学位論文要旨



No 124799
著者(漢字) 吉村,祐太
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,ユウタ
標題(和) Par1によるモータータンパク質GAKINのリン酸化と細胞極性の制御
標題(洋)
報告番号 124799
報告番号 甲24799
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3219号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 教授 小倉,淳郎
 東京大学 准教授 秋山,泰身
内容要旨 要旨を表示する

Par遺伝子群は線虫初期胚の非対称分裂に関する変異体のスクリーニングにより、Kemphuesらによって1988年に発見された。その後、Par遺伝子群は進化上高度に保存されており、細胞極性において普遍的な役割を担っていることがわかってきた。また、各Parタンパク質どうしの生化学的な関係についての解析が進み、Par3/Par6/aPKCからなるPar複合体がPar1をリン酸化し、その局在を膜から解離させることでPar1の機能を制御していることが明らかになった。Par1はセリン・スレオニンリン酸化酵素であり、哺乳類の相同分子種はmicrotubule affinity regulating kinase(MARK)として知られているが、これまでに細胞極性に関与するPar1の基質は見つかっていない。

細胞内でPar1bに結合するタンパク質を網羅的に解析するため、FLAG-Par1bを安定発現させたMDCK細胞抽出液から抗FLAG抗体ビーズで免疫沈降を行った。質量分析の結果、コントロールにはない250-kDaのタンパク質がGuanylate kinase-associated kinesin(GAKIN; KIF13B)であることがわかった(Fig. 1a)。GAKINはキネシン-3ファミリーに属する微小管上を動くモータータンパク質であり、PIP3-binding protein (PIP3BP)として知られているcentaurin-α1と結合することで、PIP3を含むリン脂質小胞を微小管のプラス端方向に運ぶことがin vitroで観察されている。

SH-SY5Y細胞の抽出液から抗Par1b抗体および抗GAKIN抗体を用いて免疫沈降を行った。この結果、内在性のPar1bとGAKINが細胞内で複合体を形成することが示唆された(Fig. 1b)。セリン・スレオニンリン酸化酵素であるPar1bが結合することから、Par1bがGAKINをリン酸化している可能性が考えられる。His-Par1bをFLAG-GAKINに混合してリン酸化アッセイを行ったところ、リン酸化のシグナルが増加することが確認できた(Fig. 2a)。GAKINの配列を他の種間で比較解析してみると、1381番目と1410番目のセリンが高度に保存されていることがわかった。さらに1381番目のセリンは14-3-3結合モチーフであるRSXpSXPまたはRXXXpSXPに一致している。これまでにPar1が基質の14-3-3結合モチーフをリン酸化する例が報告されていることから、この残基がリン酸化サイトである可能性がある。これら2つのセリンをアラニンに置換した変異体(S1381A、S1410A)を作製し、リン酸化アッセイを行った。それぞれの変異体でシグナルが減少しており、両方に変異を入れたAAではシグナルがほとんど検出されなかった(Fig. 2b)。このことから、in vitroにおいてPar1bによるリン酸化部位が1381番目と1410番目のSerであることが示唆された。

14-3-3結合モチーフである1381番目のセリンがリン酸化されることがわかったので、実際にリン酸化依存的な14-3-3のGAKINへの結合が起きているのか確認した。FLAG-Stalk2を抗FLAG抗体ビーズで免疫沈降させて内在性14-3-3を検出すると、Myc-Par1b依存的に14-3-3結合量が上昇した(Fig. 3a)。また、S1381A、AAでは14-3-3が結合していないのが確認できる。これと同時に、抗リン酸化14-3-3結合モチーフ抗体を用いて調べてみると、Ser1381のリン酸化状態と14-3-3の結合量が相関していた(Fig. 3a)。

これまでに14-3-3の結合で細胞内局在が変化するタンパク質がいくつか知られている。GAKINの局在が変化するかをMDCK細胞で調べた(Fig. 3b)。Myc-GAKINを過剰発現させると細胞突起を形成し、その先端にMyc-GAKINが濃縮されているのが観察された。FLAG-Par1bを共発現させるとMyc-GAKINは細胞質中に分散し、細胞突起の形成は阻害された。Par1b-KNやGAKIN AAを代わりに発現させても、このような効果は観察できなかった。つまり、Par1bのリン酸化がGAKINの細胞内局在を制御していることが示唆された。

