学位論文要旨



No 124837
著者(漢字) 岩崎,由希子
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,ユキコ
標題(和) 樹状細胞の分化・増殖における細胞内アダプター分子Lnk/SH2B3を介した新規制御機構
標題(洋)
報告番号 124837
報告番号 甲24837
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3257号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 中内,啓光
内容要旨 要旨を表示する

【序】

細胞内アダプター蛋白質群は、各種サイトカインシグナルの増幅・抑制やシグナル伝達系間のクロストークを担うといった重要な働きをしていることが知られている。Lnk/SH2B3は、SH2-BやAPSとアダプター蛋白質ファミリーを形成し、N末端からプロリンに富んだ領域、PH及びSH2ドメインとチロシンリン酸化部位を持つ、分子量68kDaの蛋白質である。その発現はリンパ系組織で強く、特にB細胞や造血幹細胞で強く発現している。これまでに、Lnkがc-Kit依存性にB細胞前駆細胞の増殖を、またc-Mpl依存性に造血幹細胞の増殖・維持を負に制御していることや、巨核球前駆細胞のTPO依存性増殖・成熟を負に制御していることが報告されており、サイトカインシグナルを抑制性に制御する分子としての役割が明らかになりつつある。更に、巨核球からの血小板産生時には、Lnkがインテグリンα4β1及びインテグリンα4β7のリガンドであるVCAM-1を介した細胞骨格系の制御とTPO依存性シグナルの制御の双方に関与している報告がなされ、細胞骨格制御とサイトカインシグナル制御とを繋ぐ働きが示唆されている。

樹状細胞は、自然免疫と獲得免疫の橋渡しをするばかりでなく、免疫寛容を誘導する働きも持ち、生体内の免疫系のバランス調節において中心的な役割を果たしている。生体内での高い移動能や、様々な刺激に応じて樹状突起を伸ばすといった形態学的な多様性から、その分化過程や機能において、サイトカインシグナルを介した制御を受けるのみならず、細胞骨格を介した制御も受けているものと考えられる。これまで、樹状細胞におけるLnkの発現の有無やその機能については検討されておらず、また、Lnkの作用機構としてサイトカイン制御と細胞骨格制御との関わりが示唆されていることを踏まえると、Lnkが樹状細胞においても何らかの機能を担っていることが十分に予想される。本研究では、Lnkの樹状細胞における働きを検討する為、lnk欠損マウスを用いて解析を行った。

【方法と結果】

(1)lnk欠損マウスリンパ組織内樹状細胞の変化

初めに、Lnkの発現を脾臓樹状細胞及び骨髄由来樹状細胞でウェスタンブロッティングにより確認した。脾臓・末梢リンパ節・胸腺・骨髄内に存在する樹状細胞数がlnk欠損により増加しており、脾臓において辺縁帯付近に認められる樹状細胞の分布、MHC-II分子や共刺激分子の発現割合及びCD8αの発現の有無によって分類されるサブセットについては大きな変化を認めなかった。成熟度やサブセットに偏りなく総数が増加していることが分かったことから、生体内を循環している樹状細胞のリンパ組織への移動能の亢進によりこれらの変化が生じている可能性を検討する為、皮膚にFITCを刺激物質であるフタル酸ジブチル添加ないし非添加にて塗布し、FITCを提示した樹状細胞の各リンパ組織への移動能を調べた。炎症性の刺激を受け成熟した樹状細胞の所属リンパ節への移動及び未熟樹状細胞の内因性の胸腺への移動には明らかな差を認めなかったが、内因性の脾臓への移動にはlnk欠損マウスで亢進が認められた。従って、lnk欠損による樹状細胞のリンパ組織への移動能に著明な変化はないものの、脾臓においては、lnk欠損により樹状細胞のホーミングを促す変化が生じている可能性が考えられた。また、樹状細胞の寿命の制御との関与が報告されているアポトーシス抑制分子Bcl-2の発現について野生型及びlnk欠損マウスの脾臓樹状細胞で検討したが、成熟と共にBcl-2の発現が低下する傾向にも、成熟・未熟各段階におけるBcl-2の発現割合についても、違いは認められなかった。

