学位論文要旨



No 124826
著者(漢字) 大友,夏子
著者(英字)
著者(カナ) オオトモ,ナツコ
標題(和) 肝細胞増殖におけるα-taxilinの発現 : 正常および悪性増殖細胞における意義の検討
標題(洋)
報告番号 124826
報告番号 甲24826
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3246号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 講師 別宮,好文
 東京大学 准教授 田中,廣壽
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 講師 森屋,恭爾
内容要旨 要旨を表示する

背景)

肝臓は高い再生能力をもち、機能的・量的減少に応じて静止期にある成熟肝細胞が増殖を開始する。肝臓の再生は臨床的にもきわめて重要である。

細胞増殖は近年、小胞輸送との関連が注目されている。小胞輸送は細胞内物質輸送機構の一つであり、内容物を移動させることにとどまらず、細胞増大、細胞内小器官の恒常性維持、細胞運動などにも関与するとされる。増殖においては細胞質分裂に関与するとされ、発癌との関連も示唆されている。

近年、小胞輸送機構の主要な構成要素であるsyntaxinに結合する分子として新たな蛋白が発見されtaxilinと命名された。機能は不明だが、アイソフォームの一つであるα-taxilinは、胎生期ラット中枢神経組織での強発現が認められ、神経幹細胞/前駆細胞への局在が示された。またヒト神経膠腫でのmRNA増加が報告され、細胞増殖に何らかの役割を有する可能性が示唆される。

本研究はα-taxilin発現の意義を正常および悪性の肝細胞増殖との関連において明らかにすることを目的とする。

方法)

1. 抗体

抗ラットα-taxilin抗体、抗ヒトα-taxilin抗体は獨協医科大学分子細胞生物学教室白瀧博通教授から供与を受けた。

2. 正常肝細胞増殖におけるα-taxilinの発現

2-1. ラット初代培養肝細胞での検討

Sprague-Dawley (SD) 系雄性ラット(6週令)よりコラゲナーゼ灌流法によって肝細胞を単離し、低密度(2.5×104 cells/cm2)および高密度(1.0×105 cells/cm2)で単層培養した。播種直前、3、12、24、36時間後に回収し、肝細胞中のα-taxilin発現量をWestern blotting (WB) により解析した。

同様に低密度、高密度で肝細胞を単層培養し、播種15時間後HGF 20 ng/mlを添加した。さらに12時間および24時間培養した後に回収して肝細胞中のα-taxilin発現量をWBにより解析した。またHGF 添加21時間後に5-Bromo-2'-deoxy-uridine (BrdU) を添加して6時間培養し、肝細胞へのBrdU取り込みをELISA法で測定した。

2-2. ラット2/3部分切除肝での検討

SD系雄性ラット(5週令)に2/3部分肝切除術を行い、0~7日後に肝臓を採取し、α-taxilin発現量の経時的変化をWBにより解析した。

また、2/3部分肝切除術0、12、24、48時間後、およびシャム手術24時間後、肝臓を経門脈的に灌流固定してパラフィン包埋切片を作成した。α-taxilinおよび細胞増殖マーカーであるproliferating cell nuclear antigen (PCNA) の肝小葉内局在の経時的変化を免疫組織染色で検討した。

3.悪性肝細胞増殖におけるα-taxilinの発現

3-1. 患者背景

2003年5月から2008年10月に東京大学医学部附属病院肝胆膵外科において肝細胞癌に対し肝切除術を行った患者から、術前治療歴がない症例および診断目的でのリピオドール注入のみを行った症例を対象として29人を抽出した。男性24人、女性5人、年齢の中央値68.0歳 (範囲45~76歳)、腫瘍分化度は優勢な成分に従って「原発性肝癌取り扱い規約 (第5版)」に基づいて分類し、高分化8例、中分化11例、低分化10例であった。

3-2. 免疫組織染色による検討

多発例は最大の結節を対象とし、29結節についてパラフィン包埋切片を用いてα-taxilinおよびPCNAの免疫組織染色を行った。α-taxilinの染色強度を4段階に分類して半定量的に評価した。α-taxilinの染色強度とPCNA labeling index (PCNA-LI)、臨床的および病理学的因子の関連を統計学的に検定した。

