学位論文要旨



No 124794
著者(漢字) 牧野,晶子
著者(英字)
著者(カナ) マキノ,アキコ
標題(和) フィロウイルスの増殖過程に関する解析
標題(洋)
報告番号 124794
報告番号 甲24794
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3214号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 准教授 川口,寧
 東京大学 准教授 石川(山脇),昌
内容要旨 要旨を表示する

フィロウイルスはヒトを含めた霊長類に重篤な出血熱を引き起こす病原体である。フィロウイルス科に属するエボラウイルスとマールブルグウイルスはその病原性の高さからbiosafety level-4(BSL-4)に分類されるため、感染性のウイルスを用いるにはBSL-4施設と訓練された研究従事者を必要とする。それゆえフィロウイルスの増殖過程に関する基礎研究は困難がつきまとう。しかし感染性ウイルスを用いずに増殖過程の各段階について研究するさまざまな手法がこれまでに構築されてきた。本研究において申請者はフィロウイルスの出芽の過程に着目し、その機構を詳細に解明することを目的にマトリックスタンパク質の出芽に重要な領域の同定とウイルスの出芽に関与する宿主細胞の機構の解明を試みた。

マールブルグウイルス(MARV)のマトリックスタンパク質であるVP40を細胞へ発現させるとウイルス様粒子(VLP)が培養上清中へ放出される。MARVのVP40はLドメインと呼ばれるVLP形成に重要なアミノ酸配列を介して、宿主タンパク質であるTsg101と相互作用する。Tsg101は後期エンドソームの一種であるMultivesicular body (MVB)のソーティング経路に関与するESCRT-Iの構成タンパク質である。MARVの粒子形成はMVBでおこなわれると考えられおり、VP40を発現させた細胞ではMVBへのVP40の集積が観察される。VP40とTsg101の相互作用がVP40のMVBへの集積に関与する可能性を検討するため、Lドメインをアラニンに置換した変異体を作製し、変異体の細胞内局在を評価した。その結果Lドメイン変異体はMVBへ集積したことから、VP40のMVBへの集積にはLドメイン以外の領域が関与することが示唆された。そこで本研究においてはLドメイン以外にVLP形成に関与しMVBへのVP40の集積に重要な領域を決定し、MARVの粒子形成機構の詳細を明らかにすることを目的とした。

VP40の欠損変異体、アラニン置換変異体を作製しその性状解析をおこなったところ、39位のイソロイシンと40位のスレオニンをアラニンに置換した変異体はVLPを形成せず、297位のアスパラギンをアラニンに置換した変異体はVLPの形成量が減少した。またこれらの変異体はMVBへ集積しなかった。39位のアラニン置換変異体はMVBへ集積しないがVLPは形成した。40位のアラニン置換変異体はVLPを形成するが、野生型とは異なり細胞膜への強く結合する像が観察され、電子顕微鏡による解析でも細胞表面にVP40と思われる電子密度の高い構造物が観察された。本研究において、Lドメイン以外にVLP形成とMVBへの集積に関与するVP40上のアミノ酸配列が同定された。VLP形成のこれらの同定したアミノ酸配列を介して相互作用しVLP形成に関与する宿主タンパク質の存在が示唆された。VP40のMVBへの集積は粒子形成過程において重要なステップであることから、上記の成績は新規抗ウイルス薬開発に有用であると考えられる。

MARVの粒子形成の場であるMVBへの小胞形成機構が本ウイルスの粒子形成に関与する可能性を検討するため、同機構にはたらく宿主タンパク質であるAlixに着目した。MARVのVP40はAlixと共沈降し、Alixを過剰発現した細胞ではVLP放出が促進された。また第一章で同定したVLP形成に重要であるVP40の297Asnをアラニンへ置換した変異体はAlixと共沈降されるタンパク質量が減少した。これらの結果からMVBへの小胞形成機構はMARVのVLP形成に関与することが示唆された。マトリックスタンパク質がAlixと結合するエンベロープRNAウイルスはHIV-1、EIAVなどのレトロウイルスやセンダイウイルスが報告されており、Alixを標的とすることは広範囲に効果を示す抗ウイルス戦略であると考えられる。

以上、本研究ではマールブルグウイルスの出芽過程に主な役割を果たすウイルスタンパク質の性状解析と出芽に関与する宿主機構を明らかにした。これらの知見はフィロウイルスの増殖過程に新たな知見をもたらし今後さらなる基礎研究また抗ウイルス戦略への応用につながると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

フィロウイルスはヒトを含めた霊長類に重篤な出血熱を引き起こす。フィロウイルス科に属するエボラウイルス(EBOV)とマールブルグウイルス(MARV)はその病原性の強さからBiosafety level-4 (BSL-4)に分類されるため、感染性のウイルスを用いるにはBSL-4施設とBSL-4施設での実験操作に熟練した研究従事者を必要とする。それゆえフィロウイルスの増殖過程に関する基礎研究には困難がつきまとい、研究が遅れている。

そこで感染性のフィロウイルスを用いずに増殖過程の各段階について研究する手法 - 例えば侵入に関する研究にレトロウイルスや水疱性口内炎ウイルスをベースにしたシュードタイプウイルスによるアッセイ、複製・転写に関する研究にウイルスタンパク質を供給し、ゲノムの代わりにレポーター遺伝子を組み込んだミニゲノムを用いたアッセイなどが、これまでに開発されてきた。本研究においてはマールブルグウイルスの出芽の過程に着目し、その機構を詳細に解明することを目的とした。

マールブルグウイルス(MARV)のVP40によるウイルス様粒子(VLP)形成とVP40の細胞内輸送に39Ileと40Thr、297Asnが重要であることを明らかにした。同定したアミノ酸はVP40のMVBへの輸送にはたらく宿主タンパク質との相互作用に関与するかもしれない。

MARVの粒子形成の場であるMVBの小胞形成にはたらく宿主タンパク質であるAlixがMARV VP40と相互作用しMVBの小胞形成機構がMARVのVLP形成に関与することを明らかにした。この結果はMARVが粒子形成にMVBの小胞形成のメカニズムを利用するという従来の仮説を支持する。

以上、著者はフィロウイルスの出芽の過程に焦点をしぼり、過程に主要な役割を果たすウイルスタンパク質の性状解析と、ウイルスの出芽に関与する宿主機構について研究をおこなった。これらの結果はフィロウイルスの増殖過程に関して新たな知見をもたらし、また今後のさらなる基礎研究に貢献するものと考えられる。

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