学位論文要旨



No 124824
著者(漢字) 佐藤,智彦
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,トモヒコ
標題(和) Evi-1はGATA-2の上方調節とTGF-βシグナル抑制を介して傍大動脈臓側板中胚葉における造血を促進する
標題(洋) Evi-1 promotes para-aortic splanchnopleural hematopoiesis through up-regulation of GATA-2 and repression of TGF-β signaling
報告番号 124824
報告番号 甲24824
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3244号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 宮川,清
 東京大学 講師 高橋,強志
 東京大学 講師 滝田,順子
 東京大学 講師 井田,孔明
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】

白血病関連転写因子Evi-1(ecotropic viral integration site-1)はマウスに白血病を引き起こす遺伝子として同定され、その後にヒトの白血病や骨髄異形成症候群で高発現していることが判明した。さらにEvi-1の高発現は白血病における予後不良因子として報告されておりその臨床的意義も高い。

Evi-1ノックアウトマウスは出血、多臓器の発達障害で胎生致死である。正常な造血において必要なEvi-1の機能領域やEvi-1と他因子との関わりなどの詳細は不明である。

この研究では、私は成体型造血の始原と考えられている傍大動脈臓側板中胚葉(para-aortic splanchnopleura、以下P-Sp)領域の培養系とレトロウイルスによる遺伝子導入法を用いて、胎生期造血におけるEvi-1の機能領域を詳細に解析した。また、Evi-1による胎生期造血の制御にGATA-2経路とTGF-β経路が関与することも明らかにした。

【材料および方法】

マウス

C57BL/6へ戻し交雑したEvi-1 +/-(wt/null)の雌・雄マウスを交配し、性交後9.5日の胎仔を以下のP-Sp培養に用いた。

P-Sp培養法

胎生9.5日の胎仔からP-Sp領域を採取しsingle cellにした後、造血支持能を持つストローマ細胞OP9上で共培養した。胎仔の頭部由来のゲノムを鋳型としてPCRにより遺伝子型を決定し、Evi-1欠損P-SpにEvi-1ないしはEvi-1変異体のcDNAを組み込んだレトロウイルスを感染させた。共培養から5-7日後で血球細胞の産生を観察し、その後にその血球細胞を回収し、半固型培地上でコロニーアッセイを行った。

レトロウイルスベクターとその感染方法

Evi-1およびEvi-1変異体のcDNAはそれぞれpGCDNsam-IRES-GFPレトロウイルスベクターに挿入した。各レトロウイルスベクターをPLAT-Eパッケージング細胞にトランスフェクションしてレトロウイルスを産生させた。その培養上清をPolybreneとともにOP9/P-Sp共培養系に添加し、レトロウイルスの感染つまり遺伝子導入を行った。

【結果】

Evi-1欠損P-Spの培養結果

Evi-1欠損P-Sp領域は、OP9/P-Sp共培養により試験管内で正常P-Sp領域と同程度に血球細胞を産生することができた。(図1(a))ところが、血球細胞の増殖能(stem/progenitor活性)を示すコロニー形成能は正常P-Sp領域に比較してEvi-1欠損P-Sp領域のそれは著しく低かった。(図1(b))

Evi-1遺伝子の導入による造血発生能の回復

OP9/P-Sp共培養中のEvi-1欠損P-Sp領域にレトロウイルスを用いてEvi-1遺伝子を導入すると、その著しく低かったコロニー形成能の回復を認めた。

次に正常造血に必要なEvi-1遺伝子の機能領域を同定するために、Evi-1欠損P-Sp細胞に様々なEvi-1変異体およびEvi-1アイソフォームをレトロウイルスにより導入して同様の実験を行った。その結果、(1)Evi-1の造血能には第1Znフィンガー領域及び酸性アミノ酸領域が重要であること、(2)造腫瘍性の高いEvi-1aに対してそれが低いアイソフォームEvi-1cも、正常造血においてはEvi-1aと同等の造血能を有すること、が明らかになった。(図2)