細胞極性の研究では海馬神経細胞の初代培養がよく利用されている。GAKINの過剰発現が神経の極性に影響を与えることが報告されているが、内在性のGAKINに関する実験は行われていない。神経細胞は、培養皿に定着しラメリポディアを形成(stage 1)、いくつかの短い突起を伸ばし(stage 2)、1本だけの突起が急速に伸びて軸索に成長(stage 3)、その後stage 4-5を経て成熟するが、まずstage 1-3の各段階におけるGAKINの局在について調べた。Stage 2になるとGAKINは複数の短い突起の先端に濃縮しているが、stage 3になると1本の長い突起の先端にだけ濃縮するようになった(Fig. 4a and b)。内在性のGAKINが軸索決定過程に必要かノックダウンすることで調べた。GAKINが抑制された神経細胞はstage 2の段階で神経突起の形成が著しく阻害されており、stage 3ではTau-1陽性の軸索を形成した細胞が減少した(Fig. 4c and d)。これらの結果から、神経細胞が適切な時期に軸索を決定、形成するためにはGAKINが必要であることが示唆された。

神経極性におけるGAKINの重要性を評価するため、海馬神経細胞にMyc-GAKINを過剰に発現させた。コントロールと比較して、Myc-GAKINを過剰発現させると軸索を過形成した細胞が顕著に増加した(Fig. 5a)。Myc-GAKINの局在は過形成した複数の軸索先端に集積していた(Fig. 5b、 矢印)。このMyc-GAKINによる軸索の過形成はFLAG-Par1bを共発現させることで抑制される。一方、Myc-GAKIN AAの過剰発現でも同様に軸索の過形成が起こるが、FLAG-Par1bによって抑制されなかった(Fig. 5c)。この結果から、GAKINは軸索形成を促進する働きをするが、これはPar1bによるリン酸化によって負に制御されていることが示唆された。

軸索決定過程におけるGAKINの制御機構を調べるために、極性決定前のstage 2でのPI3K阻害剤(LY294002)およびaPKC阻害剤の処理によるGAKINの局在変化を調べてみた。またコントロールとしてPKA阻害剤(KT5720)の処理を行った。その結果、コントロール(DMSO、KT5720)ではGAKINが神経突起の先端に集積していたが、LY294002とPKCζ阻害剤ではGAKINの集積が著しく阻害されていた(Fig. 6a and b)。Myc-GAKINを発現させてLY294002処理をするとやはり突起先端への集積が阻害されたが、Myc-GAKIN AAの集積は阻害されなかったことから、この効果がPar1bのリン酸化依存的なものであると示唆された(Fig. 6c)。これらの結果から、GAKINの集積は、PI3Kシグナルの下流においてPar1bリン酸化依存的に制御されると示唆された。

GAKINはcentaurin-αとの結合を介してPIP3を含むリン脂質小胞を微小管上のプラス端方向に輸送することが知られている。それゆえ、GAKINがPIP3を突起先端に輸送し、集積させることが軸索の決定に貢献している可能性がある。PIP3に結合することが知られているリン酸化Akt(Ser473)の局在を観察することにより内在性PIP3の局在を調べた。通常、stage 2の細胞では平均2本の神経突起の先端にリン酸化Akt(Ser473)のシグナルが観察されたが、Myc-GAKIN AAを発現させた細胞ではその数が約1.5倍増加し、またリン酸化Akt(Ser473)のシグナルがMyc-GAKINと共局在していた。逆に、GAKINをノックダウンした細胞で、リン酸化Akt(Ser473)シグナルをもつ神経突起の数は減少した。これらの結果から、GAKINが神経突起の先端にPIP3を集積させ、軸索の決定に貢献していることが示唆された。

