学位論文要旨



No 124834
著者(漢字) 上竹,勇三郎
著者(英字)
著者(カナ) ウエタケ,ユウザブロウ
標題(和) 食餌およびLOX-1に起因する酸化ストレスの臓器障害における役割について
標題(洋)
報告番号 124834
報告番号 甲24834
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3254号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 准教授 平田,恭信
 東京大学 特任准教授 山内,敏正
 東京大学 講師 塚本,和久
内容要旨 要旨を表示する

〈背景〉

近年、様々な臓器障害に酸化ストレスが介在する可能性が示唆されている。特に、酸化LDL受容体であるLectin-like oxidized LDL receptor-1(LOX-1)の過剰発現は酸化ストレスの亢進を招き、内皮機能障害、心血管障害を惹起することが報告されている。さらに我々は、非アルコール性脂肪性肝障害との関連にも注目した。これらの病態に局所のレニン・アンジオテンシン系(RAS)の亢進が深く関与していることが疑われたため、飽食時代の象徴である高食塩・高脂肪食を用い、食餌およびLOX-1と局所のRASの亢進に起因する酸化ストレスと臓器障害の関連を検討した。酸化ストレスの亢進は様々な臓器障害を誘発することが知られているが、特に慢性腎臓病(Chronic kidney disease:CKD)と心血管障害との連関に酸化ストレスが介在する可能性が注目されている。酸化ストレスの増加には内臓脂肪の蓄積、糖代謝異常、加齢、RASなど様々な要因があるが、最近、酸化LDL受容体であるLOX-1は酸化ストレスの亢進を招き、内皮機能障害、心血管障害を惹起することが報告された。

また、近年、非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease, NAFLD)はメタボリックシンドロームの肝障害の病態として注目されている。NAFLDは単純性脂肪肝(simple steatosis, nonalcoholic fatty liver, NAFL)から脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis, NASH)までを含む幅広い概念である。原因不明の肝硬変や発癌にNASHが関与するといわれており、NASHへの進行を抑制することが重要である。さらにその病態に酸化ストレスが深く関与しているともいわれ、病態の解明が急がれる。

〈目的〉

食餌およびLOX-1と局所のRASを介した酸化ストレスの亢進が臓器障害を惹起するという仮説をたて、動脈硬化モデルマウスであるアポ蛋白Eノックアウトマウス(apoEKO)を用いて、LOX-1遺伝子の容量依存性(gene titration)を検討することで、CKDおよび心血管障害と酸化ストレスとの連関を検討した。そこで、食餌も含めより臨床に近いメタボリックシンドロームの病態を意識し実験系を作成した。

〈方法〉

LOX-1tg/apoEKO、LOX-1WT/apoEKO、LOX-1KO/apoEKOマウスの3群を作成し、高食塩・脂肪食を8週間負荷することにより、高血圧と脂質異常症、酸化ストレスの悪循環を招き、さらに、LOX-1、RASが関与することによって何らかの臓器障害が誘発されることを仮説した。さらに、抗酸化薬やangiotensinII type 1 receptor blocker(ARB)を投与し、酸化ストレスを軽減することにより、それらの臓器障害の改善を検証した。

〈結果〉

高食塩・脂肪食を負荷することにより、すべての群において血圧の上昇を認めた。LOX-1tg/apoEKOマウスに高食塩・脂肪食を負荷した群では腎臓におけるLOX-1の発現が亢進し、さらにNADPHオキシダーゼ活性の亢進、NADPHオキシダーゼコンポーネントのmRNAの発現上昇、4HNEおよび3ニトロチロシン免疫染色における濃染、4HNE蛋白レベルの上昇などの所見を認め、酸化ストレスの増悪が確認された。また、腎臓における局所のレニン・アンジオテンシン系の亢進が認められ、これらの結果、腎動脈のリモデリングが生じた(Figure.1)。

また、LOX-1tg/apoEKOマウスに高食塩・脂肪食を負荷した群では、肝臓におけるLOX-1の発現が亢進し、Masson-trichrome、αSMA染色の所見上、著明な線維化を認めた(Figure.2)。さらに血清ヒアルロン酸値の上昇、PAI1、TGFβのmRNAの発現亢進からも線維化の増悪が疑われた。さらに、NADPHオキシダーゼ活性の亢進、4HNEの免疫染色における濃染、4HNE蛋白レベルの上昇、NBT還流実験の結果から酸化ストレスの増悪が確認された。また肝臓における局所のレニン・アンジオテンシン系の亢進も加わりNASHが発症した。

