制御機構の解明は、生物学的に非常に興味深い研究対象であるのみならず、医学的観点からも重要な命題と言える。

共生細菌が多数存在する腸管に代表される粘膜面には、全身系免疫機構とは異なった粘膜免疫機構が存在する。これまで粘膜免疫細胞は共生細菌に対しては免疫学的恒常性とも呼ぶべき平衡状態を維持している事が明らかとなっている。さらに、共生細菌に対する免疫反応は腸間膜リンパ節を含む粘膜関連リンパ組織内で終結する一方、病原性細菌に対する免疫反応は粘膜関連リンパ組織のみならず、脾臓を含む全身系リンパ組織においても誘導される事が明らかとなっている。この事は、病原性細菌に対する免疫反応のみ誘導する全身系リンパ組織とは異なり、粘膜関連リンパ組織は共生細菌との共生関係を構築しつつ、病原性細菌の排除も同時に行わなければならず、より高度に特化した免疫反応が求められている事も示唆しているが、未だその詳細は明らかではない。このように、粘膜面に存在する免疫細胞が共生細菌と病原性細菌をどのように識別し、ある時は共生細菌との共生関係を構築し、またある時は病原性細菌に対して強烈な免疫反応を誘導して排除に至るのか極めて興味深い問題である。

これまで、宿主が細菌との共生関係を構築する上で最もよく説明されている機構は、フコシダーゼ等の糖鎖切断酵素を有する細菌、Bacteroides thetaiotaomicron (B. thetaiotaomicron) およびB. fragilis が小腸上皮細胞上にフコースを含む糖鎖を誘導し、このフコースを栄養源並びに細胞壁の構成成分として利用する事である。これにより、B. fragilisは腸管内における生息能力の増強が見られる。この事から、フコシル化上皮細胞が腸内細菌叢の恒常性維持、宿主と共生細菌との共生関係維持に重要な役割を果たしている事が予想されたため、初めにフコシル化上皮細胞の腸内細菌叢に対する機能解析を試みた。野生型マウスおよび、フコシル化上皮細胞が消失したFut2欠損マウスを用いて、それぞれのマウスの回腸部分に存在する腸内細菌の種類を16S rRNAクローンライブラリー解析法を用いて調べた。その結果、Fut2欠損マウスの回腸部位では細菌叢の構成が変化し、特にLactobacillusの割合が減少している事が明らかとなった。さらに、Fut2欠損マウスの糞便中IgA抗体価を計測したところ、野生型マウスに比べて有意に減少していた。これらの結果から、フコシル化上皮細胞は生体内において正常な腸内細菌叢の構築、並びに腸管IgA抗体産生誘導に重要な役割を担っている事が明らかとなった。しかしながら、宿主小腸上皮細胞のフコシル化誘導機構はこれまでほとんど明らかとはなっていないため、次に共生細菌と宿主との相互作用および共生関係構築機構をより深く理解する事を目的として、この小腸におけるフコシル化上皮細胞の分化誘導機構の解明を試みた。

まず初めに、腸管におけるフコシル化上皮細胞を認識するレクチンUlex europaeus agglutinin (UEA)-1を用いて、小腸におけるフコシル化上皮細胞の分布をレクチン組織染色法にて解析した。その結果、十二指腸部分よりも回腸部分においてフコシル化上皮細胞が高頻度に存在している事を発見した。十二指腸と比較して、回腸にはより多くの共生細菌が生息している事がこれまで報告されているため、共生細菌がフコシル化上皮細胞を誘導する可能性を検証するために、次に無菌マウス及び抗生物質処理マウスを用いフコシル化上皮細胞の存在を確認した。その結果、野生型マウスに見られるフコシル化上皮細胞は無菌マウス及び抗生物質処理マウスにおいてほぼ消失しており、無菌マウスに共生細菌を再構成する事で、フコシル化上皮細胞が誘導される事も明らかとなった。これらの事実から、フコシル化上皮細胞は共生細菌によって誘導される事が明らかとなった。

