学位論文要旨



No 124812
著者(漢字) 濱田,雅
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,マサシ
標題(和) 不均一反復経頭蓋磁気刺激によるヒト大脳皮質可塑的変化の誘導に関する研究
標題(洋)
報告番号 124812
報告番号 甲24812
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3232号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 川合,謙介
 東京大学 講師 湯本,真人
 東京大学 教授 本間,之夫
内容要旨 要旨を表示する

1985年にBarkerらによって開発された経頭蓋磁気刺激法(transcranial magnetic stimulation, TMS)から発展した反復経頭蓋磁気刺激法(repetitive transcranial magnetic stimulation, rTMS)は、非侵襲的にヒトの大脳皮質神経細胞を刺激することができる画期的な方法である。rTMSはヒトにおける運動感覚システム系研究、神経疾患の病態生理研究および臨床応用、さらには認知言語などの高次脳機能研究に使用されるとともに、刺激終了後にも可塑的変化が持続することから、精神神経疾患への治療応用の可能性が示唆されている。可塑的変化誘導の機序については不明の点が多いものの、シナプス可塑性である長期増強(long-term potentiation, LTP)や長期抑圧(long-term depression, LTD)が想定されている。そのため学習や記憶といった大脳皮質の重要な機能に関しての研究への応用が近年盛んになっている。

しかし従来のrTMSの効果は比較的弱く、持続時間も短いため、LTP・LTD様の変化を誘導しているのかは定かではない。更にこの比較的弱く持続の短い効果によって治療が可能であるかという問題も解決されていない。従って治療応用が期待されているものの、実際に治療法として有効性があるか否かについては結論が出ていない(Okabe et al., 2003; Ridding & Rothwell, 2007)。

本研究では、将来的な各種神経疾患への治療応用を考慮し、これまで以上に強力でかつ持続時間の長い効果を誘導できるrTMS刺激法を探索することを目的とした。

新しい刺激法を探索するにあたり、単相性パルスを用いた刺激法が有力であると言う先行研究に注目した(Arai et al., 2005, 2007)。しかし単相性パルスでは従来の均一なrTMS刺激は機械的制限により不可能であるため、単相性パルスでも可能な、不均一rTMS刺激、具体的には反復単相性2発経頭蓋磁気刺激法、続いて反復単相性4発経頭蓋磁気刺激法による効果について検討した。これらの新しい単相性不均一rTMS法による効果を検討することによって、より強力な刺激法の開発を目指した。

第I章:反復単相性2発経頭蓋磁気刺激法による大脳運動野促通性機序の解析

(Hamada et al., 2007a)

Thickbroomらによって、反復単相性2発経頭蓋磁気刺激法(repetitive paired pulse stimulation, rPPS)という、新しい刺激法が報告された(Thickbroom et al., 2006)。Thickbroomらは1.5ms間隔の単相性パルス2発を、5秒に一回、30分間刺激したあと、単発TMSに対する運動誘発電位(motor evoked potential, MEP)を経時的に測定し、MEPサイズが約500%増大し、効果が10分程度持続したと報告した。ペア刺激中にもMEPが誘発されており、それは累積的に約500%増大していた。Thickbroomらは、ペア刺激を1.5msで行った理由として、従来からよく知られているI wave facilitationを挙げている(Tokimura et al., 1996; Hanajima et al., 2002; Ziemann et al., 1998)。I-wave facilitationは2発の刺激を与えることでMEPの大きさが増大するというパラダイムで、ある特定の刺激間隔(約1.5ms、3ms、4.5ms)においてのみその増大が認められ、これは皮質介在ニューロンの興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential, EPSP)が時間的加重することによって起きると推測されている(Hanajima et al., 2002)。従って、1.5msのペア刺激を連続して行うことで、このI-wave facilitationを司るシナプスが強化され、伝達効率が上昇し、長期増強(long-term potentiation, LTP)類似の変化を引き起こし、促通効果が生じたと推測されている(Thickbroom et al., 2006)。Thickbroomらはペア刺激前後で、脊髄運動ニューロンの興奮性の一つの指標であるF波を測定し、その振幅や出現率に差を認めなかったことから、この効果が大脳皮質由来であると結論した。

