No | 124839 | |
著者(漢字) | 川上,真樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワカミ,マサキ | |
標題(和) | 喘息における気道リモデリングの解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 124839 | |
報告番号 | 甲24839 | |
学位授与日 | 2009.03.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3259号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [背景と目的] 気管支喘息は可逆性の閉塞性呼吸障害を来す疾患で、病態形成には慢性の気道炎症の存在が認識され重視されている。慢性気道炎症は気道上皮を傷害し、それに伴い誘導される基底膜部の線維化、粘膜下腺の過形成および平滑筋の肥大が気道壁の肥厚を引き起こす。この過程を気道リモデリングと呼び、喘息の難治化、重症化に結びつくと考えられている。 現在、気管支喘息の治療には吸入ステロイド薬が第一選択であるが、これらはアレルギー性炎症の対症的な治療であり、治療抵抗性や難治例も少なくない。難治化、重症化には気道リモデリングが深く関与していると考えられており、治療戦略としてこのリモデリングの進行を止め、改善することが求められている。しかし現在の対症的な治療ではこういった病態の進行に対する効果は十分ではない。このような点からさらに病因、病態に即した新たな治療法の確立が重要であり、そのために更なる発症機序の解明が必要とされる。 気管支喘息の多くは吸入抗原に感作後、再び抗原を吸入することにより気道炎症を起こす。気道炎症発症の第一段階である抗原感作/暴露では、抗原性だけでなくダニに代表される吸入抗原の多くがプロテアーゼ活性を有し、アレルギー性炎症の惹起に影響を与えていると考えられている。 喘息の気道炎症においてT細胞は中心的な役割を果たしている。CD4陽性T細胞は産生するサイトカインのパターンによってヘルパー1型T(Th1) 細胞とTh2細胞に分類されている。通常はTh1細胞とTh2細胞は互いにバランスを取りながら生体防御機構の主要な役割を果たしているが、何らかの原因でこのバランスが崩れると様々な疾患や病態形成に影響を与える。喘息患者でも気道粘膜や 気管支肺胞洗浄液(BALF)中にTh2サイトカインの増加が認められることより、Th1/Th2バランスが重要な役割を果たしていることが解明されてきた。さらに近年、T細胞サブセット中にTh1およびTh2に対して抑制的に作用する制御性T (regulatory T : Treg) 細胞が存在することが認知され、アレルギー疾患の発症や重症化に関与している可能性が示唆されている。Tregは二次リンパ節で抗原提示細胞(APC)による抗原提示を受けたnaive T細胞より分化し活性化する。この二次リンパ節へのホーミングに主要な役割を果たしているのがCC-Chemokine receptor 7(CCR7)で、そのリガンドであるCC- Chemokine ligand 19 (CCL19) およびCCL21を含めた機構が免疫応答と寛容のバランスに重要だと考えられている。気道に侵入した抗原を樹状細胞をはじめとするAPCが認識すると細胞表面にCCR7を発現し、CCL21をリガンドとして二次リンパ節へ移動し、T cell receptor (TCR) を介しT細胞に抗原提示および活性化を行う。抗原提示されたT細胞は一部、Tregとして活性化される。アレルギー疾患に関してはTregの機能不全や活性化の低下が指摘されている。 従来よりマウスの喘息モデルは発症機序解明および治療ターゲット検索の重要な手段として用いられてきた。抗原としては卵白アルブミンが広く用いられており、アジュバントとしてアルミニウムゲル化した卵白アルブミンを腹腔内に繰り返し投与し抗原感作を成立させ、抗原吸入によりアレルギー性気道炎症を惹起させる方法が多く用いられている。