学位論文要旨



No 124829
著者(漢字) 佐々木,隆
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,タカシ
標題(和) 進行胆道癌に対する化学療法 : 抗癌剤S-1を含む新規治療の有効性に関する検討
標題(洋)
報告番号 124829
報告番号 甲24829
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3249号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國土,典宏
 東京大学 准教授 福嶋,敬宜
 東京大学 准教授 小川,誠司
 東京大学 講師 丸山,稔之
 東京大学 准教授 赤羽,正章
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

胆道癌は欧米に少なく、日本や南米に多い悪性腫瘍である。年間死亡者数は約16,600人にのぼり、癌の死亡原因の第6位となっている。また年間死亡数と罹患数がほぼ同数であり、胆道癌は極めて予後不良の癌腫であることを示している。さらに今後わが国において胆道癌罹患者数が増加することが推定されており、治療成績の向上に関する検討は重要と考えられている。

胆道癌に対しては切除のみが唯一根治を期待できる治療法と考えられ、これまで手術を中心とした治療が行われてきた。特にわが国では、胆道外科の治療レベルが高く、積極的に手術が行われている。しかしながら、病変の高度進展例や遠隔転移例以外にも、高齢者が罹患することが多いために、耐術能の問題で非切除となることがある。このような非切除例さらには術後再発例に対して、化学療法や放射線治療による抗腫瘍療法が試みられている。しかしながら胆道癌特有の問題として、閉塞性黄疸や胆管炎などの胆道イベントを高率に併発することで抗腫瘍療法が安定しにくいことが挙げられており、胆道癌に対する化学療法の開発・普及はこれまで他の癌腫に比して非常に遅れをとっている。

進行胆道癌に対する化学療法に関しては、1996年に報告された無作為化比較試験で、化学療法はbest supportive careよりも、Quality of Life(QOL)および生命予後を改善する傾向にあることが示されている。1998年以降塩酸ゲムシタビン(Gemcitabine; GEM)に関する複数の第2相試験が報告され、現在ではGEMが進行胆道癌に対する標準治療薬と考えられるようになった。しかしながらGEM単剤での抗腫瘍効果は、奏功率8-36%、生存期間中央値7ヵ月前後と、その治療効果はいまだ十分に満足のいくものではなく、新規薬剤および各種併用療法による新たな治療法の開発が急務と考えられている。

進行胆道癌に対する新規薬剤としては、GEM登場以降も、CPT-11やタキサン系薬剤など様々な薬剤が検討されてきたが、その有効性は十分と言えるものではなかった。そのような状況の中、2004年になり経口フッ化ピリミジン系薬剤であるS-1に関する19例の第2相試験の結果が報告された。奏功率21.1%、病勢コントロール率68.4%、無増悪期間中央値3.7ヵ月、全生存期間中央値8.3ヵ月と、GEMに匹敵する良好な結果であった。有害事象に関しても重篤なものはほとんどなく、認容性の高い薬剤である可能性が示唆された。ただし本結果は、Performance statusの良好な比較的年齢層の若い胆嚢癌症例が中心のデータであったため、S-1に関するさらなる検討が必要と考えられた。

近年、悪性胆道狭窄に対するドレナージの進歩もあり、以前と比較してQOLを維持した形で安定した抗腫瘍療法を行うことができる状況となってきた。そこで、2005年より進行胆道癌症例に対する化学療法としてS-1を導入。さらに2007年からはGEM+S-1併用療法を導入した。このように導入した抗癌剤S-1を含む新規治療の有効性を明らかにすることを目的として本研究をおこなった。

2.進行胆道癌に対するS-1単剤治療認容性試験

S-1単剤治療の認容性を確認する前向き試験を行った(P2005022)。対象は進行胆道癌(術後再発例、2次治療例を含む)に対してS-1単剤治療を施行した45例。年齢中央値67歳、男:女=23:22、ECOG performance status 0/1/2=23/19/3であった。胆道部位は、胆嚢癌15例、肝内胆管癌17例、肝外胆管癌12例、乳頭部癌1例であった。非切除例および術後再発例は28例と17例、1次治療および2次治療(GEM後)は29例と16例であった。

投与コース総数は155コース。投与コース数中央値は2コースであった(1-14コース)。S-1のdose intensityは89.3%と良好であった。S-1投薬中に胆道イベントにより治療を一時的にでも中断した症例は16例(35.6%)であった。有害事象に関しては、Grade 3以上の血液毒性として白血球減少4.4%、好中球減少6.7%、貧血4.4%、血小板減少6.7%を認めた。Grade 2以上の非血液毒性は、嘔気4.4%、嘔吐4.4%、食欲不振8.9%、口内炎4.4%、下痢2.2%、色素沈着8.9%、肝障害2.2%、味覚障害8.9%であった。致死的な有害事象は認められなかったが、5例で副作用に伴う治療継続困難な症例を経験した。

S-1全体の治療成績は、奏功率17.8%、病勢コントロール率37.8%、無増悪期間中央値4.5ヵ月、全生存期間中央値8.1ヵ月であった。1次治療群と2次治療群の比較では、2次治療群でPerformance statusがやや不良という違いがあったが、それ他の因子については2群間に患者背景の差は認められなかった。その上で1次治療群と2次治療群でそれぞれの治療成績はほぼ同等の結果であった。

