学位論文要旨



No 124790
著者(漢字) 塚本,裕美子
著者(英字)
著者(カナ) ツカモト,ユミコ
標題(和) Toll様受容体7リガンドによるB細胞活性化機構の解析
標題(洋)
報告番号 124790
報告番号 甲24790
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3210号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 准教授 大海,忍
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 講師 秋山,泰身
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

B細胞は抗体を産生し外来抗原を認識・排除する機構を持つ。CSRは、抗体の抗原に対する特異性を変化させずにその機能を変化させ生体から外来抗原を効率的に排除する過程である。ヒトにおいてCSRが欠失した場合には高IgM症候群と呼ばれる病態を呈し、易感染性となる。その機構は段階的に進行することが知られているが、未だに解明されていない部分も残されている。

A. 抗CD38抗体刺激系とは

CD38はB細胞、T細胞表面に発現しているII型の膜貫通蛋白質である。そのリガンドは濾胞樹状細胞に発現しているとされる。抗CD38抗体(クローン:CS/2)によりB細胞表面上に発現しているCD38を架橋すると、細胞増殖などを誘導する。その際活性化されるシグナルはBCR刺激時のシグナルと類似している。

B. グアノシンの置換体とは

8-メルカプトグアノシン (8-SGuo) などのグアノシン置換体はB細胞の増殖、分化を誘導することは以前より報告がなされており、当初はT細胞様の刺激をB細胞に与える分子であるとされていた。しかし、8-SGuoがCSRを直接的に誘導するか否か、またそのB細胞活性化機構は不明である。

C. TLR7とは

Toll様受容体(TLR)は自然免疫系において主に解析が為されている受容体である。BCRとは異なり、病源体が固有に持つパターンを認識することで外来の病源体を排除し、生体防御に寄与する。TLR7の場合には一重鎖RNAやグアノシンの置換体などをリガンドとして認識するとされている。TLR7はMyD88をアダプター分子としてシグナルを伝達する。

TLR7刺激によりマクロファージや樹状細胞は炎症性サイトカインやI型インターフェロンの産生を誘導する。また近年B細胞におけるTLR7の活性化についても研究が行われ、BXSB/YaaマウスにおいてはTLR7の遺伝子重複のために自己抗体の産生が誘導され自己免疫疾患を発症することが明らかとなっており、B細胞における研究の重要性が増している。

試験管内でCSRを誘導する場合にはB細胞増殖を促すマイトーゲン、およびサイトカインを加える。クラススイッチを惹起するサイトカインにはIL-4やIL-5が存在する。試験管内の実験では抗CD40抗体とIL-4による共刺激系などを使用する場合が多く、IL-4はクラススイッチファクターとも称される。IL-5もまた抗CD40抗体との共刺激系においてIgG1へのCSRを惹起することができる。

IL-5によりIgG1産生細胞への分化を誘導する系としてユニークなものが抗CD38抗体との共刺激系である。抗CD38抗体をマイトーゲンとして用いた場合はIL-5との共刺激によってIgG1特異的にCSRを誘導することができる。しかし興味深いことに、抗CD38抗体とIL-4との共刺激ではCSRを誘導できない。IL-5によってクラススイッチが惹起されながらIL-4によって惹起されない例は他には見つかっておらず、極めてユニークな刺激系である。したがって、抗CD38抗体を用いた実験系を利用することにより抗CD40抗体では見出せなかったCSRに関与する因子を見出せる可能性がある。私はこの点に着目し、抗CD38抗体及びIL-4の刺激系に別種の刺激を加えることでCSRが惹起可能であるか検討を行い、CSRに必要な因子の探索を目指した。別種の刺激として8-SGuoを候補に選んだ。

【方法と結果】

1. 8-SGuoはIgG1産生細胞への分化誘導能を持つ

抗CD38抗体およびIL-4の共刺激系に候補物質である8-SGuoを添加することでマウスの脾臓B細胞からのIgG1産生が確認された。

2. 8-SGuoはTLR7を介してシグナルを伝達する

グアノシンの7、8位置換体であるロキソリビン(Lox)はTLR7のリガンドとして知られている。そこで、8-SGuoの機能にもTLR7が関与しているのではないかと考え、TLR7ノックアウトマウス、MyD88ノックアウトマウスを用いて解析を行った。その結果、野生型マウスにおいて見られたIgG1産生細胞への分化がノックアウトマウスの脾臓B細胞では確認されず、8-SGuoがTLR7-MyD88依存的にIgG1産生細胞への分化を誘導していることが明らかになった。

