学位論文要旨



No 124813
著者(漢字) 細川,大雅
著者(英字)
著者(カナ) ホソカワ,タイガ
標題(和) 気分障害における脳糖代謝変化のFDG-PETによる検討
標題(洋) Regional Brain Glucose Metabolism Changes in Patients with Mood Disorder measured by [18F]Fluorodeoxyglucose Positron Emission Tomography (FDG-PET)
報告番号 124813
報告番号 甲24813
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3233号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,延人
 東京大学 准教授 郭,伸
 東京大学 教授 佐々木,司
 東京大学 特任准教授 林,直人
 東京大学 教授 矢作,直樹
内容要旨 要旨を表示する

近年、16.1%と高い生涯有病率、全疾病および怪我中第4位に位置づけられ今後さらに増大が見込まれている全世界疾病負担、自殺率の高さから、気分障害の重要性が高まっており、その生物学的基盤の科学的な解明が望まれている。そこで、脳活動を直接客観的に捉え可視化できる脳機能画像、なかでも空間解像度の高い陽電子放出断層撮影(positron emission tomography; PET)に着目し、気分障害の脳機能を検討した。

本研究では、気分障害患者70名と健常対照者35名を対象に、[18F]Fluorodeoxyglucose (FDG) PET検査を実施し、脳機能を反映する脳糖代謝を測定した。その際、うつ状態(42名)・寛解期(23名)・躁状態(5名)の各状態、大うつ病(43名)・双極性障害(27名)の各サブタイプを明確に区別し、脳糖代謝の差違を各群間で比較した。全例で検査前に少なくとも17時間は向精神薬(ベンゾジアゼピン以外)非投与とし、10分間のトランスミッションスキャンによる補正後、FDGを静注し、45分後に10分間のエミッションスキャンを実行した。画像解析には標準的な客観的画像解析法であるStatistical Parametric Mapping (SPM)を用い、各スキャンの補正、標準化、平滑化後、脳の全部位を客観的にスクリーニングした。年齢、IQ、社会経済的地位に群間差はなく、投薬群(24名)と未投薬群(46名)で糖代謝に差違は認めなかった。

その結果、健常対照群と比較してうつ病相の気分障害患者で糖代謝の低下が両側前帯状回、両側梁下野、両側前頭回、左側頭回、右島でみられた一方、寛解期では両側前帯状回、左梁下野でのみ、躁病相では左前帯状回でのみみられた。また、うつ病相の大うつ病患者で糖代謝の低下が両側前頭回、左梁下野、右前頭回、両側側頭回、右島でみられた一方、双極性障害患者では左前帯状回、両側前頭回でみられた。さらに、男女を比較したところ、健常者間では左前帯状回で、寛解期の気分障害患者間では左中前頭回、右上前頭回で、女性が男性より低い糖代謝を示した。

うつ病相の気分障害患者においては前頭回、前帯状回の糖代謝低下がみられ、限局した前頭葉機能低下の所見が示された。その中でも、前頭回、側頭回、島における異常は寛解期で消失するのに対し、両側前帯状回、左梁下野における異常は残存した。前者は状態依存性の所見であり、うつ症状の重症度の評価に有用であると考えられ、後者は疾患依存性の変化であり、気分障害の診断に利用できると考えられる。さらに、躁病相では左帯状回でのみ糖代謝の低下がみられ、同様にこの部位が疾患に特有の異常であることが示唆される。また、本研究はこれまで明確にされていなかった大うつ病と双極性障害それぞれに特有の糖代謝分布を明らかにした。気分障害のサブタイプを鑑別することは的確な治療のために臨床的に非常に重要であるが、臨床症状のみから鑑別することは実際には困難なことが多い。本研究の結果が、気分障害のサブタイプの正確な鑑別と、それに続く的確で効果的な治療に貢献しうる可能性が期待される。さらに、男女間で糖代謝の差違が認められ、女性が健常者においても男性より左前帯状回の糖代謝が低いことが、女性の大うつ病の罹患率の高さに表れている、より強い脆弱性に繋がっている可能性も推測される。以上、本研究から、気分障害における糖代謝によって表された特有の脳機能低下が示され、今後の臨床応用の可能性が示唆された。

