学位論文要旨



No 124816
著者(漢字) 湊,崇暢
著者(英字)
著者(カナ) ミナト,タカノブ
標題(和) ゲノムワイド関連解析によるパニック障害の候補遺伝子研究
標題(洋)
報告番号 124816
報告番号 甲24816
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3236号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 講師 後藤,順
 東京大学 特任講師 渡邉,慶一郎
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 准教授 熊野,宏昭
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

パニック障害は、家系研究や双生児研究から発症に遺伝要因が関与していることが指摘され、これまで多くの連鎖研究や関連研究の報告がある。しかしいずれの関連研究もサンプル数は200程度と小規模であるうえ、関連が認められないとする報告も多く、結論が得られていないのが現状である。

本邦では、Otowaらが日本人を対象としたパニック障害患者に対しGWAS(Genom-wide association studies : GWAS)を行っている。1次サンプルとして患者200人、対照200人に対し、500K SNPチップを用い、疾患候補遺伝子にアプローチした。

1.2 Otowaらの先行研究の概要(1次サンプルのゲノムワイド関連解析)

1.2.1 対象

第1段階のゲノムワイド関連解析では、パニック障害を主要対象疾患とする精神科外来クリニック(東京、名古屋各1箇所)に通院中のパニック障害患者200名(男64名、女136名、平均年齢39.5 ± 9.4歳)を対象とし、健常対照群として関東周辺、関西・中部・東海周辺でリクルートされた性比と年齢、出身地域をマッチさせた200名(男64名、女136名、平均年齢38.5 ± 9.8歳)を用いている(1次サンプル)。診断は主治医の診断に加えてMINI(Mini-International Neuropsychiatric Interview:精神疾患簡易構造化面接法)を用いた診断面接で確認した上で、DSM-IV(American Psychiatric Association、1994)に基づいて行っている。

1.2.2.方法(500K SNPチップを用いたゲノムワイド関連解析)

全ゲノム上に分布する50万 SNPsのタイピングは、東大医学部SNPタイピングセンター(人類遺伝学教室)に依頼し、Affymetrix社製のSNPチップ(GeneChip Human Mapping 500K Array Set )を使用している。

500K SNPチップの結果から候補となるSNPの選択については、GeneChipViewer (Dynacom, Japan)を用いてSNPのallele p値を計算している。条件設定は、Miyagawa らの、全389例でのsimulation結果を参考として、1. 患者群でも対照群でもcall rate が95%以上であること、2. 対照群でのHardy-Weinberg平衡が: p ≧ 0.001であること、さらに 3. minor allele frequency (mAF) を: ≧ 1% or 5% or 10% in allのそれぞれについて検討している。

1.2.3.統計解析

1次サンプルの各多型の遺伝子型分布および対立遺伝子頻度を患者・対照間でカイ二乗検定によって比較している。ゲノムワイドスクリーニングでは、解析用ソフトウエアとしてGeneChipViewer(DYNACOM、Japan)を使用している。なお1次サンプルのallele p値 はp ≦ 1.0×10(-4)の条件を満たすものを候補SNPとしている。

1. 2.4 500K SNPチップを用いたゲノムワイド関連解析の結果

1次サンプルの全400検体については、BRLMMアルゴリズムを用いて遺伝子型を決定している。その結果、患者群、対照群ともにcall rateは約98%であった。

次にHWEでp > 0.1%、call rate>95%を満たすSNP数を調べた結果、X染色体上のSNPsを除く490,032 SNPsのうち、mAF > 1%のものは275,329 SNPs、mAF > 5%のものは、253,902 SNPs、mAF > 10%のものは219,349 SNPs存在した。

以上、Otowaらの先行研究の結果を踏まえ、1次サンプルと重複しない2次サンプル(患者558人、対照566人)を用いた、Digi-Tag2法によるゲノムワイド関連解析について話を展開してゆく。

2.対象と方法(2次サンプルのゲノムワイド関連解析)

2.1.対象

第一段階の結果から選択した候補SNPについて、1次サンプルと重複のない2次サンプルを用いてcase-control比較を行った。2次サンプルは、1次サンプルと同じクリニックに通院中のパニック障害患者558名(男175名、女383名、平均年齢38.9 ± 11.1歳)と、関東周辺、関西・中部・東海周辺でリクルートされた健常対照者566名(男272名、女294名、平均年齢35.7± 12.9歳)で構成される。患者群の診断については、ゲノムワイドスクリーニング(1次サンプル)での方法と同様に行った。なお、1次サンプル、2次サンプルともに、患者群において兄弟サンプル、親子サンプルの除外を行っている。

2.2.方法(DigiTag2法を用いた2次サンプルのゲノムワイド関連解析)

