学位論文要旨



No 124808
著者(漢字) 上田(石原),奈津実
著者(英字)
著者(カナ) アゲタ(イシハラ),ナツミ
標題(和) 神経回路形成におけるCaMキナーゼI機能の解明
標題(洋)
報告番号 124808
報告番号 甲24808
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3228号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 准教授 中村,元直
内容要旨 要旨を表示する

Following polarity formation, the neuritogenesis of cortical neurons is heavily influenced by complex extracellular gradients of neurotrophic and guidance factors as well as neurotransmitters released from neighboring cells. Ca(2+) signaling is activated by many of these extracellular stimuli, and is believed to play a major role during both axonal and dendritic growth. Here I show that Ca(2+)/calmodulin-dependent protein kinase Iα (CaMKIα) is a critical factor for axonal growth and refinement during early stages of cortical development. The axon-specific morphological phenotype required a diffuse cytoplasmic localization and a strikingly α-isoform-specific kinase activity of CaMKI. Unexpectedly, treatment with Muscimol, a GABAA receptor agonist, selectively stimulated elongation of axons but not of dendrites, and a CaMKK-CaMKIα cascade critically mediated this axonogenic effect. Consistent with these findings, during early brain development, while the GABA effect was still largely excitatory, in vivo knockdown of CaMKIα resulted in an impaired growth of terminal axonal branches of the interhemispheric callosal projections into the contralateral cortices. Thus, the CaMKK-CaMKIα cascade may play a critical role in GABA-regulated axon elongation and path finding, and contribute to fine-tuning the formation of an accurate cortical network during early brain development.

審査要旨 要旨を表示する

記憶・学習など脳高次機能の基盤には、特異的な出入力を処理する神経回路網が存在する。神経回路形成において、神経細胞は異なる性質を持つ2種類の突起(軸索と樹状突起)を適切に発達させる必要がある。カルシウム/カルモデュリン依存性タンパク質リン酸化酵素(CaMK)群はCa(2+)上昇の下流で働く代表的な分子であるが、個々のCaMKが軸索や樹状突起の発達を制御するのか、また、どのように働くかは不明な点が多い。

本研究は、この課題の解明を目標とし、神経活動やリガンド刺激に伴う細胞内Ca(2+)濃度上昇の下流で複数のCaMKが神経回路形成に貢献していると仮説を立て、その検証に取り組んだ結果、以下の結果を得ている。

1.大脳皮質初代培養神経細胞において、CaMK(CaMKI, CaMKII, CaMKIV)の特異的阻害剤であるKN-93を作用させた結果、軸索と樹状突起伸展が阻害されることを見出した。さらにCaMKIとCaMKIVの上流のキナーゼCaMKKの特異的阻害剤、STO-609を作用させたところ、軸索ならびに樹状突起伸展が阻害されることを見出した。STO-609を作用させた際に見られる表現型はSTO-609低感受性変異体によりレスキューされることも確認した。これらの結果から、CaMKK-CaMKI/IV経路が幼若期の大脳皮質神経細胞の軸索ならびに樹状突起発達を制御することが示された。

2.CaMKIには異なる遺伝子によりコードされるα、β、γ/CL3、δアイソフォームが存在する。そこで、どのCaMKI/IVアイソフォームが軸索ならびに樹状突起発達を制御しているかを同定するため、それぞれのアイソフォームを特異的にノックダウンするショートヘアピン型RNAiベクターを大脳皮質初代培養神経細胞にエレクトロポレーション法にて遺伝子導入し、軸索ならびに樹状突起伸展を定量した。結果、CaMKIαのノックダウンが軸索伸展を、CaMKIγ/CL3のノックダウンが樹状突起伸展を特異的に阻害することを見出した。さらに、CaMKI アイソフォームを過剰発現させたところ、CaMKIαが軸索伸展、CaMKIγ/CL3が樹状突起伸展を特異的に促進することを見出した。以上の結果から、幼若期の大脳皮質神経細胞の軸索伸展はCaMKIαが、樹状突起伸展はCaMKIγ/CL3がになう制御することを示した。

3.CaMKIαとCaMKIγ/CL3はキナーゼドメインの相同性が71%と高く、基質プロファイルが似ていると考えられてきた。そこで、まずは、CaMKIαのノックダウンによる表現型をCaMKIγ/CL3の過剰発現でレスキューできないかを評価した。結果、CaMKIαのノックダウンによる表現型をCaMKIα/CL3でレスキューできないことが示された。面白いことに、細胞質にdiffuseに存在するCaMKIγとは異なり、CaMKIα/CL3は長いC末端を持ち、そのC末部分はプレニル化、パルミトイル化修飾を受けるため、ラフト局在を示すことが示されている。そこで、あえてCaMKIγ/CL3のC末を欠失させ、細胞質局在化したCaMKIγ/CL3を作成し、CaMKIγのノックダウンによる表現型をレスキューできないかを評価した。結果、細胞質局在化したCaMKIα/CL3ではレスキューできないことが示された。また、CaMKIγをラフト局在化させた変異体でもCaMKIαノックダウンによる表現型はレスキューできなかった。これらの結果により、CaMKIγによる軸索伸展制御は、CaMKIα特異的な基質プロファイルとその局在、両者によって担われていることが示唆された。

4.申請者らは、すでにCaMKIγ/CL3による樹状突起伸展制御の上流はBDNFであることを報告している(Takemoto-Kimura S#, Ageta-Ishihara N# et al., Neuron: 54, 755-70, 2007, equal contribution)。そこで、同様にCaMKIαによる軸索伸展制御の上流のリガンドの探索を行うため、幼若期において軸索伸展を特異的に促進するリガンドを探索した結果、幼若期に興奮性として働くGABA刺激が軸索伸展を特異的に促進することを見出した。さらに、GABAの軸索伸展促進効果は、KN-93、STO-609で阻害され、さらに、CaMKIαのノックダウンによっても阻害されることを見出した。以上の結果から、幼若期の大脳皮質において、興奮性のGABA刺激の下流でCaMKIαを介した軸索発達制御機構が存在することが示された。

5.CaMKIαのin vitroにおける軸索発達制御機構がin vivoにおいても見られるか否かを評価した。E15のマウス胎児にin utero electroporation法を用いて、layer II/III の神経細胞に CaMKIαノックダウンベクターを導入した。somatosensory cortex のlayer II/III の神経細胞は神経活動依存的に対側のS1/S2 somatosensory cortexの境界部分に軸索を発達させることが知られていたため、この領域における軸索発達をCaMKIαのノックダウンベクター導入神経細胞において評価したところ、コントロールと比べて明らかに軸索の発達阻害が引き起こされることを見出した。以上の結果から、CaMKIαは活動依存的なcallosal axonの発達を制御している可能性が示された。

以上、本論文は幼若期の軸索と樹状突起を制御するCaMKの解析から、軸索伸展はCaMKIαが、樹状突起伸展はCaMKIα/CL3が制御すること明らかにした。さらにCaMKIαの軸索伸展の上流のリガンドを同定し、in vivoにおいても、CaMKIαが軸索発達制御を担うことを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、Ca(2+)濃度上昇の下流で複数のCaMKが神経回路形成を制御するとの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考える。

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