学位論文要旨



No 124817
著者(漢字) 山田,義之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨシユキ
標題(和) アデノウイルスベクターを用いた神経細胞種および層特異的な活動測定法の開発研究
標題(洋)
報告番号 124817
報告番号 甲24817
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3237号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 尾藤,晴彦
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 真鍋,俊也
 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 斎藤,泉
内容要旨 要旨を表示する

知覚、記憶、情動、行動等の脳機能と神経細胞の活動との関係を理解することは、神経科学研究における最重要課題の一つである。この課題に取り組むためには、生きている動物個体内で神経細胞群の活動を記録(in vivo記録)し、解析することが必要不可欠である。

従来の細胞外記録法は、電気的な応答を高い時間分解能で記録できるという利点を持っているが、1)記録している細胞の同定が困難である、2)サンプリングに偏りが生じる可能性がある、3)同時記録できる細胞数が限られている、という問題を抱えている。

近年、脳内に刺入したガラス管から細胞膜透過性のCa(2+)感受性色素を投与し、多数の神経細胞の活動を光学的に同時記録するin vivo Ca(2+)イメージング法が確立された。この手法は、神経細胞の活動の結果生じる細胞内Ca(2+)濃度の変化を記録する方法であり、細胞外記録法に比べ時間分解能は劣るものの、観察している視野内にあるほぼ全ての細胞を可視化した上で、それらから同時に活動電位に対応したシグナルを記録することができるため、上述した細胞外記録法の問題点を解決することができる。

In vivo Ca(2+)イメージング法は大脳皮質視覚野、体性感覚野、小脳皮質をはじめとする様々な脳部位に適用され、従来の手法では得られなかった新たな知見を生み出しているが、1) Ca(2+)感受性色素を特定の細胞種のみに導入することができない、2)細胞内からCa(2+)指示薬が徐々に排出されるため長期間の記録が困難である、といった課題が存在している。

一方で、蛍光タンパク質Ca(2+)センサーを使用することにより、上記の課題の克服が試みられている。蛍光タンパク質センサーは遺伝子によってコードされているため、細胞種特異的なプロモーターを用いることで特定の細胞種における長期間の安定な発現が期待できる。実際に、蛍光タンパク質センサーは複数のモデル生物(線虫、ハエ、ゼブラフィッシュ)に適用され、神経活動の記録に有用であることが示された。しかし、哺乳類モデル生物であるマウスの神経細胞内では、センサーが機能しない、あるいはシグナル変化率が著しく低下するという問題が報告されている。近年、蛍光タンパク質Ca(2+)センサーの開発・改良が進み、哺乳類神経細胞の活動を光学的に観察できることが報告され始めているが、これらの研究の多くで用いられている遺伝子導入法はトランスジェニック動物の作成に限られており、多大な労力が必要な上に、導入された遺伝子の発現はプロモーター以外の要因にも影響されるため、望む発現パターンを示す個体を得るのは必ずしも容易ではない。より簡便で柔軟な遺伝子導入法を活用することができれば、より速やかに研究が進展することが期待される。

本研究では、アデノウイルスベクターを用いてマウス胎仔脳室内の神経幹細胞に遺伝子を導入することで、細胞種特異的および層特異的に蛍光タンパク質Ca(2+)センサーを発現させ、成体マウス脳において神経活動を光学的に測定する実験系の構築を試みた。

本研究で使用した蛍光タンパク質Ca(2+)センサーであるYellow Cameleon(YC)は、シアン蛍光タンパク質(ECFP)、カルモデュリン(CaM)、ミオシン軽鎖キナーゼのCaM結合部位ペプチド(M13)、改変型黄色蛍光タンパク質(Venus)からなる融合タンパク質であり、Ca(2+)濃度の変化により生じるCaM-M13複合体の構造変化がECFPとVenusの間の蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)効率の変化を引き起こす。本研究では、野生型のCaMを用いたYC2.60(in vitro解離定数40 nM)、CaMのCa(2+)結合部位4つのうち1つに点変異(E104Q)を導入したYC3.60(in vitro解離定数250 nM)の2種類のYCを使用した。また、CaMのCa(2+)結合部位4つ全てに点変異を導入したYCnullを作成し、精製タンパク質がCa(2+)感受性を持たないことを確認した上で、陰性対照として使用した。

