学位論文要旨



No 124803
著者(漢字) 中田,安浩
著者(英字)
著者(カナ) ナカタ,ヤスヒロ
標題(和) Alzheimer病における後部帯状束の拡散テンソル解析 : 他の臨床・画像指標との比較
標題(洋)
報告番号 124803
報告番号 甲24803
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3223号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 講師 磯山,隆
 東京大学 講師 鎌田,恭輔
内容要旨 要旨を表示する

〈要旨〉

【背景】頭部領域のMRIにおいて拡散テンソル画像では細胞レベルでの物質の拡散の固有値および固有ベクトルを求めることができ、これらから求められるmean diffusivity(MD)やfractional anisotropy(FA)などの拡散テンソルパラメータは物質固有の値として評価、比較ができる。様々な精神神経疾患において拡散テンソル解析を行うことで、従来のMRIでは描出困難であった白質の変化を非侵襲的に捉えられるようになった。拡散テンソルトラクトグラフィー(DTT)は拡散テンソル画像を用いて神経線維を可視化する方法で、これを用いて特定の線維における拡散テンソル解析を行うことができる。

一方、Alzheimer病(AD)は痴呆の原因として最多で、その病因は依然不明な点も多いが、近年コリンエステラーゼ遮断薬が病勢の進行を遅らせることが判明した。これによりADの病勢を客観的に捉える指標が重要視されるようになった。一方、後部帯状束は空間記憶やエピソード記憶に関与する多シナプス回路の一部を形成し、海馬との線維連絡がある。ADにおいて後部帯状回の拡散テンソル解析を行うことで、病勢の進行の客観的な指標を知ることができる可能性があると考えられる。

【目的】ADにおいてDTTを用いた拡散テンソル解析を行い、後部帯状回の白質の異常について検討した。(1)まず初めに、ADと健常者の両群において、後部帯状回の拡散テンソルパラメータの比較を行った。(2)次に、ADの患者群のみにおいて、後部帯状回の拡散テンソルパラメータと海馬の体積、臨床症状との相関の有無について検討した。

(1) 後部帯状回の拡散テンソルパラメータのAD群、健常群での比較

【方法】AD群25名(男性11名、女性14名、平均年齢72.9±8.3 歳、年齢層55-85歳、Mini-Mental State Examination(MMSE)の平均値21.8±3.9)と健常群18名(男性5名、女性13名、平均年齢69.4±4.7 歳、年齢層63-80歳、MMSEの平均値28.8±1.2)で1.0テスラのMR装置を用い、拡散テンソル画像(b value = 700 s/mm2を12軸とb value = 0 s/mm2を1軸)を撮影し、後部帯状束のDTTを描出した。DTTの描出にはカラーマップを用い、脳梁後端レベルと脳梁中央レベルにおける再構成の冠状断像においてそれぞれ後部帯状束を含むseed-ROIとtarget-ROIを描き、両者を通るDTTを描出し(図1-1)、seed-ROIとtarget-ROIの間のDTTをvoxelize処理し(図1-2)、内部のmean diffusivity(MD)とfractional anisotropy(FA)を測定した。得られた値をStudentのt検定を用いて群間比較を行った。

【結果】後部帯状束のMDおよびFAの値は以下の図1、図2に示すとおりである。後部帯状束のMDはAD群では健常群に比べて有意に高く(p < 0.05)、後部帯状束のFAはAD群では健常群に比べて有意に低かった(p < 0.05)。

(2) AD群における後部帯状回の拡散テンソルパラメータ、海馬の体積、臨床症状との相関の有無についての検討

【方法】AD患者のみ25名について、矢状断の3D-MPRAGE画像を撮像してoptimized VBMの手法に準じて海馬の灰白質の体積を測定した(図2-1)。得られた画像をoptimized VBMの手法に準じて標準脳に変換することで灰白質の信号強度が灰白質の体積の指標となり、体積が測定できる。(1)の検討で測定した後部帯状束のMDとFA、海馬の体積、MMSEの三者における相関関係の有無について二変量相関分析(Pearson's r)を使用して検討した。

【結果】海馬の体積は左右合計で平均5.04±0.68 mlであった。後部帯状束のMD、FAとも海馬の体積との間に有意な相関は認めなかった(p > 0.05)。MMSEと後部帯状束のMDの間には有意な相関を認めた(p < 0.05)。MMSEと後部帯状束のFAの間、およびMMSEと海馬の体積の間には有意な相関を認めなかった(p > 0.05)。図2-2および図2-3にこれらの結果をまとめた。

【考察・結論】AD群における後部帯状束の有意なMD上昇とFA低下が認められたことで、後部帯状束における白質の変化をin vivoで非侵襲的に確認できた。またDTTを用いた拡散テンソル解析の有効性が示唆された。後部帯状束でのMD上昇とFA低下の原因としては、おそらく水分子の動きを制限する神経線維が減少し白質組織の拡散異方性が低下しているためと予想されるが、これは軸索やoligodendrocyteの減少などのAlzheimer病における白質の病理学的変化に合致する。この結果については過去の多くの報告と一致している。

