学位論文要旨



No 124795
著者(漢字) 松本,文
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,フミ
標題(和) Toll-like receptor 9によるリガンド認識機構の解析
標題(洋)
報告番号 124795
報告番号 甲24795
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3215号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 准教授 田村,智彦
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 北村,俊雄
内容要旨 要旨を表示する

Toll-like receptor(TLR)は病原微生物の構成成分を認識して自然免疫応答を惹起し、獲得免疫系を効果的に活性化するという生体の免疫防御において不可欠な役割を担っている。TLRは細胞表面に発現して働くもの(TLR1, 2, 4, 5, 6など)と、細胞質内の小胞において機能するもの(TLR3, 7, 8, 9など)の二種類に大別される。これらの細胞表面TLRと細胞内TLRはそれぞれ、病原体の膜構成成分と核酸成分を認識している。

細胞内TLRのうちTLR9は病原微生物が含有するDNAの非メチル化CpGモチーフを認識し、細胞活性シグナルを伝達していることから、他のTLRと同様に宿主感染防御に重要な分子として同定された。さらに近年では、TLR9が非自己のみならず自己のDNAを認識し、自己免疫疾患に至る分子メカニズムが徐々に明らかになっている。このようにTLR9は核酸を認識する機能を有することにより、生体に対して防御的に、あるいは攻撃的に働く可能性を持つ興味深い分子である。ところがこれらの機能の根幹であるTLR9のリガンド認識機構については、まだ分かっていないところが多い。本研究においてはTLR9のリガンド認識機構の解明を目的として検討した。

第一章 TLR9リガンド認識メカニズムにおける新規関連分子、カテプシンの発見[背景]

TLRのリガンド認識において、coreceptorの存在は非常に重要な役割を担っている。例えばTLR4は病原微生物の膜成分であるLipopolysaccharide(LPS)を細胞表面で認識しているが、この認識にはLPS-binding protein(LBP)、CD14及びMD2の働きが大きく影響を及ぼす。中でもMD2はLPS及びTLR4の各々と結合して、まさに直接LPS認識に関わっていることが証明された。このようにcoreceptor分子探索からのアプローチでTLRのリガンド認識メカニズム解明が進んでいる。そこで今回、TLR9のリガンド認識において重要な分子を探索するため、遺伝子ライブラリを用いたFunctional Cloningを実行した。

[結果、考察]

CpG-Oligodeoxynucleotides(CpG-ODN)に対してNF-kB活性反応を示さないマウスプロB細胞株Ba/F3細胞に、CpG刺激に対してNF-kB活性反応を示すマウス脾臓細胞あるいはマウスマクロファージ細胞株RAW264.7細胞由来の遺伝子ライブラリを導入した。これによりCpG刺激に対して活性化可能となったBa/F3細胞を選択、獲得した。このポジティブ細胞が含有する責任遺伝子をクローニングし、TLR9のCpG認識に重要な分子としてシステインプロテアーゼであるカテプシンBとカテプシンLを同定した。

野生型のカテプシンを遺伝子導入したBa/F3細胞においてはCpG刺激依存的なNFkB活性反応が増強されたが、一方カテプシンの酵素活性を失活させる変異体を導入した場合にはこの増強効果は認められなかった。また他のカテプシンファミリーについて検討したところ、カテプシンS/FもカテプシンB/Lと同様にTLR9活性の増強効果を示し、カテプシンHに関しては無効であった。また、カテプシンの酵素活性阻害剤を用いた実験によりマウス初代培養B細胞のTLRリガンド刺激依存的な活性反応を測定したところ、阻害剤によってCpG刺激により誘導される細胞活性反応が抑制された。興味深いことにカテプシンの阻害剤はCpG刺激依存的な活性反応のみならず、TLR3/7リガンド刺激に対する細胞活性反応をも抑制した。以上よりカテプシンの酵素活性は核酸認識TLRに影響を与えていることが明らかである。次いでカテプシンの作用機序についても検討したところ、TLR9がCpGを認識する場であるエンドリソソームにおいてpH依存的にカテプシンが基質を切断しTLR9活性反応に影響を与えている可能性が示唆された。

第二章 核酸認識TLRのcleaved formに関する研究

[背景]

第二章では、カテプシンのTLR9応答における役割について解析を進めた。カテプシンが切断する基質として第一にTLR9が推測されうるが、これを示唆する結果が先日2つのグループから報告された。私自身もカテプシンがTLR9を切断し機能的フォームを生じるのではないかと推測し、TLR9の構造について検討を加えた。

[結果、考察]

これまでの報告ではウエスタンブロットにおいて、TLR9分子の全長サイズのバンドだけが検出されていたが、本研究においてTLR9を各種細胞株に強制発現させてそのフォームを確認したところ、TLR9が切断されていることが明らかとなった。TLR9が切断修飾を受けるのは細胞内小器官のいずれかであると推測されるので、TLR9の細胞内移動を制御していると報告されているPRAT4A分子とUnc93-B分子に関連して解析した。その結果、この二分子それぞれによるTLR9の細胞内移動制御はTLR9の切断メカニズムに重大な影響を与えていることを証明し、TLR9のcleaved formが機能的である可能性が示唆された。また内在性TLR9を検出することにより生体内において生理学的にcleaved TLR9が存在していることが明らかになったため、TLR9が切断されるという現象についてさらに検討を加えた。TLR9 cleaved formのN末端配列分析結果をもとにTLR9の切断部位を決定し、non-cleaved コンストラクトを作成した。現在このコンストラクトを用いて解析を進めている。