3.進行胆道癌に対するGemcitabine+S-1併用療法第2相試験

Gemcitabine+S-1併用療法に関して、多施設共同の第2相試験を行った(P2006032 / UMIN000000590)。対象は測定可能病変を伴う進行胆道癌(術後再発例を含む)に対して1次治療としてGemcitabine+S-1併用療法を施行した35例。本試験ではSimonのMiniMax Designを使用。少数例の検討でもその有効性が検証できるように、2段階に分けて有効性を確認する手法となっている。第1段階にあたる18例のうち奏功例が4例以下の場合には、その時点で本治療法は無効と判断され試験の早期中止となる。一方5例以上の奏功例が確認されれば第2段階の症例登録が可能となる。全症例のうち11例以上の奏功例が確認された場合、本試験で使用した治療法は有効と判断される。本試験では18例の中間解析にて6例の奏効例を認めたため、全35例を登録した。患者背景は年齢中央値67歳、男:女=23:12、ECOG performance status 0/1/2=15/19/1であった。胆道部位は、胆嚢癌14例、肝内胆管癌14例、肝外胆管癌6例、乳頭部癌1例であった。非切除例および術後再発例は28例と7例であった。

本試験の主要評価項目である抗腫瘍効果については、奏功例を11例認めており、本治療法は進行胆道癌に対して有効な治療法であるという結果であった。GEM+S-1併用療法全体の治療成績は、奏功率31.4%、病勢コントロール率82.9%、無増悪期間中央値5.7ヵ月、全生存期間中央値11.6ヵ月と良好な結果であった。

有害事象に関しては、Grade 3以上の血液毒性として白血球減少20.0%、好中球減少31.4%、貧血14.3%、血小板減少2.9%を認めた。Grade 2以上の非血液毒性は、嘔気5.7%、食欲不振11.4%、口内炎5.7%、下痢2.9%、皮疹11.4%であった。致死的な有害事象は認められなかったが、1例で副作用に伴う治療継続困難な症例を経験した。

4. 進行胆道癌に対するGemcitabine+S-1併用療法とGemcitabine単剤治療の後向き比較試験

第2相試験で有効性が示されたGEM+S-1併用療法について、これまで当院および関連施設で施行したGEM単剤の治療成績と比較した。対象は、GEM+S-1併用療法またはGEM単剤療法で1次治療を施行した115例。その治療効果を、GEM+S-1併用群とGEM単剤群に分けて後向きに比較検討した。

GEM+S-1併用群は45例、GEM単剤群は70例であった。患者背景は併用群で有意にPerfomance statusが良好かつ年齢が若かったが、それ他の因子については2群間に差は認められなかった。生存期間に関する解析では、生存期間中央値は併用群11.7ヵ月、単剤群9.5ヵ月と、統計学的な有意差は認められなかった(p=0.13)。

5. まとめ

進行胆道癌に対するS-1単剤治療認容性試験の結果より、1次治療および2次治療いずれにおいても認容性のある治療法であることが確認された。なお進行胆道癌に対するS-1単剤に関しては、これまで1次治療に関する少数例の報告しかなく、2次治療に関しても検討し得たことは意味のあることと考えられた。

進行胆道癌に対するGEM+S-1併用療法第2相試験では、奏功率31.4%、病勢コントロール82.9%と良好な抗腫瘍効果を示し、本治療法が進行胆道癌に対する1つの有効な治療法になり得ることが示された。なお本併用療法に関する前向き臨床試験に関する報告はこれまでなく、本結果はGEM+S-1併用療法に関する初めての前向き試験の報告となる。

前向き試験の結果より進行胆道癌に対して有望な治療法と考えられたGEM+S-1併用療法を、GEM単剤治療と比較した後向き比較試験では、GEM+S-1併用療法群でGEM単剤群と比較して有意な予後延長を示すまでには至らなかった。ただし、両群間に患者背景や時代背景の違いを認めた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、進行胆道癌に対する抗癌剤S-1を含む新規治療の有効性を明らかにするために、2つの前向き臨床試験と1つの後向き試験を行って検証を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1.進行胆道癌に対する抗癌剤S-1の認容性を確認するための前向き試験の結果、1次治療および2次治療いずれにおいても、S-1は認容性の高い薬剤であることが確認された。またその抗腫瘍効果に関しても、1次治療、2次治療いずれにおいても一定の治療効果を示すことが確認された。

2.進行胆道癌に対する1次治療としてのGemcitabine+S-1併用療法の有効性を確認するための前向き第2相試験の結果、本併用療法は奏功率31.4%、病勢コントロール率82.9%と良好な抗腫瘍効果を示した。その結果、本治療法が進行胆道癌に対する1つの有効な治療法になり得ることが示された。

3.進行胆道癌に対する1次治療としてGemcitabine+S-1併用療法を施行した群とGemcitabine単剤治療を施行した群を比較した後向き解析では、併用療法群で有意な予後延長効果を示すまでには至らなかった。ただし、両群間に患者背景や時代背景の違いを認めた。

以上、本論文は進行胆道癌において、抗癌剤S-1を含む新規治療法の有効性を確認した。2次治療としてのS-1単剤のデータならびにGemcitabine+S-1併用療法に関する第2相試験の結果は、これまで報告のないものであり、進行胆道癌に対する化学療法診療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24384