また後部帯状束のMDとMMSEの間に有意な相関を認め、後部帯状束のMDはAlzheimer病における病勢の進行を客観的に捉える有用な生物学的指標となる可能性が示唆された。また後部帯状束のFA とMMSEの間には有意な相関を認めなかったが、後部帯状束のMDはFAに比べてAlzheimer病の病勢をより鋭敏に反映している可能性がある。

AD患者において拡散テンソル解析を行った過去の報告はいくつかあるが、DTTを用いたものは非常に少ない。本研究はDTTを用いる事により、手描きの関心領域を用いた拡散テンソル解析に比べて脳脊髄液や他の神経線維の混入や操作者の恣意の介入する余地が少なくなり、より厳密で再現性の高い測定結果が得られたと考えられる。また拡散テンソル解析と海馬の体積測定を同時に行った過去の報告もわずかしかない。

本研究ではAD群、健常群とも限られた人数での検討であり、使用したMR装置は1.0テスラのものである。より多くのAlzheimer病症例において、より高磁場でより多軸のMPG印加の拡散テンソル画像を応用した拡散テンソル解析を行うことで、より詳細な検討を行うことが可能と考えられる。またコリンエステラーゼ遮断薬による治療前後での検討を行うことで治療効果を判定できる視標が発見できたり、MCIの患者を数年にわたって追跡することで将来的な病勢を予測できる視標が発見できたりする可能性がある。

図1-1 後部帯状束のDTT(左後方より見た3次元表示)

図1-2 後部帯状束のDTT(同、voxelize処理後)

図1-3 後部帯状束(PCFT)のMD

図1-4 後部帯状束(PCFT)のFA

図2-1 optimized VBMに準じた海馬の灰白質の体積測定

図2-2 後部帯状束(PCFT)のMDおよびFA、海馬の体積、MMSEの相関

図2-3 後部帯状束(PCFT)のMDおよびMMSEの相関(散布図)

審査要旨 要旨を表示する

本研究はAlzheimer病における病理学的変化を非侵襲的に明らかにし、病勢の進行を客観的な指標となりうるかを検討するため、海馬との神経線維連絡のある後部帯状束において拡散テンソルトラクトグラフィーを用いた拡散テンソル解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Alzheimer病と健常者の両群において後部帯状束のトラクトグラフィーを描出し、トラクトグラフィー内の拡散テンソルパラメータを計測し、群間での比較を行った。すべての症例で両側の後部帯状束のトラクトグラフィーの描出、mean diffusivity(MD)およびfractional anisotropy(FA)の測定が可能であった。Alzheimer病群においては、後部帯状束のMDの平均値は0.643±0.044 x 10-3 mm2/s、FAの平均値は0.463±0.036であった。健常群においては、後部帯状束のMDの平均値は0.611±0.029 x 10-3 mm2/s、FAの平均値は0.499±0.046であった。後部帯状束のMDはAlzheimer病群では健常群に比べて有意に高く(p = 0.011)、後部帯状束のFAはAlzheimer病群では健常群に比べて有意に低かった(p = 0.007)。またAlzheimer病群、健常群とも後部帯状束のMD、FAと年齢の間に有意な相関関係を認めなかった(p > 0.05)。これにより、Alzheimer病における後部帯状束における白質の病理学的変化をin vivoで非侵襲的に確認でき、トラクトグラフィーを用いた拡散テンソル解析の有用性が示唆された。

2.Alzheimer病の患者群のみにおいて、後部帯状束の拡散テンソルパラメータ、海馬の体積、臨床症状の三者の相関の有無について検討した。後部帯状束の拡散テンソルパラメータは前述の結果を用いた。海馬の体積はoptimized VBMの手法に準じて半自動的に計測した。臨床症状の指標にはMini Mental State Examination (MMSE)を使用した。この結果、海馬の体積の平均値は左右合計で5.04±0.68 mlであった。後部帯状束のMD、FAとも海馬の体積との間に有意な相関は認めなかった(MD: r = -0.25, p = 0.23、 FA: r = 0.31, p = 0.13)。MMSEと後部帯状束のMDの間には有意な相関を認めた(r = -0.48, p = 0.015)。MMSEと後部帯状束のFAの間、およびMMSEと海馬の体積の間には有意な相関を認めなかった(FA: r = 0.10, p = 0.63、海馬体積: r = 0.35, p = 0.085)。また海馬の体積は年齢との間に有意な相関は認めなかった(p > 0.05)。これにより、後部帯状束のMDはAlzheimer病における病勢の進行を客観的に捉える有用な生物学的指標となりうる可能性が示唆された。

以上、本論文はAlzheimer病における後部帯状束の拡散テンソル解析を行い、後部帯状束における白質の病理学的変化をin vivoで非侵襲的に確認した。特に本研究における拡散テンソル解析ではトラクトグラフィーを用いており、過去の報告よりも厳密で再現性の高い検討が可能であったと考えられ、この技術の有用性が示唆された。また、後部帯状束のMDがAlzheimer病における病勢の進行の客観的な指標となりうる可能性が示唆された。本研究はAlzheimer病における治療効果の判定などに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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