学位論文要旨



No 124825
著者(漢字) 野村,さや香
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,サヤカ
標題(和) 血管新生におけるテトラスパニンCD82分子の生物学的及び臨床的意義
標題(洋)
報告番号 124825
報告番号 甲24825
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3245号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 特任教授 山崎,力
 東京大学 講師 中岡,隆志
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 准教授 伊藤,彰彦
内容要旨 要旨を表示する

〈背景と目的〉 近年の癌医療の流れは、従来の殺細胞型抗癌剤から分子標的薬の導入により、腫瘍縮小だけでなく、癌と共存しながら患者の生存期間を延長させるという方向に変わりつつある。癌の増大と転移には血管新生が必要不可欠であり、腫瘍局所の低酸素状態や癌抑制遺伝子の変異によって、癌細胞等のVEGF産生が亢進することから、その中心的役割を担うVEGF/VEGFR系を標的とした阻害剤の開発が進められている。また、血管新生が病態に大きく関与する疾患群が血管新生病として注目されており、癌の増殖に加え、糖尿病性網膜症などの眼内血管新生病や関節リウマチなどの慢性炎症性疾患、さらに粥状動脈硬化症などの生活習慣病も含まれ、病態特異的な血管治療の研究や臨床応用に大きな期待が集まっている。当研究室では、β1インテグリンと平行してCD82の研究が進められ、CD82がβ1インテグリンと相互作用し、β1インテグリンと同様の作用を有することを明らかにし、この2つの分子が密接に関連することを報告してきた。さらに、β1インテグリンは血管内皮細胞にも発現し、血管新生の様々な過程に関与していることが報告され、その中でもVLA-3、VLA-4、VLA-5、VLA-6はCD82と相互作用することが明らかにされ、CD82は、β1インテグリンとともに血管新生に関与する可能性があると予想された。

CD82は、テトラスパニンファミリーに属する、4回膜貫通型分子である。テトラスパニンは生体内に広く存在し、ヒトでは少なくとも33種類のファミリー分子が知られている。CD82をはじめ、テトラスパニン分子の多くがインテグリンと複合体を形成することが知られており、このファミリー分子の機能の特徴として、細胞膜上で複数の蛋白質を会合させ、テトラスパニンウェブと呼ばれるような複合体を形成することが挙げられ、それによって蛋白質間の相互作用を促進し、細胞接着、遊走、増殖、分化などの細胞機能に関与し、さらに、生体レベルで様々な現象に関わっている。CD82は当初、リンパ球表面分子としてクローニングされ、免疫系細胞における報告が多くなされたが、前立腺癌細胞転移株を用いた遺伝子解析やヒトの前立腺癌での発現レベルの検討から、CD82の発現と遠隔転移・癌の進行度が逆相関していることが明らかとなり、転移抑制遺伝子KAI1( kangai1 ) / CD82として報告された。その後、様々な癌細胞株においてCD82の転移抑制効果が示されたが、癌の進行や転移に深く関与する血管新生における報告はされていない。本研究において、血管新生におけるCD82の生物学的意義を明らかにするために、当研究室で樹立した抗CD82抗体(4F9、6D7、8E4)を用いてヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)におけるCD82の機能解析を行い、さらに、CD82をノックダウンしたHUVECを用いて同様の検討を行い、そのメカニズムについて考察した。

〈結果と考察〉 当研究室で樹立した3種類の抗CD82抗体(6D7,8E4,4F9)を用いて、HUVECにおけるCD82の発現をフローサイトメトリーで検討し、各抗体による発現認識に差がないことを確認し、in vitro 2次元血管新生アッセイを行った。その結果、3種類の抗体のうち、4F9で最も強い血管新生阻害効果が認められたため、HUVECにおけるCD82の機能について、4F9を用いて検討することとした。

まず、VEGFの最も基本的かつ重要な作用である細胞増殖について、CD82の機能を検討するために、3H-TdRを行った。その結果、抗CD82抗体(4F9)の刺激によって、48時間の培養条件でVEGFに誘導されるHUVECの増殖はコントロール群と比較して有意に抑制され、CD82はVEGFに誘導されるHUVECの増殖能に対し、何らかの作用があることが示唆された。次に、VEGFによる細胞遊走の検討において、抗CD82抗体(4F9)の刺激によってHUVECの遊走能はコントロール群と比較して有意に抑制された。さらに、低濃度(5-10μg/ml)においてはスラミン(血管新生阻害剤)の効果に匹敵し、高濃度(20μg/ml)においてはスラミンを上回る抑制効果が認められた。この結果から、CD82分子は、その抗体処理によって、HUVECの遊走能に対しスラミンと同等以上の作用があることが示唆された。また、マトリゲル上でのHUVECの管腔形成能の検討で、抗CD82抗体(4F9)で刺激したHUVECでは、網目状の配列が寸断され、管腔形成能の阻害作用が認められた。この結果から、抗CD82抗体(4F9)による処理は、HUVECの管腔形成能に対しても阻害作用として働くことが示された。これらの検討で、HUVECの増殖能、遊走能、管腔形成能において、CD82の抗体処理によって有意な抑制効果が認められ、CD82はHUVECの生物学的機能に深く関与していると考えられ、さらに、それらを総合的に評価するために、線維芽細胞とHUVECの共培養系であるin vitro 2次元血管新生モデルによる検討を行った。免疫染色後の標本では、抗CD82抗体(4F9)の刺激によって、血管長や分岐が減少し血管径の狭小化も確認され、明らかな血管新生阻害効果が認められた。さらに、この標本の画像処理によって血管面積の総和を数値化すると、抗CD82抗体(4F9)の濃度依存的に血管面積が減少し、その抑制効果は低濃度でスラミンに匹敵し、高濃度でスラミン以上の作用が認められた。この結果から、in vitro血管新生モデルにおいても、CD82が関与する可能性が示唆された。