GATA-2遺伝子の導入による造血発生能の回復

Evi-1の標的遺伝子を探す目的で、いくつかの造血関連遺伝子や造血幹細胞制御遺伝子をEvi-1欠損P-Sp培養細胞にレトロウイルスで導入した。その結果、造血系転写因子GATA-2のみでEvi-1欠損P-Sp領域のコロニー形成能を回復しえた。さらにEvi-1変異体の造血能はGATA-2転写活性化能とよく相関しており、第1Znフィンガー領域と酸性アミノ酸領域を介したGATA-2の活性化がEvi-1による造血細胞増殖に重要であることが判明した。

TGF-βシグナル抑制による造血発生能の回復

TGF-βが造血を負に制御する因子の一つであり、またEvi-1がSmad3を介してTGF-β経路を抑制することで細胞増殖に関与することがすでに報告されていることから、Evi-1による胎生期造血制御にTGF-β経路が関与するかを検討した。Evi-1欠損P-Sp培養細胞にTGF-βI型受容体(ALK5)阻害剤を添加すること、およびdominant-negative type Smad3をレトロウイルスにより導入すること、いずれにおいてもEvi-1欠損P-Sp細胞のコロニー形成能が回復し、TGF-βシグナルの阻害を介しての造血制御も明らかとなった。

GATA-2経路とTGF-β経路の相互作用

Evi-1による胎生期造血制御に関与するGATA-2経路とTGF-β経路の相互作用について検討した。P-Sp培養細胞にTGF-βI型受容体(ALK5)阻害剤を添加もしくはdominant-negative type Smad3をレトロウイルスで導入して TGF-β経路を阻害してその細胞よりmRNAを抽出して定量リアルタイムPCRを行ったところGATA-2 mRNA発現量に変化は無く、TGF-βシグナル抑制は転写レベルでGATA-2発現を抑制していないと考えられた。またGATA-2を導入したHepG2細胞を用いて、TGF-βに関連する(PAI-1プロモータ)ルシフェラーゼアッセイを行いGATA-2が有意にTGF-β経路の転写活性を抑制することが明らかになった。

【考察】

今回、私は成体型造血の始原と考えられているP-Sp領域と造血支持細胞OP9の共培養系を用いて、正常造血におけるEvi-1の機能領域を同定した。その機能領域と考えられる2領域、第1Znフィンガー領域と酸性アミノ酸領域、はGATA-2の上方調節と関与していた。またEvi-1によるTGF-βシグナルの抑制も胎生期造血制御に関与していることを明らかにした。さらにGATA-2経路とTGF-β経路の2経路の相互作用の可能性についても発展させた。

この結果は白血病原因遺伝子Evi-1が、いくつかのメカニズムを介して正常な造血幹/前駆細胞の増殖そのものを促進する遺伝子であることを示す重要な所見と考える。また今後のEvi-1研究、特に標的遺伝子の検索のツールとして今回のOP9/P-Sp共培養系の利用価値は高いと考える。

上記に併せて、私は造腫瘍性の低いEvi-1アイソフォームEvi-1cが造腫瘍性の高いEvi-1aと同程度に正常造血に寄与することも明らかにした。この結果は正常造血におけるEvi-1アイソフォームの機能重複を示す重要な所見と考える。

図1(a)Evi-1欠損P-Sp領域は正常P-Sp領域と同程度に血球細胞を産生する。(b)Evi-1欠損P-Sp培養細胞はそのコロニー形成能が正常P-Spより著しく低い。

図2第1Znフィンガー領域および酸性アミノ酸領域を有するEvi-1変異体は造血能を有するが、それらを欠く変異体は造血能が低い。Evi-1アイソフォームのEvi-1cは造血能を保持している。

