学位論文要旨



No 124809
著者(漢字) 岩室,宏一
著者(英字)
著者(カナ) イワムロ,ヒロカズ
標題(和) サルの淡蒼球における大脳皮質運動領野からの視床下核を介した投射様式
標題(洋)
報告番号 124809
報告番号 甲24809
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3229号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 狩野,方伸
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

パーキンソン病に代表される大脳基底核疾患を理解し、その治療を考える上では、大脳基底核の神経回路とその働きを正確に把握することが重要である。

大脳基底核をめぐる神経回路に関して、最も広範に受け入れられているモデルによれば、まず線条体が主な情報を大脳皮質から受け、2つの機能的に相反する経路によって大脳基底核出力核である淡蒼球内節(internal segment of the globus pallidus, GPi)と黒質網様部へ伝えられる。その後、大部分は視床を介して、再び大脳皮質に戻るループ回路を形成していると考えられている。大脳基底核内の経路のひとつは、線条体ニューロンを介して出力核を抑制する単シナプス性投射(直接路、direct pathway)で、もうひとつは、線条体、淡蒼球外節(external segment of the globus pallidus, GPe)、視床下核(subthalamic nucleus, STN)を経由して出力核を興奮させる多シナプス性投射(間接路、indirect pathway)である。この2つの経路に加えて、近年、Nambuらを中心に、大脳皮質からSTNに至る経路(ハイパー直接路、hyperdirect pathway)が機能的に非常に重要であることが示され、主にこれら3つの経路を介して、大脳基底核が運動制御に関わっていると考えられている。

このような大脳基底核の運動系ループ回路の研究において、解明すべき課題のひとつに、大脳皮質運動領野の異なった領野に由来する運動情報が大脳基底核の中でどのような処理を受けるのか、ということがある。そこで、本研究では、一次運動野(primary motor cortex, MI)と補足運動野(supplementary motor area, SMA)を取り上げ、マカクサルのこれら2つの領野に由来する運動情報がSTN、GPeおよびGPiに至る際に、どのような処理を受けるのかを電気生理学的に解明することを目的とした。

さらに、これまでの解剖学的研究から、大脳皮質-被殻投射、被殻-GPe/GPi投射、大脳皮質-STN投射においては、MI、SMAに関する機能局在が保たれていて、それらの一部では体部位再現があることが知られているが、GPe、GPiのSMA領域における体部位再現はまだ明らかになっていない。また、この解剖学的手法では、投射元ニューロンからの神経終末が投射先の神経核内でどのように分布しているかをみているに過ぎず、各神経核のニューロンレベルでの体部位再現は解明されていない。そこで、STN、GPeおよびGPiのニューロンレベルでの機能局在、体部位局在を電気生理学的に解明することをもうひとつの目的とした。

方法

実験には、マカクサル2頭を用いた。

まず、全身麻酔下にて、脳定位固定装置にサルの頭部を固定するための手術を施行した。その数日後に、頭部MRIを撮像した。

さらに数日後に、一側の前頭頭頂部の頭蓋骨を除去し、硬膜外から大脳皮質運動領野にガラス被覆エルジロイ微小電極(0.7-1.5 MΩ at 1 kHz)を刺入し、皮質内微小電気刺激(intracortical microstimulation, ICMS; 200 μs duration, a train of 12 or 22 cathodal pulses, at 333 Hz)および受動的関節運動に対する電気生理学的反応性から、MIおよびSMAの後肢領域(MIh、SMAh)、前肢領域(MIf、SMAf)、口腔顔面領域(MIo、SMAo)を同定した。そして、各部位にエナメル被覆ステンレス線(径200 μm)で作成した双極刺激電極を慢性的に留置した。同時に、記録電極を刺入するためのチェンバーを設置した。