3-3. Western blottingによる検討

代表的な症例の腫瘍部および近傍の非腫瘍部から肝切除後ただちに組織片を採取し凍結保存し、α-taxilin発現量をWBにより解析した。

3-4. ヒト肝癌由来株化細胞での検討

PLC/PRF/5、HuH-6、HepG2を血清存在下で培養し、増殖期に回収してα-taxilin発現量をWBにより解析した。またMTTアッセイ変法によってこれら細胞株の増殖曲線を作成し、α-taxilin発現量と細胞増殖速度の関連を検討した。

結果と考察)

1. ラット初代培養肝細胞での検討

低密度培養では、播種後、時間経過とともにα-taxilin発現量が増加し、HGF添加によってさらなる増加とDNA合成促進を認めた。高密度培養では経時的増加はわずかで、HGFによる変化は認めなかった。

肝細胞は単離によってG0期からG1期に移行し、増殖因子のない条件ではG1期にとどまり、S期への移行には増殖因子を必要とする。増殖因子への反応は播種密度に影響され、低密度ではDNA合成が促進されるが、高密度ではDNA合成促進が認められず、cell-cell contactによる増殖抑制機構が推定される。

低密度培養においてHGF添加前から経時的なα-taxilinの増加が認められたことから、増殖に向かっている肝細胞で、DNA合成に先行するα-taxilin増加が示唆された。

2. ラット2/3部分切除肝での検討

部分肝切除4時間後には肝のα-taxilin量はすでに増加し、肝細胞のDNA合成のピークである24時間後にピークに達し、5~7日後には術前レベルまで減少した。肝再生初期から上昇を開始していると思われ、初代培養肝細胞での検討と合致した。

免疫組織染色において、α-taxilinの肝小葉内局在は、肝切除24時間後には門脈周囲のほぼすべての肝細胞で陽性であったが、中心静脈周囲にはほとんど認められなかった。48時間後には陽性細胞数は減少したものの、分布は小葉全体に拡大した。PCNA染色との対比では、術後約24時間では分布がほぼ一致した。術後48時間ではPCNA陽性細胞は小葉全体に広がった。

部分肝切除後の肝細胞増殖は門脈周囲から始まり、約36~48時間後には中心静脈周辺へと広がるとされる。α-taxilinは肝細胞の細胞質に発現し、さらに肝小葉内分布とその経時的変化、PCNA発現との対比から、α-taxilinが増殖肝細胞に発現していることを確認できた。

細胞増殖におけるα-taxilinの役割が小胞輸送に関連して細胞質分裂に関与するものであれば発現のピークはM期以降と予想されたが、初期からすでに発現増加が始まっており、主体はG1期からS期と考えられた。

3. 肝細胞癌におけるα-taxilinの発現

免疫組織染色では腫瘍部にα-taxilinの発現を認め、その染色強度はPCNA-LIと相関し、染色細胞分布もPCNAと類似していた。α-taxilin染色強度は腫瘍分化度、腫瘍の侵襲性とも有意に相関し、α-taxilinの染色強度が高い腫瘍はより分化度が低く、侵襲性の高い傾向が示された。Kaplan-Meier法による無再発生存期間の解析では、α-taxilinの染色強度が高い腫瘍で比較的早期の再発が多い傾向がみられた。

WBでは低分化肝細胞癌の腫瘍部でもα-taxilinが高発現していた。

肝癌由来株化細胞を用いた検討では、α-taxilinの発現量の多い細胞株ほど増殖速度が速いという結果が得られた。

種々の悪性腫瘍で腫瘍の増殖能と病理組織学的特徴、再発や生命予後との関連が検討されている。肝細胞癌では増殖能の指標としてBrdU取り込み率、Ki-67陽性率、PCNA-LIが用いられ、より分化度の低い腫瘍が高い増殖能を示すとされる。増殖能が高い腫瘍は侵襲性、すなわち肝内転移および脈管侵襲の陽性率が高いことが報告されており、術後再発の独立した予測因子とされる。