しかし、卵白アルブミンはプロテアーゼ活性を有しておらず、抗原感作の方法などヒトの気管支喘息との発症機序の差異などが存在する可能性がある。また、気管支喘息の難治化、重症化に深く関わる気道リモデリングの程度も弱く、リモデリングの機序に他の要因が深く関わっている可能性が示唆されている。 今回、ダニ抗原の経気道投与による喘息モデルマウスを作成し、ヒトの感作に近い状況で引き起こされる気道炎症の特徴を解析し、さらにアレルゲンが持つプロテアーゼ活性が与える影響について検討した。また、アレルギー応答に関連するT細胞、樹状細胞の働きが喘息に与える影響を解析するため、二次リンパ節へのホーミングに主要な役割を果たすCCR7をノックアウトしたC57BL/6マウス (CCR7KO) を用いて検討した。 [方法] 実験動物はSpecific Pathogen Free (SPF) 下で飼育したC57BL/6を使用した。一部の実験ではCCR7KOマウスを使用した。 マウスを麻酔後、ダニ粉末抗原(ヤケヒョウダニ)水溶液を点鼻し気道内に投与した。短期投与群として週5回投与を2週間、長期投与群はさらに週3回投与を4週間継続 (計6週間) 投与とした。 抗原最終投与24時間後、メサコリン吸入による気道過敏性試験、採血、気管支肺胞洗浄、肺組織の採取および一部は病理組織標本の採取を行った。 採取した血清より、ELISAによりTotal IgE抗体定量、ダニ特異的IgE抗体測定を行った。気管支肺胞洗浄液(BALF)は細胞成分よりサイトスピン標本を作製し細胞分画の評価を行い、上清よりサイトカイン(IL-5, IL-13, TGF-β)の定量をELISAで行った。肺組織はmRANの抽出を行いcDNAを合成した後、リアルタイムPCRでIL-5, IL-13およびTGF-βのmRAN発現量を定量した。 ダニ抗原の持つプロテアーゼ活性が気道炎症に与える影響を検討するため、pH 2.0下で酸処理したダニ抗原を用い同様にマウスに感作させ、無処理ダニ投与群と比較した。 また、CCR7KOマウスにダニ抗原を短期投与し、気道炎症の特徴について野生型と比較検討した。 [結果] BALF中の細胞分画では、ダニ抗原投与により細胞数の増加、好酸球の増加を認めた。さらに長期のダニ抗原投与により炎症細胞の浸潤が持続した。 血清中IgE抗体はダニ抗原投与により有意に上昇し、投与継続で経時的に上昇した。また、ダニ抗原特異的IgE抗体も経時的に上昇した。 Th2系炎症サイトカインであるIL-5, IL-13はBALF中の蛋白レベルで経時的に有意な上昇を認めた。また、TGF-βはBALF蛋白量、肺のmRNA発現量ともに経時的に増加した。 病理所見では、短期投与で気道粘膜下に炎症細胞の浸潤を認めた。長期投与群でも炎症細胞の遷延がみられた。また、PAS染色で粘液産生細胞の増生、Elastica Van Gieson染色では粘膜下に膠原線維の増加を認め、気道リモデリングの所見が認められた。 メサコリンを用いた気道過敏性試験では、長期投与においてダニ投与群が有意に気道抵抗上昇を示した。 プロテアーゼ不活性化のため酸処理されたダニ抗原を投与した群では、投与2週の評価で通常のダニ抗原を投与した群に比べて、有意にBALF中の細胞数、好酸球数が抑制された。また、血清中のTotal IgE抗体およびダニ特異的IgE抗体の抑制がみられた。 CCR7KOマウスでは、ダニ抗原投与により野生型に比べ有意にBALF中の細胞数、好酸球数の上昇がみられた。6週投与後も細胞数増加は持続した。 CCR7KOマウスの投与6週の病理所見では気道粘膜下に細胞浸潤を強く認めた。一部にはリンパ球が集積しBALT (Bronchus-associated lymphoid tissue) 過形成が認められた。 [考察] 今回、反復してダニ抗原を経鼻的に気道内投与することにより局所にアレルギー性気道炎症が惹起された。さらに長期に抗原投与を行うことにより気道リモデリングの所見を認めた。気道リモデリングに関与しているTGF-βも経時的に増加傾向を示した。このようにアジュバントを用いずにダニ抗原の気道投与のみで喘息モデルに妥当な所見を得ることができ、長期投与により気道リモデリングが誘導された。 