No | 124830 | |
著者(漢字) | 中﨑,久美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカザキ,クミ | |
標題(和) | 造血器腫瘍におけるゲノム異常の網羅的解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124830 | |
報告番号 | 甲24830 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3250号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | I.目的 急性骨髄性白血病(AML)、急性リンパ性白血病(ALL)や悪性リンパ腫(NHL)などの造血器腫瘍においては、従来、病型特異的に認められる染色体転座の解析から多数の遺伝子異常が同定され、腫瘍の分子病態の解析が進んでいる。 一方、AMLではt(8;21)(q22;q22)の転座は約6%に認められるものの、AML1/ETOを発現する遺伝子組み換えマウスでは腫瘍化は起こさないなど、染色体転座だけでは腫瘍化に至らないことが報告されている。マウスモデルでも示されるように、腫瘍の発症には染色体の転座に加え付加的な異常が必要である。 造血器腫瘍では、染色体の増幅・欠失など遺伝子の量的異常を伴う異常もしばしば観察されるが、これらの異常の標的遺伝子については、いまだ明らかにされていない部分が多い。近年染色体転座を伴わない急性骨髄性白血病においても、FLT3遺伝子のinternal tandem duplication (ITD)など予後に関わる遺伝子異常も明らかにされてきたが、染色体転座を伴わない標的遺伝子や付加的異常は未だ十分に解明されてはいない。 そこで、これらの異常を明らかにすることを目的として、近年発達してきたゲノム網羅的な腫瘍細胞の遺伝子解析を行なうこととした。 Affymetrix(R) GeneChip(R) (100K/500Kアレイ)は12万-52万個のsingle nucleotide polymorphism (SNP) 特異的プローブを用いて大規模SNPタイピングを可能とする高密度オリゴヌクレオチドアレイであるが、シグナルデータの定量的性質を利用して、平均解像度6-24 kb、分解能40bpで腫瘍ゲノムに生じるコピー数の変化を捉えることが可能である。当教室で開発された同アレイを用いた高精度コピー数解析システム(CNAG (Copy Number for GeneChip software)/ CNAGver2.0、AsCNAR (allele-specific copy-number analysis using anonymous references))を用いて、正常対照を持たない腫瘍細胞や正常・腫瘍細胞が混在する実際の臨床検体についても、染色体分析では同定不能と考えられる微細な増幅・欠失、アレル不均衡を含む多数のゲノムの異常が同定することが可能となっている(1,2)。これによりコピー数の増減を伴わないloss of heterozygosity (LOH) 領域すなわちuniparental disomy (UPD) 領域の解析が可能になった。 このシステムを用いて、造血器腫瘍に伴う染色体転座を伴わない標的遺伝子や付加的遺伝子異常の同定を目的として、解析を行なった。 II.方法 本研究は東京大学医学部倫理委員会において承認された研究(承認番号948)である。NHL80症例は、1993年から2005年の間に東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科で診断または治療された症例のリンパ節を含む腫瘍組織検体を用いており、2000年4月以降に診断、治療された症例については研究使用目的を説明の上同意書を得ている。AML 103症例、及びALL 47症例については、2000年3月以前に採取された骨髄または末梢血検体を用い、連結不可能匿名化を行なった。 これら造血器腫瘍の合計230症例について、腫瘍組織のゲノムDNAを新鮮凍結組織からPUREGENE(TM) DNA Purification Kit (Gentra(R)) を用いて抽出した。