3. CSR機構についての解析:8-SGuoはAIDの発現を誘導し、IL-4はDNAの修復を誘導する

抗CD38抗体、IL-4、8-SGuoの3つの共刺激によりCSRを誘導することができるが、抗CD38抗体及びIL-4のみ、もしくは抗CD38抗体及び8-SGuoのみの刺激ではCSRを誘導しなかった。したがって、IL-4、8-SGuoはクラススイッチのゲノムDNA組み替えに必要な因子を互いに相補的に誘導しているのではないかと考えられた。そこで、段階的に進行するCSRの各ステップについて検討を行ったところ、抗CD38抗体およびIL-4刺激を与えた場合はAIDの発現誘導が見られず、AIDを過剰発現させたところIgG1へのCSRが確認された。一方、抗CD38抗体および8-SGuo刺激を与えた場合にはAIDの発現誘導が見られ、CSRのターゲットとなる領域でのDNA切断までは進行していた。したがって、抗CD38抗体、IL-4、8-SGuoの刺激系においては8-SGuoがAID発現を誘導し、IL-4はDNA切断後の修復を担っているのではないかと考えられる。

4. TLR7リガンド間の機能比較 - 8-SGuoとLoxの相違点

今回の研究では8-SGuoがTLR7を介してB細胞にシグナルを伝達していることを明らかにした。したがって、TLR7リガンドとされるLoxと同様の機能を持つことが推測されるが、解析を行った結果興味深い事実が明らかとなった。

脾臓B細胞において抗CD38抗体刺激系において8-SGuoとLoxの機能を比較したところ、いずれもIgG1産生細胞への分化を誘導した。しかし、8-SGuo、Loxの単独刺激下においてはLoxが細胞分裂を誘導したのに対し8-SGuoはほとんど誘導しなかった。

次にマクロファージ、樹状細胞において8-SGuo、Loxによる刺激を比較した。その結果、Loxによるサイトカイン産生、シグナル伝達経路の活性化は見られたのに対し8-SGuoによるそれらの反応は見られなかった。

さらにプラズマサイトイド樹状細胞についてLox、8-SGuo単独刺激の比較を行ったところ、Lox、8-SGuo共にサイトカインの産生が確認された。

【考察】

1. 8-SGuoはTLR7を介してIgG1産生細胞への分化を誘導する

今回の研究から8-SGuoがTLR7を介してIgG1産生細胞への分化を誘導することが明らかになった。抗CD38抗体および8-SGuoによる刺激系は生体内においてはRNA複合体を抗原として認識するBCRを発現するB細胞が、BCRに結合した抗原を細胞内に取り込み、TLR7により認識され活性化した状態に類似しているのではないかと考えられる。

2. 8-SGuoは抗CD38抗体刺激下においてAID発現を誘導し、IL-4はDNA修復を誘導する

今回の研究から、8-SGuoは抗CD38抗体刺激下においてAID発現を誘導することが明らかになった。また、抗CD38およびIL-4の共刺激ではAIDの発現が見られず、強制発現によってIgG1へのCSRが誘導された。したがって、抗CD38抗体、IL-4、8-SGuoによる刺激系で8-SGuoはAID発現を誘導することでCSRに寄与しているといえる。

また、抗CD38抗体および8-SGuoの共刺激系ではCSRは完了しないが、DNA修復までは進行していた。IL-4を加えるとCSRが完了することから、IL-4はDNA修復を誘導することでCSRに寄与していることが示唆される。

DNA修復が完了しないためCSRが欠損するという現象は高IgM症候群IV型においても見られる現象であるが、試験管内でこの現象を誘導したのは初めてである。CSR特異的なDNA修復にかかわる分子は、その存在が示唆されているものの同定には至っていない。抗CD38抗体、IL-4、及び8-SGuoを用いた研究を進めることでこの分子が同定できるのではないかと考えられる。

3. 8-SGuoとLoxの機能の相違点:TLR7リガンド間の機能比較

今回の研究では、8-SGuoとLoxに細胞により活性化能の相違があることを見出した。樹状細胞やマクロファージにおいて8-SGuoにはサイトカイン産生能がみられなかったのに対しB細胞やプラズマサイトイド樹状細胞においてはPrdm1の発現やサイトカイン産生を誘導したことは興味深い。

