学位論文要旨



No 124823
著者(漢字) 李,庸準
著者(英字) Lee,Yongjun
著者(カナ) リ,ヨンジュン
標題(和) ナイーブ、エフェクター、メモリCD8+マウスTリンパ球のゲノムワイド発現プロファイル
標題(洋) Genome wide gene expression profile of murine naive, effector and memory CD8+T lymphocytes
報告番号 124823
報告番号 甲24823
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3243号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小山,博史
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 大迫,誠一郎
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 教授 山本,一彦
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

抗原特異的CD8陽性T細胞は非自己抗原を認識して感染症や腫瘍のコントロールに重要な役割を果たす。免疫記憶は、免疫システムにおける最大の特徴のひとつである。急性感染症におけるCD8+T細胞 応答は、時間に主軸をおくと大きく分けてnaive、effector、memoryというステージを経過する。一方、遺伝子解析・トランスクリプトーム解析は細胞の増殖、分化、環境因子、薬物による影響、病気による細胞・組織の変化を理解するうえで大変重要である。現在、DNAアレイなど、数千~数万の発現遺伝子の包括的な解析方法が開発されている。しかしながら、特定の細胞や組織における全ての転写産物が明らかになっているわけではない。マウスCD8+T細胞のメモリーの分化過程を明らかにするためには、まずCD8+T細胞の分化過程における全ての転写産物を明らかにする必要がある。それで、本研究では、マウスCD8+T細胞の分化過程における全ての転写産物を明らかにするため、次世代 DNAシーケンサー、Solexaにより、遺伝子発現解析を行った。

【方法】

抗原特異的CD8+T細胞をコンジェニックマーカー、Ly5.1陽性C57BL/6マウス脾臓から分離し、それをLy5.2陽性C57BL/6マウスに移入した。移入1日後に、2×106pfuのrecombinant vaccinia virus (VV-OVA)を投与して感染刺激を加え、7日目と40日目のエフェクターとメモリー細胞をそれぞれ単離し、サンプルとした。続いてナイーブ、エフェクター、メモリーCD8+T細胞からmRNAを抽出し、5´末端を含む25塩基からなるコンストラクトを作成し、これを次世代シーケンサー、Solexaにより解析した(5'Solexa法)。

【結果】

(1)Solexaにより解析した結果、約1000万個ずつのシークエンスタグ(転写産物)が得られ、シークエンスエラー、さらにマウスゲノムに複数箇所ヒットするタグを取り除くと約300-500万のタグがゲノムに1箇所ヒットした(Table 1)。その中の約80%がタンパク質をコード(RefSeq cDNA)している遺伝子に関連づけられ、遺伝子の種類についてはナイーブ、エフェクター、メモリーCD8+T細胞それぞれの約13,000個であった。この中で細胞当たり1コピー以上の遺伝子(同一細胞集団で共通に発現しているものだけを解析)はそれぞれ8,140, 7,929, and 7,799個であり、ライブラリー間で約73%の発現遺伝子が重複していた(Figure1)。また、ナイーブ、エフェクター, メモリーCD8+T細胞に特異的に発現する遺伝子は、それぞれ534、426、235、個であった。

ナイーブCD8+T細胞において発現量が高い遺伝子はリボゾームタンパク関連遺伝子(5.9 %) であり、その他、細胞膜関連の遺伝子、CD52、CD8、CD3の発現が高かった。エフェクターとメモリーにおいて発現量が高い遺伝子群はナイーブと同様の傾向であった。ライブラリー間の相関については、エフェクターとメモリーCD8+T細胞の間では高い類似性(相関係数、0.89 )を示し、ナイーブとエフェクターの間では、類似性(0.12)は低かった。ナイーブと比較して、エフェクター細胞で発現量が変化した遺伝子はgalectin 3、 granzymes、 S100 calcium binding protein A4、 phospholipase C beta 1、 insulin - like growth factor binding protein 4、 chemokine CC motif receptor 9であった。ナイーブと比較してメモリー細胞で発現が上昇または低下している遺伝子は、エフェクター細胞と共通するものが多かったが、特にdickkopf-like-1, activating transcription factor-3, RNA binding motif, ELMO/CED-12 domain 1, hypothetical protein LOC71177の遺伝子は、メモリーCD8 +T細胞でのみ発現が上昇していた。一方、変化のあった遺伝子をmicroarrayのデータを比較したところ、これらの遺伝子は検出されなかったことからも5'Solexaが非常に高感度であることが示された。

(2) ナイーブCD8+T細胞と比べて抗原刺激により発現が上昇した遺伝子をGene ontology ( GO )によって分類した。ナイーブCD8+T細胞では、 cell adhesion、 enzyme linked receptor protein signaling pathway、 hormone metabolism、 behavior、 cell communication、 protein amino acid phosphorylationに関連する遺伝子群の発現が上昇しており、一方、エフェクターCD8+T細胞では、 mitotic cell cycle cell division、 nucleosome assemblyに関連する遺伝子群の発現が上昇しており、これはエフェクター細胞の増殖能を示唆していると考えられた。一方、メモリー細胞では、negative regulation of lymphocyte activationなど抑制系に関連する遺伝子群の発現が上昇しており、エフェクター細胞の特徴であるサイトカイン産生、細胞増殖、 細胞障害活性などを抑制する遺伝子が働いていることが明らかとなった。