SNPタイピングは、100K/ 500Kアレイを用いAffymetrix(R) (Santa Clara, CA)のプロトコールに従った。タイピングの際のデータに基づいて、当研究室で開発されたCNAG/ CNAGver2.0、AsCNAR(1,2)を用いて、ゲノムのコピー数解析及びLOH解析、UPDの解析を行なった。各疾患別のUPDの頻度については、2x2分割表を用いてイェーツの補正をしたχ2検定をし、ボンフェロニ補正を行なうことによって有意差の有無を検討した。UPDを認めた症例について、AMLとの関連が示されている標的遺伝子候補について、genome direct sequenceを施行した。 III.結果 AML 103例、ALL 47例、NHL 80例の計230例の臨床検体(表1)について、GeneChip(R) 100K/500Kアレイ解析を行なった。図1に示すように、NHLにおいて、コピー数の増減がある検体、特に1検体中に複数の染色体でコピー数の増減が認められる検体が、AML、ALLの検体に比べ高頻度に認められた。NHLでは80例中、1q(33%)、6p(21%)、12番(26%)、18番(34%)に増幅、1p(28%)、6q(25%)に欠失が高頻度に認められた。 ALLとNHLには127例中25例(19.7%)に9p21の欠失があり、共通欠失領域56.6kbに含まれる遺伝子はp16、 p15のみであった。NHL80例中21例に2p15-16.1に共通増幅領域が認められ、RELを含むこの共通領域の大きさは1.29Mpであった(図2)。 本研究ではアレル別コピー数解析を行なうことによって、特に正常細胞の混在率が高い検体や微小領域のUPDを持つ検体においても、UPDの判定が可能になった。NHLは80例中59例(74%)とUPDが特に高頻度に認められ、AML、ALLにおける頻度と比較して有意差(p=3.3x10(-9)、 p=1.1x10(-5))を認めた(図3)。 NHLにおいてUPDは1p(20%)、1q(13%)、6p(29%)、9p(11%)、16p(10%)、17q(11%)、19p(11%)に高頻度に認められた(図4)。ALLとNHLでは9p21領域にUPDを認める検体の内4例に、UPD領域内に237kbの共通ホモ欠失を認め、この部位に存在する遺伝子はp16、p15、C9orf53の3遺伝子のみであった(図5)。 AMLでは全103例中30例(29.1%)にUPDを認めた。AMLでUPDを認めた検体について、UPDの領域内にあり、AML発症に関わることが知られている遺伝子について、変異の有無を調べた(表2)。その結果、UPDの領域にある既知の標的遺伝子で高頻度に遺伝子変異が認められた。13q領域内にUPDをもつ6例中、UPDの領域内にFLT3領域を含有する4例にのみFLT3ITDを認め、残りの2例にはITD、tyrosine kinase domain (TKD) のcodon 835/836の変異とも認めなかった(図6A)。11qでは4例中3例にCBL遺伝子のホモ変異を認めた。2例はこれまでの報告と同様に、exon8 (Ring Finger Domain)にアミノ酸置換を伴う変異があったが、1例はexon11にホモ変異が同定された(表2、図6B)。19qでは2例にUPDが認められ、2例共にC/EBPαに両アレルに塩基の挿入を認めた(表2、図6C)。また17pにUPDがある2例では2例共にp53、21qではUPDの領域内にAML1が含まれる1例について、AML1の変異を認めた(表2)。 IV.考察 AML、ALL、NHLの造血器腫瘍に対して、SNP解析用オリゴヌクレオチドアレイとCNAG/CNAG ver2.0、AsCNAR(1,2)を用いてゲノム網羅的な詳細なコピー数解析、またアレル別コピー数解析からLOH、UPDの解析を行なった。 NHLではUPDが74%と高頻度に認められた。AMLでは全体の29%にUPDを認めており、約20%という既存の報告と比べてやや高頻度に検出された。 AMLではUPD領域内に位置するAML発症に関わる既知の遺伝子の変異解析を行なったところ、CBL、C/EBPα、p53、AML1に高頻度にホモ変異が蓄積していた。特にCBLではexon11にこれまで報告されていない部位のアミノ酸置換を伴うホモ変異が同定された。これらUPD領域内に認める標的遺伝子の変異は、多数例を対象としたAML正常核型の遺伝子異常の報告の頻度と比較しても明らかに高頻度であった。 