α-taxilinの高発現がある肝細胞癌は、より増殖能が高く悪性度が高いと考えられ、α-taxilinがこれらの指標となりうる可能性が示された。

4. 背景肝におけるα-taxilinの発現

免疫組織染色で、非腫瘍部に淡いα-taxilinの染色性を認める症例が存在した。PCNAも腫瘍部より明らかに少数だが陽性細胞の散在を認め、両者の数および分布は同様の傾向を示した。WBでも背景肝にα-taxilinの発現を認める症例があった。

慢性肝炎・肝硬変においては、肝細胞壊死と再生の反復による持続的な増殖刺激が発癌の一因と考えられており、背景肝のPCNA-LIと発癌リスクの関連が検討されている。本研究において背景肝にみられたα-taxilinの染色性もPCNAとの対比から肝細胞増殖を反映していると考えられる。組織学的、臨床的因子との関係に一定の傾向を見出すことはできなかったが、より多い症例数で検討することにより、背景肝の肝細胞増殖のマーカーとして臨床応用の可能性がある。

結論)

1. 正常の肝細胞増殖においてα-taxilinの発現亢進を認めた。α-taxilinの発現は初期に始まり、主体はG1期からS期であった。

2. 悪性の肝細胞増殖においてもα-taxilinの発現が亢進しており、増殖能および腫瘍分化度と相関していた。

3. α-taxilinは、肝細胞増殖に関連した因子であると推定された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、細胞内小胞輸送への関連が示唆される蛋白として近年新たに発見され、機能については未知であるα-taxilinについて、その発現の意義を正常および悪性の肝細胞増殖との関連において明らかにすることを試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.播種密度に依存して増殖因子への応答性が異なるラット初代培養肝細胞において、増殖因子によるDNA合成促進がみられる低密度培養下で経時的なα-taxilinの増加を認め、増殖因子添加によってさらなる増加を認めた。DNA合成促進が誘導されない高密度培養下ではα-taxilinの増加はなかった。このことから、増殖に向かっている肝細胞でDNA合成に先行するα-taxilin増加が示唆された。

2.ラット2/3部分切除肝において、肝再生の早期である4時間後にはすでに肝におけるα-taxilin発現量が増加し、肝細胞のDNA合成のピークである24時間後にピークに達した。部分切除24時間後のα-taxilinの肝小葉内分布は、主たる細胞増殖の場とされる門脈周囲の肝細胞に集中し、細胞増殖マーカーであるPCNAの分布と一致した。48時間後のα-taxilinは肝小葉全体に分布が拡大し、既知の増殖肝細胞分布の変化と一致した。このことから、α-taxilinが増殖肝細胞に発現していることを確認できた。また、発現時期の主体はPCNAとの比較からG1期からS期にあると推定された。

3.肝細胞癌臨床検体を用いた検討で、腫瘍部にα-taxilinの発現を認め、その染色強度は腫瘍増殖能の指標であるPCNAラベリングインデックスと相関していた。α-taxilin染色強度は腫瘍分化度、腫瘍の侵襲性とも有意に相関し、α-taxilinの染色強度が高い腫瘍はより分化度が低く、侵襲性の高い傾向が示された。また、Kaplan-Meier法による無再発生存期間の解析では、α-taxilinの染色強度が高い腫瘍で比較的早期の再発が多い傾向がみられた。

4.ヒト肝癌由来株化細胞を用いた検討では、α-taxilinの発現量の多い細胞株ほど増殖速度が速いという結果が得られた。

以上、本論文は、肝臓という高い再生能力を有し制御された細胞増殖を観察できる組織を用い、α-taxilinの発現が細胞増殖の初期に増加していることを初めて示した。また、肝細胞癌においてα-taxilinの発現が亢進していること、その発現量が腫瘍増殖速度と関連していることを初めて示した。α-taxilinの機能解明の一端に寄与するとともに、小胞輸送機構の細胞増殖における役割についても新たな側面を示唆するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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