学位論文要旨



No 124833
著者(漢字) 岩部,真人
著者(英字)
著者(カナ) イワブ,マサト
標題(和) 骨格筋におけるアディポネクチン経路の生理的意義の解明
標題(洋) Physiological roles of adiponectin/AdipoRs in skeletal muscle bioenergetics : Disruption of AdipoRs resulted in mitochondrial dysfunction in skeletal muscle
報告番号 124833
報告番号 甲24833
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3253号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 教授 武谷,雄二
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

わが国の死因の第一位を占める心血管疾患(心筋梗塞、脳梗塞など)の主要な原因は、肥満を基盤として耐糖能障害・脂質異常・高血圧が一個人に重積するいわゆるメタボリックシンドロームと考えられる。戦後の生活習慣の変化(高脂肪食・運動不足等)は肥満・脂肪細胞肥大化を助長するが、近年、この脂肪細胞肥大化が、脂肪細胞から分泌される生理活性物質"アディポカイン"の産生分泌異常を招き、インスリン感受性を悪化させることが明らかとなってきた。アディポカインのひとつであるアディポネクチンおよびその受容体であるアディポネクチン受容体(AdipoR)は肥満および2型糖尿病で発現が低下し、インスリン抵抗性や耐糖能障害を惹起する。また、アディポネクチン作用を増強させることは肥満に伴うインスリン抵抗性や糖尿病の効果的な治療手段となることが明らかとなっている。その作用メカニズムのひとつとして、アディポネクチンは骨格筋においてAdipoRを介したAMP-activated protein kinase(AMPK)の活性化により、脂肪酸燃焼を促進することが明らかとなっている。実際にAdipoR1・R2ダブル欠損マウスの骨格筋では、アディポネクチンによるAMPKの活性化は低下し、糖取り込みの有意な低下が認められた。また、ここ数年、ヒトのインスリン抵抗性や2型糖尿病の原因の一つとして、骨格筋におけるミトコンドリアの機能低下が関連する可能性が注目されている。大変興味深いことに、骨格筋におけるAMPKの活性化がミトコンドリアの機能に関与することも報告されている。そこで、今回、組織特異的AdipoR欠損マウスを樹立し、アディポネクチン/AdipoR経路の骨格筋における生理的意義の解明をミトコンドリア機能を中心に試みた。

【結果】

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、アディポネクチンによるAMPKのリン酸化は低下していた

アディポネクチン投与実験において、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、コントロールマウスと比較し、アディポネクチンによるAMPKのリン酸化は有意に低下していたが、肝臓におけるアディポネクチンによるAMPKのリン酸化はコントロールマウスと比較し低下していなかった。このことより、Muscleにおいては、AdipoR1はアディポネクチンによるAMPKのリン酸化に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、ミトコンドリア生合成および機能調節をしている分子の発現が低下していた

次にRT-PCR法を用いてMuscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋における遺伝子発現の解析を行った。Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、ミトコンドリア生合成及び機能調節をしているperoxisome proliferator-activated receptor γ coactivator 1α(PGC-1α)や、その発現誘導に重要なmyocyte enhancer factor 2(MEF2)の発現が有意に低下していた。このことよりMuscleにおいては、AdipoR1はAMPKによって誘導されうるMEF2とその標的遺伝子であるPGC-1αの発現を正に制御していることが示唆された。さらに、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、ミトコンドリアDNA複製・翻訳に関わるmitochondrial transcription factor A(mtTFA)及び転写に関わるnuclear respiratory factor 1(NRF-1)の発現が有意に低下していた。以上より、Muscleにおいては、AdipoR1はミトコンドリアDNA複製およびミトコンドリア構成タンパク質の転写・翻訳の制御に重要な役割を果たしていることが示唆された。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、ミトコンドリア構成タンパク質の遺伝子発現およびミトコンドリアDNA含量が低下していた

ミトコンドリア構成タンパク質の遺伝子発現を解析したところ、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、ミトコンドリアDNA由来のcytochrome c oxidase IIおよびゲノムDNA由来のcytochrome c (CytC)、medium chain acyl-CoA dehydrogenase (MCAD)等の発現低下が認められた。また、ミトコンドリアDNAコピー数をゲノムDNAあたりで定量的に調べたところ、ミトコンドリアDNA含量は有意に低下しており、Muscleにおいては、AdipoR1はミトコンドリアDNA含量及び機能の正の制御に生理的に重要な役割を果たしていることが示唆された。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、type1 fiberが低下していた

次に、骨格筋におけるPGC-1αは筋繊維のtypeを制御していることが報告されているため、骨格筋におけるアディポネクチン/AdipoR1経路がこれらの生理的機能に関与しているかを検証した。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、type1 fiberの制御に重要な役割を果たすperoxisome proliferator-activated receptor δ(PPARδ)の発現が有意に低下していた。

更に、type1 fiber のマーカーであるTroponin I (Slow)等のmRNAおよびタンパク質の発現は有意に低下していたことより、MuscleにおけるAdipoR1はtype1 fiberの制御に関与している可能性が示唆された。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスは運動持久力が低下していた

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスでは、骨格筋のtype1 fiberが少ないことが示唆されたため、運動持久力をトレッドミル運動負荷試験で検証したところ、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスでは有意に運動持久力が低下していた。一方、CT解析により、マウス下腿部の骨格筋の体積を測定したが、筋量には有意な差は認められなかった。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、酸化ストレスの消去に関わる分子の発現が低下していた