図1:うつ病相の気分障害患者群を健常対照者群と比較し糖代謝が低下した部位 P < 0.05 (FWE)

図2:寛解期の気分障害患者群を健常対照者群と比較し糖代謝が低下した部位 P < 0.05 (FWE)

図3:うつ病相の気分障害患者群を寛解期の気分障害患者群と比較し糖代謝が低下した部位 P < 0.05 (FWE)

図4:躁病相の気分障害患者群を健常対照者群と比較し糖代謝が低下した部位 P < 0.05 (FWE)

図5:うつ病相の大うつ病患者群を健常対照者群と比較し糖代謝が低下した部位 P < 0.05 (FWE)

図6:うつ病相の双極性障害患者群を健常対照者群と比較し糖代謝が低下した部位 P < 0.05 (FWE)

図7:健常者の男女各群を比較し、女性群で糖代謝が低下した部位 P < 0.001 (uncorrected)

図8:寛解期の気分障害患者の男女各群を比較し、女性群で糖代謝が低下した部位 P < 0.001 (uncorrected)

図9:うつ病相の患者群においてハミルトンうつ病スコアと負の相関をする部位 P < 0.001 (uncorrected)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、高い生涯有病率と全世界疾病負担、自殺率の高さから近年重要性の高まっている気分障害における生物学的基盤を明らかにするため、[18F]Fluorodeoxyglucose positron emission tomography (FDG-PET)により脳機能を反映する脳糖代謝を測定した。その際、大規模な対象においてうつ状態・寛解期・躁状態の各状態、大うつ病・双極性障害の各サブタイプを明確に区別し、客観的画像解析法であるStatistical Parametric Mapping (SPM)を用いて解析を試みており、下記の結果を得ている。

1. 健常対照群と比較してうつ病相の気分障害患者で糖代謝の低下が両側前帯状回、両側梁下野、両側前頭回、左側頭回、右島でみられた一方、寛解期では両側前帯状回、左梁下野でのみ、躁病相では左前帯状回でのみみられた。

2. うつ病相の大うつ病患者で糖代謝の低下が両側前頭回、左梁下野、右前頭回、両側側頭回、右島でみられた一方、双極性障害患者では左前帯状回、両側前頭回でみられた。

3. 男女を比較したところ、健常者間では左前帯状回で、寛解期の気分障害患者間では左中前頭回、右上前頭回で、女性が男性より低い糖代謝を示した。

うつ病相の気分障害患者においては前頭回、前帯状回の糖代謝低下がみられ、限局した前頭葉機能低下の所見が示された。その中でも、前頭回、側頭回、島における異常は寛解期で消失するのに対し、両側前帯状回、左梁下野における異常は残存した。前者は状態依存性の所見であり、うつ症状の重症度の評価に有用であると考えられ、後者は疾患依存性の変化であり、気分障害の診断に利用できる可能性があると考えられた。さらに、躁病相では左帯状回でのみ糖代謝の低下がみられ、同様にこの部位が疾患に特有の異常であることが示唆された。また、本研究はこれまで明確にされていなかった大うつ病と双極性障害それぞれに特有の糖代謝分布を明らかにした。気分障害のサブタイプを鑑別することは的確な治療のために臨床的に非常に重要であるが、臨床症状のみから鑑別することは実際には困難なことが多い。本研究の結果が気分障害のサブタイプの正確な鑑別と、それに続く的確で効果的な治療に貢献しうる可能性が期待される。さらに、男女間で糖代謝の差違が認められ、女性が健常者においても男性より左前帯状回の糖代謝が低いことが、女性の大うつ病の罹患率の高さに表れている、より強い脆弱性に繋がっている可能性も推測された。

以上、本論文は気分障害の大規模な対象において、FDG-PETによる脳糖代謝測定によって表された特有の脳機能低下が、各状態、各サブタイプでみられることを示した。本研究は、これまで明確にされていなかった大うつ病と双極性障害それぞれに特有の脳機能の解明に重要な貢献をなし、今後の臨床応用に結びつく可能性を示したことから、学位の授与に値するものと考えられる。

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