(2)lnk欠損が樹状細胞の免疫学的応答に与える影響

樹状細胞は生体内で抗原提示細胞として重要な働きをしており、提示方法にはMHC-Iを介した細胞質内抗原の提示、MHC-IIを介した細胞外抗原の提示、そして細胞外抗原をMHC-Iによる提示の経路に移行させるクロスプレゼンテーションの三つが存在する。クロスプレゼンテーションは樹状細胞に特徴的な機構であり、抗原の細胞質内での適切な動態制御が重要である。これまでの研究により、Lnkが細胞骨格の制御に関与していることが示唆されてきていることから、このクロスプレゼンテーションについて、OVAを抗原として用い、OT-Iトランスジェニックマウスから精製したCD8+T細胞が樹状細胞からの抗原提示により分裂することを指標として抗原提示能を評価したところ、lnk欠損骨髄由来樹状細胞のクロスプレゼンテーションによる抗原提示は野生型と同等であることが分かった。

樹状細胞は、外来抗原の種類に対応したTLRからのシグナルに応じて各種サイトカインを産生し、T細胞の分化の方向性を決定づけている。最近、ハウスダスト抗原や粘膜上でアジュバント効果を持つコレラ毒素により、樹状細胞表面上にc-Kit及びSCFの発現が起こり、それらの相互作用を介したシグナルによりIL-6の産生が誘導され、これがIL-13やIL-17といったサイトカイン産生を誘導することで、TH2やTH17型の反応が促進されることが示された。LnkはB細胞分化においてc-Kitシグナルを抑制性に制御していることが報告されていることから、樹状細胞においてもc-Kit依存性のシグナルを介して生じるサイトカイン産生を制御している可能性が考えられ、コレラ毒素刺激による骨髄由来樹状細胞からのIL-6産生を測定したところ、lnk欠損骨髄由来樹状細胞からの産生量は野生型と同程度であった。また、ウイルス感染時に大量のインターフェロンαを産生し、免疫学的に非常に重要なpDCについても、骨髄からFlt3Lにより誘導したpDCを用い、TLR9刺激によるインターフェロンα産生を測定したが、lnk欠損による変化は認められなかった。以上より、樹状細胞における全てのサイトカイン産生の経路・分子について比較検討してはいないものの、現時点でlnk欠損が樹状細胞からのサイトカイン産生に及ぼす影響は認められていない。

(3)lnk欠損マウスにおける樹状細胞増加のメカニズム

樹状細胞の生体内における移動能にも、また、アポトーシス抑制分子Bcl-2の発現にもlnk欠損による著明な変化が認められないにも関わらず、lnk欠損マウスリンパ組織内で樹状細胞数が増加していることから、その増加が分化段階で生じているかについて検討を行った。近年マウス骨髄内でcDC及びpDCの前駆細胞として同定されたLin-IL-7Rα-c-Kit(int)Flt3+M-CSFR+細胞であるCDP(common DC precursor)の数について検討したところ、lnk欠損マウスで増加傾向が認められ、lnk欠損マウスの骨髄では樹状細胞前駆細胞が増加傾向にあることが示された。

また、骨髄よりGM-CSFやFlt3Lを用いた樹状細胞の誘導時に増殖曲線をプロットしたところ、培養細胞中6割以上がCD11c陽性となる培養6、7日目以降で、lnk欠損による増殖亢進が顕著となることが分かった。そこで、骨髄由来樹状細胞のGM-CSF反応性の増殖を、[3H]チミジンの取り込みにより評価したところ、lnk欠損骨髄由来樹状細胞でより多くの取り込みを認め、分化後のGM-CSF反応性増殖が亢進していることが明らかとなった。この機構を詳細に調べるため、GM-CSFレセプター下流のシグナル伝達物質であるJAK2, STAT5, ERK1/2のチロシンリン酸化について、ウェスタンブロッティングにより解析したところ、lnk欠損骨髄由来樹状細胞で亢進していることが示された。次に、樹状細胞を足場のない環境におくと、野生型ではこれらのシグナル伝達物質のリン酸化が減弱するのに対し、lnk欠損骨髄由来樹状細胞では維持されることが分かり、接着部位からの細胞骨格を介したシグナルがLnkによるGM-CSFシグナルに対する抑制性制御を負に制御していることが示唆された。