今回の研究において示された8-SGuoとLoxの相違点の理由はまだ明らかになっていない。一つの可能性として、TLR7のリガンド認識に必要な共軛因子が8-SGuoとLoxでは相異なるということが考えられる。このような特性は今後、種々の免疫細胞におけるTLR7の機能解析を進めて行くに当たって有用なツールとなると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は生体防御において極めて重要な役割を果たしていると考えられるB細胞の活性化機構、主として抗体産生・クラススイッチ組み換え(CSR)について解析を行った。

実験系としてマウス脾臓B細胞を抗CD38抗体、およびIL-4により共刺激を与える系を用いた。この系ではIgG1へのCSRが誘導されない。そこで、この系に別種の刺激を添加することでCSRが誘導されるのではないかと考え、そのような因子の探索を開始した。その結果、以下のような結論を得た。

1.B細胞分化を誘導するとして知られていたグアノシンの8位置換体である8-メルカプトグアノシン(8-SGuo)を抗CD38抗体、IL-4により共刺激したB細胞に添加するとIgG1産生を誘導した。他のヌクレオシド置換体により同様の効果が得られるかどうか検討したところ、8-SGuo、8-ブロモグアノシン(8-BrGuo)という2種類のグアノシン8位置換体が抗CD38抗体、IL-4の共刺激系に添加した場合にIgG1産生を誘導することが示された。

2.既知のToll様受容体7リガンドであるロキソリビン(lox)はグアノシンの7、8位が置換された構造である。Loxに関しても抗CD38、IL-4の共刺激系に添加したところIgG1産生細胞への分化を誘導した。一方、TLR7ノックアウトマウスの脾臓B細胞を用いて同様の系で解析したところ、8-SGuo、8-BrGuo、loxによるIgG1産生細胞への分化が見られなかった。このことから、8-SGuo、8-BrGuoもloxと同様にTLR7を介して細胞内にシグナルを伝えていることが明らかになった。

3.抗CD38抗体、および8-SGuoの共刺激ではIgM産生は誘導したがIgG1産生は誘導しなかった。このため、抗CD38抗体、IL-4、8-SGuoによる共刺激ではIL-4、8-SGuoがIgG1産生に必要な因子を相補的に誘導しているのだろうと考えられた。そこで、IgG1へのCSRの各ステップに必要な因子をIL-4や8-SGuoが誘導しているかどうか解析を行った。

抗CD38抗体およびIL-4のみにより刺激した脾臓B細胞ではCSRのマスター遺伝子であるAIDが発現せず、8-SGuoの添加によりAIDの発現が誘導されていた。また、抗CD38抗体およびIL-4のみにより刺激した脾臓B細胞にpMYベクターを用いてAIDを強制発現させるとIgG1へのクラススイッチ組み換えを誘導した。したがって、8-SGuoはAIDを発現させることでクラススイッチ組み換えに寄与していることが明らかになった。

抗CD38抗体および8-SGuoのみにより刺激した脾臓B細胞では、CSRに必要とされる段階のうちゲノムDNA切断までは検出されたが、その後の非相同DNA末端結合により産生されるはずのスイッチサークルが検出されず、CSRが完了しないことが分かった。したがって、IL-4はゲノムDNAの修復を促進する因子を誘導することによりCSRに寄与していることが示唆された。

4.既知のTLR7リガンドであるloxと8-SGuoの機能の比較を行った。脾臓B細胞においては抗CD38抗体、IL-4との共刺激下で同程度にIgG1産生細胞への分化を誘導したが、loxは8-SGuoより効果的にB細胞増殖を誘導することが出来た。また、ミエロイド系の細胞である樹状細胞やマクロファージはlox刺激下においてサイトカインを産生するが、8-SGuo刺激はサイトカイン産生を全く誘導しなかった。一方、プラズマサイトイド樹状細胞を用いた解析では8-SGuo刺激によりlox刺激同様のサイトカイン産生を誘導することが出来た。このことから、8-SGuoとloxはTLR7を介してシグナルを伝達するが、細胞によってその反応性が異なることが明らかになった。

以上、本論文はTLR7を介してシグナルを伝える新規分子として8-メルカプトグアノシンを同定し、CSRを中心としてその機能の解析を行った。本研究は、DNA修復が進行しないためにCSRが完了しない系を初めて試験管内において確立した。また、細胞種によりTLR7リガンドの反応性が異なることを発見し、CSRの分子的解析、TLR7の機能解析において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24392