学位論文要旨



No 124806
著者(漢字) ,大輔
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ダイスケ
標題(和) 脳動静脈奇形における錐体路拡散テンソルtractographyの臨床応用 : feasibilityとvalidation評価
標題(洋)
報告番号 124806
報告番号 甲24806
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3226号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 特認准教授 吉岡,直紀
 東京大学 講師 磯山,隆
 東京大学 講師 清水,潤
内容要旨 要旨を表示する

本論文は5章からなる.

第1章は,研究の背景,目的についての章である.

脳白質においては水分子の拡散に方向性がある (それを拡散異方性という) .脳のMRI拡散強調像を適切に解析し, コンピューター・グラフィックスにより3次元的に表現すると特定の白質路の拡散tractographyを得ることができる.この拡散テンソルtractographyは, 臨床的には皮質脊髄路などの主要白質路と脳腫瘍や脳梗塞などとの立体的関係を3次元的に描出することができる点が高く評価されており,手術のアプローチの決定や脳梗塞の予後予想などでの有用性が報告され, 手術ナビゲーションと組み合わせた報告も見られる.しかしながら描出された錐体路線維が,真の錐体路線維と一致するのかを検証する方法は存在しないため,その臨床応用に際しては,慎重にvalidationを行う必要がある.

脳動静脈奇形は,若年者の出血性脳卒中の原因として重要な疾患であり,破裂による出血はしばしば不幸な転帰となるため,治療が必要なことが多い.治療としては直達手術や定位放射線治療などがあげられるが,いずれの治療法であれ,錐体路近傍に存在するような脳動静脈奇形の治療には難渋することが多い.錐体路と脳動静脈奇形との位置関係が把握できれば合併症を減少させることが期待できるが,神経線維と病変との位置関係の把握は,拡散テンソル画像の登場までは不可能であり,内包後脚や中心前回など,解剖学的指標に頼らざるを得なかった.拡散テンソルtractographyにより,錐体路線維と脳動静脈奇形との位置関係が評価できる可能性はあるが,拡散テンソルtractographyはecho planar imaging法に基づいているため,脳動静脈奇形のように出血をしばしば伴うような疾患では,ヘモジデリンの沈着に伴い,画質が劣化する可能性が高い.また,脳動静脈奇形の圧迫による浮腫や,血行動態の変化に伴う正常脳実質の虚血なども錐体路線維の描出を困難にする可能性がある.このため,脳動静脈奇形患者における錐体路線維拡散テンソルtractographyは,臨床応用する前に施行可能かどうか,feasibilityの評価が必要であり,また描出された線維の信頼性について,validationが必要と考えられる.本研究の目的は,出血症例を含んだ脳動静脈奇形患者において,MR拡散強調画像に基づく拡散テンソル画像を用いて,錐体路線維を描出し,その信頼性,認容性について評価することである.

第2章は,拡散テンソル撮像法の作成と,その検証である.MR臨床機器を用いて拡散テンソル画像のシーケンスを作成した.次いで,拡散異方性が存在することが知られているアスパラガスによるファントムを作成し,拡散テンソル画像を撮像した.得られた元画像を用いて,共同研究者の作成したソフトウェアによって,拡散テンソルtractographyを施行した.結果として線維の方向に沿うようなtractの良好な描出を得ることが可能であり,拡散テンソル画像は臨床応用可能であると考えられた.

第3章は,拡散テンソル画像の認容性について,臨床症例に基づいて症状との比較を行った章である.東大病院を受診した脳動静脈奇形患者のうち,錐体路近傍に病変が存在する24症例について,拡散テンソル画像を撮像し,錐体路拡散テンソルtractographyを試み,そのfeasibilityを評価した.描出可能であった症例については,描出された錐体路線維と,脳動静脈奇形病変との位置関係が,患者の麻痺症状と一致するかどうか検討した.結果として,24例中1例麻痺症状が強かった患者で錐体路の描出が困難であったが,その他の症例では,錐体路線維を描出することが可能であった.Tractography施行可能であった23例のうち,麻痺のある患者9例では,全例で,錐体路線維は脳動静脈奇形ないしは出血後の変化,浮腫などと接しており,影響を受けていた.麻痺のない14例では全例で錐体路線維は脳動静脈奇形や出血,浮腫などと離れて走行していた.拡散テンソルtractographyはほとんどの脳動静脈奇形患者で施行可能であり,描出された錐体路線維は臨床症状とよく相関することが示された.