【考察】

リンパ組織における樹状細胞の恒常性は、血中からの樹状細胞前駆細胞の流入速度と、樹状細胞の分裂回数及びアポトーシスのバランスに依存している。本研究において、lnk欠損マウスリンパ組織で認められた樹状細胞の増加は、樹状細胞前駆細胞からの分化過程及び分化後の増殖に関与するサイトカイン反応性の亢進によりもたらされているものと考えられた。また、樹状細胞において接着部位からのシグナルが、LnkによるGM-CSFシグナル抑制性制御を抑える方向で関与していることがわかり、Lnkが樹状細胞においてもサイトカインシグナルの制御と細胞骨格制御を繋ぐ働きをしている可能性が示唆された。一方で樹状細胞におけるc-Kitシグナル依存性のIL-6産生に野生型との差が見られないことや、これまでTPOやIL-3のシグナル伝達においては報告されていないlnk欠損によるJAK2の活性化をGM-CSFシグナル伝達において認めるなど、樹状細胞特異的な働きがあることがわかり、Lnkが細胞の種類に依存した作用を持つことが示唆された。

現段階では、Lnkが樹状細胞の免疫学的な機能に及ぼす影響は明らかではないが、今後更なる解析を加えていくことにより、免疫制御療法における効率的かつ効果的な樹状細胞の誘導といった臨床面での発展に繋がることが期待される。また、樹状細胞におけるLnkによるサイトカインシグナル制御と細胞骨格制御の機構を詳細に解明していくことで、より普遍的な、サイトカインシグナルと細胞接着とのクロストークによる細胞機能制御の分子機構の解明に迫ることが出来ると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞内アダプター分子Lnk/SH2B3の樹状細胞における役割について着目したものである。Lnkは、SH2-BやAPSとファミリーを形成し、N末端からプロリンに富んだ領域、PH及びSH2ドメインとチロシンリン酸化部位を持つ、分子量68kDaのタンパクである。リンパ系組織、特にB細胞や造血幹細胞で強く発現し、c-Kit依存性にB細胞前駆細胞の増殖をまたc-Mpl依存性に造血幹細胞の増殖・維持を負に制御していることが知られている。巨核球においては、TPO依存性増殖・成熟を負に制御することに加え、血小板産生時にはLnkがVCAM-1を介した細胞骨格系の制御とTPOシグナルの制御の双方に関与していることが報告されており、細胞骨格制御とサイトカインシグナル制御を繋ぐ働きをしていることも示唆されている。これまで、樹状細胞におけるLnkの発現やその機能については検討されておらず、末梢組織で抗原を捕捉し所属リンパ節に移動するといった高い移動能や種々の刺激により多様な形態変化を示す樹状細胞において、細胞骨格及びサイトカインシグナル制御を担うLnkがそれらの機能の一端を担う可能性を考えた。そこで、lnk欠損マウスを用い、lnk欠損により脾臓・末梢リンパ節・胸腺・骨髄といったリンパ組織における樹状細胞の数やサブセット、並びに樹状細胞の抗原提示などの免疫学的機能、サイトカイン(GM-CSF, Flt3L)反応性に及ぶ影響について検討を試み、下記の結果を得た。

1. Lnkタンパクの発現を脾臓樹状細胞並びに骨髄由来樹状細胞にて確認した。lnk欠損マウスの脾臓・末梢リンパ節・胸腺・骨髄で樹状細胞数が増加していた。脾臓における樹状細胞の組織学的な分布及びサブセットの割合にはlnk欠損による変化はみられなかった。

2. lnk欠損マウスリンパ組織における樹状細胞数の増加が、生体内での樹状細胞の移動能亢進に起因する可能性を検討した。炎症誘導条件下にFITCを皮膚に塗布し検討した樹状細胞の所属リンパ節への移動能にはlnk欠損による変化を認めなかった。炎症を誘導しない条件下での移動能を検討したところ、lnk欠損マウスにおいて皮膚樹状細胞の脾臓へのホーミング能が亢進している可能性が示唆された。