さらに、抗CD82抗体(4F9)のVEGFに対する阻害作用について分子レベルの解析を行うために、VEGFに対する主要なシグナル伝達を担うVEGFR-2の活性化について、VEGFR-2の細胞内チロシン残基を認識する抗体を用いて、イムノブロッティング法で検討した。抗体処理したHUVECをVEGFで刺激し、各時間でwhole cell lysateを作製した。この結果、コントロール群ではVEGF刺激後5分でVEGFR-2のリン酸化のピークを認め、抗CD82抗体(4F9)処理では、そのピークとなるリン酸化を有意に抑制することが示され、CD82分子は血管内皮細胞上でVEGFR-2と相互作用し、そのキナーゼ活性を抑制することで、VEGF依存的な血管新生を阻害するというメカニズムの一端が示唆された。

次に、HUVECにおけるCD82本来の機能を確認するために、CD82を標的にしたshRNAを作成し、CD82の発現を抑制したHUVEC:shCD82-HUVECを用いて、細胞増殖、細胞遊走、in vitro 2次元血管新生モデルによる検討を前述した抗CD82抗体(4F9)による方法と同様に行った。その結果、shCD82-HUVECは、control - HUVECと比較して、細胞増殖能の著明な低下を認め、細胞遊走能も有意に低下した。さらに、in vitro血管新生アッセイにおいても、血管面積の著明な減少を認め、CD82がHUVECの生物学的機能の維持に重要な役割を持つ可能性が示唆された。

〈結論〉本研究において、当研究室で樹立された抗CD82抗体(4F9)を用いて、HUVECにおけるCD82の機能解析を行い、その結果、(1)抗CD82抗体(4F9)の刺激によりHUVECの増殖、遊走及び管腔形成が阻害され、血管新生抑制効果が導かれる、(2)抗CD82抗体(4F9)の刺激によりVEGFR-2のチロシンリン酸化が抑制される、さらに、(3)CD82の発現を抑制したHUVEC:shCD82-HUVECの検討において、増殖能・遊走能・血管新生能が著明に低下する、などを明らかにし、CD82が血管内皮細胞の種々の機能において、重要な生物学的意義を持つ分子であることが示唆された。これまで、血管内皮細胞におけるCD82の生物学的意義を示した報告はなく、本研究において初めて、CD82の血管新生への関与が示されたといえる興味深い知見である。さらに、本研究によって明らかにされた知見は、CD82が癌をはじめ、糖尿病性網膜症や関節リウマチなどの血管新生が深く関与する疾患への新たな治療標的分子としての可能性を十分に示唆するものであり、臨床応用を視野に入れた研究の発展が期待できるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、血管新生を抑制する分子を検討し、その中で臨床応用に結び付く標的分子として、テトラスパニンCD82がその候補となり得る分子であることを見出したもので、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)における種々の生物学的機能の解析を行い、下記の結果を得ている。

1. 樹立された3種類の抗CD82抗体(6D7,8E4,4F9)のうち、in vitro 2次元血管新生アッセイにおいて抑制効果が最も強く認められた4F9を用いて、HUVECの増殖能、遊走能、管腔形成能に対する検討を行った。抗CD82抗体(4F9)の処理によって、VEGFに刺激 されるHUVECの増殖・遊走・管腔形成が有意に抑制されることを示し、CD82はHUVECの生物学的機能に関与していることが示唆された。

2. in vitro 2次元血管新生モデルによる検討で、抗CD82抗体(4F9)の処理によって血管長や分岐の減少とともに、血管径の狭小化が確認され、血管面積が有意に抑制されることを示し、in vitro 血管新生モデルにおけるCD82の関与が示唆された。

3. VEGFR-2の活性化をイムノブロッティング法で検討し、抗CD82抗体(4F9)の処理によってVEGFR-2のチロシンリン酸化のピークが抑制されることを示し、抗CD82抗体(4F9)による血管新生抑制効果のメカニズムの一端が示唆された。

4. CD82の発現を抑制したHUVECを用いて、その増殖能・遊走能・血管新生能について検討を行い、それら全てが有意に低下することを示し、CD82がHUVECの生物学的機能の維持に重要な役割を持つ可能性が示唆された。

以上、本論文は血管内皮細胞に発現するテトラスパニンCD82分子のモノクローナル抗体刺激により、血管内皮細胞の増殖・遊走・管腔形成が阻害されることを見出し、さらに、CD82の発現を抑制した血管内皮細胞においても同様な結果を示したものである。本研究において初めて、CD82の血管内皮細胞における生物学的機能及び血管新生への関与が示され、今後の研究の発展が期待できるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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