学位論文要旨



No 124805
著者(漢字) 渡谷,岳行
著者(英字)
著者(カナ) ワタダニ,タケユキ
標題(和) 肝胆膵領域の低侵襲画像診断 : 診断法の最適化と臨床的検討
標題(洋)
報告番号 124805
報告番号 甲24805
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3225号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 阿部,裕輔
 東京大学 特任准教授 宇野,漢成
 東京大学 准教授 福嶋,敬宜
内容要旨 要旨を表示する

肝胆膵領域の臨床において画像診断の果たす役割は非常に大きな部分を占めている。超音波検査、コンピュータ断層撮影(computed tomography; CT)、磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging; MRI)、超音波内視鏡、直接胆道造影、血管造影、血管造影下CTなど多数の画像診断法がこの領域に応用されている。これらの各種画像法から得られる診断情報は診療を進める上で必要不可欠なものであるが、すべての画像診断法には大なり小なり侵襲が存在し、有害事象のリスクが存在する。中でも直接胆道造影や血管造影は内視鏡的、あるいは穿刺により目的の胆管あるいは血管にアプローチを行う必要があり、侵襲性の大きい検査法である。

診断法の進歩とともに、より侵襲性の低い検査で侵襲性の大きい検査の情報を代替する試みが繰り返されてきている。肝胆膵領域においては直接胆道造影の代替として経静脈性胆道造影や磁気共鳴胆膵管撮影(magnetic resonance cholangiopancreatography; MRCP)による診断法が発達してきており、従来のCTよりも高速撮像が可能な多列検出器型CT(multidetector-row CT; MDCT)による動脈相の高分解能撮影が診断的血管造影の代替として期待されている。

こうした低侵襲画像診断法を開発、検証することは的確な治療を行うために必要な検査を受ける心理的、身体的負担を軽減させ、またなんらかの事情で特定の検査が施行できない状況での選択肢を増やすことにもなる。

本研究ではこうした低侵襲画像診断法の開発検証の一環として、従来のCTでは十分な成績の得られなかった肝門部胆管癌の局所評価に関するMDCTの診断能を検討し、また低侵襲に胆道造影を代替しうる検査法のMRCPの精度向上のため呼吸停止下三次元MRCPの撮像条件最適化と臨床的有用性の検証を行った。

I.多列検出器型CTによる肝門部胆管癌の術前評価: 病理組織診断との比較

目的: 本研究の目的は多列検出器型MDCTによる肝門部胆管癌術前の局所進展に関する診断能を検討することである。

対象と方法: 2002年1月から2004年8月までに手術が施行された連続30例の肝門部胆管癌症例を検討対象とした。うち16例についてはMDCT検査前に胆道ドレナージが施行されており、1例は門脈塞栓術が施行されていたため除外、最終的に13例を検討した。4列または16列のMDCTシステムを用いて単純CTおよび3相ダイナミック検査を施行した。画像は2名の放射線科医により腫瘍進展のBismuth-Corlette分類、肝実質、動脈、門脈浸潤の有無、リンパ節転移の有無について評価した。

結果: MDCT診断によるBismuth-Corlette分類はI型が1例、IIIa型が3例、IIIb型が4例、IV型が5例であった。対して病理診断ではI型1例、IIIa型2例、IIIb型4例、IV型6例であった。1例についてMDCTではIIIa型と診断されたが、病理診断はIV型であった。残り12例についてはMDCT診断と病理診断は一致しており、MDCTの正診率は92.3%であった。膵内胆管進展についてはMDCTは全例正診であった。またリンパ節転移に関するMDCTの正診率は54%であった。

結論: MDCTは肝門部胆管癌の局所評価に高い診断能をもち、特に膵内胆管進展有無の評価について有用であると考えられる。また胆道ドレナージ未施行例においては異常所見を積極的に癌の進展と解釈することが望ましい読影と考えられる。

II.呼吸停止下三次元磁気共鳴胆膵管撮影における撮像条件最適化

MRCPは低侵襲に胆道系および膵管を描出する検査法である。MRCPには厚いスライスで胆膵系を1スライスに描出する二次元撮像法(2D-MRCP)と薄層スライスで空間的にデータを収集する三次元撮像法(3D-MRCP)がある。3D-MRCPには高い空間分解能、画像再構成の自由度など有利な点も多いが、撮像時間が長くアーティファクトに弱いという欠点もある。今回我々は理論的な分解能や画質を犠牲にしながらも呼吸停止下に撮像可能な3D-MRCPの撮像条件を決定するため、基礎的検討を行った。