まず成体マウス(P21~)の脳を組織学的に解析した結果、センサーの発現パターンは、胎生12日目にウイルス注入した場合には小脳プルキンエ細胞および第5/6層錐体細胞特異的、胎生14日目にウイルス注入した場合には大脳皮質第2/3層錐体細胞特異的であることが明らかになった。また、YC2.60、YC3.60、YCnullの発現パターンがいずれも類似していたことから、Ca(2+)結合能を持つタンパク質を導入したことにより、発達過程における脳の層構築が障害される訳ではないことが示された。

次に、成体マウスから作成した急性脳スライス標本において、パッチクランプ法と二光子励起イメージングを同時に適用し、生理学的な解析を行なった。大脳皮質第2/3層錐体細胞に対し、記録電極から電流注入して活動電位を発生させ、細胞体近傍の尖端樹状突起においてラインスキャン(~5 ms/line)により蛍光タンパク質Ca(2+)センサーの応答を観察した。その結果、活動電位の発生に伴い、YC2.60、YC3.60ではECFPの蛍光強度が減少、Venusの蛍光強度が増加するという変化が見られ、両者の相対蛍光強度比(Venus/ECFP)は増加した。YCnullではこのような変化は見られなかったことから、YC2.60およびYC3.60のシグナル変化は自家蛍光の混入などのアーチファクトによるものではなく、神経活動の結果生じたCa(2+)濃度変化に起因するものであることが示された。YC2.60は全細胞(8/8)で、YC3.60もほとんどの細胞(11/13)で活動電位1回に対して閾値を超える応答が見られた。1回の活動電位に対して、YC2.60はYC3.60よりも有意に大きな変化を示したが、減衰の時間経過は遅かった。また、刺激周波数(20または80 Hz)によらず、YC2.60はYC3.60よりも少ない刺激数で飽和する傾向が見られた。大脳皮質第5/6層錐体細胞においても同様の解析を行なったところ、YC2.60は全細胞(8/8)で、YC3.60もほとんどの細胞(9/10)で活動電位1回に対して閾値を超える応答が見られた。小脳プルキンエ細胞では、1)電流注入刺激、2)平行線維(PF)刺激、3)登上線維(CF)刺激を与えた時の応答を、それぞれ1)細胞体近傍の近位樹状突起、2)3)細胞体から50 μm以上離れた遠位樹状突起において観察した。電流注入刺激を与えた場合、YC2.60、YC3.60どちらも、Na+スパイクの発生に対してはほとんど応答を示さなかったが、Ca(2+)スパイクの発生に対して応答が見られた。PF刺激(50 Hz)の場合、YC2.60では多くの細胞(3/5)で2回、YC3.60ではほとんどの細胞(6/7)で5回の刺激を与えた時に閾値を超える応答が見られた。CF刺激の場合、YC2.60、YC3.60いずれにおいても1回の刺激で閾値を超える応答が見られた。PF刺激、CF刺激に対する応答は、イオンチャネル型グルタミン酸受容体の阻害剤投与により有意に減少したことから、記録している細胞を直接刺激した結果生じた応答ではなく、入力線維を刺激した結果生じたシナプス入力を反映した応答であることが示された。なお、YC2.60、YC3.60を発現している細胞と発現していない細胞の間で電気的特性に有意な違いが見られることはなかったことから、蛍光タンパク質Ca(2+)センサーの発現により、神経細胞の基本的な機能に異常が生じた訳ではないことが示された。