以前に報告されたin vitroでの結果と一致して、in vivoでもGAKINがPIP3の局在を調節していることを示した。一方、PI3K阻害剤を用いた実験では、PI3Kの生成するPIP3の下流でPar1のリン酸化依存的にGAKINが制御されていることがわかった。つまり、Par1/GAKINを介するPIP3集積のフィードバック機構が考えられる(Fig. 8)。これまでPIP3は合成や分解で制御されていると考えられてきたが、軸索の先端での非常に密な局在を考慮した場合、細胞質内に拡散しているPIP3を積極的に集積している可能性も考えられる。実際にPIP3が軸索のシャフト内を移動していると言及されていることからも、このPar1/GAKINを介したフィードバック機構が存在している可能性は高い。今後、さらにPIP3集積過程のイメージング解析などを行うことで、この機構を解明していくことが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は線虫からヒトまで進化的に保存されている細胞極性制御キナーゼPar1の基質を同定し、その極性制御における役割を明らかにするため、イヌ上皮細胞MDCKの細胞溶解液からPar1結合タンパク質の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. FLAG-Par1bもしくはGFPを安定発現させたMDCK細胞溶解液から抗FLAG抗体ビーズで免疫沈降を行った。共沈したタンパク質をSDS-PAGEで分離し、銀染色によって可視化した。GFPにはなく、FLAG-Par1b特異的に共沈してくる250-kDaのタンパク質を質量分析で調べたところ、これがGAKINであった。

2. 抗Par1b抗体および抗GAKIN抗体を用いてMDCK細胞溶解液から免疫沈降を行った。この結果、内在性のPar1bとGAKINが細胞内で複合体を形成することが示された。4つのGAKIN欠失型変異体(Motor、Stalk1、Stalk2、CAP-Gly)を作製し、それぞれについてPar1bとの結合を調べた。その結果、Stalk1およびStalk2がPar1bと結合したことから、Stalk領域には少なくとも2つの独立したPar1b結合部位が存在していることを示した。

3. COS-7細胞に発現させたFLAG-GAKINを抗FLAG抗体ビーズで精製し、そこにHis-Par1bを混合してリン酸化アッセイを行ったところ、GAKINのリン酸化シグナルが増加した。リン酸化されているアミノ酸残基の場所を調べるため、GAKINの4種類の欠失型変異体をもちいてリン酸化アッセイを行うと、Stalk2だけがリン酸化された。Stalk2のアミノ酸配列をヒト、マウス、ゼブラフィッシュ、ショウジョウバエで比較してみると、1381番目と1410番目のセリン残基が高度に保存されていることがわかった。さらに1381番目のセリン残基は14-3-3結合モチーフであるRSXpSXPまたはRXXXpSXPに合致している。これら2つのセリン残基をアラニン残基に置換した変異体(S1381A、S1410A、AA(S1381A/S1410A))を作製し、Par1bのリン酸化アッセイを行った。S1381A、S1410A変異体ではシグナルが減少しており、両方に変異を入れたAA変異体ではリン酸化シグナルがほとんど検出されなかった。このことから、試験管内におけるPar1bによるリン酸化部位が1381番目と1410番目のセリン残基であることがわかった。

4. COS-7細胞にFLAG-Stalk2とMyc-Par1bを共発現させて、抗FLAG抗体ビーズで免疫沈降後、内在性14-3-3βを検出すると、Myc-Par1b依存的にFLAG-Stalk2の14-3-3β結合量が上昇した。抗リン酸化14-3-3結合モチーフ抗体(リン酸化された14-3-3モチーフを特異的に認識する)を用いてGAKINのリン酸化状態を直接調べると、Myc-Par1bとFLAG-Stalk2を共発現させた時にFLAG-Stalk2のリン酸化が確認できた。

5. Myc-GAKINをMDCK細胞に過剰発現させると細胞突起を形成し、その先端にMyc-GAKINが集積した。ところが、同時にFLAG-Par1bを共発現させるとMyc-GAKINは細胞質中に分散し、細胞突起の形成は阻害された。Myc-GAKIN AAを単独で発現させるとMyc-GAKINと同様の局在を示すが、FLAG-Par1bを共発現させても反応しなかった。これらの結果はPar1bがリン酸化によってGAKINの細胞内局在(集積)を制御していることを示している。

