学位論文要旨



No 124807
著者(漢字) 武井,邦夫
著者(英字)
著者(カナ) タケイ,クニオ
標題(和) 統合失調症における認知機能障害と神経線維束構造異常の関連
標題(洋)
報告番号 124807
報告番号 甲24807
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3227号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 教授 佐々木,司
 東京大学 特任准教授 林,直人
 東京大学 講師 湯本,真人
内容要旨 要旨を表示する

【研究の背景】

脳弓は海馬の主要な出入力線維で、乳頭体、視床、中隔野、側坐核、前頭前野などと海馬を連絡している。脳弓で連絡されるこれらの部位は統合失調症の病態生理に関係があるので、脳弓は統合失調症の病態に重要な役割を持つと考えられる。近年の拡散テンソル画像(Diffusion Tensor Imaging; DTI)を用いた研究から、統合失調症患者における脳弓の整合性異常が示唆されているが、統合失調症患者の脳弓の構造異常がどのような機能的意義を持つかについては十分な報告がされていない。

帯状束は帯状回の主要な出入力線維で背外側の前頭前野、視床、側坐核、扁桃体などと帯状回を連絡している。近年のDTI研究から、統合失調症患者で帯状束の構造異常を認め、帯状束は統合失調症患者における認知機能障害を鋭敏に反映する可能性が示唆されている。しかし、帯状束の機能的な亜区域については十分に検討されていない。

【研究目的】

本研究では、統合失調症における脳弓と帯状束の構造異常、およびこれらの構造異常と認知機能障害との関係を検討した。

まず、脳弓については、統合失調症患者における脳弓の構造異常が、どのような種類の記憶機能と関連するかを明らかにすることを目的とした。統合失調症患者の脳弓の構造異常が記憶の体制化と相関し、他の認知機能とは相関しないという仮説を立てた。仮説に基づき、統合失調症患者における脳弓のDTI計測値が、単語記憶検査のstimulus category repetition (SCR) とカテゴリー流暢検査の成績と相関し、コントロール課題であるWechsler Memory Scale-Revised (WMS-R) の言語性記憶、文字流暢検査、Japanese version of National Adult Reading Test (JART) から推定される病前IQとは相関しないと予想した。

次に、帯状束については、機能的亜区域として、認知機能に関与する背側帯状束、感情機能に関与する膝前部帯状束を仮定した上で、(1)統合失調症患者の帯状束の構造異常を、背側帯状束と膝前部帯状束それぞれについて検討し、さらに、(2)統合失調症患者における背側帯状束のDTI計測値の異常の機能的関連を明らかにすることを目的とした。統合失調症患者の背側帯状束の構造異常が選択的注意機能と相関し、他の認知機能とは相関しないという仮説を立てた。仮説に基づき、統合失調症患者において膝前部ではなく背側帯状束のDTI計測値がストループ検査成績と相関し、WMS-Rの言語性記憶や病前IQ とは相関しないと予想した。

【方法】

〈研究対象〉

31人の右利きの統合失調症患者(うち12人が男性)と、対照として、年齢と性別をマッチした65人の右利き健常者をリクルートした。倫理委員会によって承認された方法に従って十分な説明を行い、対象者全員から書面での同意を得た。

〈認知機能評価〉

脳弓の機能に関係すると想定される神経心理検査として、単語記憶学習検査とカテゴリー流暢検査を施行した。背側帯状束の機能に関係すると想定される神経心理検査として、ストループ検査を施行した。コントロール課題として、WMS-Rの言語性記憶、文字流暢検査、日本語版National Adult Reading Test(JART)を施行した。

記憶の体制化は、単語記憶学習検査のSCRを用いて評価した。4つのカテゴリーに属する単語から成り、同一カテゴリーの単語が連続しないように提示されるリストにおいて、同一カテゴリーの単語を連続して再生した回数としてSCRは定義された。