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスでは、骨格筋におけるアディポネクチンのAMPKのリン酸化は低下し、PPARδの有意な発現低下が認められたため、酸化ストレスの消去に関わるsuper oxide dismutase 2(SOD2)やCatalaseの発現量を検証したところ、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、両者とも有意に低下しており、Muscleにおいては、AdipoR1は酸化ストレス消去に関わる分子の発現を正に制御している可能性が示唆された。

Muscle-specific AdipoR1欠損マウスではインスリン抵抗性や耐糖能障害が認められた

グルコースクランプ試験においてMuscle-specific AdipoR1欠損マウスは、コントロールマウスと比べ、糖取り込みと糖利用が有意に低下しており、MuscleにおけるAdipoR1の欠損によって糖取り込みの低下が惹起されることが示唆された。

更に糖負荷試験において、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスでは、コントロールマウスと比べ、糖負荷後の有意な血糖の上昇と有意なインスリン値の上昇が認められ、Muscleにおいては、AdipoR1はインスリン感受性、糖代謝の制御に生理的に重要な役割を果たしていることが示唆された。

【考察】

今回、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの解析により、少なくともプライマリーにMuscleでAdipoR1が欠損することにより、アディポネクチンによる骨格筋でのAMPKのリン酸化の低下、MEF2/PGC-1αの発現低下、ミトコンドリアDNA含量および構成タンパク質の発現低下、SOD2、Catalase等の酸化ストレス消去系の低下が認められ、骨格筋でのインスリンの抵抗性や持久力の低下が認められた。

PGC-1αを骨格筋に過剰発現させることにより、ミトコンドリア数の増加に伴うエネルギー消費の亢進が認められ、また、筋繊維のtypeは遅筋型のtype1 fiberが増加する。一方、骨格筋特異的PGC-1α欠損マウスでは、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスと同様のミトコンドリア構成タンパク質の発現低下、運動持久力の低下が認められることから、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの表現型の少なくとも一部は、PGC-1αが関与していることが示唆される。

【結論】

アディポネクチン/AdipoR1経路が骨格筋においてMEF2、PGC-1α、ミトコンドリア機能や量の調節および酸化ストレス消去を行い糖代謝や運動持久力を調節している可能性が示唆された。MuscleでのAdipoR1はこれらの作用にプライマリーに重要な役割を果たしていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は糖・脂質代謝において重要な役割を果たしていると考えられるアディポネクチン/アディポネクチン受容体(AdipoR)の骨格筋における生理的・病態生理的意義を明らかにするため、Muscle-specific AdipoR欠損マウスを作製し、ミトコンドリア機能、酸化ストレス消去系、糖・脂質代謝、運動持久力を解析し、下記の結果を得ている。

1. Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、ミトコンドリア生合成及び機能調節をしているperoxisome proliferator-activated receptor γ coactivator 1α(PGC-1α)や、その発現誘導に重要なmyocyte enhancer factor 2(MEF2)の発現が有意に低下していた。ミトコンドリアDNA複製・翻訳に関わるmitochondrial transcription factor A(mtTFA)及び転写に関わるnuclear respiratory factor 1(NRF-1)も低下していた。さらに、ミトコンドリア構成タンパク質の遺伝子発現を解析したところ、ミトコンドリアDNA由来のcytochrome c oxidase IIおよびゲノムDNA由来のcytochrome c (CytC)、medium chain acyl-CoA dehydrogenase (MCAD)等の発現低下が認められた。また、ミトコンドリアDNAコピー数をゲノムDNAあたりで定量的に調べたところ、ミトコンドリアDNA含量は有意に低下しており、Muscleにおいては、AdipoR1はミトコンドリアDNA含量及び機能の正の制御に生理的に重要な役割を果たしていることが示された。

2. Muscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋においては、type1 fiberの制御に重要な役割を果たすperoxisome proliferator-activated receptor δ(PPARδ)の発現が低下し、type1 fiber のマーカーであるTroponin I (Slow)等のmRNAおよびタンパク質の発現が低下していたことより、MuscleにおけるAdipoR1はtype1 fiberの制御に関与している可能性が示された。

3. トレッドミル運動負荷試験では、Muscle-specific AdipoR1欠損マウスは運動持久力が低下していることが明らかとなった。

4. 酸化ストレスの消去に関わるsuper oxide dismutase 2(SOD2)やCatalaseがMuscle-specific AdipoR1欠損マウスの骨格筋において低下しており、更に酸化ストレスのマーカーであるTBARSが上昇していたことより、AdipoR1は酸化ストレス消去に関わる分子の発現を正に制御している可能性が示された。

5. グルコースクランプ試験においてMuscle-specific AdipoR1欠損マウスは、糖取り込みと糖利用が低下しており、更に糖負荷試験において、糖負荷後の血糖上昇とインスリン値の上昇が認められ、骨格筋において、AdipoR1はインスリン感受性、糖代謝の制御に生理的に重要な役割を果たしていることが示された。

以上、本論文はMuscle-specific AdipoR1欠損マウスの解析により、アディポネクチン/AdipoR1経路が骨格筋においてMEF2、PGC-1α、ミトコンドリア機能や量の調節および酸化ストレス消去を行い糖代謝や運動持久力を調節していることを明らかにした。本研究は、骨格筋におけるアディポネクチン/AdipoR1経路の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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