学位論文要旨



No 124832
著者(漢字) 和泉,
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,コズエ
標題(和) 高血圧自然発症ラット(SHR)における肥満関連遺伝子の同定
標題(洋)
報告番号 124832
報告番号 甲24832
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3252号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 准教授 植木,浩二郎
 東京大学 特任准教授 鈴木,亨
 東京大学 講師 塚本,和久
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

メタボリックシンドロームは、心血管疾患のハイリスク病態として近年とくに注目され、その成因的基盤として内臓脂肪蓄積とインスリン抵抗性の亢進が重要であると考えられている。一方で、メタボリックシンドロームは複数の遺伝因子を背景として運動不足や過栄養などの環境因子が加わることにより発症する複合遺伝形質(complex trait)の一つとも考えられている。メタボリックシンドロームの遺伝因子を探る目的で様々な研究が行われているが、疫学的研究やインスリン抵抗性に関連する遺伝子研究が多く、内臓脂肪蓄積に関連する遺伝子からのアプローチは稀である。

高血圧自然発症ラット(SHR)は本態性高血圧症のもっともよいモデル動物であると同時に、高インスリン血症と耐糖能異常、高TG血症と低HDL-C血症、内臓脂肪蓄積、交感神経系亢進等を呈するモデル動物でもある。SHRには遺伝子変異の有無により、多機能型受容体であるCd36を欠損するSHR/NCrjなどのNIH系strainと、正常型であるSHR/Izm strainなどがあり、両SHR間ではいくつかの表現型が異なることが報告されている。その中にあって、両系統ともほぼ体重が同程度にもかかわらず、副睾丸周囲脂肪組織重量に関してはNCrjの方が有意に軽いことは注目に値する。そこで、本研究において私は、メタボリックシンドロームと内臓脂肪蓄積に関わる遺伝因子の解明という観点からSHR系統間におけるこの内臓脂肪重量の遺伝的差異に着目し、その原因となる遺伝子を明らかにすることを目的とした。

【方法及び結果】

脂肪組織重量差を示した以前の報告が通常餌飼育下で、副睾丸周囲脂肪組織に限定されていたため、まず、高脂肪食をSHR/NCrjとSHR/Izm(8週齢雄、各n=10)に8週間負荷し、副睾丸周囲、後腹膜、腸間膜、皮下の各脂肪組織重量を両SHR間で比較した。その結果、全ての脂肪組織重量において、NCrjではIzmに比して有意な減少を認めた。

次に、両SHR間での各種表現型の違いがCd36遺伝子変異の有無に由来するかを調べる目的で、この2系統の交配に由来するF2集団(12週齢雄、n=144)を用いて連鎖解析を行った。その結果、空腹時の血中脂質値と血糖値における差異はCd36遺伝子変異の有無に非常に強く連鎖していたが、副睾丸周囲脂肪組織重量とCd36遺伝子変異の有無の間には全く連鎖が認められなかった。これらの結果から、SHR系統間における(内臓)脂肪蓄積の差異の原因となる遺伝子はCd36遺伝子以外に存在することが示唆された。

そこで、データーベース上にあるラットのマイクロサテライトマーカーに関する情報をもとに両SHR間で多型性が疑われる約300個の遺伝子マーカーに関して電気泳動法やsingle strand conformation polymorphism(SSCP)法を行い、多型が検出可能な25個のマーカーを同定した。そのうち12個はラットの1番染色体に存在するマーカーであった。そして、F2群の肝臓からゲノムDNAを抽出し各遺伝子マーカーの遺伝子型と各々の表現型との間の連鎖解析(いわゆるQTL [quantitative trait locus] 解析)を行った。その結果、F2群において、1番染色体に存在するD1Wox28に関する遺伝子型が、体重とは連鎖を認めないものの、親世代と同様にIzmのホモ型となる遺伝子型をもつラットで脂肪組織重量が有意に重いことが確認され、このD1Wox28周辺に原因となる遺伝子の存在が示唆された。また、この領域は同様に血圧や空腹時血糖値に関しても有意な連鎖を認めた。

一方、候補遺伝子の選出のため、両系統(n=4)の副睾丸周囲脂肪組織からRNAを抽出しマイクロアレイ解析を行った結果、両SHR系統間で発現量が異なる遺伝子が多数得られた。そして、QTL解析による位置情報とマイクロアレイ解析による発現情報を統合することにより、最終的に候補遺伝子を42個に絞込んだ。

この、42個の候補遺伝子のcDNAを蛋白質をコードする部分を中心としてDNA塩基配列解析をした結果、唯一、SLC22A18遺伝子に機能的に意味のある変異を同定した。すなわち、SLC22A18遺伝子に関して、SHR/Izmではイントロン9の最初の塩基が野生型であるグアニン(G)であるのに対し、SHR/NCrjではアデニン(A)に置換される点突然変異を認めた。