ZF1:第1Znフィンガー領域、ZF2:第2Znフィンガー領域、Rep:抑制領域、AD:酸性アミノ酸領域、DL/AS:CtBPが結合できない変異体

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、難治性白血病の発症・進展において重要な役割を演じていると考えられる白血病関連転写因子Ecotropic viral integration site-1 (Evi-1)について、それによる正常胎生期造血の制御機構を解析を試みたものである。そのためにEvi-1ノックアウトマウスの傍大動脈臓側板中胚葉(P-Sp)領域に、各Evi-1変異体をレトロウイルスで導入し、半固形培地でコロニーアッセイをする系を用い、Evi-1の機能領域解析を行っており、下記の結果を得ている。

1. 初期造血発生の場であるP-Sp領域を適切な条件で培養すると血液細胞の産生を誘導することができ、これは初期造血発生の過程をin vitroで再現したものと考えられる。Exon4を欠損させた新規Evi-1ノックアウトマウス由来のEvi-1欠損P-Sp領域から産生された血液細胞は、その造血幹細胞活性の低下を反映して、コロニー形成能が野生型細胞と比べて著しく低下していた。

2. Evi-1欠損P-Sp領域にレトロウイルスを用いてEvi-1遺伝子を導入して、その著しく低かったコロニー形成能の回復を認めた。正常造血に必要なEvi-1遺伝子の機能領域を同定するために、Evi-1欠損P-Sp細胞に様々なEvi-1変異体およびEvi-1アイソフォームをレトロウイルスにより導入して同様の実験を行い、(1)Evi-1の造血能には第1Znフィンガー領域及び酸性アミノ酸領域が重要であること、(2)造腫瘍性の高いEvi-1aに対してそれが低いアイソフォームEvi-1cも、正常造血においてはEvi-1aと同等の造血能を有すること、が示された。

3. Evi-1の下流標的遺伝子を探す目的で、いくつかの造血関連遺伝子や造血幹細胞制御遺伝子をEvi-1欠損P-Sp培養細胞にレトロウイルスで導入し、その結果、造血系転写因子GATA-2の導入でEvi-1欠損P-Sp領域のコロニー形成能の回復が認められた。さらにEvi-1変異体の造血能はGATA-2転写活性化能とよく相関しており、第1Znフィンガー領域と酸性アミノ酸領域を介したGATA-2の活性化がEvi-1による造血細胞増殖に重要であることが示された。

4. TGF-βが造血を負に制御する因子の一つであること、またEvi-1がSmad3を介してTGF-β経路を抑制することから、胎生期造血におけるEvi-1とTGF-β経路の関与を検討し、Evi-1欠損P-Sp培養細胞にTGF-βI型受容体阻害剤(ALK5阻害剤)を添加すること、およびdominant-negative type Smad3をレトロウイルスにより導入してEvi-1欠損P-Sp細胞のコロニー形成能の回復を認めた。

5. Evi-1による胎生期造血制御に関与するGATA-2経路とTGF-β経路の相互作用について、TGF-βI型受容体阻害剤(ALK5阻害剤)を添加もしくはdominant-negative type Smad3をレトロウイルスで導入したP-Sp培養細胞に定量リアルタイムPCRを行い、GATA-2 mRNA発現量の変化は認められず、TGF-βシグナル抑制は転写レベルでGATA-2発現を抑制していないと考えられた。またGATA-2を導入したHepG2細胞を用いて、TGF-βに関連する(PAI-1プロモータ)ルシフェラーゼアッセイを行いGATA-2が有意にTGF-β経路の転写活性を抑制することが示された。

以上、本論文は正常な胎生期造血において、Evi-1欠損P-Sp領域の解析から、Evi-1がGATA-2経路及びTGF-μ経路を介して造血幹/前駆細胞の増殖に寄与していることを明らかにした。白血病発症及びその進展に重要な役割を担う造血系転写因子が正常造血で果たす役割を解明することは、造血細胞の悪性化との関係を明らかにする上で非常に重要であり、本研究は転写因子Evi-1に関して正常造血における知見を深めた点で、難治性白血病の発症・進展の分子機構解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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