1次サンプルの結果から得た候補SNPについて、新たに2次サンプルを対象にDigiTag2法を用いた解析を行った。DigiTag2法は東大人類遺伝学研究室とOlympusとで共同開発したSNP解析システムで、SNPの遺伝子型をDCN(DNA Coded Numbers )と呼ばれるオリゴDNAへ変換してマルチプレックスSNPタイピングを行うものである。DCNは物理的、化学的に性質が一様となるように設計したオリゴDNAで、DCNを使用することにより正確なDNA分子反応を行うことが可能となる。DCNは解析対象となるSNPに対して自由に割り当てることができるため、結果表示に用いるDNAチップは解析対象に依存せず汎用的に使用できるという特徴を持っている。DigiTag2法の実用性と信頼性に関しては、IL-4、IL-13を中心とした610kb領域に存在する96種類のSNPを対象として936検体で検討し確認されている。

2.3.統計解析

各多型の遺伝子型分布および対立遺伝子頻度を患者・対照間でカイ二乗検定によって比較した。

2次サンプルのallele頻度比較はp<0.1であったSNPsに対して行い、最後に1次・2次サンプルでのminor allele頻度比較(方向性の確認)を行なった。

なお、サンプルの検出力はOhashi、Tokunagaらの算出手法に基づき計算した。

3.結果

Otowaらの500K SNPチップを用いたゲノムワイド関連解析の結果、X染色体上のSNPsを除く490,032 SNPsのうち、mAF > 1%のものは275,329 SNPs、mAF > 5%のものは、253,902 SNPs、mAF > 10%のものは219,349 SNPs存在した。

これらのSNPsについて患者-対照のallele頻度を比較して、p-valueのレベルごとに観察数と期待数の割合 (Observed/Expected)を検討した。この結果から、p<0.001のレベルまでにおいて比較し、観察値/期待値が1.5を下回るmAF>10%を条件として採用することとした。mAF > 10%でp < 10(-4)のSNPsは28個認められた。12番染色体上には5 SNPs存在したが、そのうち2 SNPsは同一ハプロタイプ上に存在するtag SNPであったため、最終的に27 SNPsを2次サンプルで検討する候補SNPsとした。DigiTag2システムでは一度に32 SNPsが解析できることからこれら28 SNPsのほかに、mAF >5%、HWEでp > 0.1%、call rate>95%を満たす48 SNPsのうち、1 ) 前記の28SNPsを除く、2 ) allele p 値が高値である、3 ) 候補SNPが遺伝子上に存在するものを5つ選択し2次サンプルで検討するSNPsに追加した。

1次サンプルで得た27 候補SNPsに上記5 SNPsを追加した32 SNPsについてDigiTag2を用いゲノムワイド関連解析を行った結果、SNP29、SNP30、SNP31を除く29 SNPsで結果を得ることができ、タイピング成功率は90.6%であった。全1,122検体中、不良サンプルは29検体でaverage call rateは99.57%と比較的高い値であった。この結果、SNP2でallele p値 = 0.014、genotype p値 = 0.043が、SNP4、SNP32においてallele p 値 = 0.021および0.25 が得られた。ただしこれらの結果を1次サンプルでの結果と比較してみると、SNP2は1次サンプルでは患者群でmAFが対照群より高く、2次サンプルでは対照群の方が高くなっていた。なお同様に2次サンプルでallele p値 < 0.1の基準を満たす他の SNPs (SNPs 8, 12, 16, 25) についても1次サンプルの結果と比較したところ、SNP8ではSNP2と同様逆方向の結果であった。

4. 考察

2次サンプルの解析は、32のSNPsについて行ったので、検定の多重性を考慮するとp = 0.001程度が結果の有意性を判断する上で要求されると考えられるが、残念ながらそのレベルに達するp値は得られなかった。

しかしながらnominal p < 0.05(allele頻度)で1次サンプルと同じ傾向を示したSNPが2つ認められた(SNP4とSNP32)。また他に3つのSNPsがp < 0.1のレベルで1次サンプルと同じ傾向を示した。なおSNP4は遺伝子上に存在しなかったが、SNP32は22q12.3上で、APOL3遺伝子(APOLIPOPROTEIN L-3 : アポリポプロテインL-3)のpromotor領域に位置するなど機能的にも興味深いものが含まれていた。統計学的有意性には欠けるが、パニック障害がpolygeneicでかつ個々の遺伝子多型の示すodds ratioが比較的小さいと想定されることを考えれば、これらのSNPは今後の検討で注目すべき知見と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、日本人を対象としたパニック障害患者に対し、一般健常成人をコントロールとしてゲノムワイド関連解析(Genome wide association study : GWAS)を行った。Otowaらの50万 SNPsチップを用いた、患者200人、対照200人(1次サンプル)のGWASでの結果をもとに、疾患候補と考えられるSNPsを選択し、次に1次サンプルと重複しない患者558人、対照566人(2次サンプル)を対象に、DigiTag2を用いたタイピングによりcase-controlの比較を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.Otowaらは、1次サンプルの全400検体について、BRLMMアルゴリズム(閾値0.5)を用いて遺伝子型を決定した。その結果、患者群、対照群ともにcall rateは約98%であった。