そこで、変異によってmRNAに生ずる異常を調べる目的で、変異の上流と下流のエクソン部分にPCRプライマーを設定し、脂肪組織由来RNAを用いて逆転写後にRT-PCRによるcDNA断片の増幅を行った。アガロースゲル電気泳動の結果、SHR/Izmでは正常の740塩基対のcDNA断片が得られたのに対し、SHR/NCrjでは短縮した断片の増幅が確認された。

次に、各cDNA断片をアガロースゲルから切り出し、DNA塩基配列解析を行った。その結果、SHR/NCrjのSLC22A18遺伝子ではイントロン9のドナースプライス部位におけるGTからATへの点突然変異により、102塩基からなるエクソン9全体がmRNAから欠失する、いわゆるexon skippingが生じていることが確認された。

SLC22A18遺伝子の発現を直接調べる目的で、(32)Pで標識したSLC22A18 cDNAプローブを用いて、northern blot解析を行い、約1.5kbのmRNAが主に肝臓と腎臓で高発現していることを確認した。また、脂肪組織においても同様に発現を認め、NCrjではIzmに比して、短縮したmRNAが各臓器で確認された。さらに、脂肪組織をコラゲナーゼ処理し、単離脂肪細胞と間質組織(vascular stromal fraction)に分離し、別々にRNAを採取して検討した結果、脂肪組織におけるSLC22A18遺伝子の発現は間質組織ではなく、主として脂肪細胞に存在することが確認された。

続いて、SLC22A18遺伝子の発現が脂肪細胞においてその分化とどのように関わるのかを検討した。マウス線維芽細胞である3T3-L1細胞を培養し、インスリン+デキサメサゾン+IBMXの3者刺激による脂肪細胞への分化誘導によってSLC22A18遺伝子の発現がどのように変化するかをRT-PCRによって調べた。分化誘導以前から発現を認めたが、分化誘導に伴ってSLC22A18 mRNAの発現の増強が認められた。

SHRはWistarに由来するWKYラットの中から、高血圧を指標とした選択交配によって確立されている。そこでWistarラットからSHRとWKYの各系統が確立されていく過程におけるSLC22A18遺伝子変異の位置づけを調べた。その結果、SHR/Izm系統以外は全て変異型を有することが判明した。

そこで、SHR/IzmとWKY/Izmとの交配に由来するF2集団(n=151)においても、遺伝子型と副睾丸周囲脂肪組織重量との連鎖を検討した。その結果、SHR/IzmとSHR/NCrjとの交配由来のF2集団で見られた連鎖と同様に、SHR/IzmとWKY/Izmの間でも副睾丸周囲脂肪組織重量及びその体重で補正した値がSLC22A18遺伝子変異と優性遺伝の形で強く連鎖しており、SLC22A18遺伝子領域と脂肪組織重量との関連が確認された。

SLC22A18遺伝子はヒトでは11番染色体短腕(11p15.5)に存在し、11エクソンからなり、10個の膜貫通部位をもつ約40kDの蛋白をコードする遺伝子である。約1.7kbのmRNAが胎児では腎臓、肝臓に高発現し、成人では肝臓、腎臓、心臓に高発現するほか、小腸、胎盤、膵臓、前立腺、脂肪組織などでも発現している。SLC22A18遺伝子産物の機能は明らかではないが、大腸菌の変異株にSLC22A18を過剰発現させた実験の結果から、クロロキンやキニジンの取り込みに関与する有機イオントランスポーターとしての機能が報告されている。そこで、SHR/IzmとSHR/NCrjの単離脂肪細胞を用いて、トリチウムで標識されたクロロキンの取り込み実験を行った結果、変異型のSLC22A18を有するSHR/NCrj由来の脂肪細胞においてクロロキンの取り込みが低下していることが確認された。

【結論】

今回、SHR/NCrjとSHR/Izmの2系統間に見られる内臓脂肪蓄積の差異を説明する原因候補遺伝子としてSLC22A18遺伝子とその変異を同定した。SLC22A18遺伝子産物が個体における脂肪蓄積に関わる機序は不明であるが、変異を有するSHRでは、体重に比較して局所における脂肪重量(とくに内臓脂肪重量)に大きな変化が見られることや、SLC22A18遺伝子が脂肪細胞で発現し、その発現が3T3-L1細胞の脂肪細胞への分化誘導に伴って増強することなどから、脂肪細胞の機能に直接的に関わる可能性が考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は高血圧自然発症ラットの各strainの間に存在する内臓脂肪重量の違いに着目し、SHRにおける脂肪蓄積に関わる遺伝子の同定を試みたものである。

QTL解析とマイクロアレイ解析の統合による候補遺伝子の同定、塩基配列解析による遺伝子変異の同定、ゲノムDNA、cDNA、RNA、単離脂肪細胞を用いての候補遺伝子に関する一連の実験を通して以下の結果を得た。

