学位論文要旨



No 124840
著者(漢字) 熊谷,天哲
著者(英字)
著者(カナ) クマガイ,タカノリ
標題(和) Glyoxalase I高発現はラットの腎虚血再灌流障害を改善する
標題(洋) Glyoxalase I overexpression ameliorates renal ischemia-reperfusion injury in rats
報告番号 124840
報告番号 甲24840
学位授与日 2009.03.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3260号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 特任准教授 安東,克之
 東京大学 准教授 野入,英世
 東京大学 准教授 上原,誉志夫
 東京大学 講師 久米,春喜
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

終末糖化産物 (AGEs)の前駆体としてmethylglyoxal (MG)が注目されている.MGは解糖系の産物であるグリセルアルデヒド-3-リン酸が非酵素的に分解して生成する.MGはグルコースの10000倍という高い反応性を有し,それ自身強力な細胞毒性をもつ.MGは選択的にミトコンドリアの呼吸を抑制し,さまざまなメカニズムを介してアポトーシスを誘導する.またMGはアルギニンやリジン基と反応してargpyrimidineやcarboxyethyl lysine (CEL)などのAGEsを形成する.これらAGEsはAGE受容体 (RAGE)と相互作用して酸化ストレスを誘導し,細胞障害へと至る.

MGを代謝する系としてglyoxalase systemが知られている.glyoxalase systemは二つの酵素からなる.glyoxalase I (GLO I)はmethylglyoxalをS-D-lactoylglutathioneに代謝し,glyoxalase II (GLO II)はS-D-lactoylglutathioneを乳酸に代謝する.GLO Iがglyoxalase systemにおいてrate limitingと考えられている.GLO Iのin situの活性は補酵素であるGSHの細胞内濃度に比例するとされている.

glyoxalase systemはこれまで主に糖尿病性腎症,糖尿病の血管合併症,Alzheimer病など慢性疾患や老化との関連性を示唆されてきた.急性疾患との関連性についてはほとんど不明であった.

急性腎不全は依然として高い致死率でevidenceのある有効な治療薬がない.急性腎不全の原因として虚血によるものが最も一般的である.したがって,腎臓の虚血再灌流モデルを研究対象とした.腎臓の虚血再灌流障害では,低酸素,炎症反応,フリーラジカルによる細胞障害などさまざまな因子が相互に関連しているとされている.

最近,脳や心臓の虚血再灌流障害において局所のMGやMG由来のAGEsが増加することは示されていたが,その機能的な意味については不明であった.

今回,腎臓の虚血再灌流障害におけるMGおよびglyoxalase systemの役割に関して検討した.

【方法】

Wistar ratsを用いて腎虚血再灌流障害により腎局所のGLO I活性,GLO IのmRNA,蛋白量がどのように変化するか検討した.GLO Iの補酵素であるGSHについてもその変化を検討した.さらに免疫組織化学で腎臓のMG由来のAGEsの一つであるCEL染色を施行した.またWestern blot解析でも腎でのCELを評価した.

in vitroでも同様の現象が見られるかどうか検討するため,in vitroのラット不死化近位尿細管細胞 (IRPTC)でhypoxia/reoxygenationの負荷をかけて,GLO I活性,GLO IのmRNA,蛋白量の変化を評価した.免疫細胞学でin vitroでのCEL染色を施行した.またWestern blot解析でもhypoxia/reoxygenationによるCELの変化を評価した.

次にGLO Iのhypoxia/reoxygenation下における機能的な役割を検討するため,GLO I特異的なsiRNAを使用して,GLO Iをノックダウンした際のcell viabilityをtrypan blue exclusion testとLDH活性を測定することで評価した.

in vivoでのGLO Iの機能を検討するため,GLO Iを高発現するtransgenic ratsを用いて,同様に腎虚血再灌流障害を負荷した.PAS染色,Vimentin染色(尿細管間質障害マーカー),ED-1染色(マクロファージ浸潤マーカー),CEL染色,4-HNE染色(酸化ストレスマーカー),TUNEL染色(アポトーシスの評価)を施行した.腎機能の評価としてBUNを測定した.