これらの臓器障害は、抗酸化薬、ARBによるRASの抑制で酸化ストレスを軽減することにより改善した。

〈考察・結論〉

高食塩・脂肪食を負荷することにより、すべての群において血圧の上昇が認められたため、LOX-1tg/apoEKOマウスにのみ認められた血管病変の増悪は血圧非依存性であり、LOX-1および局所のRASの亢進に起因する酸化ストレスが重要であると考えられた。本モデルに食塩を負荷することにより、本来、内因性のRASは抑制され酸化ストレスは軽減すると考えられたが、実際は血圧非依存性に酸化ストレスが増悪し、臓器障害が惹起された。本モデルでは、食餌性に酸化ストレスを亢進させる高食塩食や高脂肪食のみでは臓器障害は発症しないが、酸化ストレスにより生じる酸化LDLの受け手であるLOX-1が存在すると臓器障害が発症することが明らかとなった。食餌性にLOX-1の発現が亢進しRASを介した高酸化ストレス状態が原因となり血管障害や肝障害が惹起され仮説は証明された。局所のRASの亢進が臓器障害の発症のメカニズムに大変重要な役割を果たしており、本研究においては動脈硬化の進展およびNASHの発症にLOX-1とRASを介した酸化ストレスの亢進が重要であると示唆された。

Figure.1. 腎動脈の肥厚所見

腎動脈のEVG染色。

LOX-1tg/apoEKOマウスHSHF群で血管壁の肥厚を認めた。(X100 スケールは100μm)

Figure.2. 肝線維化所見

Masson-trichrome染色所見。

LOX-1tg/apoEKO HSHF群において

大滴性の脂肪滴を伴う脂肪肝、

中心静脈周囲性肝細胞風船様腫大、

中心静脈周囲性の線維化を伴う

小葉内好中球浸潤、門脈域の線維化を

認め、Matteoni's分類でtype4、

Brunt's分類でgrade2、stage1

に相当するNASHを認めた。

(x100 スケールは100μm)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、食餌負荷による酸化ストレスの亢進が、酸化LDL受容体であるLectin-like oxidized LDL receptor-1(LOX-1)の過剰発現および局所のレニン・アンジオテンシン系(RAS)の亢進を介し炎症が惹起され、様々な臓器障害を誘発する可能性を示した。動脈硬化モデルマウスであるアポ蛋白E遺伝子欠損マウス(apoEKO)およびLOX-1過剰発現マウス(LOX-1tg)を用いて、LOX-1遺伝子の用量依存性(gene titration)の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.動脈硬化モデルマウスであるapoEKOマウスにLOX-1tgマウスを掛け合わせ、高食塩・高脂肪食を8週間負荷したところ、腎動脈のリモデリングが生じた。腎臓におけるLOX-1の発現が亢進し、さらにNADPHオキシダーゼ活性の亢進、NADPHオキシダーゼコンポーネントのmRNAの発現上昇、4HNEおよび3ニトロチロシン免疫染色における濃染、4HNE蛋白レベルの上昇などの所見を認め、酸化ストレスの増悪が確認された。また、腎臓における局所のRASの亢進が認められ、これらの悪循環が生じ炎症が惹起されることがF4/80免疫染色の濃染により示され、その結果、腎動脈のリモデリングが示された。さらに、抗酸化薬、angiotensinII type 1 receptor blocker(ARB)を投与しRASを抑制し酸化ストレスを軽減することにより、これらの病変が改善することが示された。

2.apoEKOマウスにLOX-1tgマウスを掛け合わせ、高食塩・高脂肪食を8週間負荷したところ、非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis, NASH)が発症した。肝臓におけるLOX-1の発現が亢進し、さらに、NADPHオキシダーゼ活性の亢進、4HNEの免疫染色における濃染、4HNE蛋白レベルの上昇、NBT還流実験の結果から酸化ストレスの増悪が示された。また肝臓における局所のRASの亢進も加わり、これらの悪循環が原因となり炎症が惹起されることがF4/80免疫染色の濃染により示された。さらに、Masson-trichrome、αSMA染色の濃染、血清ヒアルロン酸値の上昇、PAI1、TGFβのmRNAの発現亢進から、線維化の増悪を確認し、NASHの発症が示された。これらの臓器障害は、抗酸化薬、さらにARBによりRASを抑制し酸化ストレスを軽減することで改善することが示された。

以上、本論文は、高脂肪食負荷のみでは発症しない臓器障害も、高食塩食を加えることにより、さらなる酸化ストレスの亢進を招き、これらにLOX-1の発現および局所のRASの亢進が関与し、炎症が惹起され、臓器障害が誘発される可能性を示した。LOX-1およびapoEKO関連マウスにおいては、高脂肪食のみを負荷したうえでの検討が多く、高脂肪食に加え、高食塩食を負荷した検討はこれまで未知であった。また、本モデルを用いた、腎動脈のリモデリングおよびNASHに関する報告もこれまで皆無であった。メタボリックシンドロームとその臓器障害の発症を検討するにあたり、食餌性の酸化ストレスおよびLOX-1の過剰発現が深く関与していることが示され、メタボリックシンドロームとその臓器障害の病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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