一方、プロテアーゼを不活性化した酸処理ダニ抗原を投与した群は、好酸球の浸潤減少、IgE産生の抑制が有意に認められた。アレルギーを誘発する主なダニはヤケヒョウダニとコナヒョウダニで、アレルゲンとなるタンパクはそれぞれDer f / Der pと分類される。その中にはDer f1 / Der p1に代表されるようにプロテアーゼ活性を有し、気道上皮の傷害を引き起こしAPCを刺激したり、数々の炎症系サイトカインの産生を促進することが知られている。今回の結果はプロテアーゼ活性を不活性化する操作によってこれらの炎症機序が抑制されたと思われる。 CCR7KOマウスを用いた検討ではダニ抗原投与により、野生型に比べ局所に強い細胞浸潤を認めた。粘膜下にリンパ球の集束がみられ、強い局所炎症が惹起された。CCR7KOマウスはBALTを形成しやすいとの報告があるが、気道炎症成立には局所のBALTで効果的なアレルゲン感作が成立したものと考えられる。また、CCR7KOマウスではTreg細胞数の著しい減少が指摘され、局所の細胞集積制御にTリンパ球のホーミング、特にTregのホーミングが重要である可能性が考えられる。 [結論] 経気道的ダニ抗原単独投与によりTh2優位の気道炎症が惹起され、長期投与により気道リモデリングの所見が得られた。抗原のプロテアーゼ不活性化により気道炎症の抑制が認められた。また、CCR7を介する炎症の制御が喘息病態形成に関与していることが示唆された。今回の結果は、文献的にも数少ないダニ抗原感作モデルの妥当性と有用性を示し、抗原の持つプロテアーゼ活性が喘息に影響を与える可能性を明らかにした。また、喘息の気道炎症の制御にCCR7が重要であり治療ターゲットになり得る可能性を示した。 | |
審査要旨 | 本研究は気管支喘息の難治化・重症化のメカニズムを解明するため、原因抗原として最も多いダニ抗原により感作・発症させた喘息モデルマウスを用い、抗原の持つプロテアーゼ活性の影響およびアレルギー性気道炎症における抗原提示細胞とエフェクター細胞間のシグナル伝達の役割について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. アジュバントを用いず、ダニ抗原を反復して経気道投与することにより抗原特異的IgE抗体の誘導、好酸球性気道炎症、Th2系炎症性サイトカインの増加などの喘息所見、および抗原長期投与による気道炎症の遷延、気道過敏性の亢進、粘液産生細胞の増加、気道粘膜下線維化など気道リモデリングの所見を得ることができた。 2. ダニ抗原を酸処理しプロテアーゼ活性を不活性化する処理を行った抗原を用いた検討では、無処理の抗原投与群に対し、炎症細胞浸潤の抑制、抗原特異的IgE抗体産生抑制など有意な気道炎症抑制が認められた。 3. 樹状細胞やTリンパ球の二次リンパ節へのホーミングに重要な役割をもつCCR7をノックアウトしたモデルを用い、CCR7を介するシグナル伝達が喘息の気道炎症惹起に果たす役割を解析した。CCR7をノックアウトすることにより野生型に比べ、気道局所への炎症細胞浸潤増強、IgE抗体産生亢進、Th2系炎症サイトカイン産生の増加が認められ、CCR7が気道炎症の制御に重要であることが示された。 以上、本論文はダニ抗原の経気道的感作によって、従来の卵白アルブミンモデルの欠点を補い、ヒトの喘息に近い病態を示す喘息モデルを確立し、それを用いた検討からダニ抗原のプロテアーゼ活性が喘息発症に影響を与えること、アレルギー性気道炎症の制御・抑制にCCR7を介する抗原提示およびシグナル伝達が重要であることを明らかにした。本研究は文献的にも数少ないダニ抗原感作モデルの妥当性と有用性を示し、抗原の持つプロテアーゼ活性が喘息に影響を与える可能性を示した。また、喘息の気道炎症の制御にCCR7が重要であることを明かにした。今回の知見は喘息の気道炎症、気道リモデリングの機序の解明、および喘息の新たな治療法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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