第4章は,脳動静脈奇形患者における拡散テンソル画像の信頼性について,ガンマナイフ治療を施行した臨床症例を用いて検討した章である.この章では,拡散テンソルtractographyをガンマナイフ治療の治療計画に重ね合わせることにより錐体路に照射されたであろう線量を算出し,合併症率との相関を評価することによって,錐体路線維の信頼性を検討した.対象は,ガンマナイフ治療が実際に施行された,錐体路線維近傍に位置する脳動静脈奇形患者7人とした.拡散テンソル画像の撮像は,全例でガンマナイフ治療の前日に施行されていた.治療計画用のT1強調像ないしはCT画像と,錐体路線維を重ね合わせ,描出された錐体路に照射された線量を計測した.統計学的解析により,最大25Gy以上の線量がかかっている錐体路線維の体積は,一時的もしくは恒久的な運動障害に対する独立した相関を示した.結論として,ガンマナイフ治療計画に重ね合わされた錐体路線維を用いた照射線量は,神経障害の合併症を来す危険度とよく相関しており,臨床応用に足る信頼性があるものと思われた.

第5章では,本論文の総括および今後の課題と展望についての記述である.本研究で示したように,脳動静脈奇形患者における,拡散テンソル画像は,施行可能であり,かつ描出された線維は信頼できうるものであった.今後は描出された錐体路線維を手術のナビゲーションシステムに組み込むことや,錐体路線維以外の線維についてもガンマナイフ治療計画に組み込むことが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は近年開発された,磁気共鳴画像における錐体路拡散テンソルtractographyを脳動静脈奇形に臨床応用することを試みた.錐体路拡散テンソルtractographyは,従来は不可能であった白質線維の視覚化を可能にし,脳腫瘍の術前計画や,術後評価などにおいて有用性が報告されている.しかしながら脳動静脈奇形のような出血を伴う病態において,描出された錐体路線維の信頼性や,tractographyの認容性は不明である.本研究は基礎的検討として,ファントムを作成し実験するとともに,臨床症例を用いて錐体路拡散テンソルtractographyの認容性と,信頼性について検討した. これらの過程を通して,以下の結果を得ている.

1.基礎的実験として,拡散テンソル画像の撮像シーケンスを生成し,作成したファントムをもちいて,拡散テンソル画像を撮像した.得られた拡散テンソル画像を用いて拡散テンソルtractographyを施行した.結果として良好な線維の描出が得られ,作成された拡散テンソル画像シーケンスは,臨床症例にも応用が可能と考えられた.

2.臨床実験として,錐体路近傍に病変をもつ,脳動静脈奇形患者に対して拡散テンソル画像を撮像し,錐体路拡散テンソルtractographyを施行し,その認容性を評価した.結果として出血例を含む24症例のうち,23例で錐体路線維の描出が可能であった.麻痺の強い症例では拡散テンソルtractographyの施行は困難であったが,ほとんどの症例で拡散テンソルtractographyは施行可能であると考えられた.

3.前項の症例において,描出された錐体路線維と病変との位置関係を評価し,麻痺症状との相関を検討した.錐体路線維と病変との位置関係は,定性的にも,定量的にもよく麻痺症状と相関しており,描出された錐体路線維は,臨床的に信頼に値するものであると考えられた.

4.さらに過去にガンマナイフ治療が施行された臨床症例において,ガンマナイフ治療計画画像と錐体路線維とを重ね合わせることによって,錐体路線維に照射された線量を計測し,放射線性神経障害の合併症率との相関を検討した.結果として,描出された錐体路線維に対して25Gy以上照射されたとされる領域の体積は,合併症率との独立した相関がみられており,拡散テンソルtractographyにより描出された錐体路線維は臨床応用に値する信頼性があると考えられた.

以上、本論文は脳動静脈奇形において,錐体路拡散テンソルtractographyのfeasibilityを評価し,描出された線維のvalidationを行った.脳動静脈奇形患者における錐体路拡散テンソルtractographyの臨床応用に重要な貢献をなすものであり,学位の授与に値するものと考えられる.

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