第一段階: 磁気共鳴胆膵管撮影の撮像条件検討に用いる仮想腹部臓器ファントムの作成

目的: 本検討では3D-MRCP撮像条件の検討を行うに際して、腹部臓器に近い磁気共鳴特性を有するファントムを作成する。

方法: 文献的に報告されている腹部実質臓器のT1緩和時間は500-1000ms、T2緩和時間は30-90ms程度である。マンガン化合物はT1緩和時間とT2緩和時間の比が腹部臓器の比率に近く、入手が容易で毒性も低い塩化マンガン水溶液をファントムに用いることにした。0.1mMから0.5mMまでの各種濃度で作成した塩化マンガン水溶液を直径7cmの円筒状容器に封入しファントムを作成した。撮像はMagnetom Avanto 1.5T機(Siemens)を用い、反転時間を変動させたスピンエコー-反転回復法でT1緩和時間を測定、またスピンエコー-マルチエコー法でT2緩和時間を測定した。

結果: 塩化マンガン水溶液のT1緩和時間は0.1mMで624.2ms、0.2mMで389.6ms、0.3mMで284.4ms、0.4mMで222.8ms、0.5mMで173.6msであった。T2緩和時間は0.1mMで120.7ms、0.2mMで61.5ms、0.3mMで44.4ms、0.4mMで34.2ms、0.5mMで27.4msであった。

結論: 0.1mMの塩化マンガン水溶液はT1緩和時間、T2緩和時間の比率が腹部実質臓器に近く、MRCP撮像条件決定のためのファントムに適すると考えられた。

第二段階: 仮想腹部臓器ファントムを用いた呼吸停止下三次元磁気共鳴胆膵管撮影の撮像条件最適化

目的: 本検討では既存の呼吸同期法3D-MRCPの撮像パラメータを変更することにより30秒以内に撮像可能な呼吸停止下3D-MRCPの撮像条件を決定する。

方法: 生理食塩水および0.1mM塩化マンガン水溶液をそれぞれ直径7cmの円筒状容器に封入したものを撮像対象とする。撮像はMagnetom Avanto 1.5T機で行い、基本撮像シーケンスとしては3D ターボスピンエコー法を用いた。既存の3D-MRCP撮像条件から繰り返し時間(repetition time; TR)の短縮およびスライス方向の撮像マトリックスを減少させることで撮像時間を短縮した。これらのパラメータ変更が画像に与える影響を調べるため、各種TRおよびエコー時間(echo time; TE)における画像の信号雑音比(signal to noise ratio; SNR)および生理食塩水と塩化マンガンファントムのコントラスト雑音比(contrast to noise ratio; CNR)を測定した。

結果: SNR、CNRともにTRが大きいほど高い数値を示した。TEの変化はSNR、CNRともにわずかな変動であった。

結論: 呼吸同期3D-MRCPの撮像条件を変更することで30秒の呼吸停止下に3D-MRCPを撮像可能である。その際、最適な画質を得るためには呼吸停止および撮像範囲の許す限りTRを長くすることが最も重要である。

III.呼吸停止下三次元磁気共鳴胆膵管撮影の臨床的有用性に関する検討

目的: 先の基礎的検討で我々は呼吸停止可能な時間内に撮像可能な3D-MRCPの撮像条件を決定した。本研究の目的は臨床例における呼吸停止下3D-MRCPと呼吸同期3D-MRCPの画質を比較検討し、呼吸停止下3D-MRCPの臨床的有用性を検証することである。

対象と方法: 2007年4月から2008年2月の期間中にSiemens社Magnetom Avantoで上腹部MRCP検査を施行された連続73例の画像を後ろ向きに検討した。全例で呼吸同期3D-MRCPおよび呼吸停止下3D-MRCPを撮像した。