約500%の増大については、過去のいずれの報告でも認められないほど大きな効果であり注目に値する。この誘導効果が彼らの主張通り大脳皮質由来であれば、これまでにない促通をもたらす強力な方法と考えられ、治療応用の可能性が広がると予想される。しかしながら、その促通効果の発生起源について、特に大脳皮質レベルのイベントであるかについては、F波のみで結論を出すことはできない。即ち、F波は脊髄運動ニューロンのごく一部の興奮性を反映しているにすぎず、これに変化がないからといって、脊髄興奮性に変化がないと結論はできない。脊髄の興奮性についてより詳細に検討するには、Ugawaらによって開発された、脳幹電気刺激法が有用である(Ugawa et al., 1991)。この方法では錐体交叉部の錐体路を直接刺激することができるため、脳幹電気刺激によって誘発されたMEPサイズは、より多くの脊髄運動ニューロンの興奮性を反映していると考えられる。

以上から、Thickbroomらにより報告されたrPPSによる後効果が、本当に皮質由来であるかを検討するため、rPPS前後で脳幹電気刺激を行い、脳幹電気刺激誘発MEPが、rPPS前後で変化するかを検討した。

その結果、単発大脳皮質TMSに対するMEPはrPPS後10分間増大したが、脳幹電気刺激に対するMEPに増大は認めなかった。従ってrPPSで得られる促通効果が大脳皮質レベルで起きていると考察した。またその時間経過は安定しており、rPPSはヒト運動野に促通効果をもたらす有用な方法であると結論した。

第II章:I-wave intervalを用いた反復単相性4発経頭蓋磁気刺激法による大脳運動野促通効果

(Hamada et al., 2007b)

前章で示したように、rPPSなどrTMSによる促通効果はシナプス可塑性(長期増強、long-term potentiation, LTP)に基づいていると考えられている。動物実験のLTP誘導では、効果の誘導には閾値が存在し、刺激強度、刺激頻度など様々な因子による複雑な関数によりその閾値が規定されていると考えられる(Malenka, 1991; Bliss & Collingridge, 1993)。中でも、1トレイン内のパルス数はLTP誘導刺激法において重要な因子であることが、海馬のスライス実験において示されている(Nakao et al., 2004)。したがって、1トレインに含まれる刺激数を増やす事により、より大きな効果を誘導できると予想される。そこで、1トレインの中の刺激数を増やす実験を考えたが、装置の限界から4発までしか増やすことができないため、4発刺激を行う事とした。以上から反復単相性4発経頭蓋磁気刺激(quadripulse stimulation, QPS)による大脳運動野促通効果について、反復単相性2発経頭蓋磁気刺激法(paired pulse stimulation, PPS)と比較検討した。

結果は、QPSによって75分以上続くMEPの増大が誘発された。QPSとPPSの差異は合計パルス数や合計トレイン数では説明できず、1トレイン内のパルス数が、rTMSによって誘導される後効果の大きさ・持続時間を決定する重要な因子となり得ることを示唆した。これは動物実験の結果と合致するものである(Nakao et al., 2004)。脳幹電気刺激によるMEPでは変化を認めないことからこの促通効果が大脳皮質由来であることを示し、各種パラメータの検討から、QPSによる促通効果がLTP様可塑性に基づいていると考察した。

第III章:様々な刺激間隔を用いた反復単相性4発経頭蓋磁気刺激法による大脳運動野可塑的変化の誘導とその機序の解析

(Hamada et al., 2008a)

前章で検討しなかったQPSの刺激間隔について検討した。この刺激間隔を変えるという着想に至った理由は以下の通りである。まずrTMSがLTP,LTD様の可塑性を誘導しているという間接的証拠が先行研究で示されている。最も重要な点はTMSで誘導される後効果がN-methyl-D-aspartate (NMDA)依存性であることで、それ以外にも入力特異性、連合性、共同性などシナプス可塑性の基本性質を兼ね備えていることが示されている(Stefan et al., 2002; Huang et al., 2007)。もしQPSによって誘導される効果もLTP様であれば、同様の性質を備えると共に、動物実験で示されている刺激頻度と可塑性の間の非線形性(Bear, 1996; Dudek & Bear, 1992; Kirkwood et al., 1996; Wang & Wagner, 1999; Zhang et al, 2005)も保存されていることが推測される。そこで、刺激間隔を変化する事でのQPS効果の変化を検討した。更に、皮質抑制性・興奮性介在ニューロン機能をKujiraiらによる磁気2発刺激法(Kujirai et al., 1993)によって調べることで、QPSの後効果の生理学的特性を詳細に検討した。