Myc-GAKINを発現させたMDCK細胞に微小管を脱重合させるノコダゾールを処理すると、Myc-GAKINは集積することなく細胞突起も形成されなかった。微小管共沈降アッセイを行うと、FLAG-GAKINはタキソールで安定化させた微小管に結合して共沈降するが、Myc-Par1bを共発現させておくと微小管と共沈降してくるFLAG-GAKINの量は顕著に減少した。GAKINはMotorドメインとStalk領域で分子内結合を形成していることが報告されている。Myc-Par1bを共発現させると、FLAG-Motorに結合するMyc-Stalkの量はMyc-Stalk AAと比べて増加した。これらの結果は、Par1bのリン酸化によってGAKINの分子内結合が強まり、微小管との結合が阻害されることで、細胞質中に分散すると考えられる。

7. ラットの海馬神経細胞の発達段階において、stage 2のほとんどの神経細胞で内在性GAKINは複数の短い突起の先端に濃縮している。これとは対照的に、stage 3の神経細胞で内在性GAKINは1本の長い突起の先端にだけ濃縮しており、他の短い神経突起からは消失していた。この1本の突起は軸索であり、GAKINは成長円錐先端の微小管末端に局在することを示した。

8. 海馬神経細胞を単離した直後にNucleofector kitを用いたsiRNAsの導入によりGAKINをノックダウンした。コントロールsiRNAを導入した神経細胞がstage 3に成長し、Tau-1陽性の軸索が形成される時期において、GAKIN siRNAsを導入した細胞ではTau-1陽性の軸索が形成されにくくなっていた。さらに、神経細胞にGAKIN siRNA #2と同時にコントロールベクターを導入しても軸索形成は阻害されたが、Myc-GAKINを同時に導入させることで軸索形成阻害の表現型は緩和された。これらの結果からGAKINが軸索形成に必要であることを示した。

9. 海馬神経細胞にMyc-GAKINを過剰発現させると、軸索が過形成された細胞の数がコントロールと比較して顕著に増加した。このMyc-GAKINによる軸索の過形成はFLAG-Par1bを共発現させることで抑制される。一方、Myc-GAKIN AAの過剰発現でも同様に軸索の過形成が起こるが、FLAG-Par1bによって抑制されなかった。これらの結果は、Par1bによるリン酸化がGAKINの機能を負に制御していることを示した。

10. FLAG-Par1bを過剰発現させると、海馬神経細胞のstage 2での内在性GAKINの神経突起先端への集積を阻害したが、FLAG-Par1b KNでは効果がなかった。Par1とGAKINの上流で機能すると考えられるPI3Kの阻害剤(LY294002)およびPKCζの阻害剤で極性形成前のstage 2におけるGAKINの局在を調べた。コントロール(DMSO、KT5720)の処理ではGAKINが神経突起の先端に集積していたが、対照的にLY294002とPKCζ阻害剤ではGAKINの集積が著しく阻害されていた。また、この効果がPar1のリン酸化依存的であることを示した。つまり、神経極性形成においてPI3K情報伝達系はPar1b/GAKINの上流で機能していることを明らかにした。

11. 通常、stage 2の細胞で平均2本の神経突起の先端にリン酸化Akt(Ser473)のシグナルが観察されたが、Myc-GAKIN AAを発現させた細胞ではその数が約1.5倍増加した。次にGAKINをノックダウンした神経細胞を調べると、リン酸化Akt(Ser473)のシグナルを持つ神経突起の数は減少した。これらの結果から、GAKINが神経突起の先端にPIP3を集積させ、軸索の決定に貢献している可能性が示された。

以上、本論文は極性制御因子Par1bの基質がGAKINであることを見つけ、その制御機構の解析からPar1bによるリン酸化がGAKINの集積を制御することが神経極性の形成に重要であることを解明した。本研究はこれまで未知に等しかった、極性形成シグナル伝達におけるPar1bの下流のシグナル伝達解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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