HWEでp > 0.1%、call rate>95%を満たすSNP数を調べた結果、X染色体上のSNPsを除く490,032 SNPsのうち、mAF > 1%のものは275,329 SNPs、mAF > 5%のものは、253,902 SNPs、mAF > 10%のものは219,349 SNPs存在した。

2.これらのSNPsについて患者-対照のallele頻度を比較して、p-valueのレベルごとに観察数と期待数の割合 (Observed/Expected)を検討した。この結果から、p<0.001レベルまでにおいて観察値/期待値が1.5を下回るmAF>10%を条件として採用した。mAF > 10%でp < 10(-4)のSNPsは28個認められた。この28 SNPsのうち12番染色体上に近在する2 SNPsは同一ハプロタイプ上に存在するtag SNPであったため、最終的に27 SNPsを候補とし2次サンプルで検討した。DigiTag2システムでは一度に32 SNPsが解析できることからこれら27 SNPsの他に、mAF >5%、HWEでp > 0.1%、call rate>95%を満たす48 SNPsのうち、(1)前記の28 SNPsを除く、(2)allele p 値が高値である、(3)候補SNPが遺伝子上に存在するものを5つ選択し2次サンプルで検討するSNPsに追加した。

3.1次サンプルで得た27 候補SNPsに上記5 SNPsを追加した32 SNPsについてDigiTag2を用いゲノムワイド関連解析を行った。その結果、SNP29、SNP30、SNP31を除く29 SNPsで結果を得ており、タイピング成功率は90.6%であった。average call rateは99.57%と高値を示した。次に29 SNPs におけるcall rateとallele頻度の患者対照間の比較およびgenotype頻度の患者対照間の比較を行った。この結果、SNP2でallele p値 = 0.014、genotype p値 = 0.043が、SNP4、SNP32においてallele p 値 = 0.021および0.25 が得られた。ただしこれらの結果を1次サンプルでの結果と比較してみると、SNP2は1次サンプルでは患者群でmAFが対照群より高く、2次サンプルでは対照群の方が高くなっていた。なお同様に2次サンプルでallele p値 < 0.1の基準を満たす他の SNPs (SNPs 8, 12, 16, 25) についても1次サンプルの結果と比較したところ、SNP8ではSNP2と同様逆方向の結果であった。

4.2次サンプルの解析は、32SNPsについて行ったため、検定の多重性を考慮するとp = 0.001程度が結果の有意性を判断する上で要求されるが、そのレベルに達するp値は得られなかった。しかしnominal p < 0.05(allele頻度)で1次サンプルと同じ傾向を示したSNPが2つ認められた(SNP4とSNP32)。また他に3つのSNPsがp < 0.1のレベルで1次サンプルと同じ傾向を示した。なおSNP4は遺伝子上に存在しなかったが、SNP32は22q12.3上で、APOL3遺伝子(APOLIPOPROTEIN L-3 : アポリポプロテインL-3)のpromotor領域に位置していた。なお2次サンプルでallele p値< 0.1の基準を満たすSNP12は8p21-p12に位置し、APOJ遺伝子(APOLIPOPROTEIN J: アポリポプロテインJ)のpromotor領域に存在していた。

以上、本論文はOtowaらの日本人を対象としたパニック障害におけるゲノムワイド関連解析の結果から、候補と考えられる32SNPsを選択し、さらに1次サンプルと重複しない2次サンプルを対象に、DigiTag2法を用いた解析を行った。その結果、2SNPsについてパニック障害との関連の可能性を示唆する所見を得た。これらのうち一つはAPOL3遺伝子など機能的にも興味深いものが含まれていた。統計学的有意性には欠けるが、パニック障害がpolygeneicでかつ個々の遺伝子多型の示すodds ratioが比較的小さいと想定されることを考えれば、これらのSNPは今後の検討で注目すべき知見である。

本研究はOtowaらの1次サンプルも加えると、パニック障害に対して世界最大規模のサンプルを用い、精神疾患に対してはまだほとんど行われていないゲノムワイドな多型解析を2段階にわたり行い、候補遺伝子にアプローチする手法を示しており、パニック障害の疾患感受性遺伝子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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