(3) エフェクター及びメモリーCD8+T細胞において発現増加が共通している遺伝子の中で、今までCD8+T細胞との関連が明らかにされていないものとしては Irf4、 Ifitm1、 Nfil3、 Atp1b1、 Retなどが観察され、これらの変化についてはリアルタイムPCR法においても確認された。また、一過性にエフェクター細胞で上昇する遺伝子としてCcna2とCmkr1が新たに明らかとなった。

【結論と考察】

最近私たちが開発した次世代高速DNAシークエンサー、Solexaを用いた5'-端トランスクリプトーム解析法は、従来のcDNA microarray/DNA chip を用いた包括的遺伝子発現検索に比べ感度が100倍以上すぐれているだけでなく、細胞が発現しているすべての遺伝子を知ることが出来る。本研究では、この技術をCD8+T細胞の解析に適用し全ゲノムレベルでのトランスクリプトーム解析を行った。このエフェクター及びメモリーCD8+T細胞におけるすべての発現遺伝子情報はCD8+T細胞サブセットの動態をより詳細に解析する上で非常に重要である。今回新たに、エフェクター及びメモリーCD8+T細胞において見出された発現遺伝子は、Figure 2に示す通り、細胞膜上や核内にあるタンパク質をコードする遺伝子でその機能は転写因子や細胞増殖、アポトーシスに関与すると推定されることから、メモリーCD8+T細胞への分化、さらに維持や増殖に関与すると考えられる。これらの遺伝子の発現時期と細胞状態の関連をより詳細に検討することで、ワクチン接種におけるprime-boost法を最適化させ、より効率的な予防ワクチンの開発設計に応用出来ると予想される。

今後、これらの遺伝子について詳細に検討することで、予防ワクチンの開発設計に応用できるだけでなく自己免疫疾患や悪性腫瘍などの難治疾患に対する新たな治療戦略を見出せる可能性がある。

Table1.CD8 Sequencing Summary

Figure1. Differentially expressed genes in naive, effector, and memory CD8+T cells. Expression level : >10(>1 copy/cell)

Figure2. Schematic illustration of the three phases of an antigen-specific CD8 T cell response following immunization. Newly identified genes which are associated with CD8 T cell differentiation are listed. (N:gene expression level in naive CD8 Tcells, E: effector, M: memory ).

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、マウスCD8+T細胞の分化過程における全ての転写産物を明らかにするため、次世代 DNAシーケンサー、Solexaにより、遺伝子発現解析を行い、下記の結果を得た。

1.抗原特異的CD8+T細胞をコンジェニックマーカー、Ly5.1陽性C57BL/6マウス脾臓から分離し、それをLy5.2陽性C57BL/6マウスに移入した。移入1日後に、VV-OVAを投与して感染刺激を加え、7日目と40日目のエフェクターとメモリー細胞を代表的表面マーカであるCD62L, CD127,CD44の発現をFACS analysisを行ったところ、それぞれの特異的に発現していることが分かった。

2.ナイーブ、エフェクター、メモリーCD8+T細胞からmRNAを抽出し、5´末端を含む25塩基からなるコンストラクトを作成し、これを次世代シーケンサーSolexaにより解析した結果、約1000万個ずつのシークエンスタグ(転写産物)が得られ、ナイーブ、エフェクター, メモリーCD8+T細胞に特異的に発現する遺伝子は、それぞれ534、426、235、個であった。

3.ナイーブCD8+T細胞において発現量が高い遺伝子はリボゾームタンパク関連遺伝子(5.9 %) であり、その他、細胞膜関連の遺伝子、CD52、CD8、CD3の発現が高かった。エフェクターとメモリーにおいて発現量が高い遺伝子群はナイーブと同様の傾向であった。ライブラリー間の相関については、エフェクターとメモリーCD8+T細胞の間では高い類似性(相関係数、0.89 )を示し、ナイーブとエフェクターの間では、類似性(0.12)は低かった。

4.ナイーブCD8+T細胞と比べて抗原刺激により発現が上昇した遺伝子をGene ontology ( GO )によって分類した結果、エフェクターCD8+T細胞では、cell divisionに関連する遺伝子群の発現が上昇しており、これはエフェクター細胞の増殖能を示唆していると考えられた。一方、メモリー細胞では、negative regulation of lymphocyte activationなど抑制系に関連する遺伝子群の発現が上昇しており、エフェクター細胞の特徴であるサイトカイン産生、細胞増殖、 細胞障害活性などを抑制する遺伝子が働いていることが明らかとなった。

5.エフェクター及びメモリーCD8+T細胞において発現増加が共通している遺伝子の中で、今までCD8+T細胞との関連が明らかにされていないものとしては Ifitm1、 Nfil3、 Atp1b1、 Retなどが観察され、一過性にエフェクター細胞で上昇する遺伝子としてCcna2とCmkr1が新たに明らかとなった。これらの変化についてはリアルタイムPCR法においても確認された。

以上、最近私たちが開発した次世代高速DNAシークエンサー、Solexaを用いた5'-端トランスクリプトーム解析法は、細胞が発現しているすべての遺伝子を知ることが出来る。本研究では、この技術をCD8+T細胞の解析に適用し全ゲノムレベルでのトランスクリプトームの解析から、このエフェクター及びメモリーCD8+T細胞におけるすべての発現遺伝子情報を明らかにした。今後、これらの遺伝子について詳細に検討することで、予防ワクチンの開発設計に応用できるだけでなく自己免疫疾患や悪性腫瘍などの難治疾患に対する新たな治療戦略に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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