【結果】

腎虚血再灌流により腎局所のGLO I活性は低下した.しかしGLO IのmRNA,蛋白量は変化しなかった.GLO Iの補酵素であるGSHは虚血再灌流により変化しなかった.免疫染色とWestern blotによる検討で,虚血再灌流により腎局所のCELは増加した.

in vitroのIRPTCでもhypoxia/reoxygenationによりGLO I活性は低下し,GLO IのmRNA,蛋白量は変化しなかった.また免疫細胞学とWestern blotによる検討から,IRPTCでもhypoxia/reoxygenationによりCELは増加することが示された.

trypan blue exclusion testとLDH活性の結果から,siRNAによりGLO Iをノックダウンするとhypoxia/reoxygenationによる細胞障害が増悪することが示された.

GLO Iを高発現するtransgenic ratsでは,腎虚血再灌流障害に対して抵抗性を示した.Wild typeに比べてBUNは低下し,PAS染色による組織障害も軽減した.組織障害の軽減はVimentin染色,ED-1染色にて確認された.腎組織の免疫染色による検討でtransgenic ratsではMG由来のAGEsの一つであるCELが減少し,酸化ストレスマーカーである4-HNEの染色も減少していた.さらにTUNEL染色の評価で,transgenic ratsではアポトーシスが減少していた.

【結論】

腎虚血再灌流障害では,腎局所のGLO I活性が低下し,それによりMG由来のAGEsが増加した.GLO I活性の低下は,mRNA,蛋白量の変化を伴わなかった.これにより,GLO I活性の低下の原因として,GLO Iの修飾,GLO Iの阻害物質の生成などが考慮された.IRPTCでのGLO Iノックダウンの実験から,hypoxia/reoxygenation下でのGLO Iの細胞保護作用が示唆された.GLO Iを高発現するtransgenic ratsでの実験でin vivoで実際にGLO Iに腎保護作用があることが示された.transgenic ratsでの腎障害軽減の機序としては,二つ考えられた.一つはMG減少によるアポトーシスの減少によるものである.もう一つは酸化ストレスの軽減により,悪循環が断ち切られたことによるものである.腎虚血再灌流障害の病態生理に新たな面が見出され,今後新たな治療アプローチにつながる可能性がある.

審査要旨 要旨を表示する

本研究はこれまで主に糖尿病性腎症との関連性を示唆されてきたglyoxalase systemの急性腎不全における新たな病態生理学的役割について明らかにするために腎虚血再灌流障害モデルラットを用いてglyoxalase Iの活性の変化などを検討し、さらにglyoxalase Iを高発現するtransgenic ratsを用いて下記の結果を得ている。

1.腎虚血再灌流において腎局所のglyoxalase I活性が低下することを初めて示した。免疫染色およびwestern blotting解析にてmethylglyoxal由来のAGEs産物であるCarboxy-ethyllysine (CEL)が腎局所で増加していることを示した。

2.これまで脳や心臓の虚血再灌流モデルにおいて障害臓器局所のmethylglyoxalやmethylglyoxal由来のAGEs産物が増加していることは示されていたが、そのメカニズムは不明であった。今回腎虚血再灌流モデルにおいてMG由来のAGEsが増加していたが、その機序の一つとしてglyoxalase I活性の低下を提示できた。

3.in vitroのラット不死化近位尿細管細胞 (IRPTC)でもhypoxia/reoxygenationによりglyoxalase I活性が低下した。

4.in vitroのIRPTCでsiRNAによりglyoxalase Iをノックダウンするとhypoxia/reoxygenationによる細胞障害が増悪した。これにより、近位尿細管細胞でのglyoxalase Iが虚血再灌流障害において重要な役割がある可能性が示唆された。

5.最後にin vivoでのglyoxalaseの機能的な役割を検討するため、glyoxalase Iを高発現するtransgenic ratsを用いて腎虚血再灌流障害が改善することを示した。

6.腎組織の免疫染色による検討でtransgenic ratsではmethylglyoxal由来のAGEsの一つであるCELが減少し、酸化ストレスマーカーである4-HNEの染色も減少していた。また尿細管細胞のアポトーシスの減少がTUNEL染色により示された。glyoxalase Iの高発現による腎障害改善のメカニズムとして酸化ストレスの軽減および尿細管細胞アポトーシスの減少が関与していることが示唆された。これまで主に慢性疾患モデルとglyoxalase Iとの関連が示されていただけであったので、急性腎不全モデルでのglyoxalase Iの役割を示したことはnoveltyが高い。

以上、本論文は腎虚血再灌流障害におけるglyoxalase systemの役割に関して、培養細胞実験におけるsiRNAによるノックダウンとglyoxalase Iを高発現するtransgenic ratsを用いて新たな知見を示し、急性腎不全の病態解明に重要な貢献をなしたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/24389