学位論文要旨



No 124788
著者(漢字) 髙山,直也
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,ナオヤ
標題(和) ヒト胚性幹細胞、ヒト誘導型多能性幹細胞からの血液細胞誘導
標題(洋)
報告番号 124788
報告番号 甲24788
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3208号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 教授 北村,俊雄
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 高橋,聡
 東京大学 准教授 田村,智彦
内容要旨 要旨を表示する

胚性幹 (embryonic stem: ES ) 細胞とは着床前の胚盤胞中の内部細胞塊から樹立した細胞株で、未分化状態を維持したまま半永久的に培養することが可能であり、すべての細胞に分化する全能性を有している。ES細胞の大きな利点はin vitroで半永久的に増殖可能であり、移植医療のソースとして注目を浴びている。

しかし、ES細胞由来の細胞を移植治療のソースとして用いる場合にはいくつかの問題点がある。免疫学的拒絶を避けるため、レシピエントと同じHLAを持ったES細胞を樹立しなければならないという点と残存する未分化なES細胞による奇形腫形成の危険性があるという点である。以上のような背景から、私は現段階で最も臨床応用が近いヒトES細胞を用いた細胞療法のソースの一つとして、血小板に注目した。

血小板は生体内のホメオスタシスを保つ為に必須の無核の機能細胞である。抗がん剤治療、骨髄移植後の致命的な血小板減少、先天性血小板減少症の大量出血時に対しては、血小板輸血が現段階の唯一の対症療法であるが、これらは現在全て献血に依存している。しかも、長期保存ができないため、慢性的な血小板製剤不足に悩まされている。

血小板の大きな利点は無核の細胞であるため、遺伝情報が永久に保存されることがなく、さらに残存する有核細胞を取り除く為に輸血前に放射線照射を行うことも可能であり、ES細胞を移植医療へ応用する際の問題点である腫瘍化の可能性を考慮する必要がないという事である。また抗血小板抗体を保持している特殊な患者以外では、HLAの一致を考えずに輸血が可能である。以上の利点、臨床的な需要の高まりを考慮するとES細胞から分化誘導した血小板は、現段階においてES細胞由来の細胞療法として最も実現度が高いと思われた。2003年にはマウスES細胞からは血小板の前駆細胞である巨核球及び、その最終分化形態である血小板へ誘導する系が確立された。その後Gaurらは2006年にヒトES細胞から、従来のマウスES細胞から血小板を誘導する方法と同様にOP9ストロマ細胞株との共培養法を用いて巨核球を誘導することに成功したが、血小板の産生は確認できなかった。そこでまず初めに私はヒトES細胞を利用した再生医療の実現へ向けて、ヒトES細胞から血小板を試験管内で産生する系を構築することを目指した。

しかし一方で、臨床応用に際しては懸念事項が存在した。生涯にわたり血小板輸血の頻度が高い患者は献血のたびに血小板に発現している同種HLAに感作され、抗血小板抗体を産生してしまう。血小板輸血を繰り返す患者にとっては、ヒトES細胞から十分量の血小板製剤が産生できても、単一のES細胞由来の血小板では早晩無効になる可能性が高い。そのためには患者とHLAが一致したヒトES細胞またはそれに準ずる能力のある細胞を樹立していかなければならない。

しかし近年マウス及びヒトの皮膚細胞に複数の遺伝子を導入することでES細胞と非常に類似した多能性で増殖能の高い細胞 (誘導型多能性幹細胞;iPS細胞) の誘導が報告がされた。この方法を用いれば、患者本人と同一のHLAを持つ多能性細胞が樹立可能で、ヒトES細胞樹立に伴う倫理的な問題点も回避できる。現段階ではレトロウイルスを用いて細胞初期化遺伝子を導入しているため、腫瘍化の懸念があるが血小板は前述したように核が無いため腫瘍化の危険も無い。

このような背景のもと、私は以下の2つの命題をあげた。

(1)将来的に安定した血小板製剤の供給を目指し、いまだ成功していないヒトES細胞から、血小板を産生する系を確立する、(2)免疫学的な拒絶を受けにくい献血ソースとして、患者個人または患者と同一のHLAを持つドナーからヒトiPS細胞を樹立して、献血ソースとなる血小板、赤血球などを作る系を樹立する