ALLとNHLでは9p21領域にUPDを認める検体の内4例に、UPD領域内にp16を含む237kbの共通ホモ欠失領域が認められた。また造血器腫瘍以外では、肝細胞癌や大腸癌などの固形腫瘍でもUPDを認めるという報告があった。 以上からUPDの領域に含まれる標的遺伝子の異常が腫瘍の発症進展に関与する可能性が示唆された。UPDのメカニズムとして図7に示す様に、(1)片側アレルの変異→(2)体細胞組み換えによりUPDが発生(変異アレルが両側になる)→(3)正常細胞や片側アレルのみの変異の細胞よりも増殖や生存に有利となり、細胞集団の中で選択される→(4) clonalに増殖し、両側アレルの変異が細胞集団の中で固定化、腫瘍化するという過程が想定される。この過程で変異を起こす遺伝子は、(1)本研究でホモ欠失が認められたp16の様な癌抑制遺伝子の場合、(2)骨髄増殖性疾患におけるJAK2のように、遺伝子の活性化変異が蓄積される場合などが考えられる。 NHLではAMLに比べ、更に多数のUPD領域が認められるが、標的遺伝子が未同定のものが多い。またUPDによる腫瘍化の機序についても今後の検討課題である。 〈表1〉 各疾患別の臨床情報 DLBCL: Diffuse Large B-cell Lymphoma, FL: Follicular Lymphoma, multilineage: Acute myeloid leukemia with multilineage dysplasia, IPI: International Prognostic Index, L-I: low-intermediate, H-I: High-Intermediate, 芽球:凍結保存された末梢血または骨髄液中の芽球の割合(芽球の割合が判明している検体数) 〈図1〉 疾患別の染色体コピー数の増減とUPD 各疾患別に横軸に各症例、縦軸に染色体別に、コピー数の増減とUPDの分布を示す。 〈図2〉 9p21の共通欠失領域と2pの共通増幅領域 A. ALL、NHL検体の9p21共通欠失領域:ALL47例、NHL80例について、25例に9p21に共通欠失領域があり、共通領域は56.6kbに限局され、含まれる遺伝子はp16 (INK4A)、p15 (INK4B)の2遺伝子であった。赤線で各検体に認めた増幅領域、緑線で欠失領域を示した。 B. NHL検体の2p15-16.1共通増幅領域: NHL80例中21例に2p15-16.1に共通増幅領域が認められ、RELを含むこの共通領域の大きさは1.29Mpであった。赤線で各検体に認めた増幅領域、緑線で欠失領域を示した。 〈図3〉 各疾患別のUPDの割合 個々の検体にUPDが認められる頻度について、2x2分割表を用いてイェーツの補正をしたχ2検定をし、ボンフェロニ補正を行なうことによって、疾患別に有意差の有無を検討したところ、AML、ALLとNHL間ではUPDの頻度に有意差が認められた。(AMLとNHL間:p=3.3x10(-9)、ALLとNHL間:p=1.1x10(-5)) 〈図4〉 各疾患におけるUPD頻度の染色体毎の分布 AML 103例、ALL 47例、NHL 80例のうち、各染色体長腕・短腕毎に、UPDを持つ検体の割合を示した。 〈図5〉 ALL、NHL検体の9pのUPD部位に認めた共通ホモ欠失領域 A. ALL検体(検体番号: W180545)で9pにUPDを持つ検体のアレイ解析結果:■はUPD領域、■はホモ欠失領域を示した。 B. ALL、NHLで9pにUPDを持つ4検体のUPD領域と共通ホモ欠失領域:ALL2例、NHL2例で、9pにUPDを認め、かつその内側にホモ欠失領域を認めた(■はUPD領域、■はホモ欠失領域を示した。)その共通領域は237kbで、3遺伝子(C9orf53、p16 (INK4A)、p15 (INK4B))のみを含んでいた。 