以上の研究により、TLR9をはじめとする核酸認識TLRのリガンド認識においてカテプシンのプロテアーゼ活性が関与していることを発見した。またプロテアーゼ活性により生じたTLR9のcleaved formが機能的である可能性を見出した。核酸認識TLRと自己免疫疾患などの疾病との関わりが明らかになる一方で、リガンド認識における分子メカニズムについては大部分が未知である。それゆえに、本研究により明らかとなった分子レベルでの基礎情報は今後の研究に貢献し、ひいては疾患治療に発展する可能性を有している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、病原微生物の構成成分を認識してシグナル伝達を開始し免疫系を活性化するセンサー機能により宿主生体防御反応に寄与しているToll-like receptor(TLR)ファミリーのうち、TLR9のリガンド認識機構の解明を目的としている。TLR9は病原微生物が有する核酸DNAの非メチル化CpGモチーフを認識しているが、このCpG認識機構に重要な分子をFunctional cloning法により同定し、この分子を中心としてTLR9リガンド認識における新規分子メカニズムの解析を試みたことにより、下記の結果を得ている。

1. TLR9関連分子を探索するためにFunctional Cloningを実施するにあたって、CpG刺激に対してNF-kB活性反応を示さない細胞としてマウスプロB細胞株であるBa/F3細胞を見出した。このBa/F3細胞に、TLR9と同じシグナル伝達経路を使用しているTLR2のリガンド刺激を加えたときにはNF-kB活性が確認されたことより、Ba/F3細胞はTLR9のシグナル伝達段階ではなくリガンド認識段階において重要な分子が欠損していることが示された。

2. CpG刺激に対してNF-kB活性化反応を示さないBa/F3細胞に、CpG刺激に対してNF-kB活性反応を示す細胞由来のcDNAライブラリを遺伝子導入してFunctional cloningを実施した結果、TLR9のCpG認識に重要な分子としてシステインプロテアーゼであるカテプシンBとカテプシンLを同定した。野生型のカテプシンB/Lをそれぞれ遺伝子導入したBa/F3細胞においてはCpG刺激依存的なNF-kB活性反応が増強されたが、カテプシンの酵素活性を失活させる変異体を導入した場合にはこの増強効果は認められなかった。また、カテプシンの酵素活性阻害剤を用いた実験によりB細胞のTLRリガンド刺激依存的な活性反応を測定したところ、阻害剤によってCpG刺激により誘導される細胞活性反応が抑制された。これよりカテプシンの酵素活性がTLR9のリガンド認識に重要であることが示された。

3. カテプシンの酵素活性阻害剤はCpG刺激依存的なB細胞活性反応のみならず、TLR3/7リガンド刺激に対する細胞活性反応をも抑制したことより、カテプシンの酵素活性は核酸認識TLRに影響を与えていることが示された。

4. カテプシンB/L以外のカテプシンファミリーメンバーをそれぞれBa/F3細胞に強制発現させてCpG刺激依存的NF-kB活性反応を確認した結果、カテプシンS/FもカテプシンB/Lと同様にTLR9活性の増強効果を示し、カテプシンHに関しては無効であった。これよりTLR9のCpG認識におけるカテプシンの作用はファミリー間において代替されうることが示された。

5. カテプシンB/Lの酵素活性阻害剤は、CpGの細胞内取り込みや細胞内分布に影響しないが、CpG刺激時に誘導されるシグナル伝達のごく初期イベントであるIRAK-1分子の分解現象は抑制していたことより、カテプシンはTLR9がCpGを認識する場であるエンドリソソームにおいて機能している可能性が示された。またカテプシンBの酵素活性阻害剤はTLR9とリガンドの結合を抑制したが、カテプシンL阻害剤は影響しなかったことより、カテプシンの作用点は少なくとも二つあることが示された。

6. カテプシンの基質と推測されるTLR9を各種細胞株に強制発現させてそのフォームを確認したところ、TLR9が切断されていることが示された。また、TLR9の細胞内移動を制御しているPRAT4A分子とUnc93-B分子それぞれの機能欠損細胞においてはTLR9が切断されていないことより、TLR9の切断には両分子によるエンドリソソームへの細胞内移動が重要であることが示された。

7. TLR9 cleaved formのN末端配列分析結果より、TLR9分子の外部ドメインにある二つのロイシンリッチリピートをつなぐヒンジ領域が切断されていることが示された。これに加えTLR9の欠損変異体を作成することで、TLR9がヒンジ領域内の13アミノ酸の間において複数箇所で切断されることが示された。

8. TLR9ノックアウトマウス由来骨髄細胞にTLR9のnon-cleaved変異体を遺伝子導入して樹状細胞に誘導した後、CpG刺激を加えてサイトカインを測定したところ、産生量が著しく抑制されていたことから、切断されたTLR9はその機能に必要であることが示された。

以上、本論文においてはFunctional cloning法によりTLR9のリガンド認識に関わる分子としてカテプシンを同定し、変異体や阻害剤を用いた実験によりカテプシンのプロテアーゼ機能が重要であることを明らかにした。また、TLR9のcleaved formが機能的である可能性を見出した。現在TLR9は、微生物感染防御における働きのみならず核酸を認識するという機能から自己免疫疾患などの病態との関わりが注目されているが、その基盤となるリガンド認識の分子メカニズムについては大部分が未知である。それゆえに、本研究により明らかとなった分子レベルでの情報は今後の基礎研究及び疾患予防や治療戦略の手がかりとして貢献していくと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/55839