1.8週齢雄の両SHRに高脂肪食を8週間負荷し、副睾丸周囲、後腹膜、腸間膜、皮下における脂肪組織重量を比較した。各脂肪組織重量においてSHR/NCrjではSHR/Izmに比して脂肪組織重量が低下していた。

2.副睾丸周囲脂肪組織重量の違いがCd36遺伝子変異の有無によるものであるかどうかを調べる目的で、総コレステロール、HDLコレステロール、遊離脂肪酸、空腹時血糖値、副睾丸脂肪組織重量とCd36の遺伝子型との間の連鎖を、両SHRの交配に由来するF2集団(n=144)において調べた。その結果、血中脂質値と空腹時血糖値における差違はCd36遺伝子変異の有無により説明可能であったが、副睾丸周囲脂肪組織重量の差違はCd36遺伝子変異とは無関係であった。

3.データーベース上にあるラットのマイクロサテライトマーカーに関する情報をもとにして約300個の遺伝子マーカーを選出し、電気泳動法とSSCP法により、両SHR間で多型性が検出可能な遺伝子マーカーを25個同定した。その内の13個は1番染色体長腕に位置し、これらの遺伝子マーカーと表現型との間でQTL解析を行い、候補領域を絞り込んだ。そして、この候補領域内に位置し、両SHRの脂肪細胞においてマイクロアレイ解析上、発現量が異なるかもしくは機能的に候補となりうる遺伝子を絞りこみ計42個の候補遺伝子を得た。

4.42個の候補遺伝子のcDNAをエクソン部分を中心に塩基配列解析解析し、Solute Carrier Family 22 Member 18(SLC22A18)遺伝子についてのみ機能的に意味のある変異を同定した。ゲノムDNAの塩基配列解析の結果、SHR/Izm のSLC22A18遺伝子ではイントロン9の最初の塩基が野生型であるグアニン(G)であるのに対し、SHR/NCrjではアデニン(A)に置換される点突然変異を認めた。

5.その変異によって生じるmRNAの異常を調べるために、その上流と下流のエクソン部分にPCRプライマーを設定し脂肪組織由来RNAを用いて逆転写後にRT-PCRによるcDNA断片の増幅を行った。増幅した各cDNA断片をアガロースゲルより切り出して塩基配列解析を行った結果、SHR/NCrjではSLC22A18遺伝子のエクソン9全体がmRNAから欠失する、いわゆるexon skippingが生じていた。

6.両SHRの肝臓、腎臓、脂肪組織より採取したRNAを用いて、northern blot 解析を行った。その結果、約1.5kbのmRNAが主に肝臓及び腎臓で高発現し、脂肪組織においても同様に発現を認め、SHR/NCrjではSHR/Izmに比して、短縮したmRNAが各臓器で確認された。脂肪組織については脂肪細胞と間質組織に分離後、RNAを採取した結果、主に脂肪細胞で発現することが判明した。

7.マウスの線維芽細胞株である3T3-L1細胞を、インスリン+デキサメサゾン+IBMXによって脂肪細胞へ分化誘導しRT-PCRによりSLC22A18の発現をみた。分化誘導前から発現を認めたが、分化誘導に伴い発現の増強が認められた。

8.SHRがWKYから確立される過程でのSLC22A18遺伝子変異の位置づけを調べた。野生型はSHR/Izm系統のみであり、その他は全て変異型であった。そこで、SHR/NCrj及びSHR/Izmの交配に由来するF2集団(n=144)と合わせて、SHR/Izm及び WKY/Izmの交配に由来するF2集団(n=151)を用いて、SLC22A18遺伝子変異と副睾丸周囲脂肪組織重量の間で連鎖解析を行った。どちらの集団についても、副睾丸周囲脂肪組織重量及びその体重で補正した値がSLC22A18遺伝子変異と優性遺伝の形で有意な連鎖をしていた。

9.両SHRより単離した脂肪細胞を用い、細胞内に取り込まれるクロロキン含量を液体シンチレーションにて測定した。その結果、野生型のSHR/Izmに比べ、変異型のSHR/NCrjでは脂肪細胞のクロロキンの取り込みが低下していた。

以上、本論分はSHRにおける脂肪蓄積に関わる候補遺伝子として、SLC transporter familyの一つであるSLC22A18遺伝子を同定した。内臓脂肪蓄積は近年、問題となっている、メタボリックシンドロームの成因の基盤として重要であると考えられているが、内蔵脂肪蓄積に関連する研究は稀である。

SLC22A18遺伝子の生理的機能はほとんど不明であるが、膜輸送に関わることから合成化合物などの外因性基質によってその機能が調節できる可能性もあり、内臓脂肪蓄積やメタボリックシンドロームの新規の治療標的となりうることも考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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