以上の手術操作から回復の後に、STNまたはGPe/GPiの単一ニューロン活動を細胞外記録法により電気生理学的に調べた。覚醒下にて、ガラス被覆エルジロイ微小電極(0.7-1.5 MΩ at 1 kHz)を、油圧式マニピュレーターを用いて、硬膜外から刺入した。神経活動は細胞外記録用の増幅器で増幅して(8,000倍)、オシロスコープおよびサウンドモニターで観察した。電極の刺入に沿って記録される神経活動をもとに、記録電極をSTNまたはGPe/GPiに進め、Window Discriminatorを用いて単一ニューロン活動を分離した。これをパルス化したものをオンラインにてコンピューターに取り込み、自発発射パターンを記録した。次に、MIおよびSMAに留置した刺激電極を用いて、それぞれの電気刺激(300 μs duration single pulse, strength of less than 0.7 mA, at 0.7 Hz)に対する刺激前後時間ヒストグラム(peri-stimulus time histograms, PSTHs; bin width, 1 ms; sum of 100 times)を作成して、このニューロンの大脳皮質刺激に対する応答性を調べた。得られたPSTHにおいて、刺激前100 ms間の平均自発発射頻度を算出し、刺激後の少なくとも連続する2 bins(2 ms)において発射頻度が95%信頼区間を超えた場合に、このニューロンは大脳皮質刺激に応答したと判断した。

記録電極の刺入は、STNでは水平方向0.5 mm間隔で、GPe/GPiでは1.0 mm間隔でそれぞれ行ない、各核からくまなく記録を行った。

すべての記録終了後に、1頭のサルでは、経心臓的に灌流後、取り出した脳を固定して、凍結切片を作成し、Cresyl Violet染色にて記録部位の同定、再構成を行った。もう1頭のサルでは、MRI画像から記録部位の推定、再構成を行った。

結果

大脳皮質刺激に応答したSTNニューロンは398個で、それらの自発発射頻度は22.2±11.1 (mean±SD) Hzであった。個々のニューロンは、大脳皮質運動領野の複数の刺激部位の電気刺激に応答する場合もあり、得られた応答は全部で772であった。一方、大脳皮質刺激に応答したGPeおよびGPiニューロンは、それぞれ343個および247個であり、自発発射頻度はGPeニューロンが59.1±26.0 Hz、GPiニューロンが66.2±22.6 Hzであった。これらのニューロンから、GPeで740、GPiで485の大脳皮質刺激に対する応答をそれぞれ記録した。

STNニューロンのMI刺激またはSMA刺激に対する応答は、典型的には(59%)、刺激部位によらず、早い興奮と遅い興奮からなる2相性応答であったが、2つの応答成分のいずれか1つからなる応答パターンもみられた。一方、同刺激に対するGPeおよびGPiニューロンの典型的な応答パターンは(GPe 39%、GPi 38%)、興奮-抑制-興奮という3相性応答であったが、応答の3成分のうち、いずれか2つまたは1つの成分からなる応答パターンも少なからずみられた。

次に、異なる運動領野であるMIとSMAからの情報の伝達に着目した場合、STN、GPe、GPiニューロンの大脳皮質刺激に対するどの応答成分においても、少なくともおよそ半数のニューロンはMI刺激またはSMA刺激どちらか一方にのみ応答したが、残りはMIとSMA両方の刺激に応答を呈した。また、MIとSMAからの情報の関連身体部位に着目した場合には、STN、GPe、GPiいずれの神経核においても、MI刺激にのみ応答したニューロンではほとんどが単一身体部位の情報を受けていたが、SMA刺激にのみ応答したニューロンおよびMI、SMA両方の刺激に応答したニューロンでは、隣接身体部位の情報を受けるものも少なからず存在した。

最後に、MIとSMAからの情報の入力の、STN、GPe、GPiにおける局在を調べた。まず、STNに関して、大脳皮質刺激に対する2相性応答のどちらの成分に着目しても、STNの背尾側の領域において、MI刺激に応答したニューロンは背外側を中心に(MI domain)、SMA刺激に応答したニューロンは内側を中心に(SMA domain)、それぞれ存在する傾向を示した。そして、MI domainにおいては、MIo、MIf、MIhから入力を受けるニューロンが、外側から内側にこの順で並んで位置しており、SMA domainの中では、SMAo、SMAf、SMAhから入力を受けるニューロンが、内側から外側に並んで位置していた。こうしたSTNにおける機能局在、体部位局在は、これまでの解剖学的研究の結果を強く支持するものであった。

続いて、GPe、GPiに関しては、大脳皮質刺激に対する応答のどの成分に着目しても、GPeおよびGPiの腹尾側において、MIからの入力を主に受けるニューロンはより尾側に(MI domain)、SMAからの入力を主に受けるニューロンはより吻側に(SMA domain)、それぞれ位置していた。この機能局在は、これまでの報告を支持するものであった。そして、MI domainにおいては、MIh、MIf、MIoから入力を受けるニューロンが、背側から腹側にこの順で並んで位置しており、SMA domainでは、MI domainほど局在が明確ではなかったが、SMAh、SMAf、SMAoから入力を受けるニューロンが、背尾側から腹吻側に概ね並んで位置していた。つまり、GPe、GPiにおいて、MI domainだけでなく、SMA domainにも体部位局在がニューロンレベルで保たれていることが明らかになった。