カテゴリー流暢検査では、指定されたカテゴリーに属する単語を時間内にできるだけ多く言い、産生された単語数を検査成績とした。

ストループ検査は、色を示す単語に色をつけて提示し、単語ではなく色そのものを答える課題である。色-単語不一致条件と、色に無関係な単語を提示する中性条件のそれぞれについて、反応時間を計測した。

〈画像解析〉

DTIは、1.5テスラ、エコープラナー、マトリックスサイズ 128 × 128、撮像領域24 cm x 24 cm、厚さ5 mmの水平断・間隙なし、b値 1000 sec/mm2、という撮像条件で行った。

DTIの計測にはトラクトグラフィ法を用い、各被験者のnative spaceで行った。描かれたトラクトグラフィにおいて、脳弓は5つの冠状断面、膝前部帯状束は3つの水平断面、背側帯状束は5つの冠状断面を計測し、FAとMDの平均値を計算した。

〈統計解析〉

demographicデータと神経心理検査データの群間比較にはt検定を用いた。DTI計測値の群間比較には反復測定分散分析を用い、被験者間因子を診断、被験者内因子を左右、帯状束のみ部位も被験者内因子とした。

脳弓については、各半球のDTI計測値と神経心理検査得点との相関を調べるために、各群別々にスピアマンの順位相関係数を計算した。帯状束については、DTI計測値と神経心理検査得点との相関を調べるために、各群別々にピアソンの相関係数を計算した。

【結果】

〈臨床評価と神経心理検査〉

統合失調症患者は健常者に比べSES、両親のSESが有意に低かったが、年齢、男女比には有意な群間差を認めなかった。統合失調症患者は健常者に比べ単語記憶学習検査、カテゴリー流暢検査、文字流暢検査、WMS-R言語性記憶、JARTの得点が有意に低く、ストループ検査の色-語不一致反応時間とニュートラル反応時間が有意に長かった。

〈DTI計測値の群間比較-脳弓〉

FAについては、診断と左右は有意な主効果を認めたが、診断と左右の交互作用は有意でなかった。MDについては、診断と左右は有意な主効果を認めたが、診断と左右の交互作用は有意でなかった。これらの結果から、統合失調症患者は健常者に比べ両側の脳弓のFA低下とMD上昇を認めることがわかった。

〈DTI計測値の群間比較-帯状束〉

FAについては、診断、左右、部位の有意な主効果を認めたが、診断と左右、診断と部位、左右と部位、診断と左右と部位の交互作用は有意ではなかった。

MDについては、左右と部位の有意な主効果を認めたが、診断の主効果は有意ではなかった。診断と部位、左右と部位の有意な交互作用を認めたが、診断と左右、診断と左右と部位の交互作用は有意ではなかった。次に下位検定として、部位(膝前部 / 背側部)ごとに反復測定分散分析を行った。背側帯状束では、有意な診断の主効果を認め、診断と左右の交互作用は有意ではなかった。膝前部帯状束では、診断の主効果は有意ではなく、診断と左右の交互作用も有意ではなかった。これらの結果から、統合失調症患者は健常者に比べ両側の背側帯状束のMDが有意に上昇していることがわかった。

〈相関解析結果-脳弓〉

統合失調症患者については、スピアマンの順位相関係数で左脳弓のMDと単語記憶学習検査のSCR、右脳弓のMDとカテゴリー流暢検査の間にそれぞれ有意な負の相関を認めた。これらの相関は患者群に特異的であることがフィッシャーのZ変換により示された。さらに、患者群における脳弓のMDと単語記憶学習検査のSCR の相関は左半球に特異的ではなかった。同様に、患者群における脳弓のMDとカテゴリー流暢検査の相関は右半球に特異的ではなかった。

