学位論文要旨



No 124814
著者(漢字) 丸茂,浩平
著者(英字)
著者(カナ) マルモ,コウヘイ
標題(和) カテゴリー流暢性課題施行時の近赤外線スペクトロスコピー計測による統合失調症の前頭前皮質機能異常に関する研究
標題(洋)
報告番号 124814
報告番号 甲24814
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3234号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 坂井,克之
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 特任講師 渡辺,慶一郎
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 准教授 矢野,哲
内容要旨 要旨を表示する

近赤外線スペクトロスコピー(Near infrared spectroscopy: NIRS)は比較的近年に開発された技術である。被験者にとって自然な姿勢・環境での検査が可能であり、測定において比較的体動による影響を受けにくいため、例えば発声など体動を伴う課題にも適用しやすく、他の画像検査と比べて費用が安く装着も簡便であるなどの利点がある。また、NIRSは波形の時間分解能が高く、精神障害における前頭葉の活動の時系列データを検討することが出来る。以上の理由により、NIRSは精神疾患の患者に対して有用な技術であると考えられる。

本研究では、統合失調症に存在する前頭葉機能障害、および認知機能障害・思考障害を捉えるため、語流暢性課題のうち文字流暢性課題(LFT)とカテゴリー流暢性課題(CFT)の両者に対する統合失調症患者における反応性をNIRSを用いて測定し、健常対照者と比較することにより疾患病態を明らかにすることを目指した。また、統合失調症群については臨床症状評価尺度得点とNIRSデータとの関連を検討した。

研究対象は56名の成人統合失調症患者、および年齢と性別の一致した56名の成人健常者とした。被験者は全例右利きであった。統合失調症患者に対しては、臨床症状評価尺度であるPositive and Negative Syndrome Scale (PANSS)により症状評価を行い、five-factor model に従って因子分析により導かれた5つの項目についての合計得点を算出した。すなわち、POS: positive symptoms factor ( P1 + P3 + G9 + P6 + P5 )、NEG: negative symptoms factor ( N6 + N1 + N2 + N4 + G7 + N3 + G16 + G8 )、DIS: disorganization factor ( N7 + G11 + G10 + P2 + N5 )、EXC: excitement factor ( G14 + P4 + P7 + G8 )、EMO: emotional distress factor ( G2 + G6 + G3 + G4 )を算出した。語流暢性課題の施行中にNIRS測定を行った。測定は課題前30秒、課題60秒、課題後70秒からなる160秒で構成し、課題中と課題前後とで発声条件を等しくするため、LFT課題・CFT課題とも課題前後の期間には、被験者に「あ、い、う、え、お」と繰り返し発語するように教示した。LFT課題においては、賦活課題中には「あ」、「い」、「は」などのある特定の文字で始まる言葉を、出来るだけ多く言うように教示した。CFT課題においては、賦活課題中には「魚」、「野菜」、「文房具」などのある特定の意味カテゴリーに含まれる言葉を、出来るだけ多く言うように教示した。賦活課題中に正しく発語された単語の数を課題成績とした。測定には52チャンネルNIRS機器(ETG-4000、Hitachi Medical Corporation)を用い、酸素化ヘモグロビン濃度(=[oxy-Hb])、および脱酸素化ヘモグロビン濃度(=[deoxy-Hb])の変化量が各チャンネルで計測された。

第一の解析として、LFT課題およびCFT課題の課題成績を統合失調症群と健常対照群とで比較した。またLFT課題・CFT課題それぞれにおいて、各被験者の全チャンネルについて、課題中60秒(task区間)の[oxy-Hb]と[deoxy-Hb]の変化量の平均値をそれぞれ算出した。健常群と統合失調症群の群間差のあるチャンネルをt検定(Student t-test)により検定し、またそれぞれのチャンネルのeffect sizeを計算した。その結果、課題成績についてはLFT課題・CFT課題の両者とも統合失調症群は健常対照群と比べて有意に低かった。また、[oxy-Hb]については統合失調症群において、LFT課題・CFT課題とも前頭前野における広範囲のチャンネルで健常対照群と比較して賦活の低下を示し、[deoxy-Hb]についてはCFT課題でのみ、左腹外側前頭前野の4チャンネルにおいて変化量の減少がみられた。