結果は短い刺激間隔のQPSでは比較的持続時間の長い促通性後効果を認め、長い刺激間隔のQPSでは持続時間の長い抑制性後効果を認めた。またQPSでは運動閾値は不変でrecruitment curveを刺激間隔依存性に可変させ、効果は刺激部位特異的に認められた。一次運動野の抑制性介在ニューロン機能は変化せず、興奮性介在ニューロン機能には変化が見られた。QPSの刺激間隔を可変させることで様々なレベルの可塑的変化を誘導でき、得られた刺激反応曲線は、シナプス可塑性についての動物実験と極めて類似していた。誘導効果とQPSの刺激頻度に非線形の関係性を認めたことは、QPSによる誘導効果の機序がシナプス可塑性であるということを間接的に支持する証拠と考えた。

第IV章:プライミング刺激による反復単相性4発経頭蓋磁気刺激誘導効果の変化

(Hamada et al., 2008a)

Dudek & Bear (1992)は、彼らが示した刺激頻度-反応曲線の非線形性が、Bienenstockらにより提唱されたシナプスの恒常性を説明する理論、Bienenstock-Cooper-Munro(BCM)理論の第一の特徴、シナプス可塑性と後シナプス活動は非線形のS字状の関係にあるという予測に合致していると結論した(Dudek & Bear, 1992)。その後の研究により、この刺激反応曲線が、先行するテタヌス刺激に依存して左右横軸方向に移動するという結果が得られ、メタ可塑性と総称された(Abraham & Bear, 1996)。この刺激反応曲線のシフト(あるいはメタ可塑性)はBCM理論の第2の特徴、LTP/LTDの交差点が、先行する後シナプスニューロンの活動性により左右に移動する(sliding modification threshold, θM)という予測を具現化したものであり、BCM理論がシナプス恒常機構の最もよいモデルとして考えられるに至っている(Abbott & Nelson, 2000)。メタ可塑性の最もよい実験系としては、プライミング刺激がある(Huang, et al., 1992)。これは通常LTPを誘導するテタヌス刺激の前に、それ自体ではLTPを誘導しない弱い刺激(プライミング)を行うと、テタヌス刺激ではLTPが誘導されにくくなるというものである。これは、シナプス可塑性が飽和状態になることを防御する機構の存在を示唆する。このような制御機構は、情報を適切に保存するために、常にシナプスを動的状態に維持する恒常性制御系を反映していると考えられている。

本章では、QPSで得られた刺激反応曲線が、プライミング刺激によりどのように可変しうるかについて検討した。

結果は、プライミング刺激によりQPSの刺激反応曲線がBCM理論に従って左右に移動することを示した。プライミング刺激が、それのみでshort-interval intracortical facilitation (SICF)に特異的に影響を与えており、MEP振幅には直接影響しないものの、皮質ニューロンを一時的に修飾していることを示した。以上の結果は、BCM理論で予測されたとおりの結果であり、ヒト運動野においても同様の恒常性制御機構が存在することを強く示唆した。

以上本研究全体の結果から、単相性パルスを用いた新しい刺激法であるQPSでは、シナプス可塑性に基づいた可塑的変化を誘導していると考えた。QPSによる効果は、ヒトで用いられていた従来の刺激法と比べても比較的長く持続し、また効果も強いことから、QPSを用いることによってより治療効果が期待できると推論した。またシナプスの恒常的制御機構であるBCM理論に基づいた変化を起こしうることも示した。最近の研究から、病態によって刺激部位を変えることが提唱されている。今後は、各種疾患における病態生理を検討し、刺激部位、誘導効果の方向性を含めて治療戦略を立てることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は非侵襲的にヒトの大脳皮質神経細胞を刺激することができる反復経頭蓋磁気刺激法(repetitive transcranial magnetic stimulation, rTMS)による、将来的な各種神経疾患への治療応用を考慮し、これまで以上に強力でかつ持続時間の長い効果を誘導できるrTMS刺激法を探索することを目的とした。新しい刺激法を探索するにあたり、単相性パルスを用いた刺激法が有力であると言う先行研究に注目し、不均一rTMS刺激、具体的には反復単相性2発経頭蓋磁気刺激法、続いて反復単相性4発経頭蓋磁気刺激法による効果について検討し、下記の結果を得ている。

