学位論文要旨



No 124821
著者(漢字) シャラキプール,マハナズ
著者(英字) Shahrakipour,Mahnaz
著者(カナ) シャラキプール,マハナズ
標題(和) イラン人女性の乳癌に関するケース・コントロール研究データの疫学的解析
標題(洋) An Epidemiological Data Analysis of a Case-Control Study for Breast Cancer in Iran
報告番号 124821
報告番号 甲24821
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3241号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,英樹
 東京大学 准教授 井上,和男
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 講師 高橋,都
 東京大学 講師 百枝,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

諸言

世界中で,毎年新規にがんと診断される人の10人に1人は女性の乳がんを発症し,発展途上及び先進国で最も一般的な女性のがんである.さらに世界中の女性のがんによる死亡の主要な原因でもある.乳がん発症は社会的・文化的要因,環境要因,生活習慣など多くの要因に関連するとされる.したがって,地理的に区切られる地域内での関連の程度と多様性の変化を明らかにするには,それぞれの地域ごとの疫学研究が必要になる.また,3親等またはそれ以上の親族による結婚は,現在でも世界中でみられる.このような家族内結婚によって生まれた子供には遺伝子関連疾患に代表されるような疾患発症率および死亡率が高いことがいくつかの研究で示唆されており,更なる疫学研究が必要とされている.疫学研究には,基本的にコホート研究とケース・コントロール研究の2つのアプローチが存在する.どちらの研究手法をとっても,統計学的な解析にはロジスティック回帰を用いる.中でもケース・コントロール研究にはさらにマッチングをしない場合とする場合の2種類存在し,マッチングをする場合は,発症群と非発症群でいくつかの交絡因子の分布が同じになるようにケースとコントロールをマッチングさせる.通常の疫学研究ではマッチング因子に年齢を用い,その他の因子を解析時に調整する場合が多いが,解析モデルに含める因子については研究によって様々に異なるのが現状である.

そこで本研究では以下の4点を目的とするa)イランのホラーサーン州(province of Khorasan)で乳がん発症頻度を把握し,特に近親婚が乳がんに与える影響について評価する.b)乳がん発症と人口統計的要因(例えば、高さ、重さ、家系),ホルモン及び生殖要因(初潮年齢、最初に臨月になった時の年齢,出産児数,閉経年齢),社会経済的要因との関連を明らかにする.c) 乳がん発症をモデル化する際に,複数のモデルを検討し当てはまりの良さを探索する.d) 本研究の結果を先進国での乳がんの疫学研究と比較する.

方法

ケースである乳がん発症者は,イランのホラーサーンの州にある主要な病院である, イマームレーザ病院(Imam Reza Hospital:IRH)とカータム アル アンビヤ病院(Khatam al Anbiya Hospital:KHAH)で集められた.コントロールである乳がん非発症者は, ケースの診断時の年齢から前後2歳のキャリパー幅を設定した1対2マッチングを行った上でランダムサンプリングによって集められた.その際,1つの住居から2人以上のコントロールが選ばれることがないよう考慮した.コントロール選択を行った地域は,イランの農村地域を代表する3つの村と都市部を代表する2つの都市をランダムに選択し,その中からさらに個別にランダムに選択することで定められた.対象者へのインタビューでは社会経済状態、月収、喫煙歴、家族内結婚歴、がんおよび乳がんに関する家族歴,月経,妊娠・出産歴および身長,体重データを収集した.研究対象人数は1,166人のケースと2,506のコントロールである.モデルに含める変数はそれぞれカテゴリ化を実施した.モデルを探索する際には,それぞれの変数に対して単変量解析を実施し,統計的な重要性と生物学的な重要性を考慮した上で多変量モデルに含める変数を決定した.

結果

本研究の結果,イラン社会において高い頻度で存在する家族内結婚は,全体および閉経前後のサブグループ解析においても単独で有意な乳癌リスク因子であることわかった.さらに,乳がん家族歴,喫煙歴のある女性で乳癌のリスクが有意に増加することがわかった.また,早い初潮開始年齢と低い社会経済状況は本研究の対象集団では有意なリスクではなかった.また,本研究では母乳による育児が乳がんの危険を減少させるという仮説は示唆されなかったが,母乳育児が有害性を示した研究はないということは重要なことである.高い閉経年齢(45歳を超える),高いBMI(28を超える),高い初回妊娠年齢(最初の臨月時に25歳を超える),兄弟内の結婚(1親等以内)が乳がん発症のリスクであることも示された.多くの妊娠回数(臨月が3回以上)は乳がんに対して予防的に働くことも示唆された.また,閉経後に乳がんリスクが増大することと,閉経前後では乳がんリスク因子が異なることが示唆されたため,閉経前後で対象者をサブグループ化し別途サブグループ解析を実施した.その結果,閉経後の女性では高い閉経年齢(45歳を超える)は有意な乳がんリスクであることが示された.また,閉経前の女性では社会経済状態がある程度リスク因子となることが示唆された.さらに,閉経状態にかかわらず,社会経済状態が低い対象だけに限定したサブグループ解析を実施した場合,最初の妊娠年齢が高い(最初の臨月時に25歳を超える)と乳がんリスクが3倍になり,閉経状態が全集団での結果より高いリスクとしてなっていることが示された.