健常者群、患者群ともに、DTI計測値とJART、WMS-R言語性記憶、文字流暢検査の間に有意な相関を認めなかった。

〈相関解析結果-帯状束〉

DTI計測値の群間比較で診断とsideの間に交互作用を認めなかったので、左右の半球のDTI計測値の平均値を相関の解析に用いた。

患者群においては、ピアソン相関係数で背側帯状束のMDとストループ検査の色-語不一致反応時間、ニュートラル反応時間の間にそれぞれ有意な正の相関を認めた。フィッシャーのZ変換でこれら2つの相関を比べたところ有意差を認めなかった。これら2つの相関は患者群に有意に特異的で、またJARTに比べてストループ検査に特異的であった。脳梁背側帯状束のMDとストループ検査の色-語不一致反応時間の相関は、背側帯状束のMDとWMS-R言語性記憶の相関との間に有意差を認めた。背側帯状束のMDとストループ検査のニュートラル反応時間の相関は、背側帯状束のMDとWMS-R言語性記憶の相関との間に有意差を認めなかった。一方、背側帯状束のMDとストループ検査の色-語不一致反応時間またはニュートラル反応時間の間の相関は、膝前部帯状束に比べて背側帯状束に有意に特異的ではなかった。

健常者群、患者群ともに、DTI計測値とWMS-R言語性記憶、JART の間に有意な相関を認めなかった。

【考察】

〈脳弓〉

統合失調症患者は健常者に比べ、脳弓のFAが低下しMDが上昇しており、これらに有意な側性化はないことが示された。さらに、統合失調症患者においては、脳弓のMDと単語記憶検査のSCR、カテゴリー流暢検査成績の間に有意な負の相関を認めた。これらの相関は統合失調症患者群に特異的であった。

〈帯状束〉

統合失調症患者は健常者に比べ、両側性に膝前部帯状束のFA低下、背側帯状束のFA低下とMD上昇を認めることが示された。さらに、統合失調症患者群において、背側帯状束のMDはストループ検査の色-語不一致反応時間と中性反応時間との間に有意な正の相関を認め、これらの相関は統合失調症患者群に特異的であった。

【結論】

本研究により、統合失調症患者の認知機能障害の病態基盤として、脳弓の構造異常が記憶の体制化と意味記憶システムの障害に、背側帯状束の構造異常が選択的注意機能の障害に、それぞれ特異的に関与することが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は統合失調症において重要な役割を演じていると考えられる脳弓と帯状束の構造異常、およびこれらの構造異常と認知機能障害との関係を明らかにするため、拡散テンソル画像を用いてFractional Anisotropy (FA)とMean Diffusivity (MD)を計測し、記憶の体制化機能を反映する単語記憶学習検査のSCR (Stimulus Category Repetition)とカテゴリー流暢検査、選択的注意機能を反映するストループ検査などの神経心理検査成績との相関を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. 統合失調症患者は健常者に比べ両側の脳弓のFA低下とMD上昇を認めた。

2. 統合失調症患者は健常者に比べ膝前部と背側部帯状束の両側性のFA低下、背側部帯状束の両側性のMD上昇を認めた。

3. 統合失調症患者については、左脳弓のMDと単語記憶学習検査のSCR、右脳弓のMDとカテゴリー流暢検査の間にそれぞれ有意な負の相関を認めた。健常者、統合失調症患者のそれぞれの群について、脳弓のDTI計測値とストループ反応時間、WMS-R (Wechsler Memory Scale-Revised)言語性記憶、文字流暢検査、JART (Japanese Adult Reading Test)の間に有意な相関を認めなかった。

4. 患者群においては、背側帯状束のMDとストループ検査の色-語不一致反応時間、ニュートラル反応時間の間にそれぞれ有意な正の相関を認めた。健常者、統合失調症患者のそれぞれの群について、帯状束のDTI計測値と単語記憶検査SCR、カテゴリー流暢検査、WMS-R言語性記憶、文字流暢検査、JARTの間に有意な相関を認めなかった。

以上、本論文は統合失調症患者の認知機能障害の病態基盤として、脳弓の構造異常が記憶の体制化と意味記憶システムの障害に、背側帯状束の構造異常が選択的注意機能の障害に、それぞれ特異的に関与することを明らかにした。本研究はこれまで報告が乏しかった、統合失調症における認知機能障害と白質構造異常の関係の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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