3. lnk欠損樹状細胞におけるアポトーシス遷延の可能性を検討した。アポトーシス抑制分子Bcl-2は樹状細胞の寿命を規定するとの報告がある。成熟・未熟いずれの段階においても、lnk欠損樹状細胞と野生型樹状細胞でBcl-2の発現に差は認められなかった。

4. lnk欠損骨髄由来樹状細胞の抗原提示能について、細胞内での抗原処理過程でより細胞骨格の制御が重要と思われるクロスプレゼンテーションについて検討した。OVAを抗原とし、OT-I TCR トランスジェニックマウスより分離したCD8+ T細胞に対する抗原提示能を、T細胞の分裂回数を比較することで評価した。lnk欠損骨髄由来樹状細胞のクロスプレゼンテーション能は、野生型と同程度であった。

5. 骨髄由来樹状細胞をコレラ毒素で刺激すると、c-Kit依存性にIL-6が産生されるとの報告がある。同様の系でlnk欠損骨髄由来樹状細胞からのIL-6の産生を検討した。lnk欠損及び野生型骨髄由来樹状細胞から同程度のIL-6産生を認め、Lnkによるサイトカインシグナル制御は、細胞種に依存する部分が大きいことが示唆された。

6. lnk欠損により樹状細胞の分化段階に細胞数の変化が生じているか否かを検討した。樹状細胞前駆細胞として報告されたCDP(common dendritic cell precursor)は、lnk欠損により有意差はないものの増加傾向にあった。cDCのより直接的な前駆細胞として報告された脾臓pre-cDC数についても検討したところ明らかな増幅は認めなかった。

7. 骨髄よりGM-CSFないしFlt3Lで樹状細胞を誘導した場合、いずれにおいてもlnk欠損により多くの樹状細胞が分化してくることが明らかとなった。、GM-CSFに対する反応性増殖がlnk欠損骨髄由来樹状細胞で亢進しており、GM-CSF刺激依存性に生じるJAK2, STAT5, ERK1/2のチロシンリン酸化が亢進していた。Lnkは樹状細胞においてGM-CSFやFlt3Lシグナルを負に制御していることが示された。

8. 骨髄由来樹状細胞を足場のない環境におくことにより、野生型ではGM-CSF刺激下でのJAK2, STAT5, ERK1/2のリン酸化が減弱するのに対し、lnk欠損細胞ではこれらのリン酸化が維持されていた。接着を介したシグナルがLnkによるGM-CSFシグナルの抑制性制御を抑える方向に作用することが考えられ、樹状細胞においてもLnkがサイトカインシグナル制御と細胞骨格制御とを繋ぐ働きをしている可能性が示唆された。

9. ケモカインレセプターCCR9を発現する未熟なpDCが免疫寛容を誘導することが報告された。このCCR9陽性pDCは、lnk欠損マウスで野生型の10倍近くに増加していた。Lnkによる樹状細胞分化・増殖の抑制性制御は、tolerogenic DCの分化・増殖により強く関与する可能性が示唆された。

以上、本論文により、免疫システムの恒常性維持に極めて重要と考えられる樹状細胞において、細胞内アダプター分子であるLnk/SH2B3によるサイトカインシグナルの抑制を介した新たな樹状細胞産生制御機構の関与が示された。更に、その制御においては細胞骨格の制御も関わっている可能性が示唆された。 現時点では樹状細胞の免疫学的機能にlnk欠損による変化を認めないものの、tolerogenicなpDCの増加を顕著に認めており、近年、自己免疫疾患であるI型糖尿病やCeliac病患者におけるSNPs解析から、LnkのPHドメインの変異との関連が報告されていることを考え合わせると、樹状細胞におけるLnkの働きと自己免疫疾患との関連性は、重要な検討課題であると考えられる。本研究は、Lnkによる新たな樹状細胞の恒常性維持のメカニズムの存在を示し、tolerogenicな樹状細胞の誘導にもLnkが抑制性に関与することを明らかにした。今後の更なる作用機構の解明により効率的・効果的な樹状細胞の誘導法確立といった臨床的貢献の可能性を示唆し、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24385