このため第二の解析として、CFT課題で群間差がみられた4チャンネルについて、前述のPANSSにおけるPOS、NEG、DIS、EXC、EMOの5因子による症状評価得点との相関を検討した。その結果、[deoxy-Hb]の群間差が存在した4チャンネル中全チャンネルにおいてdisorganization尺度と[deoxy-Hb]変化量との間に正の相関がみられた。また、1チャンネルにおいてnegative syndrome factorと[deoxy-Hb]とに正の相関を認めた。

以上の結果を要約すると次の3点にまとめられる。1)語流暢性課題の課題成績に群間差が存在した。2)統合失調症群では健常者と比較して、LFT課題・CFT課題とも[oxy-Hb]変化量の減少が前頭前野の広範囲で認められ、またCFT課題では左腹外側前頭前野における[deoxy-Hb]変化量の減少が認められた。3)統合失調症群において左腹外側前頭前野での[deoxy-Hb]変化量と臨床症状、特に思考の解体とが相関することが示された。これらの結果は、統合失調症患者では左腹外側前頭前野に機能的な異常が存在し、その異常が統合失調症の認知機能障害、および思考障害の生物学的基盤になっている可能性を示唆するものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は統合失調症患者において存在するとみられる前頭前皮質機能異常に関して、近赤外線スペクトロスコピー(Near infrared spectroscopy: NIRS)を用い、語流暢性課題のうち文字流暢性課題(Letter fluency task: LFT)とカテゴリー流暢性課題(Category fluency task: CFT)施行中の酸素化ヘモグロビン濃度(=[oxy-Hb])と脱酸素化ヘモグロビン濃度(=[deoxy-Hb])の変化を測定し、健常対照群との比較および臨床症状との関連の解析を試みたものである。本研究では下記の結果を得ている。

1.統合失調症群は健常対照群と比較してLFT・CFT課題とも課題成績が低かった。課題成績の低下についてはLFT課題よりもCFT課題でより強くみられていた。統合失調症では概念の統合障害を反映して、言葉の表象に関する理解が低下しており、CFT課題成績の低下に現れていると考えられた。

2.統合失調症群では健常者と比較して、LFT課題・CFT課題とも[oxy-Hb]変化量の減少が前頭前野の広範囲で認められた。一方[deoxy-Hb]については、CFT課題でのみ左の腹外側前頭前野で群間差を認めた。LFT課題では[deoxy-Hb]変化量に群間差のあるチャンネルを認めず、左腹外側前頭前野における賦活の減少はCFT課題に特異的なものであると考えられた。

3.左腹外側前頭前野におけるCFT課題による[deoxy-Hb]変化量と、症状評価尺度であるPositive and Negative Syndrome Scale (PANSS) の得点と [deoxy-Hb]波形の相関を解析した。その結果、PANSS得点のうちNEG(negative symptoms factor)得点でch40に、DIS(disorganization factor)得点でch40,41,50,51に、CFT課題による[deoxy-Hb]変化量と正の相関がみられた。DIS得点については、CFT課題による群間差が存在した4チャンネル全てにおいて有意な相関がみられた。すなわち、統合失調症群において左腹外側前頭前野での[deoxy-Hb]変化量と臨床症状、特に思考の解体とが相関することが示された。

以上の結果は、統合失調症患者では左腹外側前頭前野に機能的な異常が存在し、その異常が統合失調症の認知機能障害、および思考障害の生物学的基盤になっている可能性を示唆するものである。本研究は統合失調症患者においてCFT課題でみられる前頭葉機能異常に関して、NIRSを用いた前頭前皮質全域をカバーする多チャンネル計測での研究としては初めてとなる報告であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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