学位論文要旨



No 124838
著者(漢字) 嘉陽,啓之
著者(英字)
著者(カナ) カヨウ,ヒロユキ
標題(和) 成人T細胞白血病リンパ腫の癌幹細胞に関する研究 : 癌幹細胞の同定およびSP細胞に対するインターフェロン作用の検討
標題(洋)
報告番号 124838
報告番号 甲24838
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3258号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 講師 藤井,毅
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma : ATLL)は、CD4陽性T細胞に由来したきわめて悪性度の高い白血病である。ATLL患者は免疫不全に近い状態にあり、全身の免疫低下に加えて、ATLL細胞の増殖力は強く、また一般に抗癌剤に対して抵抗性である。ATLL細胞は化学療法にしばしば抵抗性を示し、また寛解が得られたとしても、再発率は非常に高いことが知られている。よって、ATLLに伴う免疫不全に加えて、抗癌剤が効きにくいことから、ATLLの予後は現在でも極めて不良である。

ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-lymphotropic Virus Type I : HTLV-1)は、ATLLの原因ウイルスとして1981年に同定され、ウイルス感染症として疫学的研究のみならずHTLV-1の分子生物学的解析、ATLLの病態解析から多くの知見が明らかにされたが未だATLLの発症機構は解明されていない。HTLV-1の感染の特徴は、ウイルス自体による感染ではなくウイルスに感染したT細胞の移入によって感染することである。感染するためには、感染細胞と非感染細胞との接触が必要であり、様々な細胞に感染が可能であるが、増殖を誘導するのはCD4陽性T細胞である。この細胞が分裂増殖することによりクローン増幅がおこり、クローンは長期にわたって存在し、感染が維持される。このように増幅されたクローンの中から悪性細胞が出現してくるのがATLLであり、感染から通常50年以上の長い潜伏期間に遺伝子的な変化の積み重ねによって腫瘍化するとATLL を発症すると言われている。そして、この腫瘍化したT細胞は発生場所をはじめ、種々のリンパ系細胞を障害して、主に細胞性免疫不全を起こす。その他、不明な点は多いが、発症に至る少なくとも初期の過程において、HTLV-1ウイルス蛋白質Taxが重要な役割を果たしていることが分かっている。しかし、病気の発見から30年、そしてHTLV-1が見つかってから25年以上が経過したが、発癌機構には未だに不明な点が多く残されており、有効な治療法はまだ確立されていない。ただ、インターフェロン(IFN)-αと併用し治療した場合には、治療効果が得られることも知られている。

一方、最近の幹細胞研究では、様々な腫瘍内に幹細胞の性質をもつ少数の癌細胞(癌幹細胞)の存在が明らかにされ始めている。癌幹細胞は、腫瘍のほとんどを占める非癌幹細胞と異なり、高い自己複製能、腫瘍形成能をもつ。さらに、癌幹細胞は様々な抗癌剤や放射線療法に対して耐性であることも示され、癌治療の重要な標的として認識され始めている。また癌幹細胞は、組織幹細胞特性の一つであるside population(SP)細胞として分離されることが多く、SP細胞と抗癌剤耐性が密接に関与していることも知られている。

従って、ATLLの発症過程および多剤耐性能から、ATLLにおいても癌幹細胞の存在が考えられ、治療の重要な標的になると推測される。しかし、未だATLLにおける癌幹細胞の報告はなされていない。そこで本研究においては、ATLLにおける癌幹細胞の同定を試みた。さらに、ATLL細胞のもつ多剤耐性能におけるIFN-αの作用をSP細胞との関連で検討した。

【方法】

1. ATLL細胞株における癌幹細胞の同定

ATLL患者由来の細胞株HUT102、SezM3、ATL-35T、Sez627C、ED-40515、MT-1、ATL-2、ATL-16T、ATL-43TbおよびHTLV-1形質転換細胞株SLB-1、MT-2、MT-4のATLL細胞株12種を蛍光色素Hoechst33342を用いて染色し、フローサイトメーターにてSP細胞解析を行い、癌幹細胞が含まれると考えられるSP細胞の確認を行った。次に、SP細胞の確認された細胞株3種を用いて68種類の細胞表面マーカーの発現解析を行った。さらに、ATLL細胞において造血幹細胞のマーカーとして知られているCD34、CD38、CD48、CD90の発現を全てのATLL細胞株12種にて解析した。また、SP細胞分画とMP細胞分画のソーティング後、それぞれを分離培養することにより、SP細胞とMP細胞の出現の確認を行った。

2. SP細胞に対するIFN-α、β、γの影響

まず、SP細胞の検出された細胞株ATL-2、ATL-16T、ATL-43Tbを無血清にて培養し、細胞への影響を確認した。通常の血清を含む培養と差の認められなかったATL-43Tbを使用し、IFN-α、β、γの添加培養によるSP細胞への影響を検討した。検討内容として、SP細胞の割合の変化をSP細胞解析し、T細胞分化マーカーの発現をフローサイトメーターにて測定し、さらにシグナルの変化をウエスタンブロットにて解析した。また、IFN-αによる持続作用の必要性を確認した。