モデルの検討に関しては,最初に単因子モデルを検討し,それぞれ単独でのリスク上昇を検討したうえで,潜在的交絡因子を含んだ多変量モデルの検討を行った.共変量および交互作用項をモデルに含めるか否かは生物学的重要性を検討したのち,統計的な有意水準を併せて判断し,最終的な解析モデルを決定した.

考察

乳がんリスク因子を検討した結果,家族内結婚歴では特に1親等での結婚歴のある女性で有意なリスク上昇が確認されたので,イラン人の女性およびイラン社会に対しては公衆衛生上の観点から家族内結婚を避けるよう訴える必要がある.乳がん家族歴を持つ女性の場合は,特に家族内結婚は避けるべきであると考えられる.また,肥満は閉経にかかわらずすべての年代で抑えるよう働きかける必要がある.また,よく知られていることであるが,イラン人女性は識字率が非常に低いため,そのことが結果にバイアスをもたらしている可能性がある.この研究での,対象者の月経に関する情報(初潮年齢、閉経年齢),乳がん発症者と非発症者の間で思い出しバイアスが生じている可能性がある.

さらに,イランにおいて乳がんに対する人々の認識を向上させる必要があると考える.具体的には,乳がんは早期発見,早期治療が効果的で,発見が遅れると期待生存年賀著しく減少することが知られているので,イランでの乳がん早期発見を促すことによって多くの乳がんを早期段階で発見,治療し,乳がん死亡率を減少させ,生存期間を延長することができる可能性があると考える.また,イラン人女性に乳がんの問題や症状について周知し,教育目的のセミナーや講義を用意する必要もある.さらに早期発見のためにはマンモグラフィーなどの効果的なスクリーニングプログラムを用意する必要もあるが,これらはイラン人の多くにとっては高価で受けることが難しい.そのため,イランの検診センターなどで女性に対して乳がんに関する教育をし,触診など簡単な検査を教えるなどのやり方が効果的と考える.

乳がん発症率及び死亡率はどちらもスクリーニングプログラムの存在によって改善することが期待される.また,スクリーニングだけではなく,公衆衛生的な関心が乳がんに向くだけでも早期発見につながり,有効な治療の開発と同様に乳がん発症及び死亡を改善すると考えられる.また,乳がん発症リスクの多くは生殖に関連する行動に関するものであるが,これらは簡単に変化させられるものではないと考える.また追加的に,職業,栄養,環境曝露に関する研究も必要になる.さらに,乳がん治療に関連する困難には,特定の薬に伴う有害事象や,乳房切除,疲労倦怠感,めまいなどさまざまなものが知られており,乳がん治療中の患者および乳がん治療に対する理解を深めるためにもこのような生活の質評価も大切になる. また,イランの女性の識字率は低く,そのことが結果に影響を与える可能性が考えられる.

結論

イラン人女性にとって,家族内結婚が乳がんのリスク因子であることがわかった.イランの社会及び人々は,家族内結婚の不利益な側面を受け入れるべきである.具体的には, (1)先天性疾患のリスクを教育すること,(2)家族内結婚が勧められないものであることを伝えること,(3)近隣のコミュニティでよくみられる遺伝子疾患によって引き起こされる疾患を特定すること,(4)遺伝カウンセリングを実施・提供し,そのことを周知すること,(5)結婚前に血液と遺伝子診断を実施すること,(6)遺伝子診断実施者は,宗教家と共に仕事をし,イラン社会で受け入れられるように診断に対する宗教的な態度を明らかにすること.

状況は地域によって変動するので,この結論は世界共通のものではないが,上記の提案は家族内結婚がよく行われている社会においては当てはめることができるものである.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,イランのホラーサーンの州でケース・コントロール研究を実施し,当該地区の乳がん発症頻度を把握し,過去の発症率と比較することで発症パターンの変化を明らかにした.また乳がん発症と人口統計的要因,ホルモン及び生殖要因,社会経済的要因との関連を明らかして,モデルの当てはまりを検討した研究であり,下記の結果を得ている.

1.イランに追いて1,166人のケース(乳がん発症者)と2,506のコントロールの研究対象者に関する年齢,身長,体重,乳癌の家族歴,家族内結婚歴,喫煙歴,初潮開始年齢,結婚歴,最初に臨月を経験した年齢,妊娠回数,母乳育児の有無,閉経年齢,社会経済的状況に関するデータを得た.

2.乳癌の家族歴,家族内結婚歴,喫煙歴のある女性で乳癌のリスクが有意に増加することがわかった.また,高い閉経年齢(45歳を超える),高いBMI(28を超える),高い初回妊娠年齢(最初の臨月時に25歳を超える)が乳がん発症のリスクであることも示された.

3.さまざまな研究で異なる結果が報告されている母乳育児が乳がんの危険を減少させるという仮説は,本研究では示されなかった.

4.閉経前後で対象者をサブグループ化して解析を実施した結果,閉経後に乳がんリスクが増大することと,閉経前後では乳がんリスク因子が異なることが示唆された.具体的には閉経後の女性では45歳を超える高い閉経年齢が有意な乳がんリスクであることが示された.また,閉経前の女性では社会経済状態がある程度リスク因子となることが示された.

5.閉経状態にかかわらず,社会経済状態が低い対象だけに限定したサブグループ解析を実施した場合,最初の妊娠年齢が高い(最初の臨月時に25歳を超える)と乳がんリスクが3倍になり,閉経状態が全集団での結果より高いリスクとしてなっていることが示された.

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