次に、フコシル化上皮細胞の誘導における宿主細菌認識受容体の関与を調べた。宿主の免疫担当細胞には各種細菌分子認識受容体が備わっており、中でもToll様受容体群(toll-like receptors:TLRs)は自然免疫反応を司る重要な役割を担っている。宿主におけるこれらTLRsからのシグナルがフコシル化上皮細胞を誘導する可能性を検証するために、Tlr2, 4, 5, 9単独欠損マウス、Tlr2/4/9三重欠損マウスおよびTLRsの下流に存在する主要なシグナル伝達分子であるMyd88欠損マウスにおいて、フコシル化上皮細胞の有無を解析した。その結果、Myd88欠損マウスのみ、ほぼ全てのフコシル化上皮細胞の消失が確認された。MyD88は免疫担当細胞のみならず腸管上皮細胞等、非骨髄由来の細胞にも発現が確認されているため、次に上皮細胞のフコシル化に免疫担当細胞が関与するかどうかを調べるために、Myd88欠損マウスの骨髄移植モデルマウスを作製した。その結果、Myd88欠損マウスの骨髄を野生型マウスに移植しても上皮細胞のフコシル化は誘導されないのに対し、野生型マウスの骨髄をMyd88欠損マウスに移植したところフコシル化上皮細胞が有意に増加する事が明らかとなった。この結果は、骨髄由来の細胞がMyD88を介したシグナル伝達機構により、上皮細胞のフコシル化を誘導している事を示している。

さらに詳しいメカニズムを調べるために、野生型マウスの脾臓、腸管膜リンパ節、パイエル板、腸管粘膜固有層(lamina propria:LP)の各単核細胞をMyd88欠損マウスに移入したところ、LP分画に存在するCD11c陽性細胞を移入した場合のみ、上皮細胞のフコシル化が誘導された。一方、B、T細胞欠損マウスであるRag-2欠損マウスにおいてもフコシル化上皮細胞が誘導される事、並びに野生型マウスの回腸LPにおいてCD11c陽性細胞が恒常的に存在する事から、上皮細胞のフコシル化を誘導するのはリンパ球系細胞ではなく骨髄系細胞由来であるLP CD11c陽性細胞である事が明らかとなった。しかしながら、Myd88欠損マウスはLP CD11c陽性細胞の数、割合ともに異常が見られなかった事から、LP CD11c陽性細胞はMyD88のシグナルを介した何らかの物質を産生する事で、フコシル化上皮細胞の分化誘導を行っていると考えられた。

TNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインは腸管において病原体感染や炎症性腸疾患発症の際、MyD88を介して産生される事が知られている。この炎症性サイトカインがフコシル化上皮細胞を誘導する可能性を検証するために、上皮細胞上の各種炎症性サイトカイン受容体の発現の有無を調べたところ、TNFRIの恒常的な発現が確認された。一方、野生型、無菌、MyD88欠損マウスのLP CD11c陽性細胞のTNF-αの発現をreal-time PCRにて確認したところ、野生型LP CD11c陽性細胞では恒常的にTNF-αの発現が確認されるのに対し、無菌、MyD88欠損マウスではその発現が有意に低下していた。さらに、LP CD11c陽性細胞を表面抗原の発現パターン、並びに形態学的に解析した結果、CD11b(int) CD11c(int)であるマクロファージおよびCD11b(high) CD11c(int)である好酸球がTNF-α発現細胞である可能性を見出した。最後にTNF-α欠損マウスの小腸におけるフコシル化上皮細胞数を解析したところ、野生型マウスに比べて有意に低下しており、野生型マウスの骨髄を移植する事でフコシル化上皮細胞の数が回復する事が明らかとなった。以上の結果から、LPに存在するマクロファージおよび好酸球が共生細菌を認識し、MyD88を介したシグナル伝達を通して恒常的にTNF-αを産生する事で、上皮細胞にフコシル化を誘導する可能性が考えられる。