【結果】

1. ATLL細胞株における癌幹細胞の同定

ATLL細胞株におけるSP細胞解析の結果、HUT102、ATL-2、ATL-16TおよびATL-43Tbの4種の細胞株においてSP細胞の存在が確認された。HUT102ではSP細胞の割合がわずかであったため、ATL-2、ATL16T、ATL-43Tbを用いて68種類の細胞表面マーカー解析を行った。その結果、造血幹細胞(HSC)に関連したいくつかのマーカーにおいて発現が認められた。HSC関連マーカーのうち、CD34、CD38、CD48、CD90はATLL細胞において幹細胞特異的な性質をもつ細胞のマーカーになると考えられ、12種すべてのATLL細胞株における発現を確認した結果、CD34とCD38の発現は認められなかったが、CD48は全ての細胞株で発現し、CD90は5種の細胞株において発現を確認した。

また、SP細胞分画とMP細胞分画をそれぞれ培養し、SP細胞解析した結果、両分画からSP細胞とMP細胞の出現が確認された。

2. SP細胞に対するIFN-α、β、γの影響

ATLL細胞株ATL-43TbにおいてIFN-α、β、γの添加培養することにより、IFN-αによってのみSP細胞の割合が減少し、また、T細胞の終末分化と活性化を示す細胞表面マーカーCD25陽性細胞の増加が認められた。さらに、シグナルの解析においてはSTAT1、STAT5およびErk1/2のリン酸化が増加した。また、これらの結果はIFN-αの持続作用によることが確認できた。

【考察】

本研究より、ATLL細胞株において典型的な癌幹細胞分画を同定するまでには至らなかったが、4種の細胞株では幹細胞特性の一つであるSP細胞を検出することが出来た。しかしながら、SP細胞についてこれまでに報告されている結果とは異なり、SP細胞およびMP細胞の両方からSP細胞とMP細胞の双方が生じ、ソーティング前と同じ検出パターンを再構成した。よって、MP細胞にも癌幹細胞が含まれると考えられ、ATLL細胞株において癌幹細胞をSP細胞という表現型で分離し、癌幹細胞の指標として用いるには有用ではないと思われる。また、多数の細胞表面マーカーの解析を行い、ATLL細胞にCD48やCD90を含むいくつかのHSCに関連したマーカーの異所性発現がみられたが、これらのマーカーは均一に発現しており、少数の細胞集団からなる癌幹細胞を表面マーカーで同定・単離することは現段階では難しいと考えられる。ただ、成熟T細胞において発現が認められないCD48とCD90のマーカーは、ATLL細胞の幹細胞特性の獲得に伴い再発現したと思われ、興味深い。また、ATLLでは、腫瘍細胞がこれらの幹細胞特性を再獲得することにより治療抵抗性の原因となったことも推測される。

一方、IFN-αによりATLL細胞のSP細胞が減少することを見出した。IFN-αは抗癌剤との組み合わせによって、抗癌剤による治療が有効でなかった患者に臨床的効果を示す報告がされている。つまり、SP細胞という表現型は薬剤耐性遺伝子であるABCトランスポーターやMDR遺伝子から生ずるため、IFN-αはこれらの遺伝子産物の活性を制御し、結果的に観察された臨床効果をもたらす可能性が考えられる。さらに、IFN-αによるSTAT1とSTAT5およびERKのリン酸化が示され、JAK/STAT経路とMAPキナーゼ経路がSP細胞表現型を含む幹細胞特性の維持に重要であることが示唆された。

結論として、IFN-αによるSP細胞の減少は、直接的または間接的にATLL細胞の重要なシグナルに変化を及ぼし、多剤耐性なATLL患者におけるIFN治療の臨床的効果に関与していると思われる。ATLLにおける幹細胞特性のさらなる解明は、この病気の新しい治療法の開発に役立つと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は成人T細胞白血病リンパ腫(Adult T-cell Leukemia/Lymphoma:ATLL)における癌幹細胞の同定、およびATLL細胞の多剤耐性能とインターフェロン(IFN)作用について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.ATLL細胞株における癌幹細胞の同定

ATLL細胞株におけるSP細胞解析の結果、HUT102、ATL-2、ATL-16TおよびATL-43Tbの4種の細胞株においてSP細胞の存在が確認された。HUT102ではSP細胞の割合がわずかであったため、ATL-2、ATL16T、ATL-43Tbを用いて68種類の細胞表面マーカー解析を行った。その結果、造血幹細胞(HSC)に関連したいくつかのマーカーにおいて発現が認められた。HSC関連マーカーのうち、CD34、CD38、CD48、CD90はATLL細胞において幹細胞特異的な性質をもつ細胞のマーカーになると考えられ、12種すべてのATLL細胞株における発現を確認した結果、CD34とCD38の発現は認められなかったが、CD48は全ての細胞株で発現し、CD90は5種の細胞株において発現を確認した。

また、SP細胞分画とMP細胞分画をそれぞれ培養し、SP細胞解析した結果、両分画からSP細胞とMP細胞の出現が確認された。

2.SP細胞に対するIFN-α、β、γの影響

ATLL細胞株ATL-43TbにおいてIFN-α、β、γの添加培養することにより、IFN-αによってのみSP細胞の割合が減少し、また、T細胞の終末分化と活性化を示す細胞表面マーカーCD25陽性細胞の増加が認められた。さらに、シグナルの解析においてはSTAT1、STAT5およびErk1/2のリン酸化が増加した。また、これらの結果はIFN-αの持続作用によることが確認できた。

以上、本論文はATLL細胞株において典型的な癌幹細胞分画を同定するには至っていない。しかし、ATLL細胞株において癌幹細胞をSP細胞という表現型で分離し、これが指標となりうる可能性を提示している。また、IFN-αによるSP細胞の減少は、多剤耐性ATLL症例におけるIFN治療効果を一部説明しうる新知見と考えられる。本研究は、ATLLのさらなる病態解明および治療展開に寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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