撮像された3D-MRCPを回転角5°ずつの最大信号投影法で再構成し、全体の画質、肝内胆管、胆嚢管、総胆管、主膵管それぞれの画質を評価した。またアーティファクトの評価として脂肪抑制、血管信号抑制、ゴーストアーティファクトについても評価した。読影は2名の放射線科医により独立に行い、両者の平均を評価に用い、Tukey-KramerのHSD法で検定した。また既存の呼吸同期法に加えて呼吸停止法を併用するメリットを検証するため、全体の画質について呼吸同期法単独の場合と両者を併用した場合に診断に十分な画質が得られる症例の割合をMcNemar検定で検定した。

結果: 呼吸同期法と呼吸停止法の比較では全体の画質および肝内胆管の描出について呼吸同期法が有意に優れていた。胆嚢管、主膵管、総胆管、胆嚢の描出については両者の差はみられなかった。また脂肪抑制については呼吸停止法が有意に不良で、血管信号の抑制及びゴーストアーティファクトについては呼吸同期法が有意に不良であった。また呼吸同期法のみによる検査に比較して呼吸停止法を併用すると検査全体として診断に十分な画質が得られる症例の割合が有意に上昇した。

結論: 呼吸停止下3D-MRCPは単独の画質では呼吸同期3D-MRCPにやや劣るものの、呼吸同期3D-MRCPに併用するオプションとして用いれば検査全体として診断能を向上させることが可能である。

本研究では多列検出器型CTが肝門部胆管癌の局所進展について高い診断能を有することを示した。より多列化し、高速、高解像度化する機器の進歩による診断能の向上について検討する必要がある。

また低侵襲に胆道系の情報を診断できる3D-MRCPについて従来の呼吸同期法に加えて短時間に撮像可能な呼吸停止下3D-MRCPを開発して実際の臨床に応用し、呼吸停止下3D-MRCPの併用が総合的な検査の質を高めることが示された。

これらのCT、MRIによる低侵襲画像診断法を開発し、診断能を検証してゆくことでさらにより低侵襲に、より詳細な診断情報が得られるようになることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は肝胆膵領域の診療において不可欠な役割を占めているCTおよびMRIによる画像診断について、より高速で低侵襲な画像法による診断を従来法と比較したものであり、下記の結果を得ている。

1.多列検出器型CTによるdynamic CTを用いた肝門部胆管癌の局所診断能を検討した。多列検出器型CTでは肝門部胆管癌のBismuth-Corlette分類正診率は92.3%であり、以前に報告されている単列検出器ヘリカルCTの成績(40-68%)よりも優れていると考えられた。また、膵内胆管浸潤の有無の診断についても全例正診が得られ、膵頭十二指腸切除術実施の必要性を診断する上で多列検出器型CTが有用であることを初めて示した。

2.磁気共鳴胆膵管撮影(MRCP)の撮像条件を最適化するため、人体の腹部臓器に近い緩和特性を有する静止ファントムを作成し、実際にT1緩和時間およびT2緩和時間を測定した。結果、0.1mM濃度の塩化マンガン水溶液が最も腹部臓器に近い緩和特性を示し、仮想腹部臓器として撮像条件最適化のためのファントムとして有用であることを示した。

3.上記のファントムを用いて3次元ターボスピンエコー法の撮像パラメータを最適化し、従来5分程度の撮像時間が必要であった3次元MRCPを許容可能な画質の低下の範囲内で30秒程度に短縮することが可能であることを示した。

4.従来法の呼吸同期3次元MRCPと新しく開発した、30秒以内に撮像可能な呼吸停止下3次元MRCPを73例の臨床例において同時に撮像し、各解剖学的部位の描出能、画質、アーティファクトについて比較検討した。画質の平均については撮像時間の長い呼吸同期法がわずかにすぐれていたが、差はわずかであった。また膵管の描出や胆嚢、総胆管の描出については両者に画質の差がみられず、検査目的によって検査時間を大きく削減可能であることが示された。さらに呼吸停止下3次元MRCPは従来法と排他的なものではないため、両者を併用することで検査全体として有意に診断能を向上させることを示した。

以上、本論文は、低侵襲な画像診断法である多列検出器型CTが従来のCTよりも診断能が高いことを示した。またMRCPにおいてより短時間で撮像可能であり受検者の負担が少ない呼吸停止下3次元MRCPを開発し、診断能の向上をもたらすことを示した。これらの成果は肝胆膵領域の臨床において低侵襲により質の高い診断情報をもたらすと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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