以上の2項目の達成を目指して私は研究を開始した。

(1)カニクイザル及びヒト胚性幹 (Embryonic Stem: ES) 細胞からの機能性血液細胞誘導法の確立

マウスES細胞を用いて確立された系をもとに、ヒトES細胞とOP9細胞との共培養により、Gaurらは巨核球までの誘導には成功したが、血小板放出は確認されなかった。私も京都大学で樹立されたヒトES細胞株KhES3を用いてGaurらと同じ方法を試みたが、報告とは異なり巨核球への優先的な分化は観察できなかった。一方寛山らは、ヒトと同じ霊長類であるカニクイザルES細胞株 (CMK6) をVEGF存在下でマウス間葉系細胞株10T1/2との共培養を行うと、浮遊細胞の中にコロニー形成能の高い血液前駆細胞が含まれることを報告していた。サイトカインの組み合わせを巨核球誘導因子に変える事で、巨核球/血小板が誘導できるのではないかという仮説のもと、私は同様の系を用いて、カニクイザルES細胞とヒトES細胞から巨核球及び血小板の分化誘導を試みた。

カニクイザルES細胞の系では報告と同様に、培養7日目には造血前駆細胞が誘導され、TPO存在下で培養を継続すると、培養14日目には巨核球及び血小板が観察された。しかしヒトES細胞では、培養7、10、15日目と段階的に浮遊細胞を回収したが、少数の巨核球しか得られず血小板も確認できなかった。

しかし私は、15日間播き直さず培養を継続していると、内部に血球様の球状細胞を多数含んだヒトES細胞由来の嚢状構造が出現してくる事に気付いた。私はこのヒトES細胞由来の嚢状構造物をES-sacと名付けた。ES-sacの嚢状組織はVEGF-R2陽性、CD31陽性など内皮細胞の特徴を持つ、多胞性の構造物であり、VEGFを加えることで産生効率が増加した。

内部の細胞には未熟な血管内皮、血液前駆細胞の共通抗原となるCD31陽性/CD34陽性の細胞が含まれ、メチルセルロース半固形培地上で、約100個に1個という高い頻度で多系統の血球コロニーを形成した。以上よりこの内部の球状細胞は造血前駆細胞であると考えられた。この細胞集団からは効率よく巨核球が得られ、浮遊細胞よりES-sac内に高い巨核球への分化能を持つ血液前駆細胞が存在することが証明された。

培養液中には血小板も産生され、最も重要な生理的な血小板刺激物質の一つであるADPに反応し、血栓形成に必須なインテグリンの活性化及び引き続いて起きる血小板内の骨格変化を引き起こしたが、反応性はヒト新鮮末梢血と比較して、30%-60%程度と低下していた。一つの原因として、血小板にとって培養液中は適切な環境ではないため、失活化が起きている事が原因と考えられた。血小板は培養液中で保存し続けると、自己活性化によりメタロプロテアーゼ (主にADAM17) を放出、機能分子であるGPIbαの細胞外部位を切断し、インテグリン活性化能及び細胞骨格変化が障害され血栓形成能を失うことが知られている。最近マウスES細胞の系を用いて、MPの阻害薬 (GM6001、TAPI-1)添加が血小板のGPIbαの細胞外部位の発現を保持し、機能を改善する事が報告された。同様に私も培養液中にGM6001を加えることでGPIbαの切断が抑制されることを確認したが、機能解析はまだ行っていない。今後これらの先行研究を基に、産生されたヒトES細胞由来血小板の機能を保護する培養条件を探索していかなければならない。

他にも私の課題は十分量の血小板を産生することである。現在(1)一つの巨核球から放出する血小板の数を増やす試み、(2)ES細胞1つから誘導する巨核球前駆細胞を増やす試みを行っている。

(2)ヒト誘導型多能性幹 (Induced Pluripotent Stem: iPS) 細胞の樹立と血液細胞誘導法の確立

ヒトES細胞の樹立は倫理的問題が多く、また患者自身からのES細胞は樹立できない。しかし、山中らのグループはマウスとヒトの体細胞に4つの遺伝子 (Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc) を、レトロウイルスを用いて発現させて、ES細胞とほぼ同等の細胞 (iPS細胞) を誘導することに成功した。iPS細胞の最大の利点は患者の体細胞から樹立することで、拒絶をの受けない理想的な細胞療法を行える事である。繰り返し血小板輸血が必要で、将来的にHLAに対する抗体を産生し、血小板輸血不応となる危険性がある患者への血小板のソースとして、患者と同一のHLAを持ったドナー由来のiPS細胞を樹立することや、患者本人からiPS細胞を樹立し、遺伝子修復後に血小板製剤を作れば、免疫拒絶の受けにくい理想的な血小板製剤が産生可能である。以上の背景より、私は(1)ヒト皮膚細胞よりiPS細胞を樹立し、(2)血小板を含む血液細胞への分化誘導系を確立することを目指した。