結論

マカクサルにおいて、大脳皮質運動領野のMIおよびSMAから大脳基底核への情報伝達は、一部は統合処理されているものの、主には、それぞれの体部位局在を保ちながら並列的な情報処理がなされていると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、大脳基底核における運動情報の処理様式を明らかにするため、大脳皮質運動領野の一次運動野(primary motor cortex, MI)と補足運動野(supplementary motor area, SMA)を取り上げ、マカクサルのこれら2つの領野の電気刺激に対する、視床下核(subthalamic nucleus, STN)、淡蒼球外節(external segment of the globus pallidus, GPe)および淡蒼球内節(internal segment of the globus pallidus, GPi)の各神経核ニューロンの応答性の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1)MIまたはSMAの電気刺激は、刺激部位によらず、STNニューロンに短潜時の早い興奮と長潜時の遅い興奮からなる2相性の応答を引き起こした。

2)MIまたはSMAの電気刺激は、刺激部位によらず、GPeおよびGPiニューロンに短潜時の早い興奮とそれに続く抑制、さらに長潜時の遅い興奮という3相性の応答を引き起こした。

3)異なる運動領野であるMIとSMAからの情報処理に着目した場合、STN、GPe、GPiいずれの神経核においても、少なくともおよそ半数のニューロンはMI刺激またはSMA刺激どちらか一方にのみ応答したが、残りのニューロンはMIとSMA両方の電気刺激に対して応答を呈した。

4)MIとSMAからの情報の関連身体部位に着目した場合、STN、GPe、GPiいずれの神経核においても、MI刺激にのみ応答したニューロンでは、ほとんどが単一身体部位の情報を受けていたが、SMA刺激にのみ応答したニューロンおよびMI、SMA両方の電気刺激に応答したニューロンでは、隣接する複数の身体部位の情報を受けるものも少なからず存在した。

5)STNにおいて、MIおよびSMAからの情報は、主にSTNの背尾側のニューロンに伝えられ、その領域の中で、MIからの情報は主に背外側の、SMAからの情報は主に腹内側のニューロンにそれぞれ伝達されていた。身体部位の情報に関しては、口腔顔面、前肢、後肢の順に、MIからの情報を受ける領域の中では外側から内側に、SMAからの情報を受ける領域の中では、逆に内側から外側にそれぞれ並んで伝達されていた。

6)GPe/GPiにおいて、MIおよびSMAからの情報は、主にGPe/GPiの腹尾側のニューロンに伝えられ、その領域の中で、MIからの情報は主に尾側の、SMAからの情報は主に吻側のニューロンにそれぞれ伝達されていた。身体部位の情報に関しては、後肢、前肢、口腔顔面の順に、MIからの情報を受ける領域の中では背側から腹側に、SMAからの情報を受ける領域の中では背尾側から腹吻側にそれぞれ並んで伝達されていた。

7)STN、GPe、GPiそれぞれの神経核での、こうした機能局在および体部位局在のパターンは、大脳皮質刺激によって引き起こされる応答のどの成分においても同様であった。また、この体部位局在のパターンは、それぞれの神経核ニューロンのkinesthetic responseによっても支持された。

8)MIおよびSMAから大脳基底核への情報は、一部は統合されるものもあるが、おおむねそれぞれが体部位局在を保ちながらSTN、GPeおよびGPiの各神経核の異なった領域のニューロンに伝達されていた。

以上、本論文は、マカクサルのSTN、GPeおよびGPiニューロンの大脳皮質電気刺激に対する応答性の解析から、大脳皮質運動領野のMIおよびSMAから大脳基底核への情報伝達について、それぞれが体部位再現を保ちながら主には並列的な情報処理がなされていることを明らかにした。本研究は、これまで断片的にしか調べられてこなかった大脳基底核内の情報伝達に関して、初めて包括的にとらえたものであり、さらに、GPe、GPiのSMAからの情報が伝達される領域における体部位再現を初めて明らかにしたことは、特筆すべき点である。こうした成果は、大脳基底核における運動情報の処理様式の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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