〈表2〉 UPDを持つ染色体別の標的遺伝子とmutation 解析 multilineage: Acute myeloid leukemia with multilineage dysplasia、(*): 標的遺伝子候補がUPD領域に含有されているか 、○:含有される、×:含有されない、 WT: Wild Type、 ITD (+): FLT3 internal tandem repeat (ITD) が認められる、ITD(-): FLT3 ITDが認められない、TKD(-): tyrosine kinase domain codon 835/836の変異が認められない、ins: insertion 〈図6〉 AML検体でUPD部位に認められた変異 A.FLT3ITD 上段:13qにUPDを持つ6検体のUPD部位の分布(赤線)、 下段(写真):各検体のPCR産物の電気泳動でみたFLT3ITD (internal tandem repeat)の有無。(MOLM13: positive control, WT: Wild Type) UPD領域内にFLT3を含む4検体にはITDがなく、FLT3を含まない領域のみにUPDを持つ2検体にはITDが認められなかった。 B.上段:CBLexon8(左)、exon11(右)に認められたhomo変異 下段:11qにUPDを持つ検体に認められたCBL遺伝子の変異の分布 (TKB: tyrosine kinase-binding domain, RF: ring finger domain, PRO: proline-rich domain, UBA: ubiquitin-associated domain, ▲:変異を認めた部位)。exon8 (ring finger domain に2箇所、exon11(Proline-rich domain より3'側)に1箇所ホモ変異を認めた。 C.19qにUPDを持つ検体(W190397)に認めたC/EBPα遺伝子の6塩基挿入 〈図7〉体細胞組み換えによる UPDの発生メカニズムモデル | |
審査要旨 | 本研究は、造血器腫瘍において、染色体転座を伴わない標的遺伝子や付加的遺伝子異常の同定を目的とし、造血器腫瘍230症例に対し、高密度一塩基多型 (single nucleotide polymorphism, SNP) 解析用オリゴヌクレオチドアレイを用いてゲノム網羅的な腫瘍細胞の遺伝子解析を行なったものである。本研究で用いた方法では、ゲノム網羅的なコピー数解析、LOH解析と、染色体の片アレルが欠失、対側アレルが増幅しているUniparental Disomy (UPD)の解析を行なうことが可能であり、下記の結果を得ている。 1.本研究は東京大学医学部倫理委員会において承認された研究(承認番号948)である。急性骨髄性白血病103例、急性リンパ球性白血病47例、悪性リンパ腫(びまん大細胞性リンパ腫、濾胞性リンパ腫)80例の計230例という多数例の造血器腫瘍について、ゲノム網羅的なコピー数解析を施行し、詳細なコピー数の増減を示した。 2.従来の染色体検査では検出することが難しい、染色体の微細な領域の増幅や欠失についても検出し、更に共通欠失領域や共通増幅領域の探索を行なった。悪性リンパ腫と急性リンパ球性白血病における9p21の共通欠失領域は、57kbの領域にまで絞り込むことが可能であり、この領域にはp16、p15遺伝子のみが含まれていた。 3.染色体のコピー数をアレル別に解析することにより、UPDの領域を解析した。悪性リンパ腫では全体の74%と非常に高頻度にUPDが検出された。これは、急性骨髄性白血病、急性リンパ球性白血病の2疾患と比較して頻度が高く、有意差を認めた。 4.急性骨髄性白血病においてUPDが認められた検体に対し、UPDの領域内にあり、AMLに関わることが知られている遺伝子について、genome direct sequenceによる変異解析を行なったところ、CBL、p53、C/EBPα、AML1にホモ変異やFLT3 internal tandem repeatが認められた。これによりUPDが腫瘍の発症進展に関与している可能性が示唆された。 以上、本論文は造血器腫瘍細胞についてゲノム網羅的なコピー数解析により、ゲノムの詳細なコピー数変化を捉えるとともに、造血器腫瘍細胞、特にリンパ腫においてUPDが高頻度に認められること、そしてUPD上にある遺伝子にホモ変異が蓄積していることを示した。UPDが腫瘍化に関与する可能性を示唆したもので、腫瘍化の機序の解明に貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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