以上の結果をまとめると、本研究では、1)フコシル化上皮細胞は正常な腸内細菌叢の構築、並びに腸管IgA産生に重要な役割を担っている事、2)上皮細胞のフコシル化は共生細菌によって引き起こされる事、3) LPに存在するマクロファージおよび好酸球が共生細菌-MyD88を介したシグナルにより恒常的にTNF-αを発現し、上皮細胞のフコシル化を誘導する可能性が示された。これらの結果は取りもなおさず、粘膜免疫細胞であるマクロファージおよび好酸球が上皮細胞のフコシル化を介して、腸内細菌との共生関係を維持している、つまり「粘膜免疫細胞による腸内細菌との共生関係構築機構の存在」を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は腸管内に生息する共生細菌と宿主との共生関係構築機構に関与していると考えられているフコシル化上皮細胞の腸内細菌に対する機能並びにその誘導機構を明らかにするため、細菌特異的16S rRNAクローンライブラリー法を用いた腸内細菌叢のメタゲノム解析並びに宿主細菌認識受容体及びシグナル伝達分子欠損マウスを用いたフコシル化上皮細胞誘導に関与する細胞、分子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 野生型マウスの回腸において通常観察されるフコシル化上皮細胞を欠失したFucosyltransferase2 (Fut2)欠損マウスでは、腸内細菌叢が変化、特にLactobacillusの割合が減少しており、Fut2欠損マウスにおける糞便中IgA抗体価を測定したところ、IgA抗体価の減少が観察された。

2. フコシル化上皮細胞の小腸内における分布を同定するために、α1,2-フコースを特異的に認識するレクチンUEA-1を用いて、小腸上皮細胞のレクチン組織染色を行ったところ、十二指腸部分ではフコシル化上皮細胞がほとんど観察されないのに対し、回腸部分では大部分の上皮細胞がフコシル化されている事が明らかとなった。さらに、無菌マウス及び抗生物質処理マウスでは、この回腸におけるフコシル化上皮細胞が消失する事から、フコシル化上皮細胞は腸内細菌由来の刺激により誘導される事が示された。

3. フコシル化上皮細胞の誘導機構を明らかにする目的で、代表的な宿主細菌認識受容体であるToll様受容体並びにToll様受容体の下流に存在する重要なシグナル伝達分子であるMyD88の各欠損マウスを解析したところ、MyD88欠損マウスにおいて、フコシル化上皮細胞が消失する事が示された。さらに、MyD88欠損マウスでは回腸上皮細胞におけるFut2の発現が有意に低下していた。以上の結果から、MyD88はフコシル化上皮細胞誘導を司る重要な分子である事が示された。

4. フコシル化上皮細胞を誘導する細胞を同定するために、野生型マウス由来の骨髄並びに粘膜固有層CD11c陽性細胞をMyD88欠損マウスに移入したところ、フコシル化上皮細胞が誘導されてくる事から、粘膜固有層CD11c陽性細胞がフコシル化上皮細胞を誘導する事が示された。

5. フコシル化上皮細胞誘導における分子機構を明らかにするために、炎症性サイトカンの関与を解析したところ、野生型マウスの粘膜固有層CD11c陽性細胞において恒常的にTNF-αの発現が確認されるのに対し、MyD88欠損マウス並びに無菌マウスにおいて、その発現が有意に減少していた。

6. TNF-α発現CD11c陽性細胞のサブセットを確認したところ、マクロファージ、及び好酸球分画の細胞において、恒常的にTNF-αの発現が確認された。これらの結果より、粘膜固有層マクロファージ並びに好酸球が共生細菌を認識し、恒常的にTNF-αを産生する可能性が示された。さらに、上皮細胞において恒常的にTNFRIの発現が確認された事から、TNF-α-TNFRIシグナル伝達機構がフコシル化上皮細胞の誘導に関与する可能性が示された。

7. TNF-α欠損マウスを解析したところ、フコシル化上皮細胞が有意に減少しており、回腸上皮細胞におけるFut2の発現も有意に低下していた。さらに、野生型マウスの骨髄を移植する事によりフコシル化上皮細胞数が回復する事から、骨髄細胞由来TNF-αがフコシル化上皮細胞を誘導する事が示された。

以上、本論文は粘膜固有層CD11c陽性細胞によるフコシル化上皮細胞を介した腸内細菌との共生関係構築機構の存在を明らかにした。本研究は、これまでほぼ未解明であった宿主-共生細菌間の共生関係構築機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値する。

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