YC2.60およびYC3.60は、低分子蛍光Ca(2+)指示薬であるFluo-4に比べ変化率が小さく時間経過が遅く、精製タンパク質をキュベット内で測定した結果に比べ、神経細胞内での変化率は減少していた。主な原因としては、1)神経細胞内に多く含まれる内在性のCaMがセンサーと干渉すること、2) Ca(2+)濃度の変化に比べセンサーの応答速度が遅いこと、が考えられる。従って、蛍光タンパク質Ca(2+)センサーを用いた研究の今後の進展には、1)神経細胞に内在するCa(2+)結合タンパク質と相互作用しにくいセンサー、2)より応答速度の速いセンサー、3)より大きな変化率を示すセンサー、を開発することが欠かせない。

従来哺乳類神経細胞に蛍光タンパク質センサーを発現させるための手段であったトランスジェニックマウスの作成に比べ、本研究で用いた手法は格段に簡便で柔軟性が高い。従って、改良された蛍光タンパク質Ca(2+)センサーだけでなく、蛍光タンパク質膜電位センサーをはじめとする新規センサーを哺乳類神経細胞に発現させて性能を測定し、よりよいものを選別するための実験系として非常に有用である。

本研究で使用したYC2.60、YC3.60は、大脳皮質第2/3層錐体細胞、第5/6層錐体細胞、小脳プルキンエ細胞いずれにおいても、in vivoで生じうる刺激に対して閾値を超える応答を示したことから、実際に神経活動のin vivo記録に応用することが可能であると期待される。大脳皮質では異なる層の神経細胞は異なる入出力先を持ち、異なる情報処理を行なっていると考えられているため、各層の活動を区別してin vivo記録することには大きな意義がある。また、小脳皮質における唯一の出力細胞であるプルキンエ細胞は、運動学習において重要な役割を担っていると考えられているため、マウスに学習課題を与える前後での応答を記録して比較することにより、記憶・学習が成立する際の神経活動の変化に関する重要な手がかりが得られるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、哺乳類神経細胞群の活動をin vivoで測定するための方法論として、蛍光タンパク質Ca(2+)センサーであるYellow Cameleon(YC)をアデノウイルスベクターにより神経細胞種および皮質層特異的に導入し、神経細胞の活動を光学的に測定する実験系を新たに確立することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.アデノウイルスベクターをマウス胎仔脳室に注入する日にちを変えることにより、神経細胞種および皮質層特異的(小脳プルキンエ細胞、大脳皮質第2/3層錐体細胞、第5/6層錐体細胞)にYCを発現させることに成功した。また、Ca(2+)に対する親和性の異なるYC2.60(解離定数40 nM)、YC3.60(解離定数250 nM)、YCnull(Ca(2+)結合能を持たない)の発現パターンが類似していたことから、ウイルスを介したYCの発現により、発達過程における神経細胞の移動が障害される訳ではないことが示された。

2.YCを発現している大脳皮質錐体細胞に対して、パッチクランプ法と二光子励起イメージングを同時に適用し、電気的活動と光学的シグナルの対応関係を定量的に解析した。その結果、YC2.60、YC3.60いずれも活動電位1回に対して閾値を超える応答を示すことが明らかになった。

3.YCを発現している小脳プルキンエ細胞に対して、大脳皮質錐体細胞と同様の解析を行なった。その結果、YC2.60、YC3.60いずれも活動電位に対してはほとんど応答を示さないものの、興奮性入力線維である平行線維や登上線維からの興奮性シナプス入力に対しては閾値を超える応答を示すことが明らかになった。

4.大脳皮質錐体細胞、小脳プルキンエ細胞いずれにおいても、YCを発現している細胞と発現していない細胞の間で電気的特性に有意な違いが見られなかったことから、YCの発現により神経細胞の基本的特性が障害される訳ではないことが示された。

以上、本論文では、哺乳類神経細胞において蛍光タンパク質Ca(2+)センサーを神経細胞種および皮質層特異的に発現させ、神経細胞の活動を長期間安定して測定することができる実験系を新たに確立した。本研究は、脳機能と神経細胞群の活動との関係を理解するという神経科学分野の中心課題に取り組む上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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