ヒトiPS細胞の樹立に関して、私はウイルスロット間の影響の少ない安定した樹立法を目指して、凍結保存したウイルスでの作成を試み、成功した。VSVGエンベロープは幅広い種類の細胞へウイルス感染が可能であり、また物理的に強い性質であるため、凍結保存が可能であり、遠心による100-200倍の濃縮も可能という利点がある。蛍光蛋白などのマーカーのついていないヒトiPS細胞を作成するため、マーカー遺伝子を発現しないウイルスベクターが望ましいが、ウイルスの感染効率が予想できず、安定した作成が困難である。しかし私が用いた系であれば、一度に大量のウイルスを作成し、-80℃で保存しておけば、比較的安定した効率でヒトiPS細胞の誘導が可能である。さらに、濃縮ウイルスのため高い感染効率が期待できるので、感染しにくい細胞種 (例えば血液細胞) からのiPS細胞作成にも期待できる。

次に外胚葉系の皮膚細胞から誘導したiPS細胞は残存するメチル化などの影響で、血球を含む他の細胞系譜への分化能が劣る可能性も懸念された。そこで私は(1)作成したヒトiPS細胞と(2)京都大学で樹立されたヒトiPS細胞、(3)コントロールとして血球分化の良いヒトES細胞株KhES-3を用いて、血球分化能を比較した。クローン間の差はあるものの、どのクローンからも培養14-15日目に内部に血液前駆細胞を含むiPS-sacが形成され、その後の血球分化能、血小板の機能はES細胞と同様であった。

本研究を通して、私は皮膚から作成されたヒトiPS細胞でも適切なクローンを選択する事で、ヒトES細胞と同様に機能を保持した血液細胞を産生できることを証明でき、理論的には拒絶を受けないオーダーメイドの血小板を産生できることを証明した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は再生医療実現に向け、血小板製剤の安定した供給を目指して、ヒトES細胞及びヒトiPS細胞から血小板を試験管内で産生する系の開発を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.ヒトES細胞から血球分化を促進するサイトカイン、フィーダー細胞の組み合わせを検討した。最終的に血管内皮増殖因子存在下でヒトES細胞とフィーダー細胞を共培養することで血液前駆細胞を内部に含んだ内皮細胞で構成される特徴的な多胞性の嚢状構造体ES-sacを形成することを見出した。

2.Sac内部の血液前駆細胞をTPOを含めたサイトカイン存在下で培養することで過去の報告より数十倍の効率で成熟した巨核球を誘導し、世界で初めてヒトES細胞から血小板の分化誘導に成功した。

3.産生された血小板はヒト末梢血血小板と同様に重要な機能分子であるCD41aやCD42a、CD9を発現していたが、CD42b(GPIbα)は一部の血小板で発現が失われていた。過去の報告をもとに、培養上清中に存在するメタロプロテアーゼを阻害する化合物GM6001を添加することでヒトES細胞由来の血小板のCD42b切断を抑制することに成功した。ヒトES細胞由来の血小板でCD42bの発現が低下する原因はメタロプロテアーゼによる切断であることを証明した。

4.産生されたヒトES細胞由来の血小板は末梢血血小板と比較すると機能は劣るものの、血栓形成に必須であるインテグリンの活性化(インサイドアウトシグナル)及び引き続いて起きるダイナミックな骨格変化(アウトサイドインシグナル)を示し、機能を有していることが証明された。

5.外胚様由来の細胞である皮膚細胞からiPS細胞を作成し、ES細胞と同様に中胚葉へ分化させたところ、嚢状構造体(sac)の形成や培養期間、産生される多系統の血球細胞などES細胞とほぼ同等の分化能力を持っていることが確認され、皮膚細胞がリプログラミングの過程を経て、胚葉を超えた分化を示すことが証明された。

6.皮膚から作成した血小板もES細胞から誘導した血小板とほぼ同等の機能を保持しており、将来的に拒絶を受けないオーダーメイドの血小板製剤が供給できる可能性を示すことができた。

以上、本論文はヒトES細胞及びヒトiPS細胞から世界で初めて機能を有する血小板の誘導に成功した。将来的な再生医療への応用や血小板造血に関わる疾患の病態解明へ貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/34313