1.反復単相性2発経頭蓋磁気刺激法(repetitive paired pulse stimulation, rPPS)という新しい刺激法の大脳運動野に対する促通効果の発生起源を検討した。単発TMSに対する手内筋からの運動誘発電位(motor evoked potential, MEP)はrPPS後10分間増大したが、脳幹電気刺激に対するMEPに増大は認めなかった。従ってrPPSで得られる促通効果が大脳皮質レベルで起きていることが示された。またその時間経過は安定しており、rPPSはヒト運動野に促通効果をもたらす有用な方法であると結論した。

2.rTMSによる促通効果はシナプス可塑性(長期増強、long-term potentiation, LTP)に基づいていると考えられている。動物実験のLTP誘導では、刺激強度・刺激頻度など様々な因子が重要であるが、中でも1トレイン内のパルス数はLTP誘導刺激法において重要な因子である。したがって1トレインに含まれる刺激数を増やす事により、より大きな効果を誘導できると予想されたため反復単相性4発経頭蓋磁気刺激(quadripulse stimulation, QPS)による大脳運動野促通効果について、PPSと比較検討した。結果は、QPSによって75分以上続くMEPの増大が誘発された。QPSとPPSの差異は合計パルス数や合計トレイン数では説明できず、1トレイン内のパルス数が、rTMSによって誘導される後効果の大きさ・持続時間を決定する重要な因子であることを示唆した。脳幹電気刺激によるMEPでは変化を認めないことからこの促通効果が大脳皮質由来であることを示した。また各種パラメータの検討からQPSによる促通効果がLTP様可塑性に基づいていると考察した。

3.QPSによって誘導される効果がLTP様であれば、動物実験で示されている刺激頻度と可塑性の間の非線形性も保存されていることが推測される。そこで、刺激間隔を変化する事でのQPS効果の変化を検討した。更に、皮質抑制性・興奮性介在ニューロン機能を調べることで、QPSの後効果の生理学的特性を詳細に検討した。結果は短い刺激間隔のQPSでは比較的持続時間の長い促通性後効果を認め、長い刺激間隔のQPSでは持続時間の長い抑制性後効果を認めた。またQPSでは運動閾値は不変でrecruitment curveを刺激間隔依存性に可変させ、効果は刺激部位特異的に認められた。一次運動野の抑制性介在ニューロン機能は変化せず、興奮性介在ニューロン機能には変化が見られた。QPSの刺激間隔を可変させることで様々なレベルの可塑的変化を誘導でき、得られた刺激反応曲線は、シナプス可塑性についての動物実験と極めて類似していた。誘導効果とQPSの刺激頻度に非線形の関係性を認めたことは、QPSによる誘導効果の機序がシナプス可塑性であるということを間接的に支持する証拠と考えた。

4.メタ可塑性はシナプス可塑性の恒常性制御機構のよい具体例であると考えられており、理論的支柱にBienenstock-Cooper-Munro(BCM)理論がある。従ってQPSで得られた刺激反応曲線が、メタ可塑的な変化、すなわちプライミング刺激によりどのように可変しうるかについて検討した。結果はプライミング刺激によりQPSの刺激反応曲線がBCM理論に従って左右に移動することを示した。プライミング刺激が、それのみでshort-interval intracortical facilitation (SICF)に特異的に影響を与えており、MEP振幅には直接影響しないものの、皮質ニューロンを一時的に修飾していることを示した。以上の結果は、ヒト運動野においてもBCM様の恒常性制御機構が存在することを強く示唆した。

以上、本論文は単相性パルスを用いた新しい刺激法であるQPSはヒトで用いられていた従来の刺激法と比べて比較的長く持続する効果を誘導することを示した。またその機序としてはシナプス可塑性に基づいていることを支持する結果を示すとともに、シナプスの恒常的制御機構であるBCM理論に基づいた変化を起こしうることも示した。本研究は将来的なrTMSの治療応用にあたり、rTMS誘導効果の不安定性、作用機序の解明、恒常性制御系との関係性といった従来のrTMS研究で提示された問題点の克服に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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